鬼に抗えぬ者
「アカネマル。勇者相手に、丸腰ではこころもとなかろう? 貴様の武器を返してやる」
茨木童子が指した先に、ショルダーホルスターのような革具が現れる。
収められているのは、拳銃ではない。針型手裏剣が複数固定されている。
「手裏剣……」
投げ武器としての手裏剣が歴史上に登場するのは、室町だったか、戦国だったか……。どちらにしろ、平安時代には無いはずの武器だ。兄貴からもらった無駄知識によれば、だが。
茨木童子の側には、気を失った少女が浮かんでいる。白蛇に絡みつかれている彼女は、やんごとなき姫君らしい。少年は、彼女の護衛を主人ヨリミツからきつく命じられているのだとか。
すまなそうにこちらに頭を下げ、少年が武器を拾う。
短刀や小袋も渡されていた。
手裏剣術は立派な武術だ。
手裏剣の使い手=忍者ではない。
だが! しかし!
時代劇ではほぼ、手裏剣の使い手=忍者だ。
忍者が華々しく活躍するのは、戦国以降の物語においてだが……
この少年は、本物だろうか?
仲間割れに追い込まれた状況だというのに、胸がわくわくしてしまう。
忍者と対戦したことはない。
ここは並行世界だ。
酒呑童子の時代に忍者が居るのも、アリなのかもしれない。
いや、アリであって欲しい。
やはり、素早いのだろうか?
忍法は使えるのか?
分身、変わり身、影縫い、五遁、口寄せ、微塵がくれ……
「余裕の笑みじゃな、勇者」
いかん、口元がにやけていたようだ。
「子供とあなどるでない。やすやすとは倒せぬぞ。そやつ、そう見えて、侍大将が家に仕える忍び。並みの侍よりも強いぞ」
よし! 忍者!
拳をぐっと握り締めた。
「ただの子供が相手ではない方が、気が楽だ。弱いものいじめは好かん。忍者ならば、有り難い」
オブラートで包んだ本音を言ってみる。
「勝敗の裁定は我が下す」
茨木が薄く笑う。
「勝負がついたと、傍目からわかる形で勝て。殺して動かなくするのが、最もわかりやすかろうな」
そんな勝利は、百一代目勇者は望まないだろう。
負けるわけにもいかない。
さて、どうするか……
とりあえず闘ってみるか。
忍者……
どんな攻撃をしてくるんだろう。
* * * * * *
キンニク バカ先輩は、ジュードー家。
接近戦を得意とする、格闘家だ。
対するアカネマル君は、忍者らしい。
ということは、飛び道具や忍法を使った中距離戦法を主軸に、隙を見て接近戦を仕掛ける戦闘スタイルかしら。
先輩はアタシの仲間のために、
アカネマル君はお姫さまを取り返すために、無理矢理戦わされるという状況……
でも、でも、でも!
どうしても、ドキドキしちゃう!
アカネマル君が忍者だなんてぇぇ!
忍者といえば、アレよ。
超一流の諜報員で暗殺者。
ファンタスティックな忍法。
アメージングな体術。
風のように現れ風のように去ってゆく神秘的なスーパーヒーローなのだ。
『勇者の書』でも忍者は、超人気。
ジパング界や英雄世界他、三つの世界で存在が確認されている忍者は、勇者PTにひっぱりだこ。
仲間にした勇者は『千人力を得た』と書き残し、
仲間にできなかった勇者は、己の不運を呪いながら、仲間にしたかった職業ナンバー1に忍者をあげている。そんな勇者が片手じゃ数え切れないほどいるんだ。
アカネマル君は、あまり『忍者』っぽくない。
有名な『全身墨染めの黒装束』ではないし、『どこが忍んでいるんだ!』とつっこみたくなるド派手な色の装束でもない。
顔だちも、優しそう。まあ、見るからに危なそうな顔じゃ、隠密活動できないし。警戒されない外見の方が諜報活動には向くのかも。
それに、足が速かった。お姫さまを担いでても、誰より速く走れていた。
どんな戦いになるんだろう?
アカネマル君が超一流の忍者でも、キンニク バカ先輩のが強い……と思う。
武闘派勇者だもの。
今の肉体が、アタシの体ってところがハンデだけど。
「お許しください、勇者さま……」
針型手裏剣を手にしたアカネマル君が、先輩と距離をとって向かい合う。
「恩人であるあなたに刃を向けます」
「仕方あるまい」
先輩が鷹揚に答える。
「全力でこい。全力で叩き潰してやる」
いや、叩き潰すのはどうかと……
アタシの視界から、アカネマル君の姿がフッと消える。
何処へ? と思う間もなく、アタシの体は動いていた。
どいた場所に、カカッと針が突き刺さる。
アタシの体に宿った先輩が、剣を振り回す。
キンキン音を立て、飛来していた針が落ちてゆく。
早い……アタシが目視した時にはもう、針が叩き落されている。
先輩が弧を描くように動く。
視界の端にアカネマル君が見える。
先輩の死角に回ろうとしているアカネマル君を、阻止しているのか。
かと思ったら、先輩はいきなり後方ダッシュをした。
うぉ!
アカネマル君が、口から火を吹いている!
忍法ね!
あの位置に立ってたら、丸焦げだったわ!
火を吹きながら、アカネマル君が顔をしかめる。
炎の攻撃をあっさりかわした先輩に、驚いているのだろう。
アタシだって、びっくりよ。
何で、避けられるの、先輩?
どんな攻撃がくるのか、さっぱりわからなかったはずなのに。
先輩が見ているものを、アタシも同時に見てはいる。
けど、アタシがあれは何々だと気づく時には既に、先輩は最良と思われる動きをしている。
勘……?
だけじゃないか。エスパーじゃないんだし。
相手の様子から、仕掛けてくるタイミングとか技が察せられるものなの?
一流の格闘家なら……。
むぅぅ。
悔しい。
アタシも勇者なのに!
必死に、先輩に同化してみた。
わかったことは……
先輩は目をよく動かしている。
常に相手を視界に捉え、相手の持つ武器に注意を傾けている。けれども、それ以外のものも見ている。相手の周囲、足元、相手の目線。
焦れたのか、短刀を手にアカネマル君がダッシュしてくる。
アカネマル君の姿を中央に捉えたまま、先輩の視界が揺れる。上下左右を素早く見渡し、先輩は動いた。右手に持っていた剣を投げつけたのだ……不死鳥の剣を。
刃がアカネマル君の体に吸い込まれてゆく……
アカネマル君を刺した……?
真っ白になりかけるアタシ。
おかまいなく、先輩は動く。
後方に左肘を入れ、左足を後退させ、そこにあったものをひっかけたのだ。
ほぼ左手一本で背後のものを宙に舞わせ、先輩はそれを床にダン! と叩きつけた。
投げられたのは……アカネマル君だ。
あれ? と思った時には、
わりとすぐ近くで、ボン! と爆発音があがった。
見れば、刺されたはずのアカネマル君の姿は何処にもなく、不死鳥の剣だけが床に落ちていた。
ピンときた!
分身の術よ! きっと!
幻術の分身を陽動に使って、その間に本体は背後に回って止めを刺す……忍者の常套戦法だ!
「自分の勝ちだ」
静かな眼差しで、先輩がアカネマル君を見下ろす。
ぐったりと倒れている彼には、意識がない。
「気も送った。とうぶん、少年は目覚めない」
「早いな」
戦いを見守っていた白髪鬼が、つまらなそうに息を漏らす。
「そこな小僧では、やはり役不足であったか」
「そんなことはない。少年は、なかなか善戦した。毛だらけ鬼どもよりは、よほど手ごたえがあった」
「ほう。楽しめたのか?」
「ああ」
「なるほどな……」
顔だけはラルムによく似た男が、にぃぃっと笑う。
「ならば、もうしばし楽しめ」
「!」
先輩がザザッと後退する。
信じられないと、目を見張りながら。
ゆっくりと、アカネマル君が体を起こす。その手にあるのは、針型の手裏剣だ。頭痛を堪えるかのように頭を振りつつ、少年は立ち上がり、先輩を……アタシをみすえた。
「数時間、起き上がれるはずがない……並みの人間であれば」
先輩が横目で、白髪鬼を睨む。
「……何かしたのか?」
胡坐をかいて宙に浮かんでいる奴が、フンと鼻で笑う。
「我は見届け役。一方に肩入れなどせんわ」
「なるほど。おまえではないのか」
会話はそこまでだった。
アカネマル君の攻撃を避け、先輩は走り出した。
『すまん』とか『少し痛いぞ』と断ってから先輩は、アカネマル君の手をひねり、足首を蹴り、羽交い絞めにし、肩に肘を入れ、とさまざまなやり方で行動不能にする。
けれども 倒れても、倒れても、アカネマル君は立ち上がる。
悲壮な顔で、攻撃してくるのだ。
先輩がチラチラとイバラギの方を見るので、アタシにもわかった。
先輩が見ているのは、イバラギではなく、その横の姫さま。それと姫さまに絡み付いている白蛇だ。
アカネマル君が倒れる度、大蛇と姫さまの周囲がほんのちょっぴり淡く光る。蛇の目も、光っているような。
治癒魔法を使ってるのは、あの大蛇だ。
あの大蛇をどうにかしなきゃ、この戦闘は終わらない。
とはいえ、近づけない。あいつらの周囲には、目に見えないけれども、壁がある。
イバラギたちの方に向かおうとしても、近づけば近づくほど進む方向がずれていく。どうあっても、イバラギたちに近づけないのだ。
それに、大蛇を下手に刺激するのは危険だろう。蛇が興奮して力を強めたら、巻きつかれている姫さまが危ない。胸を圧迫されて窒息死、全身の骨をくだかれてショック死、大蛇に丸呑みされる……ろくでもない想像ができる。
「すみません、勇者さま……」
荒い息を吐きながら、アカネマル君はアタシと対峙している。
「姫さまだけは何としてもお救いしなくては……負けるわけにはいきません」
胸がきゅぅぅぅんとした。
アカネマル君は、けなげで、その外見に似ず……強い。
アタシ本人がアカネマル君と対戦していたら、きっと負けてた。
その素早い動きに翻弄され、何がなんだかわからない内にアタシは攻撃をくらって、倒されていただろう。
けれども、格闘の達人がこの体を動かしてくれ、大蛇がアカネマル君を回復し続けたおかげで、戦闘は長引きまくり……
二人の闘いを、アタシはずっと見学できた。
だんだん、わかってきた。
先輩は、視覚だけには頼っていない。
目でとらえきれぬ相手と戦えるのは、『読み』だろう。
相手が次にどう動くのか、というか動きたがっているのかを察して、自分が有利となる間合いをとり続けている。
ちゃんと見ていれば、いろんなことがわかる。
たとえば、いつ忍法が来るかなんてわかりやすい。アカネマル君は、放つ前に予備動作をとるから。手で印を結ぶ、印を切る、口を素早く動かす……。
次の動きの予測もたてられる。床を踏みしめる足の開き方、重心の移動、腰の向きなんかで。
分身の幻術も見破りやすい。分身には影がないから。影を伴わないアカネマル君は幻。本体は幻の反対側やら先輩の死角やら、攻撃をされたら嫌な所に回りこもうとする。
相手の手の内の武器ばかり見ちゃいけない。
アタシの注意をよそにそらしてる間に、敵は別の方向から攻撃してくるかもしれないのだ。
攻撃の前兆を見逃さない、相手の狙いを読む、こちらから攻撃をしかけるタイミングをはかる……
「悪いな……これはかなり痛いぞ」
スゥッと息を吸って、先輩が自分から動く。
警戒し、下がろうとするアカネマル君。
逃さず一気に近づき、アカネマル君の足の間に自分の右足を入れ、先輩が身を沈める。
え? と思った時には、先輩は仰向けに倒れていて……アカネマル君が宙を舞っていた。
先輩が投げた? 倒れながら? ジュードーの技?
速すぎて、どーやったんだか、いまいちわかんなかったけど!
ダン! と床に背から落ちたアカネマル君。
すかさず近寄り、先輩がお腹に手刀を入れる。
霊力をこめて。
起き上がりかけていたアカネマル君の体から、くたっと力が抜ける。
その場でアカネマル君を見下ろす先輩。
治癒魔法は怪我を治せる。痛めた骨や筋を治し、出血を止め、傷口を塞げる。
けれども、癒されたからといって元通りになるわけじゃない。治された分だけ肉体に負荷がかかるから、ものすごく疲れるのだ。
疲労回復の魔法も同時にかければ、問題ないっちゃ問題ないんだけど……
短時間に頻繁に癒されすぎると、魔法のかかり自体が悪くなるって聞いたことがある。
回復魔法が効かなくなるまで倒し続ければ勝てるのかもしれないけど……
それじゃアカネマル君の体が……
それに、ずっと戦い続けているんじゃ、先輩もつらいだろうし、アタシの体力がもつのかどうか……
アカネマル君の瞼が、ピクッと動く。
顔に血の気も戻りかけてる。
もうすぐ彼は目覚める。
先輩は回復しつつあるアカネマル君を見下ろし、彼のお腹に右掌を置き、グッと押し当てた。
アカネマル君の体がビクンと撥ね……
視界の端で、何かが弾けた。
先輩がゆっくりとそちらを向く。
宙に浮かぶ、やんごとなき姫さま。
姫さまは、まだ気を失ったままだ。
けれども……さっきまで彼女に絡みついていた大蛇が消えている。
「……自分の勝ちだな?」
ゆっくりと立ち上がり、先輩が白髪鬼に問う。
「回復役は四散させた。この少年は戦闘不能だ。しばらく覚醒しない」
「そうじゃな……貴様の勝ちじゃ」
イバラギは赤い杯を持っていた。それをクイッとあおり、先輩が宿るアタシをジッと見つめる。
「面白い技を使ったな。小僧を攻撃して、カギロイを四散させるとは……。遠当ての一種か?」
「教えん」
先輩があっさりと言う。
「タダで敵に手の内を明かすか。そこまで、自分は馬鹿ではない」
二本の指を立て、言葉を続ける。
「報酬をくれ。そこの姫と勇者ジャンヌの仲間。二人を返してくれるのなら、疑問に答えよう」
おおお!
先輩! 意外としたたかというか、頭がいいというか! キンニク バカって通り名なのに!
「報酬なあ……」
イバラギは思案げに顎の下に手をあてる。
「ま、良かろう。その姫と勇者の精霊。二体を返そう」
おおお!
「で? 貴様、何をした?」
「……簡単なことだ。おまえも大蛇も姫も魔法障壁の向こうに居た。障壁を壊さない限りは、近づけない。だが、少年に治癒魔法をかけるタイミングには繋がる。でなければ、治癒できない」
「しばらく対戦し、治癒の瞬間だけこちらとそちらが繋がるとわかった。錐で開けたような細い道だが、確かに繋がっていた」
「大蛇に治癒魔法を使わせ、霊力の波動を少年に打ち込み、大蛇のみを……いや、あの光精霊に繋がるものだけを粉砕した。それだけだ」
「大蛇姿のカギロイを、光精霊と見抜いたか」
「見れば、わかる。精霊は見慣れている」
勇者OB会のリーダーが、いっぱい精霊を抱えているからですね。
「四散させる方法も知っている。あの精霊には悪いことをしたが、じきに復活するはず」
「ふぅん……精霊支配者としての知識もあるのか。ただの武闘家ではないな……面白い。貴様であれば、今すぐにもシュテン様のお相手が務まろうが……」
顎の下をさすり、イバラギが首をかしげる。
「用があるのは、百一代目の方らしい」
ん?
「どういうことだ?」
「こちらの事情じゃ」
答えをそれだけで済ませ、白髪鬼が肩をすくめる。
「約束であったな、報酬をやろう。姫と精霊を返す」
気絶中のキャーキャー姫がイバラギの横からフッと消え、アカネマル君のすぐそばに現れる。
それとほぼ同時に、アタシの前には全身水色の男が出現。肩より下の辺りで結ばれている水色の髪、水色のローブ、涼しげな切れ長の瞳。男にしては線が細い、優美な美貌……
イバラギによく似ているけれども、眉の形と髪や目の色は違っていて、表情はまったく違う。
《百一代目勇者様……》
水の精霊がアタシを見つめる。
《又、疲労状態ですね……。脆弱な人間のくせに、まったく、あなたは……》
今、体を動かしているのは、キンニク バカ先輩だ。
だけど、体の中にアタシも居ると、精霊である彼にはわかるのだ。
ひんやりとした、淡い水色の光がアタシを包み込む。
疲れきった体がどんどん癒されてゆく。
でも……
何でラルムが、ここに?
あんた、エドモンといっしょだったのに。
あんたたちも捕まってたの?
《狩人のうかつな行動の結果です》
ラルムがムッと眉をしかめる。
《彼が黄金弓で呪具を破壊した瞬間、異空間に封じられました。破壊者への報復が呪で仕込まれていた……そうとしか思えません》
魔法道具って?
《連山全体が巨大結界に覆われていたでしょう? 呪具を一定間隔に配置し、呪具の補助によって、鬼たちは広範囲の結界を維持していたのです》
へー
それをエドモンが壊したの?
水の精霊が頷く。
《動物に案内された地に、呪具が埋められていました。あれが無くなれば結界の一部に穴が開くことは明白でしたが……私が呪具の性質を調べ終えるまでは待って欲しかった》
エドモンは何処? と尋ねると、わからないと返答が返った。
《先ほどまで封じられていた異空間には、私しか居ませんでした》
イバラギは澄ました顔で、
「誰をどのような形で返すかは、気分次第と伝えたはず。貴様が勝つ度、仲間を返しているのだ。約束は守っている」
などと言いやがった。
ソルたちの他に、エドモンもさらわれていて……
アカネマル君や姫さまも捕まっていたんだ、あの場にいた全員もさらわれたとみるべき。
子供達全員と、ピロおじーちゃんと、ポチ、それにお師匠様……。
シャルル様たち別働隊だって無事かどうかわからない。
人質は、まだ二十人以上居る。
たった五回の勝負じゃ、全員を取り返せない……
《全員を返してもらわなければ意味は無い。百一代目勇者様はそのように考えていらっしゃいます》
アタシの気持ちを、水精霊が代弁してくれる。
「ならば、五つの勝負の後に、新たに賭けをするか?」
白髪鬼がクククと笑う。
「五つの勝負すべてに勝てたら、六つ目の賭けをしてやる。褒美は『すべての仲間』を返すで、どうじゃ?」
また、賭け?
何、考えてるの、こいつ……。
「『仲間を全員返し、以後、二度と捕まえない。全員の行動の自由を認める』。褒美は、それで頼む」
キンニク バカ先輩が、淡々と言う。
「全員返された後に、又さらわれてはかなわん。六つ目の賭けとやらを、真に最後の賭けとすると誓ってくれ」
おおお!
そっか! この男なら、『ふふん、報酬として一回は返した。だが、またさらったぞ。返して欲しくば、賭けをしろ』とか言うかも!
白髪鬼が片眉を上げる。
「まあ……良かろう」
むすっとした顔……
やっぱエンドレスで賭けをする気だったのね……せこいわよ、あんた。
ありがとう、先輩! しっかり先手をうってくれて! ほんと頭がいい! キンニク バカなのに! イメージ、変わりました!
「残りの賭けは三度。その全てに貴様が勝てたら、六つ目の賭けをする。良いな?」
ラルムを通し、OKの意志を伝えた。
「で? 貴様、それにあたり、何を賭ける?」
ん?
なんか賭けなきゃ駄目なの?
「一度に十人以上を返すのだ。相応のものを賭けてもらわねば、割りに合わぬ」
むぅぅ……
「……仲間はどうじゃ?」
え?
「五つの賭けの間に取り返した仲間。その全てを賭け、こちらの手元に残った手駒を取り返す……釣り合いはとれている」
《百一代目勇者様の返答をお伝えします。『ぜったい嫌! 仲間を賭物にするとか、ありえない! ふざけんじゃないわよ、このバカ! 白髪あた』……省略します……罵詈雑言が続いています……》
「何も賭けぬのなら、賭け自体が成り立たぬ」
ぐ。
「六つ目の賭け、やりたくはないのか?」
それは……
「全ての仲間を取り返したいのであろう?」
そうなんだけど……。
「まだ時はある。何を賭けるか、考えておけ」
……わかったわ。
「さて、三戦目にしよう。次は、」
イバラギは扇子を持った手で、こちらを指してきた。
「勇者ではなく、そのしもべの戦いが見たい」
扇子は、アタシの水精霊を指していた。
「そやつと戦いたいと、我が手のものが言うておるでの」
手のもの?
イバラギが、ムニャムニャムニャと呪文を唱える。自動翻訳機能があるのに聞き取れない。多分、この世界の者にも理解不能な言語……呪文なのだろう。
「我が命に従い、現れ出でよ、水なる存在ミツハ」
現れ出でた時、それは人の形をしていなかった。逆巻き天に向かう水の竜巻そのものだった。
けれども、それは、やがて人の形をとった。
太もも露なミニスカみたいな水色の着物、こんもりと結い上げた水色の髪。
泣きボクロが色っぽい美女が、ラルムに手を振って笑う。
《はぁい、ラルム。お久しぶり〜 しばらく見ないうちに、ちょ〜図々しくなったじゃない?》
キャハハハと、明るく、癇に障る声で。
《なんなの、その人型! カガミ マサタカ様の真似っこぉ? しもべにすらなれなかった落ちこぼれのくせに! ダサ! ダサ! ダサ! その姿やめてくんない? すっごいムカつく! あんたじゃ、マサタカ様のお美しさは再現できないわよ!》
《……ミツハ》
ラルムが眉をくもらせ、イバラギの横の女性を見つめる。
《あなたこそ、しばらく見ない間に、ずいぶんと下品になりましたね。カガミ マサタカ様のしもべに選ばれ水界を旅立ったあなたが、なぜそんな下衆な男に従っているのです?》
……知り合い?