File.04【前編】:鉄壁のファイアウォール(消防士)と、最高のアジリティ
「真琴さん、私もマチアプ始めたんですけど」
昼休み。美桜ちゃんがお弁当を広げながら、少し得意げな顔で言った。
「あら、とうとう」
「真琴さんの話を聞いてたら、なんか私もやってみたくなっちゃって」
「私の話を聞いてやる気になる神経、ちょっとすごいと思う」
「いや、反面教師というか……あ、でも早速気になってる人がいて」
「へえ」
「プロフに『気になる人にはあしあとを残してます』って書いてある人なんですけど」
私は箸を止めた。
「あしあとを残してます、ね」
「なんかロマンチックじゃないですか? さりげなくアピールしてる感じで」
「美桜ちゃん」
「はい」
「気になるなら、いいねの1タップくらい自力で押せばいいと思わない?」
美桜ちゃんが少し考えた。
「……確かに」
「あしあとを残してアクションを相手に委ねる男に、リードされる未来が想像できる?」
「……できないです」
「でしょ。あしあとはスパムよ、スパム。ゴミ箱に入れておきなさい」
美桜ちゃんがしょんぼりしながらお弁当をつついている。少しかわいそうだったので、フォローした。
「まあ、最初はそういうのに引っかかるもんだよ。私だって最初は引っかかってたし」
「真琴さんも?」
「引っかかった末に大分まで行ったんだから」
「……そうでしたね」
しばらく沈黙があった。美桜ちゃんがおそるおそる聞いてくる。
「最近はどうですか。大分、オーストラリア、日野市……もうこれ以上ヤバい人、いないんじゃないですか?」
「甘いね」
私はお茶をひと口飲んだ。
「これまでの人たちは、最初からシステム自体がおかしかった。でも今回は違う。最初はちゃんと動いてたの。問題は、使ってみてから利用規約がこっそり書き換わってたことに気づいた話」
「……どういうことですか」
「気づいた時には、とんでもない環境に強制移行させられそうになってた」
美桜ちゃんが箸を止めた。
§ 鉄壁のファイアウォール、登場
長崎在住、身長180cm。職業:消防士。
プロフィールを見た瞬間、私の中で何かが光った。
身長180cmという、まず物理的なスペックの高さ。そして消防士。日々鍛え抜かれた肉体と精神力を持ち、緊急時にも冷静に対応できる、信頼性の高い人間。日野市のヴェイパーウェアとは、根本的な造りが違う。
写真もちゃんとしていた。清潔感があって、爽やかで、体格が伝わってくる。
ここで一つ、『自称日野市役所職員』以来の教訓がある。「写真がいくら良くても、声と話し方が合わないことがある」。だからプロフィール写真だけで舞い上がらない。冷静に、慎重に、見極める。そう心に決めていた。
右にスワイプした。
マッチングした。
メッセージのテンポがいい。話が弾む。会話のキャッチボールがちゃんと成立する。これだよ、これ。当たり前のことが当たり前にできている。それだけで、もう充分な気がしてくるのは、これまでの蓄積のせいだと思う。
§ 驚異のアジリティ
ある日の朝、LINEが来た。
「今日、日帰りなんですが出張で福岡に行くんです。もしよければ、今日の夜ご飯行きませんか?」
当日の朝に打診して、夜には実装。
無駄なロードマップを敷かない。箱根も、クリスマスも、年末年始の実家も、一切ない。「会いましょう」のひと言で、即日リリース。このスピード感、この決断力。
「行きます!」
即答した。仕事終わりに待ち合わせのレストランへ向かいながら、久しぶりに気分が軽かった。大分の3時間バスも、猫になった帰国子女も、モスバーガーの虚無も、全部過去の話だ。
今日は違う。ちゃんとした人と会える気がする。
レストランに着いた。
扉を開けると、すでに席で待っている男が見えた。
写真通りだった。いや、写真より良かった。180cmの体格、爽やかな笑顔、こちらに気づいて立ち上がる所作。
「はじめまして」
「はじめまして」
声も、話し方も、ちゃんと顔と合っていた。
日野市役所職員のトラウマが、静かに上書きされていく気がした。
(後編へ続く)




