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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
鬼を狩るもの
102/236

鬼と賭けし者

 女の人が唇の下で結んでいた紐を解き、薄絹つきの重たげな笠を外した。

 笠の下から現れたのは……老婆のような白髪だった。

 黒々としていた美しい髪が、笠を外した途端、真っ白になってしまったのだ。

 だけど、顔は変わっていない。色白で、若々しい艶やかな美はそのままだった。


 切れ長の黒い瞳が、アタシを見つめる。


 鼻筋が通った、ほっそりとした綺麗な顔立ち……さっきまでは女の人にしか見えなかったのに、女々しい感じが無くなった。

 男性だ。

 アタシの水精霊とよく似ている。

 髪と瞳の色、眉の形だけが、はっきりと違うけれども。薄い墨で書いたような丸い眉は、呪術化粧のようだ。

 それに、表情……

 口角を吊り上げた冷たい笑みも、アタシを見下す傲岸な瞳も、ラルムに似ているようで似ていない。

 挑発的な笑みが、上品な顔立ちを台無しにしている。見る者を不快にする、相手の神経を逆撫でするかのような表情なのだ。


「イバラギ童子ね……?」

 アタシは鬼の副将を睨みつけ、腰の魔法剣を抜いた。

「ソルたちを返しなさい」


他人(ヒト)の心配なぞしている場合か、勇者」

 イバラギが、酷薄に笑う。

「貴様、(われ)にさらわれたのだぞ。己が身を案じてはどうだ? ここは我が妖術でつくった、小世界。我が意のままに、世界は形づくられる」


 うるさい! ンなことは、今はどうでもいい!

「聞こえなかったの? ソルたちを返せって言ってるのよ!」


「気の強いおなごじゃ」

 アタシが怒鳴ると、白髪鬼は声をあげて笑いやがった。

「しかし、吠えるだけならば、子犬にもできる」

 む!

「欲しいものは、己が力で勝ち取るがいい」


 顎の下をさすり、白髪鬼がニヤニヤと笑う。


「賭けをせぬか、勇者」


「賭け?」


「貴様が勝てば、褒美をやる。仲間を返してやろう」


 !


 奪われた五つの契約の証が脳裏をよぎる。

 風と土のイヤリング。光と闇のブローチ。炎のペンダント。


「ソルたちを返してくれるの?」

「仲間を返すと、言った。だが、たったの一度の勝ちでは全てのものは返せぬなあ」

 む。

「じゃあ……何回勝てばいいの?」

「さてなあ。貴様が勝ち続ける限り、遊んでやってもいいが……」

 白髪鬼は顎をしゃくった。

「勇者、賭けの回数は、貴様に決めさせてやろう。我と何度、賭けをしたい?」


「五回よ!」

 決まってるじゃない!

「全員、返してもらうわ!」


「しかと聞いたぞ、その言葉」

 イバラギが声をあげて笑う。何が面白いのか、大笑いだ。


 ムカつく!


「勇者。我と貴様の言の葉により呪は成った。貴様は我と五度賭けをし、勝ち続けねば、己の世界に還れぬぞ。いいな?」


「いいわよ!」

 五つとも返してもらうわ!


 イバラギが両手を水平に伸ばし、掌を下に向ける。

 彼の背後の床から、何かが続々と現れ、にょきにょきっと大きくなってゆく。

 色とりどりの毛を生やし、そいつらはたちまち一本角の毛鬼と変化した。


「また、それ?」

 鼻で笑ってやった。

「鬼の副将のくせに、芸がないわね。あんたの部下、そいつらしか居ないの?」


「言うてくれる」

 白髪鬼がクククと笑う。


「こやつら全てを倒せれば、貴様の勝ち」

 イバラギが背後を掌で指す。

 大熊なみにデカい鬼どもは……十体以上。イバラギの背後に、ぬぼーっと立っている。

「喰われたら、貴様の負けよ」


 鬼たちを数えてみた。

 全部で……十三。


 一人で、十三体とやれと?


「一つ教えてやろう」

 イバラギが口元を隠し、楽しそうに笑う。

「ここは我のつくりし異空間じゃ。貴様の身に契約の証が残っておっても、頼みの綱は呼べぬぞ」


 へ?


「精霊は、自力では次元の壁を越えられぬ。異空間に封じられた主人のもとへは駆けつけられぬのだ。精霊使いであれば、知っておろう?」


……知ってるわよ!

 てか、知ってたわ! 前に教えてもらった!

 今の今まで、忘れてたけど!

 さっき呼んでもみんなが来てくれなかったのは、アタシが異空間に居るからだったのか……。


 イバラギの奴が()り漏らしたんだろう、左右の手に三つの契約の証が残っている。

 右手首の氷のブレスレット、左手首の雷のブレスレット、左の中指の水の指輪。

 だけど、ピロおじーちゃんも、レイも、ラルムも呼べないわけで……。


 アタシ一人でこいつらを倒さなきゃいけないんだ……


 どうやって戦おう?


 毛鬼ども、デカすぎて剣は届かないのに。


 アタシは、胸に左手をあてた。



「……どうして、賭けをもちかけたの?」

 すかした顔の白髪鬼を睨みつけた。

「殺すんなら、とっととやれたでしょ? こんな異空間に誘うより、その方がよっぽど簡単だもの」


「ただ殺すだけではつまらぬ」

 白髪鬼は、フンと息を吐く。

「貴様があがき苦しむ(さま)が見たいのよ」


 はぁ?


「貴様、『鬼ごっこ』の邪魔をしたであろうが。餓鬼どもをさらってな」


 さらったぁ? いけしゃあしゃあと!


「子供たちを都からさらったのは、あんたたちでしょうが!」


「そうよ。さらって躾けておったのよ。シュテン様に献上するにふさわしき玩具にする為にな」


 な……


「異世界の勇者、貴様が代わりを務めよ。我が掌で、無様(ぶざま)に舞うがいい」


「つまり……暇つぶしなわけ?」

 子供たちをさらい、享楽のために弄び、飽きたら殺してきた。


 同じことを、アタシにもしたいわけ?


 最低……。




「アタシ、気がついたらここに居たんだけど……どうやってさらったの?」

 お師匠様やジパング界の子供たちと一緒だった。

 ポチのバリアの中に籠もって、ピロおじーちゃんに姿隠しをかけてもらってた。ピオさんも護衛役で居た。

 あの場から、アタシだけをこっそりさらえるわけがない。


「山の結界ゆえ……と答えておこうか」

 白髪鬼が、にぃっと笑う。

「この山に結界を張っておるのは、我じゃ。居場所さえ知れれば、異分子なぞ造作もなく狩れる」


 え?


 それって……


「あんた、まさか、お師匠様たちもさらったの?」


 そんなはずない。

 精霊は一体で、軍隊でやりあえるほど強いのよ。

 ポチのバリアだって、(せかい)を破壊するミサイルをくらってもへっちゃらなぐらい丈夫なのに。


 だけど、もしかすると……

 アタシがさらわれたようにみんなも……。


「……知りたいか?」

 イバラギが嘲るように笑う。

「知りたくば教えてやってもいいぞ、勇者。貴様が賭けに勝った後、褒美として望むのであればな」


 このぉ!


 

「無駄話はこれぐらいにせぬか?」

 イバラギが掌で、背後の鬼達を指す。

「毛鬼どもも、貴様の血を待ちわびておる」


「ちょっと待って」

 不死鳥の剣を鞘におさめ、アタシは覚書用手帳と筆記用具を取り出した。

「これだけ書かせて」


「時間稼ぎか?」

 薄ら笑いを浮かべる白髪鬼を睨みつけてやる。

「違うわ! 心置きなく戦う準備よ! てか、アタシ、死ぬかもしれないんだし! 仲間への一言ぐらい書かせてちょうだい!」






「まずは、一体と戦え」

 さあ戦闘だ! となったら、白髪鬼の方がそんなことを言ってきた。


 イバラギの背後には、十三体も毛鬼が居る。

 いっぺんに相手をしないで済むんなら、大助かりだけど……


「どうして?」

「勇者の馬鹿力(バカぢから)は意のままに使えぬ。いつもは、もっともっと弱い。貴様、さっき、そう言うたではないか」

 白髪鬼がアタシを見下すように見る。


「全てをぶつけては、遊びにもなるまい。どれほど弱いのかを、まずは見たい」

 ぐっ!

「一体の雑魚ぐらい、倒せるであろう? え? 仮にも勇者であるのならな」


 くぅぅぅ!


 ほっんと、やな奴!


「サービスしてくれて、ありがとう!」

 毛鬼全部ぶっ倒して後悔させてやるわっ!


 水色の毛鬼が一体、進み出る。


 アタシは不死鳥の剣を鞘から抜いた。


 毛鬼は大熊みたいにデカくて、足が速い。子供とはいえ人間を軽々と抱えて丸呑みできちゃうわけだから、力の方もそれなりにありそう。

 弱点は、頭のてっぺんに生えている長い角。

 あれを切り落とせば、倒せる。呪が消えて、毛鬼はただの小さな木片にもどる。


 毛鬼たちは、いつわりの生き物。

 肉も骨もない。

 とはいえ、刃をあてただけでは、むろん切れるわけがなく……

 切り落とすとなったら、相応の力をこめる必要がある。

 骨つき肉を切る時だって、そうだもの。包丁を振り下ろして、ダンッと叩きつけるように切る。

 剣に力をのせるのなら、踏ん張れる体勢じゃなきゃ。


 でも、困ったことに、アタシは背が低い。

 毛鬼が立っていたら、角まで剣はぜったいに届かない。

 ジャンプすれば、つっつく程度ならできそうではあるけど……それじゃあ切れない。


 アランは、両手剣で毛鬼を薙ぎ、転倒させてから角を斬っていた。あれは膂力のあるアランだからこそ出来る戦法だ。

 リュカみたいに身軽なら、ぴょんぴょん跳ねて、毛鬼の肩にのっかって素早く角だけ斬り落とす……なんて戦いも出来たろう。

 シャルル様のように魔法が使えたら……攻撃魔法も空中浮遊も思いのまま。

 エドモンだったら、浄化の矢で十三体を一網打尽にできるわよね。


 だけど、アタシには無理だ。



 不死鳥の剣を上段に構える。

 剣を、やや右に傾けて。


 アタシの倍以上ある異形を、見据える。


 来るなら来い! との気勢をみせて。


 目も鼻も耳もない。

 毛で覆われたそれが、大きな口を開ける。

 そこから牙をのぞかせて。


 アタシを呑みこもうと開かれた大口。


 そう……


 呑みこむためには、アタシを口に運ぶ。


 小さなアタシを捉えるために、大きな毛鬼はかがまねばいけないのだ。


 迫り来る毛鬼の両手をみすえ、ギリギリまで我慢し……それからアタシは動いた。


 勝負は、一瞬で決まった。



「ほほう……思うたよりは、やるではないか」

 白髪鬼が、せせら笑う。

 ほんとに、もうムカつく男!


「雑魚の一匹ぐらい倒せるわよ」


 上段に構えたのは賭けだった。

 毛鬼には、知性も痛覚もなさそうだったから。

 けれども、体の一部を損傷すれば動きは鈍る。

 行動の遅れを厭うたのだろう。毛鬼は闇雲に刃に突っ込む愚を避け、左手をやや下げて、右手を前へと突き出してきてくれた。


 こちらの狙い通りに。


 間合いをみて、毛鬼の左手側に周った。

 獲物(アタシ)をつかみそこねた鬼がつんのめった姿勢で、踏みとどまる。

 頭を低く下げて。


 だから……一気に駆け寄り、腰をひねって跳躍。

 遠心力をのせ、不死鳥の剣を大きく薙いだ。


 毛鬼の角は、スパーンと宙に舞った。

 気持ちがいいほどの切れ味だった。


「武器の良さに救われたな」

「そうね」

 剣が完成するまで腰に飾っておいてくれと、不死鳥の剣をドワーフの王様から贈られた。

 魔法剣だ。

 (ツバ)のそばのルビーの飾りに触れれば剣身は炎に包まれ、折れても火にくべれば甦るらしい(まだ一回も折ったことないけど!)。

 でも、何よりも有り難いのはその重さだ。

 とっても軽くて、持ちやすい。鋼の剣の半分ぐらいの重さしかない。

 非力なアタシが、剣を構えて飛んだり跳ねたりできるのも、この武器だからこそだ。


「剣筋も悪くはない」

「当然よ」

 悪すぎたら、悲しいわ。

「これでも勇者なんだから」

 六つの時から十年間、賢者の館で、勇者修行を積んできた。

 座学もあったけど、主に戦闘技能の勉強だった。

 練習相手は、二十六代目勇者が生み出した魔法木偶人形たち。二十六代目の時代の有名な武道家達の動きがコピーされた人形たちだ。

 本気モードと師範モードに切り替えられる人形達から、十年間稽古をつけてもらってきたのだ。

 得意の片手剣だって、人形に比べりゃ、未だにへっぽこ。

 でも、戦闘素人よりはマシだろうとは思ってた。

 でなきゃ、修行した十年間がむなしすぎるもん!


「見くびってすまなんだな、勇者」

 白髪鬼が口の端を吊り上げて笑う。

「次は二体に相手をさせよう」


 げっ! と思ったけど、口には出さなかった。


 イバラギの背後には、まだ十二体も毛鬼が居る。あれを全部倒せたら、この賭けはアタシの勝ち。五回賭けに勝たなきゃ、奪われた精霊たちを取り戻せないのだ。チンタラしてられない。




「……ようやく倒せたか」

 そう言って、嫌味な白髪鬼が姿を現す。


 肩で息をしながら睨みつけてやった。


 格好が変わっている。女装をやめ、男性用の着物に替え、腰に白い鞘の太刀を佩いている。


 こいつ……ずいぶん前に、この空間から出てったのだ。

 アタシが、ちっとも毛鬼を倒せなかったから。

 飽きただなんて言って!

 その前から、嫌味を言ったり、あくびをしたり、ムカつく態度だったんだけど!


 二体までならどうにかなった。

 でも……三体は、正直、キツかった

 一体をかわしても、他の奴らが別方向から迫って来るし!

 逃げ回ってばっかだったわよ!

 なんとか誘導して毛鬼同士をぶつけ、コケさせて角を斬ったけど!


 走りすぎて胸が苦しい。息が荒いし、手足が重い。流れる汗が不快だ。


 今まで精霊たちに助けられてきたのだと、痛感する。

 移動魔法で運んでもらったり、ちょっと疲れただけで回復魔法をかけてもらったり……。


 唇を噛み締めた。


 最初が一体、次が二体、それから三体。

 ようやく六体を倒せた。

 あと七体……


 イバラギの背後にたたずむデカブツどもを、見上げた。

 命じられない限り、ただぬぼーっと立っているだけ。

 呪術で生み出された、魔法生命体。

 こいつらをあと七体倒せば、最初の賭けは勝ちだ。


 次は四体? それとも三体? 残り七体だから、次が三で、最後が四体かな?


「飲むか?」

 白髪鬼が、左手に持っていたモノを持ち上げる。瓢箪でできた水筒だ。


 喉はカラカラ。


 だけど……

「要らない……」

 飲めるか、ンな怪しいもの。

「……アタシ、人間の血なんか飲まないわよ」


 そう答えたら何がおかしいのか、白髪鬼は声をあげて笑った。

「血ではない。水じゃ。毒も入れておらぬ」

 瓢箪を振りながら、言葉を続ける。

「飲め。飲まず喰わずでは潰れるぞ」


 ごくっと喉が鳴った。

 ものすごぉぉく飲みたい!

 でも、要らないと、かぶりを振った。

 こいつは、食人鬼だ。信用したら、痛い目にあう。毒は入ってなくても、他のものが入ってるかも。しびれ薬とか眠り薬とか……。


「休む暇を与えてやろうと思うたのに要らぬのか」

 ラルムそっくりな顔が、酷薄に笑う。

「勇者様は、ご丈夫のようだ。手加減も、もはや要らぬな。残り七体を全てぶつけるか」


 ちょっ!


 無理無理無理無理!


「待って!」


「手加減はやめると言った」

 冷めた眼差しで、鬼がアタシを見る。

「ものにならぬ輩に付き合う暇などない。負けたくなくば、『勇者の馬鹿力』とやらになれ」


 できりゃ、やってるわよ!


 左手を左胸にあてた。


 この手は使いたくなかった。

 いや、さっき、使おうとは思ったんだ。十三体の毛鬼との対戦を知らされた時に。

 だけど、うまくいかなかったのだ。

……たぶん、条件をつけたから。


 でも、もう背に腹は変えられない。

 今のアタシじゃ、この七体といっぺんに戦うのはぜったい無理だもの! 悔しいけど!


 アタシは勝たなきゃいけないのだ。


 条件を緩めれば、おそらく……うまくいく。


 ごめんなさいと謝ってから、心の中で願った。

『誰でもいいです! こいつらを倒せる人、来てください!』って。


 誰それとか指定しない。


 こっちに来ても大丈夫そうなら来てください、とも条件をつけない。

 お風呂に入ってても、道を歩いてる最中でも、お仕事中でも……すみませんが、来てください。


 アタシ、ピンチなんです!

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