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Real Escape  作者: 織間リオ
11/20

11、生きる意味

 当初に成火から与えられていたミッション、磁場集中点の座標特定、及び、背景のステージパターンを変更するプログラムの作成。僕はこの二つの任務を達成し、成火にそれを報告した。そこで僕が伝えられたのは、脱出するための第二段階に進むための概要だった。

 第一に伝えられたことは、『トルネリア』という組織の存在だ。トルネリアはこの世界がまがいものであることを知っている。いわば、この世界の未来の一端を握っている組織といっても、さして過言ではないだろう。そしてこのトルネリアは、脱出するためには必要不可欠なある道具が管理されている。その道具とは、ずばり『イヴェイション・クレ』のことである。僕がイヴェイション・クレの存在を知ったのは、もちろんつい最近のことである。秋安想雫と道端で再会した際、乱入してきたマテリアと想雫との会話の中に、それが出てきた。想雫の方は完全に感知していないという素振りだったのだが、マテリアの猛攻もあって、おそらくそれが嘘であることが確定的となっている。

 そして、成火はあまり深くまで言わなかったのだが、もう一人、マテリアのマスターのことも、僕にとっては少しばかり気がかりになることだった。かの男と成火は天敵同士だと言った。それはつまり、二人は顔見知りであるということになる。二人の関係性がどんなものなのかは、今の僕には知りようがないのだが、気にならないという言葉は真っ赤な嘘になってしまうくらいには、心に引っかかるものだった。


 これから僕が行わなければならないのは、第一に、トルネリアからイヴェイション・クレを貰い受けること。奪い取る、という選択肢もあるのだが、向こうだって十人にも満たない小規模なものであっても、組織だ。一人ではない。奪い取れる確信もないのに実力行使に出るのは、些か不安の残る行動の一つだろう。僕の予測で言えば、トルネリアに所属している人間のうち二人はほぼ確定している。一人はマテリアの追求から逃げきれなかった秋安想雫。もう一人は、僕に瞬間移動の装置、イヴェイション・モーターを譲渡した三波沙優奈。イヴェイション・モーターはトルネリアが独自開発したものであることゆえに、沙優奈も組織のメンバーと見ている。

 そして、僕がもう一つやらなければならないのは、マテリアに協力を仰ぐ、ということだ。だが、それには結構骨を折る作業になることはうかがい知れる。マテリアもまた、イヴェイション・クレの在りかを探っているからだ。それはイコールで、マテリアのマスターがイヴェイション・クレを欲している、ということである。となれば、僕と成火、マテリアとそのマスター、そしてトルネリアの三陣営によるイヴェイション・クレの争奪戦が始まってもおかしくない、ということである。僕とマテリアが敵対関係になってしまうということは、協力どころではなくなってしまうということだ。

 彼女と協力関係になるということは、そう簡単にはいかないと、僕も理解しているのだが、それを成さなければ、僕はこの世界から脱出することなど、到底できるものではない。僕はこの世界脱出のために、どんな手段を用いたとしてもやり遂げなければならない。例えそれによってこの世界での全てを失うことになったとしても、僕には現実を取り戻さなければならないのだ。


 成火との話し合いは続いていた。今後の動きについて、詳しく取り決めなければならない。幸い明日は金曜日だ。明日の放課後からなら、三日の猶予が与えられている。僕が自由に動けるのはその時間しか存在しない。もしも三陣営による争奪戦になったとしても、周囲をすぐに巻き込むのは、あまりに危険すぎる。トルネリアのように複数人で組織的に動くことができたり、マテリアのようにオールラウンドにこなせる能力があるのならばともかく、僕にはそんなことはできない。世間的にパニックが起これば、それに乗じてトルネリアが組織的に声明を発表し、僕達やマテリア達を世界の害悪として民衆に襲わせることも不可能ではないだろう。少なくとも、今までどおりに学校に通うことなどできない。

「とりあえず、明日の放課後に、三波沙優奈に連絡を取ってみる」

「それがいいだろうね。けど、向こうも組織だ。油断はしない方がいい。伏兵の可能性だってあるからね」

「分かってる」

向こうは組織であるということは、何重にもまして僕の頭の中に刷り込んでおく必要がある。相手はもう誰か一人というわけではない。

「じゃあ、僕は帰る。寝不足で戦うわけにはいかないからね」

僕はそう言って、成火に背を向ける。僕の最終目標は変わらない。だから今、本当はここでもっと話し合って、綿密な作戦を立てる必要があるのかもしれない。だが、僕は敢えてそれをしなかった。僕はいつだって、驚きと不思議に溢れたこの世界を相手取って戦ったのだ。何が来たとしても、怖気づいたりはしない。どの道、その場の判断を行うのは結局は僕なのだ。例えどれだけ成火が止めたとしても、行動するのは僕だし、その結果が返ってくるのは僕なのだ。

「羽駕瀬瑠堕」

だから、というわけではないが、僕はもう今日は話しかけられるとは思っていなかった。僕は成火から掛けられたその声に振り返った。成火は、僕が今日ここに来たときのような、普段は絶対に見せないであろう真面目な顔をしていた。

「君は、この世界の破壊と引き換えにしてでも、脱出する覚悟はあるだろうね」

成火がそんな質問をしてくること自体、意外で予想外だった。

「もちろん。ないわけがないだろう」

僕は顔だけを成火に向けてそう言うと、研究室を飛び出した。


 研究所から出てきた僕は、周囲にやはり人影がないかどうかをよく確認してから道路に身を乗り出す。これでもう、僕が研究所の中に居たと言えるものはいない。ここだって、偶々通りかかっただけだと言い張ることができる。

 ちなみに、僕がこうしてふらふらとそこらじゅうを歩き回り、誰かと遭遇しても何も疑われないのが、僕の趣味を散歩ということで周囲の人間に熟知させ続けた努力の証である。決まった散歩コースを決めていない、と一言添えれば、この街中のどこを歩きまわったとしても、疑いの目を掛けられることはないのだ。

 最近は、いろんな色の空をよく見ている気がする。いつも通りの水色、夕焼けのオレンジ、深夜の黒。

 けど、最近は、雨を見ないな。

 僕は夕焼けの空を見ながら、そんなことをふと思った。ここ最近は、まるで仕組まれたように晴れの日が続いている。もちろん、今までだったら雨も降っていたし、冬になれば、北風と共に、雪を見ることもあった。だが、ここ最近は雨どころか、曇りと思うほどに雲が空を覆い尽くすようなこともなかった。雲がないわけではない。だが、それはただ空を彩る色の一つして、メインの色を汚さない程度の、それくらいまばらにしか存在していなかった。

「まぁ、晴れるのが一番いいんだけどね」

雨よりも雪よりも、曇りよりも、僕は晴れた空が好きだ。この世界の向こうがわ――本当の世界を見ることができるような気がして。曇りでは、空の向こうを見ることなんて絶対にできないから。

「あれ、瑠堕じゃん、どうしたの?」

十字路を左折しようとした僕は、僕の名前を呼ぶ声に周囲を見渡した。聞こえた声は僕から見て右折方向からのものだった。研究所はまだほど近い。あまりこの辺りで、知り合いと与太話に興じたいとは思っていなかったのだが。

「樹木か。そっちこそどうしたんだ?」

話しかけてきた少女――御鹿野河樹木は僕が質問に答えなかったにも関わらず、僕の質問に対する返答を躊躇することなく口にした。

「私は学校帰りに本屋寄って、その帰り」

見れば、樹木の右肩にはスクールバッグが掛けられた状態だが、左手には書店のものと思われるビニール袋がぶらさげられていた。僕は、分かっていながら、相槌の意味も込めて続けざまに質問した。

「いい本は見つかったか?」

「まあね」

「どんな本なのか、聞いていいか?」

いつもなら、すぐに見せてくるのだが、なぜか今回は少し顔を赤くして首と両手を横に振った。

「だっ、ダメダメ!! 恥ずかしいから……!」

どうやら、そこまでして人には見せたくない内容なのだろうか。こう言ってはなんだが、そういう動作をされると、余計に怪しまれるのではないだろうか、と僕は冷静な分析を行っていたのだが、僕が「ふーん」としか返さなかったために、樹木の方は、余計に疑いを持たれたと勘違い――あながち勘違いでもないのだが――して、さらに強く否定した。

「ち、違うって! 違うったら!!」

「何が違うの?」

「え、あ、いや、それはっ……」

自分が墓穴を掘ってしまったことに今更のように気づいたのか、樹木は更に顔を赤くして、ついに黙り込んでしまった。頭から湯気が出るような、そんな錯覚を持たせるほどには、彼女の顔は赤くなっていた。

「ここじゃなんだし、こっ、公園とかでゆっくり話してあげるけど……」

「じゃ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」

樹木が公園で話すと言ってくれたことに、僕は幸運を感じた。公園ならば、研究所とは真逆の方向、更に距離を開けることができる。それは僕にとってはかなり都合がいいことだったので、彼女の本の内容も含めて、これは聞いておいてちょっとした弱みでも握っておこう、とささいな悪戯心に身を任せて、僕は彼女の誘いに乗る事にした。


 公園のベンチに腰かけた僕は、ブランコの上に座った樹木が取り出した本の表紙を見て、少し首を傾げた。

 本のタイトルは「あなたの世界、みんなの世界」、というものだ。軽くページをめくり、その内容に目を走らせた。どうやら何かの専門家が書いたのであろう評論本のようだ。確かに、これを見る限り、樹木があそこまで見せたくないのも、なんとなく気持ちは分かるというものだ。僕達は高校生だ。大人ならばともかく、高校生ならばもっと他の書籍を手に取るのが一般的だろう。ましてや、いくら名家のお嬢様といえども、樹木は元々、こんな本を読むような性格ではない。読むにしても、マンガや、青春モノや恋愛モノの小説くらいのものだろう。だからこそ、こんな専門家の執筆したような本を読むことが意外だったのだ。しかも、内容はどこか哲学的だ。

「み、皆には絶対内緒だからね……!」

樹木は相変わらず顔が赤かったのだが、僕はもうそれをそこまで気にするつもりはなかった。後は彼女がどこまで羞恥心に慣れるかだけだ。

「それはいいけど……何故こんな本を?」

「やっぱり、変……かな?」

「変じゃないけど……樹木は、もっと高校生らしい、マンガとか小説とかを手に取ると思ってたから」

「い、いつもはそうだよ!! 実は、ちょっとお父様と話す機会があってね……」

「樹木のお父さん?」

樹木は一つ頷くと、彼女と、彼女の父との会話の内容を語り始めた。

「――でね、お父様に、次に呼ぶ時までに、この世界をもっと良く知って、この世界にいる意味を、よく考えておきなさい、って」

樹木は、一通り話し終えたところで、一つ、大きな息をついた。多分、彼女はこの話をあまり多くの人間には聞かせていないのかもしれない。少なくとも、こんなシリアスでそこそこに長い話を聞いてくれる人なんて、彼女の人柄に集まってくれる人物にはそういないだろうからだ。

「で、世界をよく知るために、この本を?」

「うん、まぁね」

樹木の顔はすでに先ほどのような真っ赤な顔ではなかったが、まだ照れくさそうな赤みをその両頬に残していた。

「僕は、こんな方法は良くないと思うな」

僕は、立ち上がりながら、ゆっくりと樹木に歩み寄った。僕の視線は、手元の本へと注がれている。樹木の目は、僕の両目に注がれている。

「この本に書いてあることは、樹木の意見じゃないし、樹木が見てきた世界でもない。この世界を良く知るってことは、自分で見て、聞いて、感じたことだけが、『知る』ってことなんだ。――樹木。樹木は、もしこの世界が幻想的な、本当の世界じゃなかったら、どうする?」

僕は本を差し出しながら、樹木に問いかけた。それは、「もし」なんて例えなんかじゃなく、事実だ。もちろん、今彼女に事実を伝えるつもりはない。ただ、樹木の父親が世界を良く知れというのなら、僕が、誰もが現実だと疑わないこの世界が偽物だった時の樹木の気持ちを、行動を探るヒントになってもいいかな、と思ったのである。

「瑠堕、私ね。昔、夢に見たことがあるんだ。この世界は、全てが……なんていうか、ゲームのポリゴンみたいなもので構成されてて、その世界が音もなく少しずつポリゴンになっていく、そんな夢」

僕は、樹木の言葉、彼女が夢に見た光景に驚いた。彼女の見たその夢は、当たらずとも遠からずなものだ。その夢が、正夢にならぬうちに、僕は目的を達成しなければならない。

「瑠堕は、世界がそうなったら、どうするの?」

樹木の逆質問。僕の答えなど、聞かれる前から決まっている。

「世界が壊れる前に、別次元にあるはずの――本当の世界に、逃げる……かな。樹木は?」

「私は、多分、おとなしくこの世界で霧散すると思う。だってさ、私がただのポリゴン体だったとしてもだよ、私が生まれたのも、今生きているのも、これから生きていく世界も、ここなんだもん」

樹木は、そこで微笑んでみせた。僕は一回頷くと、樹木が僕がずっと持ったままだった本を奪うように受け取った。

「ありがとね。瑠堕。おかげで、お父様の質問のヒントになった気がする」

「それはよかった」

「うん。じゃあね、瑠堕。また明日!」

「ああ、また明日」

制服姿の少女は、夕焼けの空の光を背に、僕に手を振りながら走り去った。


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