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Real Escape  作者: 織間リオ
3/20

3、暴走の中で

 朝を告げる目覚まし、鳥の声、朝日。僕の一日はそこから始まる。変わり映えのない毎日の朝。両親に起こされる前に目が覚め、両親が仕事に出るよりも先に学校へと向かう。

 結局、昨晩は帰宅後、ほとんどプログラムには手をつけられなかった。強いてしたことと言えば、パソコンが自動的に組み上げたプログラムに不備や誤作動がないかをチェックした程度のもの。更に、昨晩の精神状態(というと大袈裟かもしれない)も相まって、そのチェックが完璧にできているのかも不安になるくらいだ。

 僕は帰宅後にパソコンの隣に置いたマーカーを手に取った。僕の脳裏には、昨日最後に会ったクラスメイトの顔が映っていた。

 マテリア。そしてそのマスター。彼女がアンドロイドである以上、マスターなる者の存在は考えていた。だが、その存在が確立され、それが僕の邪魔をするという上に、この世界の人間でありながらそうではないという立ち位置に収まった。

(もし僕の邪魔をすることが目的なら、僕は――)

しかしながら、僕がこれから説得しなければならないのはそのマスターよりもマテリア自身の方だろう。まずはコントローラを回収する必要がある。そして、もう一つ条件として提示されていたプログラムの作成。その処理プログラムを組み込ませる稼動型情報処理端末とは、恐らくマテリアのことだろう。今現在、関係としては少し距離を置かねばいけない相手に、体を貸せと言うのは、中々に憚られるものだ。

 僕はマーカーを元の場所に置くと、この世界における日常の定刻に家を出た。


「おはようございます、ミスター瑠堕」

抑揚の少ない声で、今日も彼女は現れる。僕は平常心を吐き出すようにしてそれにいつも通りに答える(少なくとも僕はそのつもりだ)。学校まではまだいくらかの時間を必要とする。ここで一つ(正確には二つなのだが)、僕は交渉に踏み切ってみることにした。

「マテリア、明後日、僕の家に来れないか?」

「構いません。予定は入っていませんから」

回答は簡潔で、僕が期待且つ予測していたものであった。僕はそれに対する礼を言うと、しばらく黙り込んでしまった。

 アンドロイドは気後れも気まずさも感じたりはしない。だから何か用事でもない限り自分から話し掛けることはない。つまりはこの状態を緩和するためには僕から話題を降らなければならない。

「今日って宿題はなかったよな?」

本当は宿題がないことは分かっている。これはただの時間稼ぎに過ぎない。学校に着く前に例の話を始めるつもりだが、そのタイミングの重要性は理解しているつもりだ。学校に近づくに連れて人通りは増えるだろう。だが、そうすれば逆に言い出しやすくなるのではと考えたのだ。

 学校までの距離が徒歩十分ほどに迫ったところで、僕はついにあの話を始めた。

「マテリア。一つ聞いておきたいことがある」

「何でしょうか?」

僕の質問応答要請に対してマテリアは何の躊躇もなく応じた。問題は、これから行う質問に躊躇なく応じてくれるかどうかだ。

「昨日のあの装置、僕に返してくれないかな?」

今のうちにはっきりさせておくが、彼女は恐らくこの質問には躊躇なく応答するだろう。だが、その応答は否定の意味合いを含んだものであることは伺い知れる。僕がこれからやらなければならないのは、彼女からコントローラを取り戻すために説得しなければならないということだ。

「はい、どうぞ」

答えは全くの予想外なものだった。僕は驚きに顔を歪ませたのだが、彼女にはその類の表情はおろか、仕草すら変わらなかった。

「あ、あぁ、ありがとう」

マテリアは自分のバッグから僕の落としたコントローラを取り出し、僕へと腕を伸ばした。僕はそれにつられる形で手を差し出す。マテリアは僕の手にコントローラを置くと、自分のバッグのファスナを閉じ、「では、行きましょうか」と僕に前進を促してから、先ほどよりも少しだけ速歩きで進み出した。

 マテリアに(正確には、マテリアのマスターに)振り回されっぱなしのような気がしてならないままに学校にたどり着いた僕ではあったが、なんとなくもやもやとした気持ちのままに授業を受けることになってしまった。

 成績が良いという自信も自負もなかったが、客観的には成績は良い方である。僕自身がそう言っているわけでも思っているわけでもないが、周りがそういうので苦笑いするしかない。

「じゃあ次、羽賀瀬」

「はい」

だから、席順の関係で当てられた時にも、さしてうろたえる必要もないのだ。

 危なげもなく振られた問題に正解を返すと、僕は再び机に向かい、問題を解きはじめる。

 自分でも最近思ってしまうことは、この世界でのこういう生活もすっかり体に染みついて慣れきってしまったな、ということである。こうして当たり前のような時間が、あれよあれよという間に過ぎて終わって消え失せる。自分がこの世界に元から存在しているわけではない「まがいもの」であることは当初から知っていたことだ。僕がこの世界の人間として生き始めたのは記憶している限りでは十年以上。それでもこの世界に大きな疑問を持たずに大半の時間を過ごしてきた。それがなくなり、元々自分がいた世界に興味関心が出てきたのは僕が中学に進学してしばらくして、約二、三年前のことだ。そして、本格的にこの世界から脱し、元の世界へと帰ろうと行動を起こし始めたのが去年、つまりは僕が十五歳の時の秋だ。成火と出会ったのもその頃のことである。とはいってもそこからの進展はほとんどなく、それこそ数日前から物事は大きく動き出したと言えよう。僕が何故こんなにも時間をおいてから動き出したと言われれば、無意識のうちに作用した僕の「怠惰」が原因だと言うしかないのは大いに恥じたいところではあるのだが。

 僕は時計にチラリと目をやった。授業終了時刻まで残り十分を切っている。気前のいい教師ならば授業を早めに切り上げて少しばかり休み時間を増やしてくれたりするのだが、生憎今授業を行っているこの教師はその類には含まれない。

 どうせまた伸びるだろうな。

 僕はそんなことを思いながら、この憂鬱を誰にも悟られない、いわば鼻で溜め息をつくことで吐き出した。

 しかし、僕の憂鬱と退屈はあっけなく崩されることとなる。

 地面が揺れる。それは、誰も体験したことのないような大きなものだった。少なくとも僕が記憶している限り、この世界でそれほど大きな地震は経験したことがない。僕は小学、中学と教え込まれ続けたマニュアル通りに対応しようとした。つまりは、落下物に備えて机の下に潜り込むということだ。

 だが、僕の耳に飛び込んできた音声がそうはさせなかった。

『羽賀瀬瑠堕。耳寄りな情報だよ』

(真木乃成火……!!)

左耳に装備した超小型通信機から流れ出したのは、皮肉な調子を含んだ男の声だった。僕は取り敢えず身の安全を確保しようと机の下に再度潜り込もうとするが、成火の皮肉たっぷりな言葉は尚も僕の鼓膜を震えさせ続ける。

『この揺れの原因は磁場集中点にある。暴走した磁場集中点が周辺の物体を強制的に磁化して引き寄せているみたいだね』

「磁場集中点……!?」

磁場集中点が周辺物体を磁化させて引き寄せることは、どんなものも構わず一つの場所にくっつけようとするところにある。磁場集中点はその底面が地面と同位置に存在する立方体だ。地面すら磁化することは、そのまま地面を引き寄せようと干渉し、動かそうとすることである。それが、この地震の原因だ。

 揺れる教室の窓から外を覗き、磁場集中点の方角へと視線をやる。まだ対して動きがあるようには見えないが、後数分すればここからでもその変化をつぶさに目に焼き付けることができるだろう。

「羽賀瀬! 机の下に隠れろ!」

教師の言葉に僕ははっとしてすぐに机の下に隠れたが、この揺れがいつ収まるのか分からない。僕は揺れでざわつく教室の中、通信機に向かって声を発する。

「真木乃博士、収まるのはいつだ!」

僕の言葉はざわめく教室には響かないため、変な疑いをかけられることもない。

『後三分くらいかな。君の学校までは被害は来ないだろうし、安心して指示に従えばいいさ』

磁場集中点それ自体は知らない人が少ないわけではない。むしろ、理科系にも弱い文系の学生であっても知っているほど、常識的な事象である。しかし、一般にはその性質や、今回のような暴走についてまで知っている者は多くない。こちらについてはむしろ少ないくらいである。磁場集中点について深くまで知っているとしたら、成火のように、この世界がまがいもののものであると知っている者か、この世界において大きな力を持つ科学者くらいのものだろう。つまり、この世界の大多数の人間はこの事象に関しての事実を知りえない。僕でさえ、磁場集中点が暴走を起きた現場に居合わせたのも愚か、暴走という事象そのものもたった今知ったばかりなのだ。

 いつもは短く感じているはずの三分間が、いやに長く感じた。揺れは長かった。本当に大丈夫なのかという不安がよぎる。改めて自分が無力なのだと思い知らされる。

「僕は、こんな時に何もできないのか……!!」

口から捻り出した言葉は、僕の独り言として、誰にも聴覚的に知覚されずに消化されていく。

 僕の言葉が空中で響くことなく霧散した直後、僕の頭に痛みが走った。この痛みはまさしく、磁場集中点で感じるあの頭痛と同じものであった。

 成火の通信による助言――後三分で収まるという言葉である――から計算すれば、磁場集中点の暴走が収まるまでは後一分弱。だが、僕が頭痛を感じたということが、磁場集中点が周辺の物質を磁化し、すぐ近くまで迫ってきているということだ。それに伴って、僕が患う頭痛を激しく、つらいものへと変化していく。

 すでに僕は、激しくなっていく揺れよりも、激しくなっていく頭痛の方に悩まされていた。意識が朦朧とする。視界がぼやけ、周囲の悲鳴もはっきりしたものではなくなっていく。

 早く……早く収まれ……!

 僕が願うのはただこの揺れ――暴走――が収まることだけだった。


 成火の言葉通り、揺れは三分という時間の間に収まった。磁場集中点の暴走が収まるのと時を同じくして、僕が精神病を患う寸前にまで強くなり続けた頭痛をその姿をくらませた。僕にとっては揺れが収まるよりも嬉しいことである。

 地震が収まり、僕の頭痛の余韻が消えたころ、成火からの通信が再度入った。

『お疲れ様だね』

高見の見物を終えたうきうき感が通信機越しでも僕の不快感を煽るくらいには分かった。僕は一つ溜息をしただけで、通信には答えないことにした。それは僕自身の話す気がもう失せていただけではなく、周囲に何かを悟られないようにするために必要な動きだった。


「瑠墜~大丈夫?」

その言葉で、僕は、僕のすぐ後ろに迫っていた樹木の存在に気付いた。やはり、先ほどの通信にまともに取り合わなくて正解だったらしい。

「ああ、大丈夫だよ」

「それにしては、地震の時大層辛そうだったね」

しかし、その先に紡がれた言葉は、僕にとっては感化できない言葉だった。誰であっても、これだけに長い地震があれば苦痛や不快感を露わにするが、わざわざ僕をピンポイントで指したということは、何か察せられた可能性がある。

「大変なのは僕だけじゃないだろ?」

「でも、なんか苦しそうだったよ? 頭押さえてたし」

僕は悪意のない樹木の言葉に更に追い詰められる。先ほど頭痛によって出た冷や汗とは別の理由から冷や汗を流す。僕の思考は、なんとかしてこの場を誤魔化し、これより先でも私生活に影響を及ぼさない嘘を探していた。

「あ、あれは……頭を……ぶつけたんだ」

「それだけ?」

「それだけ」

僕は自分でも分かるくらいには動揺していた。言い始めを噛んでしまったり、言葉が切れ切れに出てきてしまうのはその際たる例だった。

「そういえば瑠墜。地震の間、何か言ってた?」

何とか切り抜けられたと脳で認識し、ほっと息をつこうとしたところで、思いがけぬ援護射撃が寄ってきた雨三野から放たれた。

「気のせいじゃないか?」

僕の鼓動は先ほどから加速を続けている。心拍数はそれに合わせて当然の如く上昇し、それによる代謝の上昇しているせいか、冷や汗が出続けている。幸いまだ目立つような球汗ではないにしても、なかなかにメンタル面にダメージのあるものだった。そんな状況でもありながら雨三野の言葉に軽く返答することができたのは、今までの自分のまがいものの人生の賜物だと自負している。

「そうかぁ? 何か自分の名前を言ってたような気がしたんだけど……」

その時、僕は自分と成火との会話を脳内で再生していた。その途中、僕が成火にあとどれくらいの時間で収まるか聞いた瞬間で僕は脳内の状態を一時停止した。

(まさか、博士・・羽賀瀬・・・を聞き間違えたのか?)

「気のせいだろ。揺れてる中で自分の名前言うやつがいるか?」

僕はこの部分においては一切の嘘を含まなかった。実際、僕は自分の名前等口にしていなかったのだから。

「……そっか」

援護射撃が止んだころには、真正面からの砲撃も収まっていた。僕は掲げ続けていた防弾用の盾を投げ捨てた時のような、精神的な開放感と肉体的な解放感を覚えた。それを表に出すような愚かな真似はしなかったが、心拍数が安定し、静かに汗が引いていく感覚は、この上なく心地よかった。

『地震が収まりました。人数確認の為、校庭に避難してください。地震が収まりました――』

「おいこら! 放送を聞け!」

そんな教師の一声によって、僕に向けられていた銃口がついに外されたような感覚を覚えて、再度胸を撫で下ろしたような気持ちの余韻に浸った。


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