第9話「造り変えられた世界」
ドームの空間に投影される過去の記憶は、とどまることなく時間を駆け抜けていった。
天空から打ち下ろされる無数の光の柱によって、荒れ狂っていたマグマは厚い岩盤の下へと封じ込められ、絶え間なく降り注いでいた隕石も、星を覆い尽くす巨大な魔力結界によって大気圏外で砕け散っていく。
レオンは空中に浮かぶ巨大な球体から目を離すことが出来なかった。
彼の周囲には、冷却された大地の上に膨大な量の水分が生成され、瞬く間に広大な海が形成されていく過程が映し出されていた。
熱く濁っていた空気が冷え、激しい豪雨が何百年、何千年という規模で大地を打ち据える。
雨の匂い、湿った土の匂い、そして初めて生まれる微かな潮の香りが、投影された映像とともにレオンの感覚を激しく揺さぶる。
「彼らは星を殺したのではない。新たな生命の器として、一から作り直したのだ」
レオンは震える声でつぶやき、両手を強く握りしめた。
考古学者として数多の遺跡を巡り、歴史の真実を追い求めてきた彼の人生において、これほどまでに圧倒的で完璧な答えに直面したことはなかった。
神話において、世界は全能の神が七日間で創り上げたとされている。
しかし、目の前で展開されているのは、人間の途方もない執念と、神をも凌駕する魔法科学の力による、悠久の時をかけた環境改造プロジェクトの全貌だった。
投影された映像の中で、海が落ち着きを取り戻し、空を覆っていた灰色の雲が晴れていく。
そして、平定された大地の上に、巨大な黒曜石のような建造物が次々と突き刺さっていく光景が映し出された。
それは現在レオンたちが立っているこの場所、星のゆりかごに他ならなかった。
『神話の崩壊だ』
『人間が星の環境を管理するために、これほどの施設を世界中に建造していたというのか』
『歴史学、神学、魔法工学、すべての学問の前提が覆るぞ』
通信機を通じた王都の学者たちの光の文字は、驚愕を通り越して一種の恐慌状態に陥っていた。
彼らが書き込む文字は震え、あるいは支離滅裂な感嘆符の羅列となり、歴史の巨大な転換点に立ち会っているという事実の重さに耐えきれないでいるようだった。
「アイラ、データの受信状況はどうだ」
レオンが振り返ると、アイラは通信機の計器に顔を近づけ、必死に魔力の波長を制御し続けていた。
彼女の額からは大粒の汗が流れ落ち、唇は極度の集中によって白く一文字に結ばれている。
「受信は完璧よ。でも、データの中に一つだけ、異質なものが混ざっているわ」
彼女は鋭い視線を空中の球体へと向け、指先で特定のデータ結晶を指し示した。
「環境を作り変えるための記録は、すでに完全に現代の姿へと収束している。でも、この遺跡の中枢には、それらの環境を今でも維持し続けている動力源が存在するはずよ。その動力源のデータだけが、厳重な暗号化の奥に隠されているの」
彼女の言葉と同時に、空間に投影されていた緑豊かな世界の映像が唐突に乱れ始めた。
美しい自然の風景が赤いノイズに侵食され、巨大な機械構造の断面図が空間に浮かび上がる。
それは星のゆりかごのさらに深部、地下の果てに存在する巨大な炉室の設計図だった。
「創世の炉、と読めるな」
レオンは空中に浮かび上がった古代文字を素早く翻訳し、その設計図の異様さに眉間にしわを寄せた。
「世界中の魔力脈を束ね、環境を維持するための莫大なエネルギーを生み出し続けている心臓部だ」
彼は設計図の中心に描かれた、太陽のように赤く輝く球体の図像を見つめた。
そこには、これまで見てきた安定した環境記録とは異なる、警告を意味するような激しい明滅が繰り返されている。
「アイラ、この炉の現在の状態は分かるか」
アイラは手元の端末を操作し、設計図から読み取れる魔力の数値を現代の単位に変換した。
彼女の顔色が一瞬にして蒼白になり、計器を叩く指先が止まった。
「嘘でしょう」
彼女は乾いた唇を震わせ、レオンの目を見つめ返した。
「炉の魔力出力が、通常時の数百倍に跳ね上がっているわ。私たちがこの中枢エリアに侵入し、データを引き出したことで、遺跡の自己防衛プログラムが完全に誤作動を起こしたんだわ」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、ドーム全体の空間が激しく揺れ始めた。
足元の水面が沸騰したように泡立ち、空中に浮かんでいた無数のデータ結晶が軌道を外れて床に落下し、鋭い音を立てて砕け散っていく。
重厚な地鳴りが足元から這い上がり、空間を満たしていた静寂が、世界そのものが軋みを上げるような破滅的な轟音へと塗り替えられた。
『映像が乱れているぞ』
『魔力干渉が強すぎる、通信が途切れる』
『レオン、アイラ、すぐにそこから脱出するんだ』
投影窓の文字が激しくノイズにまみれ、赤い警告色へと変わっていく。
レオンは足を踏みとどまり、崩壊を始めたドームの奥、さらに地下へと続く巨大な昇降機の入り口が姿を現すのを見た。
脱出か、それともさらに深く潜るか。
もしこの創世の炉が完全に暴走すれば、古代人が作り上げたこの世界の環境そのものが破壊され、再びあの混沌の死の世界へと逆戻りしてしまう。
レオンの胸中に、恐怖を完全に焼き尽くすほどの強烈な使命感が燃え上がった。
「逃げる場所はない」
彼はアイラの肩をしっかりと掴み、その瞳に強い光を宿して言った。
「この星の環境が崩壊すれば、地上に戻っても待っているのは死だ。行くぞ、アイラ。私たちが、この歴史の遺産を止めなければならない」
アイラは一瞬だけ恐怖に顔を歪ませたが、すぐに深く頷き、通信機を抱え直した。
二人は世界の運命を背負い、崩れゆく真実の部屋から、最深部の創世の炉へと続く未知の暗闇へ向かって一歩を踏み出した。




