第10話「暴走する星の心臓」
黄金の光に満ちていた真実のドームが、耳を劈くような破壊音とともに崩壊を始めていた。
天井を覆っていた未知の素材がひび割れ、巨大な破片となって次々と水面へと落下してくる。
水柱が上がり、空間を満たしていた静寂は、世界がへし折れるような重厚な軋み音によって完全に塗り潰されていた。
レオンは崩れ落ちる破片の軌道を冷静に見極めながら、アイラの肩を抱き寄せてドームの最奥へと全力で駆け出した。
彼らの視線の先には、壁面の一部が奥へとスライドして現れた、地下の果てへと続く暗い縦穴と、黒い石材で作られた巨大な昇降機の入り口が口を開けていた。
二人が昇降機の内部へと飛び込んだ直後、背後でドームの中央にあった巨大なデータ球体が床に激突し、爆発的な光の波を放って砕け散るのが見えた。
黒い石の扉が重々しい摩擦音を立てて左右から閉ざされ、光と轟音を完全に遮断した。
昇降機の内部は、レオンの持つ魔力灯の白い光だけが頼りの完全な密室だった。
扉が閉まりきった瞬間、足元から内臓を乱暴に持ち上げられるような強烈な浮遊感が二人を襲った。
それは通常の機械仕掛けの昇降機とは次元の違う、重力制御魔法そのものを推進力とした暴力的なまでの下降だった。
レオンは咄嗟に壁面の突起に掴まり、両足に力を込めて姿勢を維持したが、足裏から伝わってくる振動は骨の髄まで揺さぶるほど激しいものだった。
空気が急速に圧縮され、耳の奥に鋭い痛みが走る。
閉ざされた空間の温度が、一秒ごとに明確に上昇していくのが肌を通して感じられた。
「アイラ、王都との通信はどうなっている」
レオンが振動に声を震わせながら尋ねると、壁に背中を預けてうずくまっていたアイラが、顔を青ざめさせて自身の通信機を見つめた。
通信機の空中に展開されていた投影窓は、すでにその輪郭を保つことすら出来なくなっていた。
王都の学者たちが発したであろう光の文字は、意味を成さない赤いノイズの破片となって激しく明滅し、空間に散らばっては消えていく。
「駄目よ、魔力場が完全に狂っているわ」
アイラの声は、絶望的な状況に対する恐怖で微かに震えていた。
「この遺跡の中枢から発生している魔力干渉が強すぎて、私の通信機の出力じゃ王都の結界まで波長を届けることが出来ない。接続が、完全に絶たれたわ」
彼女の言葉を証明するかのように、通信機の中央で脈打っていた高純度の魔石が、最後に一度だけ眩く発光した後、鈍い鉛色に変色して完全にその光を失った。
空中に漂っていた赤いノイズも幻のように霧散し、昇降機の内部には魔力灯の光と、壁の向こう側から響く重低音だけが残された。
それは、巨大な地下空間で何かが猛烈な勢いで回転し、周囲の魔力を強引に吸い上げているような、不気味で圧倒的な音だった。
完全な孤立。
数千メートルの地下深くで、外部からのいかなる支援も期待できないという事実が、重く冷たい塊となって二人の胸にのしかかった。
アイラの呼吸が浅く速くなり、通信機の真鍮の枠を握りしめる彼女の指先が、血の気が引いて白く染まっているのが見えた。
彼女の大きな瞳は焦点が定まらず、迫り来る死の恐怖に心が呑み込まれそうになっているのは明らかだった。
レオンは壁から手を離し、揺れる床を踏みしめて彼女の目の前へとしゃがみ込んだ。
彼は革手袋を外し、冷え切って震えるアイラの小さな両手を、自らの温かい手でしっかりと包み込んだ。
「私を見てくれ、アイラ」
彼の低く落ち着いた声が、昇降機内の騒音を切り裂いて彼女の耳に届く。
アイラがゆっくりと視線を上げ、レオンの揺るぎない漆黒の瞳と視線を交らわせた。
「王都との通信が切れたことは問題ではない。私たちの目的は変わらない」
レオンは彼女の震えを力強い握力で押さえ込みながら、ゆっくりと、しかし確かな熱を帯びた言葉を紡いだ。
「君の魔法工学の知識と、私の考古学の知識がある。これまでも、二人でいくつもの死線を越えてきたはずだ。この歴史の遺産を止められるのは、今この場所にいる私たちしかいない」
彼の掌から伝わる体温と、一切の迷いがない真っすぐな言葉が、アイラの内側に渦巻いていた恐怖を少しずつ溶かしていった。
彼女は何度か深く瞬きをし、乱れていた呼吸を意図的にゆっくりと整え始めた。
「そうね」
アイラは小さくつぶやき、レオンの手に自身の力を少しだけ返し込むように握り返した。
「通信機はもう使えないけれど、私の魔力回路を直接外部の端末に接続する補助装置としてはまだ機能するはずよ。私が、あなたの道を作るわ」
彼女の瞳に、再び技術者としての強い光が宿ったのを確認し、レオンは深く頷いて立ち上がった。
***
ちょうどその時、内臓を押しつぶすような激しい下降が唐突に終わりを告げた。
足元の床が重く沈み込み、分厚い黒石の扉が、大気を震わせながらゆっくりと左右に開いていく。
開かれた扉の向こう側から、肌を焼くような猛烈な熱風が容赦なく昇降機の内部へと流れ込んできた。
レオンは咄嗟に外套の襟で口元を覆い、痛いほどに眩しい赤黒い光から目を細めた。
そこは、星の核そのものを刳り貫いて作られたかのような、途方もなく巨大な地下の空洞だった。
空洞の中心には、巨大な太陽を地上に引きずり下ろしたかのような、圧倒的な質量を持つ赤黒い球体が浮かんでいた。
それが、遺跡の防衛プログラムの誤作動によって暴走を始めた環境維持の心臓部、創世の炉であった。
炉の表面では、液状化した高密度の魔力がプラズマのように激しくのたうち回り、巨大な炎の舌となって周囲の空間を焼き焦がしている。
空洞全体の空気が異常な熱量によって蜃気楼のように歪み、呼吸をするたびに肺の粘膜が焼け焦げるような鋭い痛みが走った。
そして何よりも恐ろしいのは、炉の周囲に発生している巨大な魔力の渦だった。
炉は自身の暴走を維持するために、世界中に張り巡らされた魔力脈から莫大なエネルギーを強引に吸い上げようとしているのだ。
目に見えない魔力の奔流が竜巻となって空洞内を吹き荒れ、レオンの足元を何度もすくおうと激しく煽り立てた。
「あれが、創世の炉」
レオンの隣に立ったアイラが、その絶望的なまでの美しさと暴力性に言葉を失った。
人間の手によって作られたものとは到底信じられない、神の御業に等しい破壊の化身が、今まさに世界の環境を根底から作り変えようと産声を上げている。
だが、レオンの視線は巨大な炉そのものではなく、その真下に位置する巨大な円形の台座へと注がれていた。
台座の縁には、無数の古代文字が刻み込まれた黒曜石の巨大な石碑が、天に向かって何本も突き出していたのだ。
「あれが制御盤だ」
レオンは猛烈な熱風に向かって叫んだ。
「あの石碑に刻まれた術式を読み解けば、炉を緊急停止させるためのコードが見つかるはずだ」
しかし、昇降機の出口からその台座までの道のりは、何もない空中に架けられた細い金属の通路しか存在していなかった。
通路はすでに炉から放たれる熱と重力異常によってひどくねじ曲がり、足元には底知れぬマグマの海が煮えたぎっている。
「行くぞ、アイラ」
レオンは一切の躊躇なく、崩壊の危機に瀕した金属の通路へと足を踏み出した。
世界の命運を懸けた、絶望的な距離を縮めるための最後の前進が始まった。




