私の好きなもの。
「あ…あのね、遥くん」
「遥、でいいよ?」
「えっと…遥。あの…その…引かない?」
「?どういうこと?」
「わ…私の…こと…」
「引かないよ?俺は祈織が好きだし」
彼女は少し安堵したような表情を浮かべて一言こう言った。
「私…二次元ヲタクなの」
「え?」
少しの間、沈黙が流れた。…祈織が言った言葉を聞き間違えたのか、俺が可笑しいのか。
「今、なんて?」
「二次元が好きなヲタクなの、私」
「……」
言葉をなんて返せばいいんだろう。なにも言えなくなる。
「ど…どんなのが好きなんだ?」
「基本的に二次元なら美少女も美少年もイケる!どっちも好きだしおいしいし」
嬉しそうに話す祈織。
「おいしいって…」
「あ、えっと…ごめん…私、好きなことを話すと止まらなくて…その…引いたよね?」
「いや…なんていうか好きなんだなって思って。祈織が好きな気持ち、わかるよ」
「うん…」
なんだか気まずくなってしまう。ここまで好きなものを嬉しそうに話す祈織をみたのは初めてだった。清楚で、にこやかなイメージの彼女の違う一面を見れたような気がして嬉しい気持ちもあるのだけど。
「遥…あのね…」
「気にしなくていいよ?」
「…?」
「ヲタでも、祈織を好きな気持ちは変わらないから。」
「ありがとう…えっと、私の家…来ない?」
「え?」
「は…遥にお礼したいしっ」
「お礼なんていいって。てか、いきなりお前の家行って大丈夫なのか?」
「う…多分大丈夫…?」
「なんでそこで疑問形になる?まあ…祈織がいいならいいけどさ…親御さんは?」
「ん、大丈夫」
祈織はあまりいいたくないのか言葉を濁した。家のことに首を突っ込んでも良くないしな。
「…わかった、一緒に祈織の家に行くか」
「うん!楽しみだなー」
祈織は機嫌良さげに俺の手を握ると歩き出した。俺は祈織に手を引かれながら付いていく。しばらく歩くと駅が見えてきて電車で行くらしい。電車を乗り継ぎ、二つ駅を越えて三つ目の駅で降りる。駅から10分ほど歩いたところで水姫と書かれた札が下げられた家に着いた。
なんとも立派な三階建ての家だ。一階がリビングとキッチンで二階と三階が部屋になっている。驚くことに三階の部屋は全て祈織の部屋らしい。
「すごいな、この階の部屋…」
「全部私の部屋だけど、使ってるのはこの部屋と隣の部屋だけなの。こんなに部屋なんていらないって言ったんだけど…自由につかいなさいって。さ、入って」
祈織がドアを開け、部屋の中に入る。シンプルにまとめられた部屋で家具が三つある。女の子の部屋というよりは、大人の女性の部屋のようだった。長年使っていて年季の入った机には写真が飾られていた。
「適当に座ってて?私飲み物持ってくるから」
そう言って祈織は部屋を出て行った。一人残された俺はテーブルが置かれた場所に座り、部屋を見渡した。こんなに広い部屋なら一人で住むには寂しげがありそうだ。
「(祈織は寂しくないのかな…)」
しばらくすると部屋に祈織が戻ってきた。飲み物を持ってきた彼女はテーブルまでまっすぐきて飲み物を俺の前に置いてくれた。
「…びっくりしたでしょう?こんな広い部屋なんて」
「ああ…まあ。祈織の部屋、広いんだな」
「こんなに広くても使わない部屋のほうが多いわ。一人なのに変よね」
そう言ってくすくすと笑った。
「祈織の、コレクション…とかは?」
「隣の部屋よ。見に行く?」
「…うん…祈織がよ…よければっ…」
「遥、なに緊張してるのよ。笑 大丈夫。見に行きましょ?」
祈織は俺の手を引いて歩いてく。隣の部屋のドアを開けると、そこにはポスターやフィギュアが飾ってあった。
「すごいな…」
思わずそんな声が出た。
「私ね、この部屋にいると幸せな気分になるの。このフィギュアたちやポスターを眺めてるだけで嬉しくて。でも…遥だけ、この部屋に来たのは。お父さんたちもここは入らせてないの。だから、遥は、初めてのお客さん」
寂しげに笑う祈織を見て心が動いた。どくん、と一つ鳴るとさらに緊張感が増した。
「…私のお父さんね、企業の社長なの。だからフィギュアなんてお父さんにとっては会社の商品でしかなくって。私が好きなこと伝えてもわかってもらえないんだ。けど、唯一わかってくれた人はお姉とお兄だけ。もう二人とも結婚してこの家には帰ってこない。」
「…祈織は寂しいか?ここにいて」
「…ちょっとだけ、寂しいかな。でも平気!遥がいるし!」
「ありがとな。笑」
笑って頭を撫でてやると祈織も嬉しそうに笑った。