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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
鬼を狩るもの
109/236

◆使徒聖戦/呪われた部屋の主◆

 占い業界には、禁忌(タブー)がある。


 その一、自分を占ってはいけない。

 その二、寿命を占ってはいけない。

 その三、間をおかず、同じことを占ってはいけない。

 その四、不正なことを占ってはいけない。

 その五、助言者の立場から逸脱してはいけない。


 その三は、客への断りの常套句だ。とかく人は、自分に都合のいい答えしか聞きたがらねえ。だが、気に入らないから占い直すなんざされたら、占う意味すら無くなる。

 その二とその四は、占い師の保身の為だ。見えていても語っちゃいけねえ。ぺらぺらしゃべって、怨みを買うのも、犯罪に巻き込まれるのも、馬鹿すぎる。

 その五も、占い師の処世術だ。心弱い人間を占いで操るのは易い。しかし、他人の人生に深く介入すれば、相応のものを負うはめとなる。依頼主に依存される、敵をつくる、占う力そのものを失う、天命が尽きる……。


 自分を占っちゃいけねえのは、『こうなって欲しい』てな願望やら『もしも、こうだったら嫌だ』てなネガディブな感情が、占いに影響を及ぼすからだ。

 占いの結果を、占い師が冷静に読み取れず、都合のいいようにねじまげて解釈しかねない。

 正しく占うのが難しいんで、自分を占うのはやめとけってわけだ。



 とはいえ、俺は……

 五つの禁忌(タブー)を全て破っている。


 当たり障りのないことだけを語っても、つまらねえ。

 口を閉ざした方が面白そうなら、黙る。

 が、禁忌(タブー)なんか気にしねえ。

 寿命も教える、犯罪にも加担する、客を占い依存症にしてとことん頼らせる……


 俺の占いを『悪魔の囁き』とののしった野郎も居たっけな。


 客に刺されるんでも、また一興。

 死ぬんなら、そこまでの運だ。


 客の人生を眺め、時には救い、時にはひっかきまわし、時には破滅へと導いてやる。

 占い師は、いい暇つぶしになった。


 占い師アレッサンドロとして売り出す前から、盗賊ギデオンとは持ちつ持たれつの関係だった。

 ギデオンは腕はいいが、とんがったナイフみたいな野郎だ。昔っから怨みを買いまくりだった。俺がいなきゃ、盗賊ギルドの(かしら)にゃあなれなかったろう。部下に寝首をかかれ、女に毒を盛られ、役人に捕まり……間違いなく、どっかで死んでた。

 そして、ギデオンがいなきゃ、今の俺はない。あいつが後ろ盾となってくれたから、俺ぁ、国一番の占い師となれ……お嬢ちゃんに会えたわけだ。


 俺にとっての運命の星。

 百一代目勇者ジャンヌ。

 多くの者を巻き込む巨星……良くも悪くも、他人の人生を大きく変える女。

 お嬢ちゃんと出会い、お嬢ちゃんの信頼を得て、お嬢ちゃんと深く関わる者たちとうまく交じり合えれば、俺ぁ……未来を手に入れられる。


 もう一つの運命の星……

 神の使徒マルタン。

 邪悪を駆逐する巨星……己の信じる正義の為とあらば、無辜の民すらためらいなく滅ぼせる男。

 神の使徒を敵に回したら、俺の未来は潰える。


 わかっていた。


 だからこそ、二人に出会えた時、身震いするほどの悦びを感じた。


 俺を生かす女と、殺せる男。


 どちらもたまらなく愛しかった。


 女か男か、生か死か。

 どっちに転んでも、構わなかった。


 俺が欲しいのは、変化だ。


 くそいまいましい閉じた輪から抜け出せりゃ、あとはどうでもいい。


 くたばるまで楽しく生きられりゃ、それで満足なんで。






 左の掌で水晶を撫でながら、右手のグラスを傾けた。


 水晶を撫でてはいるが、占っちゃいねえ。

 側にあると、ついつい触っちまう。

 まるで、女の尻かガキの頭だ。触れるのが当たり前……水晶は俺の掌に馴染んでいる。


『ランベールの日記』の写本は燃やされたと、フラムが教えてくれた。

 じきに神の使徒はここに現れる。

 禁書を盗んだ俺に、裁きの鉄槌を下す為に。




《来たよ。あいつ、燃やしてやろうか?》

《いいえ……どうか私にご命じください……あの男を始末してきます》

 ソファーに座る俺の右手にはフラム、左手にはマーイ。

 俺を守ろうといきりたつ、炎と水の精霊。

 二人の肩を抱き、落ち着けと髪を撫でてやった。両手に花だ。


《ね、ね、ね、せめて結界張ろーよ。足止めもするよー 幻術かけるだけなら、怪我させないしさー》

 雷のエクレールは、背もたれの後ろから俺の首に両手を回して抱き着いている。殺されちゃ嫌だと、可愛いらしい泣き言を漏らして。


《ご主人様、同化させてください……あああ、でも、駄目かも。お守りしきれないかも。神の使徒の攻撃で、私もボン! ご主人様と共に千々に砕かれる、わ・た・し……》

 俺の足元に跪き、右腿に頬ずりしているのがサブレだ。土精霊の(さが)かサブレは、踏まれるのが大好きで、いたぶられると興奮する。俺の道連れで四散する未来を想像し、うっとりしているようだ。


《余計な手出ししちゃ、ダメ。ご主人様は、あいつと()りあう気はないの。見守ってなさい》

 半透明な薄緑色のベールだけをまとう風のアウラが、けだるげに髪を掻きあげる。ソファーの端に足を組んで座る姿は、実にセクシーだ。


《アウラの言う通りですわ。昔から口だけは達者な男ですもの。うまく丸め込んで、意地汚く生き延びるに決まってますわ》

 口元に手をあてて、氷のグラキエスが高笑いをする。氷柱(ツララ)のような縦ロールの髪の美少女だ。


《……もう何をしても間に合わぬ。神の使徒は目の前に》

 豪華な冠と黒のドレス。夜の女王のような闇のニュイは、扉を見つめていた。



 蹴破るように扉を開け、神の使徒が現れる。

 白雲ゴーレムに乗っての登場だ。

 あいかわらずの聖気(オーラ)

 胸やけしそうな眩しい光が、扉の先から飛び込んでくる。

 暗く淀んだこの部屋が、扉のそばから浄化されてゆく。

 神の使徒がそこに居るってだけで、空気が澄んでしまうのだ。

 まったくもって、やっかいなお方だ。


「フッ・・楽しそうなことをしているではないか、ドレッド」

 部屋の中を見渡してから、神の使徒が俺に視線を止める。

 神父の祭服に、この世界の神の象徴たる十字架。

 五芒星つきの指出し(フィンガーレス)革手袋(グローブ)

 背中には、真言(マントラ)模様。

 その他にも、幾多の宗教の守りを身につけている。精霊界で何度か見たが、上着の裏の縫い取りも凄まじいことになっている。法輪やら、三日月やら、卍やら。

 異世界で見かけた聖なる証を、じゃんじゃん取り入れて祓いに用いているのだ。

 神罰をくらってもおかしくない無節操さだが、神々はまったく怒っていない。どころか、神の使徒を寵愛し、人を超える力を与えている。


 今の俺じゃ、逆立ちしても叶わねえ相手だ。

 精霊たちの助けがあっても、だ。


 だから……戦う気なんざない。

 ちょいと話がしたいだけだ。


 くわえ煙草をフラムに預け、笑顔で闖入者を迎えた。

「もっと早くにいらっしゃるかと思ってましたよ」


「居場所はわかっていた」

 神の使徒は胸元から取り出したものを指にひっかけ、クルクルと回し出した。

 貸したペンダントだ。ペンダントトップには、光精霊マタンとの契約の証が輝いている。

 マタンを通じて俺の気を探り、居場所をつきとめたわけか。


「だが、俺の目的はあくまでも写本。邪悪なあの本の行方を追ったのだが・・」

 掌に指輪を握り、神の使徒が俺を睨む。

「なぜか、三下魔族が持っていた。小物の分際で書に頼り、この俺に挑んできおったのでな・・書ごと、綺麗さっぱりまったく完璧に祓ってやった」


『ランベールの日記』は、悪魔支配者が記した書だ。魔界への行き方、悪魔との契約の仕方や御し方、悪魔がもたらす快楽や富貴が綴られた不道徳な書として、原書は聖教会に封印されている。

 しかし、あの書には背徳以上の魅力がある。

 書に、ランベールの支配力が写っているからだ。

 書を手にすればランベールの代理人とみなされ、書から大悪魔の力を引き出せる。

 どれほどの力が振るえるかは、その本がどれほど原書に近いかだが……

 写本の写本でも、三下魔族をA級魔族(クラス)にするぐらいの力はある。


「・・あれに写本を渡したのは、きさまであろう?」

 それ以外ありえないと、青の瞳が俺をみすえる。

「あの三下魔族から、きさまの気を感じた」

 殺気がびんびんに伝わってくる……

 ぞくぞくっと体が痺れた。


「どうなるか承知の上であいつに渡したな? 何故だ?」


 何と答えようか……

 答え次第じゃ、問答無用でぶっ殺されそうだ。


「……俺の内なる霊魂がそうせよと命じたから、ですかね」


 ビリッと気が張り詰める。

 やはり、怒らせちまったか。

 お得意の言葉を返しただけなのに、短気なお方だ。


「実害はなかったでしょ? 俺の占いには、あいつは悪さを働けない、その前に使徒さまと対決になるって出てましたし、」

 さて何ととりつくろうか……

 首をかしげていたら、


「なッ? 何故、あなたが、ここに?」

 廊下から、怒声が響いてきた。

 ハアハアと荒い息を吐きながら、学者のお坊ちゃんが現れる。

 全速力で走って来たのだろう、インドア派のお坊ちゃんは汗だくだ。

 なるほど……一緒に来たはいいが、白雲で突っ走る使徒様に置いて行かれ、ようやく追いついた。そんなとこか。


「よお、学者先生」

 グラスを目の高さまで掲げ、にやりと笑ってやった。

「一杯いかがです? 煙草もありますぜ」


「信じられません……どうやってこの部屋に入り込んだのです。ここで、そんな破廉恥な!」

 メガネの坊やが、声を張り上げる。

 完全に頭に血がのぼっている。

 あんたにとっても、この部屋は神聖なものだったわけか……家族への情ゆえか。


「出て行きなさい! ここは、セリアの為の部屋です! あなたなぞが足を踏み入れていい場所ではない!」


 ここは、ボーヴォワール伯爵邸――絵の部屋だ。

 左右の壁に双子の肖像画が、年齢順に並べられている。それぞれ二十六枚。

 入り口から向かって右が男、左が女。

 絵の中で、二人は、生まれたての赤ん坊から、幼児、子供、少年少女、大人の男女へと成長している。

 途中までは、双子の成長の記録だった。しかし、十九年前に、双子の片割れ、妹の方は流行病で亡くなっている。

 以後の絵は、霊能者マルゴがスピリチュアルな力で、別の世界で生きている妹の姿を写しとったものって触れ込みだ。

 この世界で病死した者も、現実から分岐した別の世界では幸せに暮らしている。その世界と交信する為だと言って、マルゴは双子の絵を描き続け、伯爵夫人に売り続けていたらしい。

 いずれは亡くなった子供を呼び戻せると、嘯いて。


 つきあたりの壁、真っ赤な天鵞絨(ビロード)のカーテンに覆われた先には、幼くして亡くなった子供の遺影が飾られている。


 俺は部屋の中央のソファーに陣取って、精霊たちを侍らせ、酒盛りをしている。

 傍から見りゃあ、不謹慎極まりなく映るだろうが。


「いいんですか? 俺を追い出したら、ご母堂は亡くなりますぜ」

 学者先生がぴくっと肩をふるわせる。

「……どういう意味です?」

「五日前に、お便りがいったでしょ? ボーヴォワール伯爵夫人が床に伏せたって。お忙しい学者先生は見舞い状だけで済ませ、顔を見せちゃくださらなかったが……今回のは、いつもの心因性疾病じゃない」

 一呼吸おいてから、言葉を続けた。


「呪いですぜ」


「呪い……?」


「二日後が、妹さんの命日。その日に、マルゴの仕掛けた呪いが成就しちまうんです」

 ソファーに背もたれながら、背後を右の親指でさした。

「あそこに異世界への扉が開くんだ。娘をこの世界に呼び戻したいって、ご母堂の願いが叶うんですよ……ご母堂の命を引き替えにしてね」


「な……」


「二日後が山場……。忠告しますぜ、学者先生。ご母堂に会っていらっしゃい。まだ意識がある。俺がしくじったら、生気を吸われ尽くし、ご母堂はポックリいっちまう」


「何をくだらぬことを言っているのです! 呪いだなんて、馬鹿馬鹿しい! マルゴにできるものですか! あの女は金の亡者の詐欺師です! 呪術とは無縁の俗物、ただの」


「あの女は悪魔ですよ」

「え?」

「ま、キンキラ好きの俗物ってのも、当たってますがね」

 ニヤリと笑ってみせた。

「詳しい話は省きますが、あの女を追い出し、俺が後釜に納まったんです。オカルトの先生として、伯爵夫人の命をここでお守りしてるんだ。邪魔しないでください」


「母を守っている?」

 うさんくさいと言いたそうな顔。

「女と酒と煙草を楽しんでですか?」


 声を出して笑った。

「すいませねえ、ぜんぶ、俺にとっちゃ無くてはならぬ相棒なんで。最後の宴ってことで大目に見てください」

「最後の宴?」

 おっと。言いすぎたか。

 話題を変えよう。

「こう見えて、俺は義理堅い男です。宿代分はきっちり働きますよ」

 けげんそうに眉をしかめた野郎に、言ってやった。


「写本とルビーのブローチを失敬した後、ここを訪ねましてね、伯爵夫人の客人として置いていただいていたんです」


「あなた、ずっと私の実家(いえ)に……?」

 正義感の強い学者先生のこった、消えた俺を探し回っていたはず。証拠はねえが、お宝を着服したのは俺に違いないって踏んで。

 自分の実家(いえ)に籠もられているとも気づかずに。


 愉快だ。



「メガネ。きさまは母のもとへ行け」

 神の使徒は、俺を見ていない。

 俺のずっと後ろ……部屋の奥の天鵞絨(ビロード)のカーテンを睨むように見つめている。

「親の死に目に会い損ねた子供は、おうおうにして、とかく、えてして、罪の意識を抱きやすい。そこを邪悪につかれぬ為にも、後顧の憂いは払っておけ」

「しかし、」

 神の使徒がククク・・と笑う。

「逃がした魚は大きい、という金言もある。手に入れ損ねたものほど、得がたく立派に思えてしまうのが世の常だ。だが、生前の母親に会っておけば、そんな幻影など抱かぬ。会って、『この糞ババア、とっとと死ね』の心境になってこい」


 ふきだしちまった。

 神の使徒は『いいこと言った!』って得意顔だ。伯爵家子息が、目を点にしているのにも気づいていねえ。


「孝行したい時に親はなし、墓に上着は着せられぬ、それにつけても邪悪祓いは気持ちいい」


 もはや、意味不明……

 使徒さまの頭の中じゃ、繋がってるんだろうが。


 げらげら笑う俺と神の使徒。二人を見比べ、学者先生は困惑顔だ。

 そこへ、どすの利いた凄味のある声が。

「同じことを二度も言わせるな、メガネ。きさまは消えろ・・邪魔だ」


「……わかりました」

 それで説得されるのか……。

 神の使徒は、学者先生に一目も二目も置かれているようだ。

 もっとも、くれぐれも部屋の中の物は壊さないでください、占い師が無礼な口をきいても殺すのだけは勘弁して欲しいと、お願いされてもいたが。




 扉が閉まる。


 絵の部屋に居るのは、神の使徒と俺、あとは俺の精霊たちだけだ。


「で?」

 神の使徒が、俺へと顎をしゃくる。

「きさまの望み通り、メガネは追い出した。包み隠さず、吐け。懺悔ならば、いくらでも聞いてやるぞ」

 神の使徒は、相当イカレている。

 だが、馬鹿ではない。

 他人をねじふせ、自分のペースで事を進める天才だ。


「ドレッド。いつまでふんぞり返ってる気だ。俺がそっちへ行ってもいいのか?」


「ご冗談を」

 おどけて両手を開いてみせた。

「それ以上、近づかれたら、遺影にかけた俺のちゃちな術が霧散しちまいます。使徒さまは、存在するだけであらゆる穢れを浄化しちまう。伯爵夫人の為にかけた呪い返し……大目に見てくれませんかねえ?」


「メガネの母が死んだとて、自業自得」

 神の使徒がフンと鼻で笑う。

「死者の復活を望むのは大罪。自ずと自明の過ちを、いい年をしたババアが犯すとは・・あきれ果てる」

「伯爵夫人は、子供みたいに純粋なお方。それに、我が子を失った悲しみのあまり、ちょいと心の病にかかってます。この部屋の意味も知らず、つくらされただけ。悪魔に踊らされた、憐れなご婦人ですよ」

「罪は罪、だ」

 女が一人呪い死のうが構わないと、本気で思っているのだ。

 仲間の母親だというのに。

 慈悲も憐憫もない物言いは、いっそ清々しい。


「いい訳しろ、ドレッド。憐れなババアを救うために、『ランベールの日記』を三下魔族(マルゴ)に渡したのか?」


「まさか」

 そんなありえないことを。

「この俺が、赤の他人のために罪を犯すと思います?」

「思わんな」

 スパーンと言い切ってくれる。


 精霊たちを払って立ち上がり、扉を目指し歩き出した。

「正直に言いましょう、この部屋の呪が欲しかったんです。マルゴが築いた呪と、写本を交換したんですよ」

「ほう?」

「……だいぶ前から、この部屋の存在を知っていました。自分を占うと、『運命の扉』としてここが暗示されましてねえ。ここが転機となって、俺は生まれ変われる……水晶のお告げです」

「ふん? しがない占い師をやめる気か?」

「さてね」

 肩をすくめてみせた。

「どう生きるのかは、生まれ変わってから考えます。俺は、ただ……閉じた輪にうんざりしているだけですよ」


 全ては、異世界への扉を手に入れる為。

 学者先生と賭けをしたのも、ボーヴォワール伯爵夫人との縁を築く為。

 レヴリ団のお宝探しをリュカたちに持ちかけたのも、あの島に写本があると知っていたからだ。

 あれとの交換を持ちかけりゃ、マルゴが乗るのもわかっていた。


 俺は自分の為だけに、生きてきた。

 これから先も、生き方は変わらねえ。


「ドレッド。もう少し説明しろ。この部屋の呪はきさまが引き継いだんだな?」

「そうです」

「馬鹿なババアの妄執……死んだ娘を異世界から呼び寄せる……その呪の術者は、今はきさまなのだな?」

「その通りです」

「であるのに、きさまは呪い返しをしているのか?」

「ええ、まあ」

「ババアの代わりに死ぬ気か?」


 足を止め、神の使徒を見下ろした。

「俺は、面白おかしく生きたいんです。俺の野望が、憐れな女の犠牲で成就するなんてまっぴらだ。そんなケチのついた転生なら、ご免被ります」

 使徒さまもデカい方だが、南方の血を引くこの肉体はやたらとデカい。肌は黒く、髪もチリチリ。外見はまあまあ気に入っているが、捨てるのが惜しいってほどでもない。

「死ぬのには慣れてます。どうせすぐに別の人生を始められますしね。ボーヴォワール伯爵夫人を殺すぐらいなら、俺が死にますよ」


 ルビーのブローチを見せた。

「それに、死ぬとも限りません」

 写本と共に盗んだ、生贄のブローチだ。

「身代わりの魔法装備をつけますんで」

「だが、それには耐久力(キャパシティー)がある。大ダメージをくらえば、ブローチは砕け散り、残りのダメージはきさまにかかる」

「よくご存じで。けど、このブローチに加え、精霊たちの守りもある。まあ、多分、生き延びられるでしょう」


 神の使徒が、眉をしかめ、目を細め、しばらく俺をジーッと見つめる。

「この部屋の絵を全て焼き払えば、呪は消える。きさまもババアも死なずに済むぞ」


「使徒様の内なる霊魂は、そうせよと言ってますかい?」

「・・いいや」

「でしょうね。そいつぁ、悪手だ。この部屋の扉を閉じちまったら、俺ばかりか、お嬢ちゃんの未来までもが闇に閉ざされる。百一代目勇者は、もう間もなくこの部屋の扉をくぐる……それまでに扉を開けておけ……水晶のお告げですぜ」


「女の為に命を懸けるのか・・殊勝だな。魔族のくせに」


「もと魔族です。この世界の輪の中じゃ、俺は『人間』でしかない。使徒さまの敵じゃあありませんよ」


「・・わかった、ドレッド。死にたければ死ね。きさまがいなくなると、勇者は魔王に敗北を喫す事になるが・・それならそれで構わん」

 腰をひねったポーズをとり、神の使徒が哄笑する。

「この俺が聖気(オーラ)を120%解放し、魔王ともどもこの世界を綺麗さっぱり完璧に浄化すればいいだけのこと!」

 魔を憎む、純然たる光輝をまとうもの……神の使徒の面構えは凶悪だ。

「魔王にやられるぐらいなら、この俺が世界を清めて滅ぼす。邪悪によって滅びる世界など、二度と金輪際もう決して絶対にあってはならぬのだからな」


 これだから、狂信者は……。

 この世界にとっちゃ、魔王よりも危険な存在だ。


 ひとしきり笑ったら気が済んだのか、神の使徒は俺をスッと指差した。

「きさまは、俺が認めた数少ない人間の一人。真人間(まにんげん)でいる間は、親友(とも)として遇してやる」

「有難うございます」

「遺言があるなら言え。聞いてやる」


「とりあえず、俺のマタンを返してください」

 放り投げられた真珠の指輪を、左手で受け取った。


「邪魔が入らないよう、この部屋を聖なる結界で封じていただけますか?」

「よかろう」


 使徒さまの左手が動いている。ゆっくりと掌を結び、ゆっくりと開く。それだけを繰り返す。

 精霊界でも、たまにやってた。

 手癖だ。

 その手で何を握ろうとしているのか。


 懐にあった物を宙に投げた。

「喜捨しますぜ」


 煙草の箱を、左手でキャッチ。

 使徒さまがニヤリと笑う。子供のように澄んだ目で。

「天晴れな心がけ。さすがは俺の親友(とも)


 煙草を片手に、使徒さまが十字を切る。

「きさまに神のご加護があらんことを・・・」


 めまいがするほどに神々しい……

 悶絶しそうだ。


 この男に関わると、好かれようが嫌われようが早死にする……そんな予感がする。




「三日後にまた来る。きさまのその肉体が(から)になっていたら、この俺が葬ってやろう。華麗なアドリブをかまし、二目(ふため)とみられぬ葬儀としてやる」

 嫌なら死ぬなってことか。


 閉じた出口を見つめ、腹を抱えて笑った。


 あと二日……


 精霊たちと飲み明かし……くたばるなら、この肉体はそこまでの運命。


 新たな人生を始めりゃいい、それだけのことだ。

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