1.まずは身分詐称から いち
やたらと触れてくるイシュトと攻防を繰り広げていると、横から
「陛下、とりあえず場所を移しませんか。ここでは人目も付きやすい」
と声がかかった。
均整のとれた長身に制服であろう、かっちりした服を少し着くずして右脇には剣を佩いている灰色短髪の男がゆったりとした歩みでこちらに向かってきた。
「ついでにこちらの姫神様を我々に紹介してくださいよ」
そう言いながら、にこにこしながらわたしを覗きこんだ。
「アーフェン、チセをじっと見るな、減る」
「いや、減らないよ」
「減る」
「…そうですか」
もうどうでもいいよ。
「はっ、こりゃいい、けっさくだ。まあ積もる話は後でゆっくりしてくださいよ。姫神様の存在を公にするにせよ、こっちが何の手も打ってないまま広まるのは得策じゃないんで、人が集まる前に場所を変えましょうや」
目立つの反対! さっさと行こうよ。
クイクイとイシュトの片袖をひっぱり、賛成の意を示してから翼神に
「ねえ、トリ、目立つから姿消して一緒に来てよ」
と言った。
不満たらたらの様子ではあったけれど、人目を引く姿であることを分かっているのだろう、
「了承した」
と返答してきた。
「さ、どっちに行けばいいの? ついて行くから前歩いて、よ、ととっ」
自分の着ている服の裾につまづいてよろけたところを、すかさずイシュトが支えてくれた。
「ありがと。着慣れないから歩きづらくて、ちょ、イシュト何するの、下ろして、お~ろ~せ~!」
「さっさと移動したいのであろう? この方が早いし、転ぶ心配もない。行くぞ」
そう告げて、わたしをお姫様抱っこしたままスタスタ歩き出した。
恥ずかしかったけれど、今の格好でバタバタ暴れるほうがみっともないので大人しく抱かれるまま、キョロキョロと視線を動かす。聞けば先程の場所は宮殿内にある礼拝所で、王族が使用するとき以外は立ち入り自由なんだそうだ。
やがて重厚な扉の前に着くと、アーフェンと呼ばれた男性が先に中へと入り、わたしたちも後に続いた。
宮殿の一室にしてはさっぱりとしたたたずまいから、イシュトの私室なのだろう。
イシュトはわたしをソファに下ろすとそのすぐ横に座った。
「…スペースに余裕あるから、もう少し離れようよ。顔が近いんだってば」
「これが丁度いい。嫌なら膝に乗せる」
「このままでいいです」
「…チッ」
チッとか言ったわね、チッとか。国の頂点に立つ人が悪態をついたらダメダメだよ。
「普段と違う陛下を見るのは楽しいんですけど、早急に手配をしてしまいたいんで、お願いしますよ」
「あ、ごめんなさい」
「これになど謝らなくていい」
「そうもいかないでしょ。わざわざ用意してくれるんだから」
「あ~、よろしいですか。では、改めて、ご挨拶を。俺はアーフェン・リシュリーです。で、扉のとこにいるのがイビザ・エアディル・オッターハ、ヒューレン・ルガーナです。ようこそエルジャーナへ」
大きな手だなぁ。ギュッと握られたら簡単に骨が折られそう。
差し出された右手に手を出しながら、
「リシュリーさん、初めましてチセ・カミシロです。チセと呼んでください。突然のことでご迷惑おかけしますが、どうぞよろしくお願いします」
と挨拶を交わした。
すると、てっきり握手するものと思っていたら、手慣れた仕草でわたしの手を口元に持っていき、唇をそっとつけたのよ!
ピィィィッと頭が沸騰してゆでだこになる、ということを初めて体験しました。
そのゆでだこなわたしの横から不穏な気配がして、振り向いたら眉間に深い皺を刻んだイシュトの姿が。
「アーフェン、その、手を、すぐに、離せ」
「陛下、これは挨拶ですって。そんな、今から人殺しでもしよう…「アーフェン」
「はいはい。ではチセ様、そもそも陛下とはどちらでお知り合いに? そのお姿が元に戻るとはどういうことですか?」
「イシュト話してなかったの?」
「私情をふれまわる趣味はない」
「という感じで、詳しくはおっしゃってくださらなかったんですよ。翼神様とのやり取りを聞いてましたから、大体のところは見当がつきました。今となっちゃあ信じますけど、夢の中で会っていたなんて言われてもはぐらかしたとしか思わなかったでしょうがね」
まあそれが普通よね。
今後のこともあるので、今までの経緯を簡単にアーフェンに説明した。
「なるほど。難儀でしたねえ。さて、どうします、陛下? チセ様が主神の眷属様と知られると神殿に巣食っている腐れが出張ってくるのは必須ですよ。他にもあれこれ口出ししそうなのが内にも外にもボロボロ思いついちゃいますねえ」
「我が妃と言えばよい」
「は?」
あれ~、言葉の変換が上手くいってないよ。おかしいな。
「妃ですか」
「ま、待ったー!! なにそれ、我が妃って、イシュトのお、奥さん、てことは妻、嫁、よめ~! パス、パスよ、ノーサンキュー! ただでさえややこしいところに、ドロドロ宮廷生活の真っただ中に身を投じる自虐趣味はないわよ! なるべく穏やか~にゆったり、のんびりを希望します!! 大体わたしがいつイシュトの奥さんになることを承諾したのよ、プロポーズもされてないし」
されたところで受けないよ、おっかない。昼ドラ路線はわたしの範疇外よ。
「陛下、皇妃発言はよくないですよ」
そうよね、イシュトの奥さんにはもっとふさわしいお嬢さんがいるわよ。さすが側近、よく分かってるわ。
「婚儀を執り行ってからじゃないと正式に認められませんから、後々面倒ですよ。ですから生まれたときからの婚約者様ということにしましょうや」
「ぜんぜん、分かってな~い」
「チセ様、眷属様とバレて神殿で因業ジジイ神官たちと仲良く保護という名の監禁生活を送るか、陛下の婚約者様として少々の面倒付き快適生活を過ごされるか、どちらがよろしいですか」
と実にいい笑顔で選択を促してきた。
「……婚約者、でいいです」
こっちを選ぶの分かってて選択をせまるんだから、たち悪っ。でも夢の中のイシュトの様子と、今のアーフェンの言い方からすると、神の名の下に何でもしてのけそうな神官たちみたいだし、そんなのと毎日顔つきあわせるのはごめんよね。でもさ~、皇妃の座を巡る女の、ついでに付属で派閥貴族との死と隣り合わせのバトルだなんて…泣きそう。
悲壮感を漂わせたわたしをおいて、男二人はどんどん話をつめていく。
「チセ様のご身分はどうしますか」
「セイル叔父上の忘れ形見としておけばよい。幼き日、神に目をかけられて以来そばで仕えていたとでもしておけ。無事勤め上げ、めでたくも帰参叶えようにも、直系家族は絶えていたために、許嫁である我が下に丁重に寄越した、とでもすれば礼拝所からチセを連れだしたところをたまたま見ていた者から知らされた暇人どもを一応納得させられるだろう」
「そうですねえ。このきらびやかな異国風のお召し物を見れば余計に信憑性も付くでしょうし」
「部屋はわれの隣でよい。妃の宮では目が行き届かん」
「警備には誰を置きます? 一時的には俺とあいつらが交代でやりますけど、陛下を野放しにしておくと後が大変なんで、早めの人選を頼みます」
「騒ぎがひと段落するまでお前たちと他数名であたれ。まずはチセの部屋を用意させる、イビザ、マリノアに手配させろ。整ったら呼びに来い」
「はっ」
扉の前で外を警戒していたイビザはサッと一礼するとそのまま退出していった。
「これであらかた済みましたねえ。後は女官と侍女ですけど、マリノア様が付いてくださるので?」
「そうだ。女たちはマリノアに任せる。なんだ、チセ」
クイクイとイシュトの袖を引っ張り意識をわたしに向けさせた。
「あのさ、トリはどうするの? 見えないままだと不便だけどさ、見えてもあのままの姿だとまずくないかな」
「書物や壁画にしっかり書かれてますから、一目で翼神様だと分かりますねえ。そのまま見えないでいてくだされば結構なんですけどね」
「わたしもそう思ったんだけど、ついトリに話しかけたときに、何もない空間にしゃっべって見えて怪しい人に思われるのは避けたいかな、と」
「ならば、人型になるぞ。これでどうだ」
そう言って翼神は人の姿を纏って現れた。
「……目立つよね」
「ですねえ」
「チセに近づくな」
人型の翼神を目にした途端にきつく腰に回してきたイシュトの手を引きはがしながら、大きなため息を吐く。
翼神は理解していないようでこちらを不思議そうに見ていた。
服を着ていても分かる、これぞ黄金比の見本、な体型に端正な顔がのって、女性の目をくぎづけにして、なお飽き足らず、とどめとばかりに羽根をそのまま髪にして腰辺りまで流す姿は垂涎の的。そりゃね、神と呼ばれる存在はほとんど容姿に優れているし、地球のあの神ですらキラキラしい見た目をしていた。でもさ、トリくらいはレベルダウンしていてくれてもいいじゃない! 美形密度増やしてどうしろと…。
「美形はいらない。いらないけど、鳥姿だと思わず首を絞めそう。うう、せめて子供なら」
「可能だぞ。そちらの方がよいのか? ならば」
と言うなり、シュルルと縮んで今のわたしよりもさらに幼い子供になった。
「これでいい、いいわ! つくりがいいから子供になっても可愛いし~」
手招きしてわたしの膝の上に座らせると、触りたくて仕方がなかった羽根髪を撫でてみた。
これは癖になる手触りだわ。ペットセラピーだわね。わたしの癒し~。
「チセ、神を下ろせ。そのような姿をしていても中身は男だ。われ以外の男を乗せるなど許さん」
「別にイシュト専用でもないから。それに鳥が本性でしょ。大人バージョンは願い下げだけど、この姿なら許す。フワフワ最高」
「まあまあ。そのお姿ならチセ様のそばにいられても変なやっかみは受けないでしょうし、いい目くらましになります。お守りするのに人手は多い方がいいですしね」
「…仕方あるまい。だが、先程の姿には非常時を除きとるな」
「大人気ないですねえ」
「かまわぬ。チセは主であって、対としての対象とならぬゆえ、安心いたせ。だが膝と撫でられるのは心地よい。当分この恩恵に与るぞ」
そう言うと、にやりと子供らしからぬ笑みを浮かべると、わたしに寄りかかってきた。
「チセ、ソレを離せ。羽根がほしいのならば、始末した後にくれてやる」
「な、なに物騒な、ちょっと剣なんかしまってよ。危ないでしょ」
「相応の礼とやらにしては随分だな。おぬしも後でしてもらえばよいではないか」
「そこ、勝手なことを言わないように。しないからね、じっと見つめられても無理なものは無理なんだってば」
まったく、美形の哀願は心臓に悪すぎだよ。
イシュトの視線を避けつつ、余計なことを言ったお返しにと翼神の頬を左右に強く引っ張ってやった。
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