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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
鬼を狩るもの
107/236

鬼に操られし者

 美しいとしか言いようがない。


 真っ赤だった。

 重厚な兜も大鎧も。

 足元のゆったりとした袴が白いだけに、鎧の赤さが際立つ。


 手には大弓、腰には真っ黒な太刀。


 兜のせいで目の上ぎりぎりまで隠れている。

 顔が見えづらい。

 けれども、切れ長の瞳も、凛々しい口元も、きりっとしたその顔も、誰のものかは明らかで……


「ヨリミツ様……?」

 アカネマル君が、主人の名前を呼ぶ。


 でも、相手から何の反応も返らない。

 すべての感情を排した顔で、弓を構えてたたずんでいる。

 人というよりは、精巧なお人形のよう。


 そして、伝わってくるのは……恐ろしいほどの殺気だった。


「勇者が生き延びられたら、貴様らの勝ちじゃ」


 イバラギの言葉を合図に、赤侍が動く。

 背負った(えびら)から矢を抜き、(つる)を引く。

 アタシを狙って。


「……塵となれ」


《勇者様!》

 ラルムの叫び声が聞こえると同時に、視界が変わっていた。

 赤侍を正面から見てたはずなのに、左から脇を見ている。

 アタシの周囲は水色の光で包まれている。ラルムの移動魔法で運ばれたのだと、わかった。


 赤侍が素早く体の向きを変え、次の矢を放つ。


 再びアタシの視界は変わる。

 目の端に、おびえて身を縮める姫さまと彼女を庇うアカネマル君が見えた。


「ラルム! アタシだけじゃダメ! 他のみんなも守って!」


 慌しく変わる視界。

 パシッパシッと何かが破裂するような音と、ドォンって雷みたいな音がついて来る。

「あのドォンって音、なに?」

《彼の矢がこの小空間を揺るがしているのです》

「じゃ、あのバシバシって音は?」

《……気にかける必要もないものです》

 む!

「ちゃんと説明して!」


 精霊支配者の命令に、しもべは逆らえない。しぶしぶと、ラルムは答えた。

《……私の一部が散じている音です》


 !


《彼の攻撃力は異常です。直撃を避けても、余波が空気中の私の一部を消してゆく。神聖武器のようです》

 エドモンの黄金弓みたいな?

「どれぐらい散っちゃったの、ラルム?」

《まだ千分の一程度です。瑣末なダメージです》

 だけど……

 エスエフ界での大ダメージも、まだ回復しきっていないのに……

 ヨリミツ君が弓を射る度に、あんたは傷ついてるんでしょ? アタシをかばってるせいで。


《……同情は要りません。それよりも戦う(すべ)でも探したらどうです?》

 会話しながら、ラルムは移動魔法でアタシを運んでいる。


 ハッとした。


 ヨリミツ君の背後に、影が降り立ったからだ。

 音もなく背後をとった者は、すばやく身をかがめ、武器をふるった。

 狙いは、腿の裏だ。鎧と兜で固めた上半身とは違い、足には脛あてぐらいしか防具がない。腿なら刃が通る。


 けれども、届かなかった。

 ヨリミツ君が、体をひねらせ軽やかに前方へとジャンプしてしまったのだ。跳躍力が半端ない。助走もなく、背よりも高く跳んだんだ。あんな重たそうな鎧をつけているのに。人間離れした跳躍力だ。

 そして、素早く振り返り、襲撃者に弓を向ける。


 リュカへ、と。


「チッ!」

 盗賊少年が、ヨリミツ君に負けず劣らず素早く動く。バッと飛び退り、そのままヨリミツ君の左手へ左手へと走ってゆく。


 ズォォォンって嫌な音が響く。

 リュカが居たはずの場所には矢が突き刺さり、真っ平らな床に水面の波紋のようなものが広がる。

 あっちこっちに刺さった矢も、まだ波紋を生み続けている。

 あの矢、あたったら、かなりヤバい……


 リュカはヨリミツ君の左手から背後へと回ろうとしている。

 左手から後方が弓の死角だからだ。

 で、距離を縮めようと頑張っている。接近戦なら、弓を封じられるから。


 でも、ヨリミツ君は前触れもなく、素早く跳躍してしまう。

 身軽なリュカでも、接近しきれていない。


 だけど、二人で逆方向から攻めれば……移動範囲を狭められる。

 隙がつけるかも!


 これだ!


 アタシは不死鳥の剣を抜いて、走り出した。

《勇者様!》

 ラルムの制止の声を聞き、二、三歩進んだ時、弓を構えるヨリミツ君が目に入った。

 アタシを狙っていた。


 ズゥゥンと空間を揺れた。

 矢は……少し離れた床に刺さっている。

 間一髪のところで、ラルムの移動魔法で救われたようだ。


《のこのこ近づくなんて! 愚かにもほどがあります!》

 尚も続くヨリミツ君の攻撃。アタシを守りながら、ラルムが罵倒する。

《彼の標的はあなたなのです。無策で動くのはやめてください》


「無策じゃないわ。ヨリミツ君の素早さを削がなきゃ、戦いようがない。リュカと挟み撃ちでいくべきだと思ったのよ!」


《その役は、あなたではなくてもいいでしょう?》


 ヨリミツ君の周りに、水色の蛇がうじゃうじゃと現れる。

 ラルムの魔法だ。

 蛇は這うばかりか宙を飛び、縄のようにしなり、もたげた鎌首を錐のように尖らせ、ひっきりなしにヨリミツ君を襲う。


 ラルムの魔法とリュカの攻撃を、ヨリミツ君はひらりひらりとかわす。が、だいぶ牽制にはなっているようで、アタシへの弓攻撃は止んだ。


《で? これからどうするのです?》

 次の作戦は? とラルムが聞いてくる。

《箙の残り矢は三本。間もなく矢は尽きますが、彼の腰には太刀があります。あちらからも、弓同様、私以上の存在を感じます。神の加護下にある武器には違いありません》

 太刀も神聖武器?

《不死鳥の剣は、鋼の剣より多少切れ味がよい程度の武器です。神聖武器と斬り合ったら、折れますよ》

 ぐ。

《その武器で戦おうと思わないことです》


 少し間をおいてから、ラルムが聞いてくる。

《とりあえず、忍者を参戦させてはいかがです?》


 アカネマル君は、姫さまを背にかばいたたずんでいる。


《……あなたは、私の主人です》

 不機嫌そうに水の精霊が言う。

《あなたの命令を、私は果たします。あなたの護衛をしつつ、あの騒々しい姫を守り、赤侍に魔法攻撃を続け、盗賊と忍者に疲労回復の魔法をかけることも出来る。造作もありません》



「アカネマル君! 姫の護衛はこっちで引き受ける! ヨリミツ君を攻撃して!」

 呆然としている少年に、更に言い募った。

「見ればわかるでしょ? あんたのご主人さまは、イバラギに妖術をかけられてるの! 正気に戻すのよ! 手伝って!」

 大きく目を見開いてから、少年忍者はキリリと表情をひきしめ、それから頷いた。



 アカネマル君は、リュカとは反対側へと走った。

 左へ左へと回り込もうとするリュカを追ってヨリミツ君が体の向きを変えると、アカネマル君が死角から攻撃。打ち合わせもしてないのに、見事な連携。

 背後からの攻撃もヨリミツ君は、難なく避ける。ほんのちょっと動くだけで、針状手裏剣をかわす……後ろに目があるみたい。


 ヒットアンドウェイ戦法の、盗賊と忍者。

 それに、ラルムの水色の蛇。


 ヨリミツ君は左手に持った弓を……

 いきなりリュカに投げつけ、

 瞬きの間に、リュカの懐に飛び込んでいた。


「げ!」


 ヨリミツ君は太刀を抜いていた!


 リュカはかろうじて攻撃を避けた。

 投げつけられた弓をよけてワンテンポ遅れたものの、身を大きくそらせ、転がりながら後方に逃れる。


 深追いはせず、ヨリミツ君はリュカとは逆の方向に体をずらす。

 背後からのアカネマル君の手裏剣を避けたのだ。

 見てもいないのに。


 いや……

 よく見れば、アカネマル君の手裏剣、何本かは当たっている。

 だけど、弾いてしまうのだ。

 赤の大鎧が。


 ヨリミツ君の武器は……柄や鞘だけじゃなく刃まで漆黒だ。ぎらりと黒光りする刃は、異様な凄味を醸し出している。触れるだけであらゆるものを斬り裂きそうな。


《並みの攻撃では通じません。あの赤侍は、全身を闘気で覆っています》


《いえ、殺気と言うべきですね。『滅する』という強い意志だけに、包まれています。全身が刃のようなもの。物理攻撃も魔法もすべてを拒絶しています》


《洗脳を解こうにも、彼の気が私の魔法を阻みます。麻痺や眠りのような精神系の魔法も、攻撃魔法も同様です。殺気をバリアとしても使っています》


 むぅぅ。

 侍というよりは、超能力者のような。


《しかし、攻撃に移る一瞬だけ、ほとんどの気が移動します。武器に宿り、あらゆるものを滅する力として発現するのです》

 殺気を、攻防の両方に用いているってわけね。

《攻撃時に、バリアは明らかに薄くなっています。彼の殺気を上回る闘気をもってすれば、バリアを破れるかもしれません。ほんの一箇所、わずかな亀裂だけでもつくってくれれば、綻びから癒しの力をしみこませ、彼の精神呪縛を祓えると思います》


 あのヨリミツ君に接近して、あの殺気を上回る闘気をぶつける……?


 そんなことできるのだろうか?


《一流の武人ならば可能でしょう。あなたの義兄や、裸の戦士、それから、まあ……二十九代目勇者もできるでしょうね》


 歴代勇者のサイン帳さえあれば……キンニク バカ先輩を呼べた。

 だけど、サイン帳は手元にない。イバラギに盗られてしまった。


 先輩に還ってもらうべきじゃなかったんだ。


 このまんまじゃ、リュカたちが危ない。

 今もパシッパシッ破裂音が続いている。アタシや姫さまを庇って、ラルムは存在をどんどん失っていっている。

 とっとと決着をつけた方がいいのに……。


《嘆いてる暇があったら、頭を働かせたらどうです?》

 心の中に思念が流れこんでくる。

《少年たちの怪我は私が癒します。私のダメージはまだまだ瑣末です。雑念は払ってください》

 やけに強い口調で、ラルムが言う。


《あなたはジパング界に『強くなる為』の修行に来たのではありませんか?『どんな強敵であろうとも、仲間と力をあわせ、正義のために戦う。それが勇者だ』と、あなたは教わっている。勇者のくせに、強敵に恐れをなして、何もせずに縮こまっている気ですか?》


 !


《あなたが無能で脆弱であることはよく承知しています。しかし、出逢った時から、あなたは勇者としての自負だけは一人前だった。今、あなたには、しもべも仲間も居るのです。力を合わせ、困難を乗り越えてみせてください》


………


 そうね。


 アタシは勇者だ。

 戦う前から、逃げちゃいけない。

 逃げたら、勇者じゃなくなる……


「……あんたが、みんなを守ってくれるのよね?」

《実際、問題なく守っているでしょ?》



「どっひゃ!」

 奇声をあげ、リュカが転がる。

 太刀が届いてもいないのに、左の二の腕を少し斬られたようだ。

「っくそ!」

 盗賊少年は立ち止まらず走る。袖は血に染まったままだけれども、動きに支障はない。傷は、きっとラルムが癒したのだ。



「ありがと……ラルム」

 アタシが今やるべきことは……

 どうやってヨリミツ君を正気に戻すか、考え、実行することだ。


 ヨリミツ君の殺気を上回る攻撃……

 勇者の馬鹿力(バカぢから)状態なら、やれそう。だけど、アレは狙ってなれるものじゃない。

 不死鳥の剣もヨリミツ君には通じないそうだし……。



 アタシは注意深く、辺りを見回した。


 ヨリミツ君の振りは、ともかく速い。

 剣速が速すぎて、刀身が見えたり見えなかったりする。


 かなり離れたところで小さくなっている姫さま。


 宙に浮かび、杯を口に運んで見学しているイバラギ。


 空間の処々に突き刺さっている矢。

 放り捨てられた弓。


 手裏剣と忍法で、主人に挑んでいるアカネマル君。


 近寄っては離れ、離れては近寄る。相手の隙をうかがい、間合いをとるリュカ。

 彼の右手には、小剣がある。

 ジャンプや回転。軽業師みたいに軽快に動く彼を見ているうちに、ふと気がついた。


 ヨリミツ君は、たまにアカネマル君の手裏剣を赤鎧で弾いているけど、リュカの攻撃はかならずかわしている。

 絶対にくらおうとしない。

 

「ねえ! リュカの小剣って魔法剣よね?」

 あの小剣は、レヴリ団のお宝の一つ。どんな武器なのかは教えてもらえなかったけれども……リュカの口ぶりからすると、すごい効果がありそうだった。

 精霊のあんたなら、リュカの心も読める。わかるわよね?

「あれは、神聖武器?」


《……神聖武器ですね》

 おお!

《ですが、あの世界の主神の神聖とは波動が異なります。もっと格の低い神か、異世界の神の手によるものでしょう》

 それでも、神聖武器よね? あれなら、ヨリミツ君の殺気を斬れる?

《持ち手次第です》

 ラルムがそっけなく答える。

《神聖武器は、振るい手を選びます。とりあえず使用を許してやるレベルの者に持たれても、武器は本気になりません。真の実力を引き出せるのは、武器に惚れられた者だけなのです》


 アタシが囮になって、ヨリミツ君に攻撃させる。

  ↓

 その隙に、リュカが小剣で殺気を斬る。

  ↓

 ラルムが洗脳を解いて、一件落着。


 とはいかないかしら。


《あの盗賊少年と武器の相性が良ければ、成功するかもしれません》

 可能性がゼロじゃないなら、それでやってみるか。


 アタシは周囲を見渡しつつ、尋ねた。

「リュカの神聖武器って、追加効果あるの?」

《あります。魂喰らい……ようするに、即死効果です》

 へ?

《かすり傷でも負わせれば、小剣が相手の魂を喰らいます。敵を『即死させられるかもしれない』武器です》

 ちょっ!

 ダーク設定! つくったの邪神かなんかじゃ?

 てか、マズくない? あの小剣でヨリミツ君を斬ったら! 死んじゃうわ!

《問題ありません。死後三分以内でしたら、もう一度斬ることで魂を戻せますから》

 戻すぅ? そんなホイホイ出し入れできるもんなの、魂って?

《更に言えば、好き嫌いが激しい。アイテム鑑定魔法によると、魂を喰らう確率は1000万分の1だそうです》

 はぁ。

《魂喰らいは、ほぼ発動しません。英雄世界の宝くじで一等に当選するぐらいありえない確率です》

 わけわかんないわよ、そのたとえ!

《彼はそれよりも、同時に付加されている『切れ味が良くなる魔法』と『10分の1の確率で発動する麻痺魔法』を評価して、自分用の武器に選びました。軽量だったことも、選択のポイントだったようですが》

 なるほど……


 目標のものを視界に捕らえながら、アタシは水精霊に命じた。

「ラルム。リュカとアカネマル君の心に話しかけて。全員の連携で、ヨリミツ君の洗脳を解きましょう」

 とりあえずやってみよう!

 失敗したら、その時は、その時!

 ラルムは、精霊の誇りにかけて誰も死なせない。そう信じて、思いっきりやろう!






 ヨリミツ君が振り返る。


 思いもかけぬ方向からの攻撃も、彼はいともたやすくよけてくれた。

 そして、小剣と短刀で迫り来るリュカとアカネマル君を太刀で軽くあしらい、駆け出す。


 アタシへと。


 次の矢をつがえ、きりりと弦をひきしぼる。

 ヨリミツ君の弓と矢。ラルムに頼んで集めてもらったそれは、神聖武器とその矢だ。


 これならば、ヨリミツ君を攻撃できる。

 装備条件はわからなかったものの、チャレンジしてみたのよ。

 アタシは勇者だし!

 準神族扱いだから、大目に見てもらえるんじゃないかと。

 強弓なら無理だったけど、楽々と引ける。膂力の弱いアタシでも、問題なく使えそう。

 それは、この武器がアタシの使用を許してくれたから……。


 見習い時代に習ったから、弓はいちおう使える。


 (まと)が大きいから、たぶん、あたる。

 きっと、あたる。

 どんどん近寄って来るから狙いづらいけど!


 ひょうっという音と共に、矢が宙を走る。


 距離にして、十数メートル。

 至近距離からの射出だというのに、ヨリミツ君ったら、あっさりと斬り落としてくれやがった。

 目も運動神経も、異常なほど良すぎる。


 アカネマル君の手裏剣が、ヨリミツ君の足元へと飛来する。

 白袴と毛皮の靴を集中的に狙う。


 わずらわしく思ったのか、ヨリミツ君は跳躍した。


 自分の背よりも高く。


 全てがスローモーションのように見えた。


 こんなこと、前にもあった。


 あれは……幻想世界でカトちゃんに襲われた時。

 ジョゼ兄さまを飛び越え、カトちゃんは迫って来た。

 大きく口を開き、前足を突き出して。

 飛びかかってきたのだとわかっていても、アタシは動けなかった。

 どこを狙えばいいのか、さっぱりわからなかったから。

 アタシは剣を構えたまま、ただ茫然と蒼狼を見ていた。


 けれども、今は……

 自分の意志でここに踏みとどまっている。

 ヨリミツ君の刃がアタシを狙っていると承知の上で。

 目をそらすことなく。


「……塵となれ」


 上段に構えた武器を、ヨリミツ君が振り下ろす。


 パシッパシッと、アタシを守るラルムの一部が音を立てて消えてゆき……

 跳躍の勢いをのせた黒い刃が迫る。


 死を意識した。

 このままなら、頭のてっぺんからまっぷたつに両断される。

 けど、動いちゃだめ。

 アタシは死なない!

 ラルムを信じる!


 刃が届くぎりぎりのところで視界が変わる。


 刀を振り下ろすヨリミツ君を遥か後ろから、眺めるような視界。

 ラルムの移動魔法で運ばれたのだ。

 アタシの体から力が抜ける。

 立っていることができず、へたっとその場に座り込んだ。


 床に足を着けた瞬間、ヨリミツ君が姿勢を崩す。

 そこを狙い、背後からリュカが迫る。

 リュカの小剣の煌きが見えた。


 うまく……いった?


 作戦は、いたってシンプル。

 リュカとアカネマル君が攻撃を仕掛け続けてヨリミツ君の進路を狭め、囮のアタシのもとへ誘い込む。

 アタシの周囲の床には、透明化&平面化の変化をしたラルムにスタンバイしてもらっていた。

 ヨリミツ君がそこにのっかったら、アタシに襲いかかる瞬間を待って、転ばせてと頼んでおいた。

 足元の床がいきなり柔らかくなって凸凹(デコボコ)したら、誰だって姿勢(バランス)を崩す。

 そこをリュカが斬って、闘気のバリアが破けたらラルムが洗脳を解くってことになっていて……



《百一代目勇者様!》

 ラルムの叫び声が聞こえた。


 ありがとう、ラルム……

 移動魔法で運んでくれて。

 おかげで、まっぷたつにされずに済んだ。


 背筋がゾクッとしたけど、あんたを信じて良かった……


 何だかフラフラする……


 水色の淡い光がアタシを包む……


 癒しの魔法だ……と、気づいた時には意識が遠のきかけた。


 ダメだ。

 今、寝ちゃ。

 作戦が失敗だったら、次の手を考えなきゃ。


《成功しました。侍は正気に戻りましたよ》


 本当……?


 良かった……


 アタシは瞼を閉ざした。






「お目を覚まされましたか」

 滲んだ目に、格好いい男性が映った。

 雄々しい赤鎧が良く似合う、武人らしい雰囲気が漂う美形だ。


 大きな兜を被ったその人は凛々しい顔立ちで、切れ長の瞳でアタシを見ていた。

 黒曜石のようなその目も、目元もとても鋭い。

 けれども、アタシを見つめるその表情からは、ひたむきさと、甘さ、柔らかさが感じられて……



 胸がキュンキュンした……



 心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。

 欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。


《あと四十八〜 おっけぇ?》


 と、内側から神様の声がした。



「あれ……?」

 よく見れば、覚えのある顔だった。

「ヨリミツ君……?」


 黒髪黒目の美少年がかしこまり、アタシに対し、頭をほんのわずかに下げる。

「再びお救いくださり、まことにかたじけのう存じます」

 兜に、赤鎧。武人らしい格好をしているせいか、印象ががらっと変わった。……すっごく格好よく見える。


「我が剣を恐れず立ち向かわれた勇者殿の意気、感じ入りてございます」

 きりっとした顔立ちのヨリミツ君が、アタシを見つめる。

「剣圧にて、柔肌に傷をつけしこと、深くお詫びいたします」


 え?

 剣圧で、傷?


 きょろきょろと辺りを見回すと、やれやれって顔のリュカ、ヨリミツ君の後ろに控えるアカネマル君がいて……

 アタシの水の精霊は、ちょっと離れた所で、ばつが悪そうにそっぽを向いていた。

《刃が届く前に移動魔法で運んだのですが、剣圧で頭頂から額にかけての皮膚が切り裂かれていました。しかし、骨は無事。出血量が多かったせいで、自律神経が過剰に反応し、脳貧血をおこしただけです》

 たいしたことありませんと、水の精霊の思念は言い切る。

《傷一つ残らぬよう癒しましたし、血もぬぐいましたから》

 ラルム〜

 あんた、アタシを守るって言い切ったくせにぃ〜

 まあ、死ななかったからいいけど!

《……私はあなたを絶対に死なせませんよ》


「素晴らしき覚悟を拝見いたしました。潔く生き、桜の花のごとく潔く散る。武士の本懐にござります」

 ヨリミツ君は、熱い瞳でアタシを見つめている。

「異世界人であり、しかも、おなご。なれど、勇者殿は我が家に伝わりし八幡大弓を引かれた。あれは武人の覚悟を持たぬものには、引けぬ弓。怪力の者とて、武人にあらずは使えませぬ」

 へー そうなのか。

「まれ人でありながら、もののふとお見受けいたします」

 もののふというか。

「勇者よ。魔王を倒す、存在よ」


「さようおっしゃっていましたな」

 ヨリミツ君が姿勢を正す。もともとしゃきっとしてたんだけど、更に真っ直ぐに。

「いまいちど、名を問うてもよろしいか?」

「ジャンヌよ」

「じあんぬ殿か……そこもとにふさわしき、愛らしき響きの名じゃな……」

「……ありがとう」

 発音が微妙に違うけど……ま、いっか。

 ヨリミツ君が、子供のものとは思えない、穏やかな笑みを浮かべる。凛々しくって……何というかセクシーな……。


「鬼どもを倒し、魔王退治の本懐を遂げられた後にて、結構にございます。それがしの妻となってくださりませ」


 は?


「我が子を産むにふさわしき方は、じあんぬ殿をおいて他にはございませぬ」


 えぇぇ?

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