エピローグ「未知への航海図」
王都の発表会から数ヶ月が経過した。
レオンの個人研究室は、床から天井までを埋め尽くすほどの古文書や、古代の石板の拓本、そしてアイラが持ち込んだ無数の機械部品や魔力測定器によって、足の踏み場もないほど混沌としていた。
部屋の空気には、羊皮紙の独特の匂いと、微かな機械油の匂いが混ざり合って漂っている。
レオンは巨大なオーク材の机に広げられた一枚の羊皮紙に顔を近づけ、拡大鏡を使ってそこに描かれた複雑な等高線をなぞっていた。
それは星のゆりかごのデータ結晶から抽出された、数千年前の大陸の地形情報の一部だった。
「アイラ、この海流の予測図を現代の地図と重ね合わせた結果はどうだ」
彼が背後を振り向かずに声をかけると、部屋の隅で通信機の小型化作業に没頭していたアイラが、保護ゴーグルをおでこに押し上げながら立ち上がった。
「ええ、今終わったところよ」
彼女は手元の端末を操作し、机の上の空中に青白い光で構成された立体的な地図を投影した。
「古代のデータと現代の地形の差異を計算した結果、東の果てにある忘却の海域に、巨大な魔力溜まりが存在する可能性が極めて高いわ」
投影された光の地図の中で、東の海域の一点が赤く明滅し、そこを中心に渦を巻くような魔力の流れが視覚化されている。
レオンは拡大鏡を置き、その赤い光の点に鋭い視線を固定した。
「星のゆりかごが環境を造り変えるための管理施設だったとすれば、この海域にあるのは、海流や気象を直接操作するための巨大な魔導装置、あるいは海底神殿かもしれないな」
彼の声には、新たな謎に対する抑えきれない興奮と、探求者としての純粋な喜びが溢れていた。
歴史の真実を一つ解き明かしたことで、彼らの前にはさらに壮大で複雑な謎が次々と姿を現し始めていた。
「海底か。私の通信機の防水機能と、深海での水圧に耐えられる魔力結界の設計を根本からやり直さないといけないわね」
アイラは腕を組み、わざと大げさにため息をついてみせたが、その瞳はすでに新たな技術的課題に対する挑戦の喜びに輝いていた。
「準備にどれくらいかかる」
レオンが机から顔を上げ、彼女に向かって悪戯っぽく微笑んだ。
「そうね、最短で三日ってところかしら。でも、今回はレオンにも荷物の運搬を手伝ってもらうからね」
彼女は机の上の散らかった資料を素早くまとめ始め、旅の準備へと心を躍らせていた。
レオンは壁に立てかけてあった使い込まれた防砂外套と、愛用の革のブーツを手に取った。
窓から差し込む朝の光が、二人の顔を明るく照らし出している。
神話が崩壊し、人間の手によって造り変えられたこの広大な世界には、まだ彼らの足跡を待つ未知の領域が無限に広がっている。
「行こうか、アイラ。歴史の真実を解き明かす旅は、まだ始まったばかりだ」
レオンの言葉に、アイラは満面の笑みで力強く頷いた。
二人は再び重い荷物を背負い、まだ見ぬロマン溢れる冒険へと向かって、研究室の扉を勢いよく開け放った。




