File.05【前編】:バグのない男と、シームレスな決済処理
「真琴さん、次はいよいよラスボスですか? どんな特大エラーが……」
昼休み。美桜ちゃんが若干身構えながら聞いてくる。大分から始まって、猫になった帰国子女、モスバーガーの虚無、メルチャリで博多港へ消えた消防士。確かに話を聞いてきた側としては、次こそ何が来るか身構えたくなるのもわかる。
「ううん、今回はバグ、一つもなかった」
美桜ちゃんが目を丸くした。
「え?」
「UIもUXも完璧だったし、通信も驚くほど安定してた」
「じゃあ、うまくいったんですか?」
「ううん」
「……なんで?」
「要求仕様が、私とは違っただけ」
美桜ちゃんがまた黙った。なんとなく、今回はいつもと違う話だと察してくれたらしかった。
§ 完璧な互換性
同い年の商社営業マン。バツイチ、子なし。
プロフィールを読んで、右にスワイプした。特別な理由があったわけじゃない。写真の印象が悪くなかったし、文章がちゃんとしていた。それだけだった。
メッセージのやり取りが始まった。
彼はスキンシップが好きで、彼女には甘えてほしいタイプだと、わりと早い段階で話してくれた。飾らない人だな、と思った。私も仕事では常に気を張っている。画面の向こうのユーザーに向き合い、チームをまとめ、トラブルを処理する。それが仕事だから当然やるけれど、プライベートでまで気を張り続けるのは正直しんどい。
彼氏には頼りたい。甘えたい。弱いところも見せたい。
お互いのニーズが、自然に噛み合った。背伸びせずに話せる感覚が、最初からあった。これまでの人たちとは、何かが違った。エラーを探しながら話すんじゃなくて、ただ話しているだけで、心地よかった。
§ シームレスな決済と、博多駅のイルミネーション
数週間後、仕事終わりに水炊きを食べに行くことになった。
お店に入って、向かい合って座った。会話は、劇的に盛り上がったわけではない。でも、落ち着いて話ができた。沈黙が来ても、焦らなかった。大人同士の、静かな会話だった。
食事を終えて、私がお手洗いに立った。
戻ってくると、彼がお会計を済ませていた。
「あ、私も……」
「いいですよ」
あっさりと、自然に。大げさでも、恩着せがましくもなく。そういえば大分の人は「ここまで来てもらったので……」と言いながら私の出した2,000円に手を伸ばしていた。あの記憶が一瞬よぎって、すぐ消えた。
「ありがとうございます」
お礼を言って、店を出た。
私が乗る電車まで、あと20分あった。
「少し歩きますか」と彼が言って、二人で博多駅前を歩いた。クリスマスのイルミネーションが、街をきれいに照らしていた。特別なことは何もなかった。ただ並んで歩いて、他愛ない話をして、光の中を歩いた。それだけなのに、久しぶりにいい時間だと思った。
改札まで送ってもらって、別れた。
「次、ドライブデートしましょう」と彼が言った。
「いいですね」と私は返した。
帰りの電車の中で、久しぶりに次のデートが楽しみだと思っていた。
ただ一つだけ、小さな引っかかりがあった。
彼が時々、「自分なんかでいいのか」とか「こんな自分でも大丈夫ですか」という言葉を口にした。冗談っぽく言うのだけれど、その言葉の奥に、本音が混じっているような気がした。
小さな警告ログが、静かに積み上がっていた。
(後編へ続く)




