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Real Escape  作者: 織間リオ
16/20

16、まがいものとまがいもの

 襲撃者が去ったトルネリアの本部には、遅れてきた三波沙優奈を連行するが如く連れて行き、会議室における尋問が開始されていた。沙優奈は、当初自分が何でこんな尋問まがいのような状況に陥ったのかよく分からなかったのだが、雨三野晴人から、羽駕瀬瑠堕の名前を聞いた瞬間、全てを理解した。

「三波。第一に、何故俺達の存在を喋ったんだ」

尋問において、質問は主に竹葉から放たれることになった。竹葉はトルネリアの中では特にリーダーとしての素質を備えた人物だ。組織の人間が裏切るような真似をするならば、それを断罪するのもまた、彼が負うべき仕事の一つだ。

 そして今は、断罪すべきかどうかを見極める時、ということだろう。

「それは誤解。彼は最初から私たちの存在を知ってた」

その言葉を、竹葉を始めとするトルネリアの構成員たちが納得してくれるかどうかは、この際、沙優奈にとってはあまり気にする必要なんてなかった。自分はもう、ありのままの事実を話すしかないと感じていたからだ。

「なら、それは認めるとしよう。だが、もう一つ、お前には確かめておかなければならないことがある」

竹葉の声は先ほどよりも真剣味を増していた。これはどうやらこの組織の存在よりも大事なことであると沙優奈は直感していた。そして、その直観は皮肉にも当たることとなった。

「イヴェイション・モーターをやつが持っていたのは何故だ」

その質問と同時に、トルネリアの構成員達全員の目が自分に集まって来たのを感じた。イヴェイション・モーターは、存在そのものはさして機密というわけではない。ただ周囲に触れ回っているわけではない、というだけの話だ。トルネリアをよく調べている科学者なんかだったら、モーターがトルネリアで作られているということを確信するのにそこまで時間は必要とはしない。

 だが、それが人の手に渡るということは、トルネリアにおいては危険なことだ。外に持ち出されれば、どこかの研究施設で細かく解明され、量産される可能性があるのだ。そうなれば、トルネリアの持つ唯一のアドバンテージが失われてしまうのだ。モーターが外部の者に渡った経緯をはっきりさせる必要があるのは当然のことだ。

「それは、私が譲渡した……」

ここまで来て隠す必要などないし、隠せるとも思っていなかった。恐らく、竹葉にとっては、これは疑問ではなく、確認のための質問だったのだろう。

 沙優奈が絞り出すような声で言ったのを聞いた竹葉が、激昂して立ち上がった。ずかずかと沙優奈に詰め寄りその胸倉を掴む。

「お前……なんでそんなことをしたんだ……!!!」

竹葉の顔は、今まで見たことがないくらいに歪んだ顔になっていた。沙優奈はここにきて初めて、竹葉に対して恐怖を覚えた。彼がここまでの表情を作れるとは思っていなかったというのがあったが、彼がここまで怒ることなど今までなかったのだ。

「ちょっ……待っ……」

しかし、沙優奈が苦しさの中に吐き出そうとした声は、竹葉の力によってねじ伏せられた。自分はこのまま、何も言うことができずに死んでしまうのか、という考えがちらりと脳裏を過った、そう思うと、今までの自分の人生そのものが無駄だったような気がしてしまっていた。

 だが、その時、自分を縛りつけていた力の鎖が解けていくような感覚を沙優奈は覚えた。体の力が抜けて、ずるずると壁を使って倒れ込む。

「み、三波さん!」

秋安想雫が沙優奈に近づき、その体を支える。

 沙優奈がうっすらと目を開けた先では、雨三野が拳を握った状態で立っており、竹葉の方はその足元に倒れていた。

「お前、それでもリーダーか! 人の話も黙って聞けないのに、仲間の首を絞めるとは情けないと思わないのか!!」

雨三野の怒りは竹葉の怒りを凌駕していた。その雨三野の一言によって、トルネリア構成員達の非難の目は移ろっていく。最初はモーターを譲渡した沙優奈に、その後は竹葉を殴った雨三野に、そして今は、雨三野の説教の相手となっている竹葉に。

「三波……続きを頼む」

「雨三野君……なんで……」

「羽駕瀬瑠堕は、俺の友人なんだ。そしてお前は、情に厚く規律を守るやつだって俺は知ってる。お前が規律を破るならば、よっぽどの事情が瑠堕とお前との間にあるはずだ……俺は、それを確かめたいだけだ」

雨三野はそこまでを言い終えると、先ほどまで自分が座っていた椅子に決まり悪そうに座った。

「彼は……瑠堕君は……私と同じだったから……」

「同じ……? じゃあ、瑠堕は!」

沙優奈がようやくその理由を話すことができ、口にしたその言葉に、雨三野は目を丸くした。沙優奈がこの世界の人間ではないことを、トルネリアの者達は知っていた。だから、自分と同じという沙優奈の言葉で、その場にいた全員が思い当たったことは同じだった。

「瑠堕君も、この世界から脱出しようとしている……」

「なら、今すぐにでも彼を仲間に引き入れるべきじゃないか? 彼だってクレを狙ってたんだろ?」

構成員の一人が瑠堕を引き入れる案を口にした。だが、沙優奈はゆっくりと首を横に振った。それは、そうしたくないという沙優奈の意志ではなく、不可能だったという結果を示すものであることに、ほとんどの者は気づけなかっただろう。

「誘ったけど……私はあなたの味方だからって言った。でも、瑠堕君は、自分は君の味方じゃないって言って……断った……」

彼は今、一人で戦っているのだろうか? 構成員の話では、ここでの戦いの終わりになって、少女――雨三野によれば、名前はマテリア――がイヴェイション・クレを強奪し、瑠堕もまたその後を追いかけたらしい。モーターがあれば、追跡することは簡単だ。後は彼が目的を達成できたかどうかだけだ。

「たぶん、私たちがそれだけ手を差し伸べても、瑠堕君はその手をとってはくれない……彼はきっと、そういう人間だから」

もう、そこにいる誰もが、彼女に言及しようとはしなかった。

 沙優奈ももう、多くを語りたくなかった。


 時刻はすでに六時近くにまでなり、日は少し沈んできていた。僕は研究所から出てくると、すぐに距離を取るように走りだした。今日はもうあまり走らない方がいいのかもしれない。それでも、イヴェイション・モーターを使ってまで帰るつもりはなかった。それほどの疲れが、僕の中に会ったのだ。

 疲れが体全てを埋め尽くそうとするのを必死に抑えて、僕は歩く。意識が少しばかり朦朧としている。車との衝突事故がないように気配るくらいには意識を残していたが、それでも、早く帰ってゆっくり休みたい、といのが本音だった。

「うわっ」

「きゃっ!」

だが、車との衝突がなかった代わりに、人との衝突事故は起こってしまった。

 僕は塀に手をついてなんとか倒れないようにしたが、衝突した相手はそうはいかなかったようだった。そして、僕は以前にもこうなったことがあり、その時も同じ少女であったことを思い出していた。

「想雫……」

「あ、羽駕瀬さん……!」

ぶつかった相手は想雫だった。僕は想雫の体を気遣って手を差し出した。想雫も想雫で、決まり悪そうにその手を取った。

「すいません……」

「そういえば、想雫もトルネリアだったな……」

「あ……はい……」

トルネリアとマテリアが戦っている時、想雫もそれに混じって戦闘を繰り広げていた。僕はその姿を良く覚えていた。もっとも、マテリア相手にはとても善戦できている感じではなかった。恐らく先日のあれは咄嗟のうちに奇跡的にできたものだったのか、それとも、ただ単にマテリアが攻めるつもりで攻撃をしたわけではなかったからだろう。あの時はマテリアの方の攻撃は一度のみだったこともあり、それまでの訓練のおかげもあって対応できたのだろう。

「三波さんから、お話は少し伺いました……」

「そうか‥…隠していたことは謝るよ」

「いえ……私だって隠していたのは変わりませんでしたし」

想雫が申し訳なさそうな声で下を向く。どうやら、僕以上に事実を隠蔽していたことに罪を感じていたようだった。

「その……想雫。もし沙優奈に会ったら、伝えてほしいことがあるんだ」

「はい……? 何でしょう?」

想雫が首を傾げて僕の言葉を待つ姿勢になった。僕は、このことを伝えようか、しばらく迷った。想雫の方が何も言わずに待ってくれたので、僕は気持ちの整理をしてから、ゆっくりと深呼吸を行う。そして、想雫の目を真っ直ぐに見てから、僕は口を開いた。

「君には、悪いことをしたって……この世界最低最悪の僕を支えてくれたのに、それを払いのけるような真似をして……ごめんって」

想雫が僕の思いを感じ取ったのか、「はい……」と一言呟き、それと同時に頷いただけで、それ以上は何かを聞こうとはしなかった。僕にとっては、想雫のそんな些細な思いやり(本人にとっては逃避に過ぎなかっただろうが)が嬉しくもあった。彼女はきっと、相手を傷つけるようなことを言いたくないのだろう。僕は今日この場で、彼女の優しさに触れた気がした。

「ありがとう。……想雫にも、随分迷惑かけたな」

「そうですか? 私はそうは思いませんけど?」

確かに、彼女とは顔を合わせることだってほとんどなかったのだ。僕自身、彼女になりかしら迷惑になるようなことをしたとは思っていない。だが、僕の存在自体が、彼女に迷惑をかけていると、僕はこの時思ったのだ。彼女だけではない。僕という存在が、この世界のたくさんの人間の人生を狂わせた。僕に関わったばかりに、普通の生活を送れなくなった人間だって、きっといるはずなのだ。例え僕と関わった全ての人間がこの世界に住まうまがいものだったとしても、僕と僅かでも同じ時間を過ごした知人なのだ。それを自分は裏切り続けている。今までも、そしてきっと、これからも。

「僕に関わったこと自体が、迷惑なんじゃないかって……」

僕は、俯き気味に想雫の疑問に答えた。実際、そうだと感じていた。

 だが、次の瞬間、想雫の体が僕の胸にむかって飛び込んできた。それは、僕に攻撃を仕掛けようとしたわけでも、躓いて不可抗力で飛び込んできたわけでもなかった。それを理解したのか、彼女の声と両目が、涙によって覆われたものだったと気づいたからだった。

「羽駕瀬さん……そんなこと言わないでください……! 羽駕瀬さんは関わったことそのものが迷惑とか……世界最低最悪とか……羽駕瀬さんが関わった人達全員が、そんな風に思っているわけないじゃないですか……!!」

僕は想雫が涙ながらに話すのを困った顔で見続けることしかできなかった。押し黙る僕に向かって、いつになく饒舌な想雫が立て続けに言葉をぶつけてくる。

「羽駕瀬さんのその言葉に……意志に! 惹かれた人、助けられた人……絶対にいるはずなんです……! それなのに、簡単に、自分を底辺に持っていかないでください……!!羽駕瀬さんが、底辺にいるなら、この世界のほとんどの人間は、最底辺の泥沼から抜け出せません……!!」

僕は、想雫が何を言おうとしているのかを理解した。恐らくは沙優奈から、僕がこの世界の人間ではないことを聞いたのだろう。そして、想雫がこの言葉は、つまりは、この世界の人間のほとんどがこの世界そのものという泥沼から抜け出すことができない。だが、僕は違うと、底無しの泥沼から抜け出すことができると、そう言ってくれているのだ。

「ごめん……ありがとう……想雫……」

僕は、泣きじゃくる想雫の頭をゆっくりと撫でた。想雫の方はまだ泣き止むような気配はなかったが、それでも、しばらくはこのままにしてあげよう、と思った。僕は最低最悪の人間だ。人を傷つけ、人を裏切り、この年齢にもなって、まるで子供のようにただひたすらに自分の欲望を周りに押し付けている。

 だけど、そんな最低最悪の僕のために、泣いてくれる人がいる。

 君の味方ではないなんて切り捨てるような僕に、自分は味方だと胸を張ってくれる人がいる。

 こんな僕にも、自分が生きている、その意味について相談してくれる人がいる。

 この僕のわがままに、皮肉を漏らしながらも、ずっと付き合ってくれる人がいる。

 僕のことなどお構いなしに、無表情だがいつまでも変わらなく接してくれる人がいる。


 何だよ。僕の周りには、たくさんの人がいるじゃないか。


 僕は胸の中で泣き続ける想雫の背中に左手を回してゆっくりとさする。想雫はより一層僕にくっついてくる。彼女も寂しかったんだな、と僕は思った。きっと、こんな風に誰かの胸に飛び込むことなんてなかったのだろう。不意に、彼女と初めて会った時のことを思い出した。彼女は言ってくれたのだ。こんな世界で、僕みたいな優しい人に会えたのは初めてだと。彼女にとっては、僕だけが優しさの象徴なのだ。例え僕に、その自覚も資格もなかったとしても。

 僕は想雫が泣き止むその時まで彼女を抱きしめ、その頭を撫で続けた。


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