1.ぐらっときたら に
翼神の首をつかんだまま祭壇の前に進み出て、スウッと息を吸い込んでから大声で、
「聞こえます―っ、コレのおかげで迷惑を被っている者ですがー、どなたかきっちり責任を取ってもらえません―。ほおっておくと―、そちらにも近々余波がいきますけどー」
と、訴えた。途中「ひぃ」とか「なんと…」とか聞こえたけど、無視。文句を言うなら元凶のコレにぶつけてよね。
反応がないので、もう一度、と息を吸い込んだとき、空気が変わり、揺らぎ輝く光が頭上に現れた。
「もうきたよ。まったく、なんてことするんだろうね。君は曲がりなりにもわたしの従神なんだよ。わたしが君を甘やかすから、とか苦情を言われたじゃないか。上はこれに対応するのに大騒ぎだよ」
やれやれといったふうにため息をついてから、光はわたしに話しかけた。
「そういうわけで、今担当になった者が協議中なんだけど、なかなか難航してね。当事者の神はそりゃあもう烈火のごとく、な上に、その眷属や親しい幾柱も宣戦布告、なんて息巻いているらしいよ。まぁ、未来の対柱様を攫われて怒るなってほうが無理な話なんだけど」
「ちょ、ちょっと待ってよ。誰が対柱ですって? それを断るためにお勤めしていたのよっ、それを決定事項みたく言わないでくれない」
「そうなの?」
「そうなの! なのに、あと数刻で完了ってときにこっちにとばされちゃったから、不履行になっちゃたのよ~~~」
「ふ~ん。それを交渉の鍵にしようかな。ちょっと待ってね」
光は輝きを数段落として沈黙した。どうやら担当している神さまとコンタクトしているらしい。そういえば、イシュトたちはどうしたんだろう。あれだけ奇声を発していたのが、今は全然聞こえない。
ちょっと気になって振り返ると、数歩先が霞んでよく見えない。目を凝らしても変わらないので錯覚でもない。
「ねえ、ここはさっきと同じ場所よね」
翼神に問いただした。
「主柱たる方々はみだりに現世に降りることはできないのだ。そのため、一時的にこの空間を切り離したのであろう。ところで、おぬし…」
「千世よ」
「ふむ、チセ、そなたはすでに神籍に身を置いているのか? 地上の者が申していたことから大体の歳を推測したのだが、その外見はおさな…グエェェ、く、苦しいっ、はな、離すのだ」
「えー、えー、そうでしょうとも、それもこれも、みいんなあんたのせいよっ。あの神はね、契約にこれも盛り込んだのよ。徐々に神域に慣れさせるためとかぬかして、身体年齢を戻してくれたのよ。単にロリ…「や、やめよ、ここは地上と切り離されておるが、天上とは繋がっておる。万一聞こえでもしたらどうするのだ」
「別に~。普段からこんな感じよ。これであっちが愛想つかしてくれたら、なんて思ったのに、かえって執着されるから、最近はそっけなくしてたくらいよ」
「なんと…」
翼神は言葉を失くしたらしい。
ようやく話がまとまったのか、光が輝きだして告げた。
「お待たせ―。君、えらく気に入られてたんだね~。交換条件を呑ませるのに苦労したよ。でも君の過失による契約の失効はなくなったから、安心していいよ」
「ほ、ほんと」
「うん、契約は無効ってかたちにしたから、指の痣も消えるはずだよ。ただね~…」
うそ~、本当に消えていってるよ! あれだけ苦労したのがここに来ただけで! さっきは迷惑そのものとしか思えなかったけど、うん、結果オーライじゃない。これで体も元通り、後は帰る、あ、あれ?
「体が戻らない…」
「君、わたしの言葉を聞いてないでしょ。あのね~、どうやら君が直接神域で神々に仕えられるように神籍に入っているようなんだよね。仮にも神様の君を相応の準備しないで召喚しちゃったから、ここもあちらもとても大きな歪が生じてね、しばらくはその修復にかかりきりになりそうなんだ。だから、終わるまでこちらに待機ということになったんだよ。それと、体もここに来たことで負担が相当かかっているから、ゆっくり戻すから我慢してね」
「か、神、わたしが神様…アレのせいで人じゃなくなってた、の」
いやにあっさり契約を呑んだと思ったらそういうことだったのっ。とすれば、帰るのが多少延びようが、体が小さいままだとかはこの際些細なことよ。何よりアレから逃れたことが重要よね。今頃あのキラキラしい顔を歪ませてるかと思えば、うふふ~。
清々(すがすが)しい気分になり、にっこりとしてから、
「分かった。それじゃあわたしはそちらでお世話になるのね。たいしたことはできないけど、猫の手ぐらいにはなると思うから、」
「うん、それも言おうとしてたんだけど、君は神は神でも“異界の”神なんだよ。歪が出来ているところに異質な君をそのまま受け入れるのは危険だから、そのまま地上にいてもらって君を中和しようということになってさ。ああ大丈夫、危険にさらされないように、君をわたしの眷属にしてこのコに責任の一環として守らせるから安心していいよ」
このコとは、この阿呆、もとい翼神のことですか。
「い、いい! かえって不安材料が増えるだけだし、修復が終わるまで大人しく待っているからそっちで引き取ってよ」
「チセ、わたしは神なのだ…「黙れトリ」
「……」
「実はさ~、この騒ぎの大本がこのコだってことで、戻らせづらいんだよねぇ。余計なことを、って息巻いているから、ほとぼりが冷めるまで君と一緒にいさせる方が都合がいいんだよ。さ、両手を出してくれるかい。そう、そのまま」
差し出した両手の甲に光から何かが降り注がれる。するとそれぞれの甲に翼をかたどった紋様が浮かび上がった。
「これでチセ、君はわたしの眷属になった。力もある程度行使できるから、下で生活する際の助けになると思うよ。そういうことだから君らの国に彼女を任せるよ。構わないよね」
「了承した」
「え…」
イシュトの声に驚いて振り向くと、いつの間にか私の横に立ったままのイシュトと、その後ろでひざまずくお付きたちがいた。
「ね、だから、あの国の人間に面倒見てもらいなよ。もともとその人間が願ったから君がここに来たんだし、わたしの眷属ということを抜きにしても丁重にもてなしてくれるよ」
「いや、あのね」
イシュトがわたしの肩に片腕をまわしてきた。
「歓迎みたいだよ。それじゃ後はよろしくね」
そう言うなり光はスーッと消え、同時に空間も元に戻った。
イシュトのそばにいる方が何だか面倒事になりそうな気がするんだけどなぁ。でも知っている人のそばにいられるのは安心かも。
イシュトに顔を向けて
「いろいろよろしく、ね?」
と言ったら回された腕に力が入り、額にキスが降ってきた。
キスはしないでいいの、キスは!!
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