第3話「壁画が語る世界の真実」
第一層の広大な回廊を歩き始めてから、どれほどの時間が経過しただろうか。
レオンの持つ魔力灯の光だけが頼りの空間で、二人は重力制御魔法の影響で浮遊する瓦礫を避けながら慎重に進み続けていた。
空気は冷たく乾燥しており、足元の石板の継ぎ目からは一切の隙間が見当たらない。
***
やがて、単調だった回廊の幅が徐々に広がり始め、二人は巨大なドーム状の広間へと足を踏み入れた。
魔力灯の光を前方に掲げると、闇の奥から浮かび上がってきたのは四方の壁面を埋め尽くす極彩色の壁画だった。
「これは」
レオンは思わず足を止め、圧倒的な色彩の暴力に目を奪われた。
数千年の時を経ているにもかかわらず、壁画に使用されている顔料は全く色褪せておらず、まるで昨日描かれたかのように鮮やかだった。
赤、青、金、緑といった色が複雑に絡み合い、巨大な一枚の絵を形成している。
アイラが通信機の投影窓の角度を調整し、壁画の全体像を王都の学者たちに共有した。
投影窓にはすぐに無数の光の文字が飛び交い始める。
『なんて鮮やかな色彩だ、どんな染料を使えばこれほど保存できるんだ』
『芸術的価値だけでも計り知れないぞ』
『いや、待て、絵の内容をよく見てくれ』
歴史学者からの指摘を示す文字に促され、レオンは壁画に描かれた図像を一つ一つ目で追っていった。
そこには神々や英雄の姿といった、古代遺跡によく見られる宗教的なモチーフは一切描かれていなかった。
代わりに描かれていたのは、星の軌道、海流の動き、山脈の隆起を示すような巨大な自然の移り変わりだった。
「地形図だ」
レオンは壁画に近づき、顔料の盛り上がりを間近で観察しながら確信を持って言った。
「それも、単なる地図ではない」
彼は壁画の左端から右端へとゆっくりと歩きながら、絵の変化を読み解いていく。
「左側には、炎と氷に覆われた混沌とした大地が描かれている」
彼の言葉に合わせるように、アイラが通信機の映像を左側の荒々しい描写へと向けた。
「しかし、右側に向かうにつれて、地形が整い、緑が芽吹き、私たちが知る現在の世界の形へと近づいている」
レオンは壁画の中央に描かれた、幾何学的な形をした巨大な塔の絵を指差した。
「そして、その地形の変化の中心には、常にこの塔のような建造物が描かれている」
アイラが壁画の塔の絵を見上げながら、息を呑む音を立てた。
「これって、この星のゆりかごのことじゃないの」
レオンは深く頷き、壁画の塔から伸びる無数の光の線をなぞった。
「おそらくそうだ」
彼は静かな、しかし熱を帯びた声で言葉を紡いだ。
「古代人たちは、この施設を使って環境そのものを制御し、荒れ狂う星を人が住める環境へと作り変えたのかもしれない」
投影窓の光の文字が、一時的に完全に沈黙した。
世界は神によって創られたという現代の一般的な常識を根底から覆す、あまりにも壮大な仮説だったからだ。
やがて、爆発するような勢いで文字が流れ始めた。
『神の創造ではなく、人間の手による環境改造だと』
『そんな神に等しい御業が、魔法科学で可能だというのか』
『もしそれが真実なら、歴史の教科書がすべて書き換わるぞ』
学者たちの興奮が限界に達しているのが、文字の激しい明滅から伝わってくる。
その時、壁画を詳細に観察していたアイラが、不意に声を上げた。
「レオン、ここの顔料の塗り方、少し不自然じゃない」
彼女が指差したのは、壁画の右下にある小さな星の絵の周辺だった。
レオンが近づいて確認すると、確かにその部分だけ顔料の厚みが異なり、微細な魔力の波長が漏れ出しているのが感じられた。
それは入り口の扉を解錠した時の封印の魔力と非常に似ていた。
「魔力回路が隠されているな」
レオンはアイラと視線を交わし、互いに無言のまま行動を開始した。
「私から魔力を流すわ、レオンは構造の解析をお願い」
アイラが両手を星の絵にかざし、自身の青白い魔力を顔料の裏側へと浸透させていく。
レオンは壁面に耳を当て、石の奥で起こる微細な音や振動に全神経を集中させた。
魔力が回路を巡る高い音が響き、壁画の内部で無数の歯車が噛み合うような振動が伝わってくる。
「右だ、右の回路に魔力を集中させろ」
レオンの的確な指示に従い、アイラが魔力の流れを偏らせる。
次の瞬間、壁画の一部であった巨大な石のブロックが、音もなく奥へと沈み込んだ。
沈み込んだブロックはそのまま横へとスライドし、壁画の裏側に隠されていた新たな通路の入り口が姿を現した。
そこからは、回廊の淀んだ空気とは全く異なる、不思議なほど清浄で冷たい空気が流れ出してくる。
「隠し部屋だ」
レオンは魔力灯を高く掲げ、新たに開かれた通路の奥へと視線を凝らした。
通路の先には、ほのかに青い光を放つ空間が広がっているのが見えた。
その光は魔力灯の光ではなく、部屋そのものが自ら発している光源だった。
「行こう、歴史の真実が私たちを待っている」
未知の領域へ踏み込む緊張感と、知的好奇心が混ざり合った高揚感が、二人の胸を焦がしていた。
レオンとアイラは肩を並べ、壁画の裏側へと続く青い光の中へ静かに歩みを進めた。




