番外編「静かなる祝杯と星空の誓い」
王都の中心にそびえ立つ白亜の学者サロンは、今夜、かつてないほどの熱気と興奮に包まれていた。
広大な大広間の天井からは巨大な魔力シャンデリアが黄金の光を降り注ぎ、色とりどりのドレスや正装に身を包んだ貴族、歴史学者、魔法工学の権威たちが、グラスを片手に歓談の輪を広げている。
彼らの話題の中心は、数週間前にレオンとアイラが命懸けで持ち帰った、星のゆりかごのデータ結晶の解析結果だった。
神の創造という神話が完全に否定され、古代人の超魔法科学による環境改造プロジェクトが証明されたという事実は、すでに世界中の知識階級に計り知れない衝撃を与えていた。
大広間の中央で、レオンは仕立ての良い漆黒の夜会服に身を包み、次々と押し寄せる学者たちからの質問攻めに遭っていた。
「レオン卿、あの創世の炉の魔力変換効率について、さらに詳細な見解を」
「歴史の教科書をどう書き換えるべきか、あなたのご意見を是非」
レオンは表面上は穏やかな笑みを崩さず、冷静かつ的確に一つ一つの質問に応答していた。
だが、彼の視線は常に広間の片隅を気にかけていた。
そこには、深い群青色のドレスに身を包んだアイラが、不慣れな高いヒールの靴に苦戦しながら、壁際の装飾柱の陰に隠れるようにして立っていた。
彼女は華やかな社交の場をひどく苦手としており、手にしたグラスのシャンパンに口をつけることもなく、ただ早くこの場から逃げ出したいというように視線を泳がせている。
レオンは巧みな話術で学者たちの集まりから抜け出すと、足音を立てずに彼女の背後へと忍び寄り、その華奢な肩を軽く叩いた。
「顔が引きつっているぞ、天才魔法技師殿」
アイラはびくっと肩を揺らし、振り返ってレオンの顔を見ると、安堵と少しの恨み言を込めたため息を漏らした。
「もう、私を一人にしてどこへ行っていたのよ。あんな堅苦しいお偉いさんたちの前で、通信機の構造を説明しろって言われても、どうせ理解できないくせに」
彼女は不満げに唇を尖らせ、手にしたグラスをレオンへと押し付けた。
レオンは声に出して笑い、彼女のグラスを受け取った。
「彼らにとって、君は神の御業に等しい古代のシステムに介入し、世界を救った英雄だからな。少しは愛想よくしてやるのも仕事のうちだ」
「私は技術者よ。社交辞令はあなたの担当でしょう」
アイラがそっぽを向くと、レオンは彼女の腕を軽く引き、広間の喧噪から離れたバルコニーへと続く硝子戸を開けた。
冷たい夜風が二人の顔を撫で、広間にこもっていた香水や酒の匂いを一瞬で吹き飛ばす。
バルコニーに出ると、そこには王都の街明かりに邪魔されることのない、澄み切った満天の星空が広がっていた。
「ここなら、誰の邪魔も入らない」
レオンはバルコニーの石の手すりに寄りかかり、夜空を見上げた。
アイラも彼に並んで立ち、ヒールの痛みを和らげるように少しだけ体重を手すりに預けた。
「背中の傷、もう痛まないの」
彼女の視線が、レオンの夜会服の背中越しに、まだ残っているであろう傷跡へと向けられた。
レオンは首を横に振り、自身のグラスと彼女から受け取ったグラスを軽く打ち合わせた。
チリン、という澄んだ音が夜の空気に溶けていく。
「君の魔法治療のおかげで、すっかり良くなった。それに、あの遺跡で得たものに比べれば、安い代償だったさ」
彼は夜空に輝く無数の星々を指差した。
「私たちはあの星の歴史を知り、そして守り抜いた。あの絶望的な地下の底で、君が私の手に重ねてくれた温もりがなければ、私は今ここに立っていない」
レオンの真っすぐな言葉に、アイラは少しだけ頬を染め、視線を星空から手元のグラスの縁へと落とした。
「私も同じよ。あなたが私の名前を呼んで、背中を守ってくれなければ、私は恐怖で押し潰されていたわ」
彼女は顔を上げ、レオンの漆黒の瞳を正面から見つめ返した。
「私たちは、最高のバディね」
レオンは深く頷き、グラスを傾けて喉を潤した。
熱狂に包まれた広間からは完全に隔離されたこのバルコニーで、二人は遺跡での死線を共に乗り越えたことで深まった、言葉にはし尽くせないほどの絶対的な信頼の絆を静かに確認し合っていた。




