鬼より救いし者
助けた子達のほとんどを、ラルムが眠らせてしまった。
もともと、アタシたちを警戒して、彼等は身を寄せ合って震えてた。
救ってあげた相手から、バケモノでも見るかのような目を向けられるのは……地味に傷ついた。
風のヴァンに移動魔法で運んでもらったのだって、親切心からよ。
どっか安全な場所に移動してから事情を聞いた方がいいと思ったのよ。河原には、砂利が広がるだけ。いざって時に身を隠す木立も無いから。
ヴァンの風結界なら姿隠し効果もあるし、話声も外に漏れない。安全に移動できるもの。
だけど、風から風に渡ってる最中、ジパング界の子たちがパニックになってしまったのだ。
山を越え、谷を越え、飛んでゆくのがよほど怖かったらしい。
風結界が透明なのも、マズかったと思う。
足元の景色の凄さに目を回す子、泣きわめいてうずくまる子、無茶苦茶に暴れ出す子。
けれども、『どっかに下りて』とヴァンに頼んだ時には、叫び声はやんでいた。
大騒ぎしてた子達が残らず、倒れたからだ。糸が切れた操り人形のように、パタパタパタっと。
ラルムが眠りの魔法をかけたのだ。
《結界内で恐慌状態になられるのは望ましくありません。百一代目勇者様とそのお仲間が、要らぬ怪我を負うかもしれません……ぶつかり合って、彼等が負傷する危険もある》
後半の理由はとってつけた感がバリバリだった。
『精霊支配者さえ良ければ、後はどうでもいい』主義のラルムは、時々、命じもしないことを勝手にやる。
子供たち十三人中、起きているのは二人になってしまった。
お姫さまのおつきだった二人だ。
二人とも仲間たちを揺すり、ただ眠っているだけだとわかると、ホッと安堵の息を漏らしていた。
でも、アタシたちを見る目はあいかわらずで、特にラルムを警戒しているようだった。お姫さまを背にかばい、二人はアタシたちを上目遣いに見つめている。
とりあえず、ヴァンに頼んで、何処かの森の中に下りてもらった。
樹木が生い茂る森の中は、昼だと言うのに薄暗い。けれども、地面に降りられたためか、二人の険しかった表情は多少やらわいでいた。
よく見ると、この二人、並んでは座らない。
凛々しい顔の子は常に姫さま寄りに居て、可愛い顔の子はやや離れてる。
たぶん身分が違うんだ。
可愛い顔の子は、最前に居る。いざって時に二人を守る為だろう。
「あなた、足をひねったって言ってたわよね?」
ラルムに頼んで、治癒魔法を使ってもらった。
水色の光が、手前の子の左足首を包み込む。治癒されている間、子供はずっとひきつった顔のままだった。
「ラルムは、アタシの水精霊よ」
優しい声……優しい声……笑顔……笑顔。
「なんとか童子じゃないわ」
その証拠に、呼びかけてラルムに契約の石に戻ってもらった。
ラルムが石に吸い込まれてゆくさまを、二人はポカンと眺めていた。
「ね? わかってくれた?」
二人が困ったように、顔を合わせる。
「アタシたちは、敵じゃないわ。もしかして、さらわれてきたの? 家に帰りたいのなら送るわよ?」
「……そこもとは、異世界の勇者とおっしゃられたな?」
凛々しい顔の子が、やけに固い口調で質問する。すっとした切れ長の目が印象的な美少年だ。
「勇者とはいかような存在であるか、また何ゆえ我等をお助けくださったのか、教えていただきたい」
「弱きを助け、邪悪を討つ者が勇者よ。目の前に困っている人が居たら、救う。当たり前のことだわ」
「その言葉、何に懸けて誓われる?」
む?
……むぅぅ。
「……勇者としての矜持にかけて誓うわ」
「武士の面目に等しきものでござるな?」
そこで、アタシの心にスッと思念がすべりこんでくる。《オジョーチャン。面目ってのはね、名誉や体面のこと。この世界の侍は、面目を失うぐらいなら、自決するのが美学みたいよ》ってな内緒話を送ってくれたのは、ちょこんと座っている緑クマさんだ……ありがと。
アタシは胸をそらせ、堂々と答えた。
「その通りよ」
「承知いたしました」
古風な口調の子が姿勢を正し、それから綺麗な所作で、アタシに対しお辞儀をする。
「それがし、侍大将ミツナカの息子、ヨリミツと申します。異世界の勇者殿、今までの非礼、平にご容赦を。高貴な血筋の方々の救出に、どうぞご助力くだされ」
可愛い顔の子も、慌ててアタシに頭を下げる。
「アカネマルです。ヨリミツさまにお仕えしております」
お姫様の身分が一番高くて、ヨリミツ君はその次、アカネマル君はヨリミツ君の家来か……なるほど。
ヨリミツ君はきりりとしてて、アカネマル君は可愛らしい感じ。
二人とも、タイプの違う美少年……よね?
男の子よね、二人とも。
キャーキャー姫より、ヨリミツ君やアカネマル君はかなり髪が短い。
助けた子たちは、み〜んな、同じ格好。白い着物姿で、黒髪を束ねずに垂らしている。
でも、髪がとても長いのが女の子で、短めの子が男の子な気がする。
『事情を教えてもらえるかしら?』って聞こうとしたんだけど……
「ちょっとタイム」
アタシはリュカに、後ろにひっぱってゆかれた。
「すっこんでな、勇者のねーちゃん」と。
「あのボーズどもに萌えたらマズイだろ? あんた、隅っこにいって、目ぇ閉じて、耳ふさいでろよ」
いや、でも、あの……
事情を聞かなきゃ……
「あんた、誰かれ構わずキュンキュンする女なんだろ?」
ぐ。
「いつ萌えるかわかんねーんだもん。対象以外、目にいれんなよ」
「私が代わりましょう」
シャルル様が金の巻き髪をふぁさっと撫でる。
「侯爵家は、ジパング風に言えば大貴族。ボワエルデュー侯爵家嫡男のこの私が相手であれば、あの子供たちも素直に話してくれるでしょう」
「そうだな……シャルル殿とリュカに任せよう」と、お師匠様も、あっさりと交渉役を譲った。
「私は初対面の子供に好かれた例がない。あの子供たちの警戒を解き、話を聞いてくれ」
無表情のお師匠様は、ちょっと見、怖そうに見える。
初めて会った時、アタシも泣いちゃった。
だけど、あれは六つの時のことよ。表情が変わらないだけで優しい人なんだって、今では、よ〜くわかってる。
子供たちから嫌われているアランと合流する。アランはいつでも動けるようにたたずんでいるものの、肩がちょっと落ちているような……。
エドモンは結界外を見ていた。動物たちとは、河原で別れている。『住処に帰ってくれ』とのエドモンの願いに、動物たちが従ったのだ。
動物と心を通わせられる農夫は、黄金弓を片手に、森を見渡していた。
「さあ、話してくれたまえ。勇者ジャンヌさんの強さは見たはずだ。君たちの敵がどれほど強大かは知らないが、我々ならば渡り合える。必ずや、君たちを窮地から救ってみせよう」
シャルル様が自信満々なのに安心したのか、二人はポツポツと語りだした。
「それがしが虜囚の辱めに甘んじておったのは、高貴な方々をお守りし、いずれはこの鬼の巣窟より救わんが為」
若いのに、ヨリミツ君の口調は、むちゃくちゃ古風。おじいちゃんみたい。
「こちらにおわすお方は、さるやんごとなき姫君で」
目を閉じてるから見えないけど、たぶんキャーキャー姫をさしてるんだろう。
「本来であれば、それがしなぞ目通りかなわぬ貴きお方。せめて姫君だけでもお守りしたく……」
鬼に追われている時、誰かをおんぶしてトップを走っている子がいた。あれは、アカネマル君だったみたい。お姫さまを背負って逃げていたわけだ。
意外と力持ち。
体つきは細かったのに。
チラッと見てみれば、やっぱり細い。
顔つきも女の子みたいだ。眉が細くて、黒目がちで。
「なれど、武器を奪われ、なす術なく、不甲斐なき日々を重ねておりもうした。不遇なる方々が一人また一人と消えてゆく中……それがしは……」
ヨリミツ君は、沈痛な面持ちだ。
自分だって子供なのに、お姫さまや他の子たちを守ろうと頑張ってたのか。
あの毛だらけの鬼たちを相手に……。
けなげだわ……
ホロっとしかけた
……時だった。
耳をつんざくようなサイレンが鳴り響いたのは。
『警告! 警告! 血圧・心拍数上昇。脳波や声紋に乱れを確認しました! 間もなくあなたは萌えてしまいます!』
耳が痛い! 空気まで振動してるような!
ポケットに手をつっこんで中身を取り出した。
『注意一秒、萌え一生! 相手をよくご確認ください! その方、100万以上のダメを出せそうですかー?』
『萌え萌え注意報くん』のスピーカーからはサイレンとルネさんの声がわんわん流れ、モニターに『萌え注意!』の文字が点滅していた。
モニターを押すと、画面に『一時停止』の文字が浮かび、やかましい音はピタリと鳴り止んだ。
「ジャンヌ……」
お師匠様や仲間達の視線が痛い……。
「ごめんなさい」
生身の人はみんな、耳を塞いでいた……。
「これ持ってるの、忘れてました」
「……先ほども鳴っていた」
お師匠様が、アタシの手から発明品を取り上げる。
「勇者の馬鹿力状態になった時だ。聞こえていなかったのか?」
さっきも鳴ってた?
「萌えに関わり無く、感情がたかぶれば鳴るようだ」
アランやエドモンが頷いている。
シャルル様は苦い笑みを浮かべていて、リュカは「鐘鳴らして走ってるみたいだったぜ」と毒づく。
そ、それは、はた迷惑な……。
言われれば、ずっと誰かに叫ばれていたような気がする。けど、襲われている人たちを早く助けなきゃって夢中だったんで、気にもしてなかった。
スイッチを完全に切ってから、お師匠様は発明品を返してくれた。
「しばらくは電源を入れるな」
ですよねえ。
萌え防止に、目を閉じ、両手で耳を覆った。
けど、それぐらいじゃ、声はなんとなく聞こえる……
見ないよう、聞かないようにしても、事情はだいたいわかった。
……アタシたちは、今、鬼ヶ城の近くに居るようだ。
ジパング界の都――キョウ。
その北方には山々が連なり、古くから異形の者――鬼が棲んでいた。
アタシの異世界知識では、角があるもの=鬼だ。
だけど、ジパング界では、人とは異なるもの=鬼みたい。
熊のようにデカくても鬼、大人になっても幼児ほどの身長の者も鬼。首が長かったり、尻尾があったり、鱗があっても鬼。
髪の毛や目の色が変わっていても、鬼。
ジパング界の人間は、基本的に黒髪黒目。
なので、彼らの基準からすると、精霊たちはもちろん、金髪碧眼のシャルル様も、赤毛で緑の目のアランも、お師匠様もリュカもエドモンも『鬼』なわけで。
アタシは外見的にはセーフ。でも、精霊を使役する妖術使いだから、並みの人間でもない……
この世界では、魔法を使える人間は神職者だけで、それとはっきりわかる格好をしているらしい。なので、アタシも、やっぱり『鬼』扱いだそうで。
彼らから見ると、アタシたち全員『鬼』なのだ。
だから、あんなに怖がられていたのか……。
長い間、鬼は人と交わらず、山の中の鬼の国で暮らしていた。
しかし、ここ数年、キョウの都を襲うようになった。
鬼を束ねる大将は、シュテン童子。容貌魁偉な大鬼で、全身は真っ赤。浴びるように酒を呑んでは、所構わず暴れ周り、破壊の限りを尽くすのだとか。
その副将が、イバラギ童子。一見美男子。でも、髪は老人のように白く、シュテン以上に冷酷。こいつが、ラルムのそっくりさんのようだ。
大将、副将ともに、妖術使い。よーするに、魔法が使えるようだ。
配下の鬼を従えて神出鬼没に都に現れ(たぶん、移動魔法を使ってるのね)、嵐や火事を起こし、疫病を運び、貴族の屋敷を襲っては金銀財宝と見目麗しい男女をさらってと、やりたい放題やってるらしい。
ヨリミツ君とアカネマル君は、半月ほど前に鬼ヶ城にさらわれて来たようだ。
鬼ヶ城には、若く美しい子がいっぱいいて……
キャーキャー姫たちとは、同じ牢屋に閉じ込められて知り合ったのだそうだ。
最初は同じ牢屋に二十人くらいが閉じ込められていた。
それが、日をおって減っていき、今では十三人にまで減ったのだとヨリミツ君は言う。
「……鬼どもに喰われたのでござる」
ヨリミツ君の声は、淡々としていた。
それだけに、その言葉の重さが胸に迫ってきた。
「事あるごとに、逆らえば、血を絞り、四肢を裂いて喰うてやると、イバラギ童子めは我らを脅しております」
アカネマル君の声もする。
「オレが無理矢理つれ出された鬼の宴では……人の血と肉が……酒と肴に饗されていました……。きっと、あれは……」
げ。
なに、それ? 子供を殺して、食べてるの?
「その宴で、酒をつげ、舞い踊れと……鬼どもはオレばかりか姫さまや若さまたちにまで無体を……」
むぅぅ。
再びヨリミツ君の声。
「先程の毛むくじゃらの鬼どもは、イバラギ童子めが妖術で生み出した妖異。名は、毛鬼。晴れた日には必ず外で『鬼ごっこ』をさせられ、我らは毛鬼に追われ、喰らわれておりもうした」
え?
「まことのことではありませぬ。喰われる幻を見せられるだけ。なれど、牙に砕かれ、嚥下される……死にゆく痛みを感じながら、気を失うのでござる。我らばかりか高貴な女性まで同じ目に……」
ひどい……
「『鬼ごっこ』は鬼たちの娯楽。最初に喰われるのは誰か、誰が最後まで逃げているか、賭けをしているようで……。イバラギ童子や他の鬼どもが宙に浮かび、酒宴を開いていることとてあります。酒を片手に、逃げ惑うを我らを眺め、『馬よりも速く走れ』だの『空を飛べ、毛鬼には翼はないぞ』だの『地に潜れ。モグラのようにな』だの揶揄を……」
ひどいわ!
「逆らわずとも、飽いたら殺す。長生きしたくば、意地汚くあがけ。道化となって、鬼の目を楽しませよと……」
子供になんてことを!
頭に、カーッと血がのぼる。
怒りで頭の中が真っ赤になった時、ふわっとやわらかいものがアタシの右手をつかんだ。
うっすらと目を開けると、緑クマさんだった……チ、チ、チと右手を振っている。
《暴れるのは後でもできるぜ、まずは話を聞きなよ、オジョーチャン》てな内緒の心話まで。
ごもっとも……。頷いて、目を閉じた。緑クマさんが、落ち着けとばかりに手をぎゅっとしてくれる。
「そのイバラギ童子っての、今日の鬼ごっこも見てたわけ?」
リュカの問いに、わからぬと、ヨリミツ君が答える。
「近くには居らなんだ。が、あやつは妖術使い。遠見の術で覗いていたやもしれぬ」
「そうでなかったとしても、君たちや姫君たちが逃走した事はおそらく察知されている。イバラギとやらの使い魔を全て、華麗に掃討してしまったからね」と、シャルル様。
「んじゃ、今、覗かれてるかもしれないってこと?」
「その可能性は否定できない。が、確率としては低い」
リュカの問いに、お師匠様が平坦な声で答える。
「風の精霊の結界には、透明化、消音、消臭効果がある。つまり、視覚・聴覚・嗅覚では、透明化結界を捕らえる事はできないのだ」
「へー」
《まあ、でも、同じ風精霊には、何処に潜んでいるかバレますよ。オレの結界も万能じゃない》
「んじゃ、とっとと移動しよーぜ」
リュカが提案する。
「風の兄ちゃん、こいつの頭の中、読めるんだろ? ちゃっちゃと読んで、逆ルートで家まで運んでくんない?」
《逆ルートは、無理だ。全員、山まで連れ去られた時の記憶を持っていない。眠りの魔法をかけられてたんだろうな》
「んなら、南に向かって飛んでくれよ」
リュカがあっさりと言う。
「鬼の棲み処はキョウの都の北だって、こいつら、言ってたじゃん? つまり、こっから南がキョウだ。だろ?」
「さよう」と、ヨリミツ君が簡潔に答える。
「キョウまで送っていただければ、どうとでもなりましょう。ぜひぜひお願いいたします」とアカネマル君も言い添える。
アタシたちは、さらわれてきた子全員をキョウまで送ることにした。
んだけど……
《駄目だ、こりゃ……》
宙で、立ち往生してしまった。
山から出られないと、ヴァンが言うのだ。
《空間がねじれてるんだ。南にいくら進んでも、徐々に西に曲がっちまう。西も東も同様だ。気がつきゃ、違う方向に進まされてる。ここらの連山一帯がデッカイ結界の中に入っちまってるんだ。移動魔法を使っても、結界外には出られねえ》
「その結界、壊せぬのか?」
お師匠様の問いに、ヴァンが苦笑で答える。
《結界自体に攻撃を仕掛けても、あらぬ方向に攻撃がそれていくだけです。結界を張っている術師を倒すか、術を維持している呪具を壊さなきゃ、結界内から抜けられませんね》
「術師……鬼か」
アカネマル君たちの方を見ないように顔をそむけ、目を開けた。けっこうな高度に浮かんでいるようだ。眼下に森が広がっている。
「どんぐらいの大きさの結界なの?」
《う〜ん、400平方kmってとこ? 勇者世界の首都ぐらいの広さかな。中の者を外に出さない性質だね。たぶん、外の者も中に入れないだろう》
「この世界の鬼が、そんな巨大な結界を?」
顎の下に手をあて、シャルル様が首をひねる。
「その結界は、緊急時だから張られたのか? それとも、常時張られているものなのかね?」
《さあね》
緑クマさんが、肩をすぼめる。
《それ知ってるのは、鬼ぐらいじゃねーの?》
ここに居る子たちの記憶を読んでもわからないってことか。
「結界を維持するには、莫大な魔力を要する……。魔法道具の助けを借り、数人がかりで結界を保っているのだとしても、それほど広大な土地に張り続けるなど馬鹿げている。魔力に見合わぬ成果……非効率的だ」
シャルル様がもの思いに沈んだ顔となる。
「鬼とは、神魔にも等しい魔力を有するものなのか? いや、しかし、肉を持つ者には、肉体疲労という枷があり……」
「なんにせよ結界を祓えなきゃ進めないのよね……その術師ってのをぶっ倒す?」
けど、そーゆう重要職の人って、普通、手厚く警護されてるわよねえ。居るのは、鬼ヶ城の最奥かしら?
「いっそ、鬼退治しちゃう?」
したい気分!
弱きを助け、邪悪を祓うのが、勇者だ。
子供たちをさらって虐待してる殺人鬼なんて、ガツンと懲らしめてやりたい!
「それは駄目だ」
お師匠様がキッパリと言う。
「ジャンヌ。我々は異邦人だ。いずこに正義があり、どのような形でこの世界の理があるのかなど、一見ではわからぬ。我々の介入が、この世界の秩序を壊す危険とてあるのだ」
「でも……」
「鬼ヶ城の鬼が『悪』であるのなら、この世界の『勇者』が退治するだろう。我々から異世界に深く関わりすぎてはならぬ。勇者とは、世界から求められて初めて動くものなのだ」
「だけど、困っている子たちが目の前に居るんですよ!」
アタシは拳を握りしめた。
「家に送り届けるぐらいは、いいでしょ? なるべく鬼とケンカをしないようにやれば、この世界の神さまもおっけぇしてくれますよね?」
お師匠様が微かに瞳を細める。
「大局を動かすことなく成し遂げれば、許されよう」
いつもと同じ無表情だけど、なんとなく嬉しそうに見える。
「……鬼は都に出没しているのですよね? 出入りの時に結界を解いている可能性もありますが、」
蛮族戦士の人が、冷静に推測をする。
「何処かに通路があるかもしれません」
お?
「鬼ヶ城へ向かってみませんか? 近づけば、物見などに接触できるかも。先程の毛鬼のような使い魔ではなく、知性ある鬼を探してみましょう。勇者様の精霊ならば、鬼から有益な情報を読み取れるでしょうから」
おお!
「……こいつらを連れて?」
リュカが『無理だろ〜』って顔で、ジパング界の子供たちを見渡す。
「二手に分かれようぜ」
盗賊少年がボリボリと頭を掻く。
「身軽な奴は、北に偵察。残りは結界の外縁部で、ガキどもの護衛。勇者のねーちゃんの精霊を半分こにして、両方につけるってので、どう?」