海ならし
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
どうして、あれがあのようなところにあるのか?
不自然を覚える瞬間は、たびたびあると思う。結果だけを見て首をかしげるパターンと、今まさに過程を見届けて目を見開いてしまうパターン。
前者のほうが想像の余地がある。場合によっては、都合の良い考え方をして逃げ道を作ることもできるだろう。
でも後者を目にした場合は、確実な現実として横たわるから油断できない。自分だけに見えている幻覚でないかと疑い、でも他の人も見ているのが分かったならば、注意を払わないと……だ。
ちょっと前に実家へ帰ったときに、久々に父さんにあって昔の話を聞くことができたんだよ。ちょっと耳に入れてみないかい?
父さんが小さいころ、住んでいたところは海の見える場所だった。
学校も海のすぐ近くで、ひょいと外を見ればすぐに青々とした波の原を見下ろすことができたのだとか。
普段はヨットのたぐいなどが走っているらしいのだけど、その日の午前中はめずらしく海に漂うものの姿はなかったのだとか。
授業中はさすがに先生の話に集中している。休み時間にぼけっと外を見るくらいだった。
その日は、うっすらとだけど海にはもやがかかっていたとか。特に気象に詳しいわけでもない父さんは、「今日はなんとなく、海が見づらいなあ」くらいの感想。
それでも、ぼんやりと眺めていてふと気がついたらしいんだ。
このあたりは東西をせり出した岬に囲われている。
その東側の岬の足元から、ゆっくりと海を渡ってくるものの姿があったのだとか。
船のたぐいじゃない。遠目ながらも、それは四本の脚で歩いている生き物……犬だったそうなんだ。
そんなバカなと目を凝らす父さん。クラスの中では、いっとう視力がいいものだからそれが真っ白い大型犬らしきものの影だと判断がついた。
ほかのみんなにも声をかけるも、なんとなく海の上をゆく物体がある程度しか分からなかったらしい。
犬は岬たちの中ほどまでくるや、急に駆け出す。引き続き海面を。
それに合わせて、もやも一層濃くなってしまい、海はいったん完全に隠れてしまう。再び見えるようになったときには、すでに犬の姿は見えなくなってしまっていたんだ。
けれども、事態はそれだけで終わらなかった。
お昼をまわり、なおも海にはもやが立ち込めていた。
午前中のこともあり、先ほどよりもずっと注意して父さんは海を観察していたところ、お昼休みに入ったところで。
今度は、人が歩いていくのを見た。
先ほどの犬と同じように、真っ白い人だった。いや、人の形をしていたというだけで、本当に人間だったかは分からない。
頭のてっぺんの髪の毛から、肌の色。身にまとう法衣らしきものにいたるまで、いずれも白一色。ややもすると周囲のもやに溶け込んでしまいそうな色合いだった。
これもまた海の上を走っていく。沈むことなくだ。
今回は多くの人に見てもらうことに成功する。時間そのものは短くとも、視認できる人はそれなりにいてざわつきを生み出した。もっとも、またもやは濃くなってしまい、例の人が渡りきったのかどうかは、確認しきれなかったらしいけれど。
そうして学校の授業が終わりきったころ。
学校のある一帯を、地震が襲ったらしい。建物や住人に対する被害はほとんど出なかったそうだけど、海のほうではおっきい変化があった。
津波、というのも陸地へ押し寄せてきたわけじゃないみたいで、妙な印象を受けるけれども。岬から岬へ海を横断する、たっかい波があったんだってさ。
もし、途中で形が崩れていたなら、余波でこちらの陸地は水びたしになっていたと思うくらい。けれども波はそのまま横切ることを完遂して、被害はゼロに終わったんだって。
父さんは、事前に通ったあの犬や人らしきもののおかげかもなあ、と思っているみたい。




