File.03【後編】:車屋のせいにする男と、14時のモスバーガー
§ リリース当日
初デート前日、改めて到着予定時刻を伝えた。
「ちょうどその日に車が納車される予定だから、受け取ってから迎えに行くね」
楽しみが一つ増えた気がした。新車で羽田に迎えに来てくれる。悪くない。
当日の朝、飛行機に乗る前にLINEを送った。
「もうすぐ出発します!」
返信が来た。
「車屋さんからまだ納車の連絡が来てないけど、準備はしてるよ」
……まあ、時間はある。そのうち連絡来るだろう。私は飛行機に乗った。
§ 羽田到着、そして仕様変更
羽田に着いた。飛行機を降りて、すぐLINEを送った。
「着きました!」
返信が来た。
「まだ車屋さんから連絡来てないんだよね」
は?
自分から確認の電話をすればいいだろ、と思った。でもこの後初デートだ。楽しみたい。怒りをぐっと抑えて、やんわりと返した。
「電話してみたら? 一旦荷物置きにホテルに行こうかな」
「うん、その方がいいかもね」
迎えに来てくれるって言ったじゃん。
私は電車に乗った。
§ 電車内、AIデバッグ開始
イライラが抑えられなかった。
車屋から連絡が来ないなら自分から動けばいい。それだけのことだ。なぜそれができないのか。初デートの当日に、なぜ相手を空港に一人で立たせておけるのか。
スマホを開いて、ChatGPTを起動した。
「納車日に車屋から連絡来なくて、自分から確認の電話もしないって、どう思います?」
ChatGPTは丁寧に、そして的確に共感してくれた。さすがAI。この用途での信頼性は、人間を上回ることがある。
ホテルに着いた。時刻は14時。
LINEの返信は、まだ来ていなかった。
§ 14時のモスバーガー
とりあえず荷物を置いて、外に出た。お腹が空いていた。
横浜でランチのはずだった。二人で予約したお店で、窓側の席で、メニューを一緒に選ぶはずだった。
ホテルの近くにモスバーガーがあった。
入った。一人で注文して、一人で席に座って、一人で食べた。
「今頃横浜でランチしてたはずだったのに」
声に出さずにそう思った。モスバーガーは美味しかった。モスバーガーは何も悪くない。でも、虚無だった。
§ タイムアウト
15時。未読。
16時。未読。
その間、状況確認のLINEを送った。既読すらつかなかった。
17時。未読。
18時。
私はスマホを置いて、天井を見た。
「あ、これ飛んだな」
怒りとか、悲しみとか、そういう感情が来る前に、静かな確信が来た。システム障害とか、サーバーダウンとか、そういう話ではなかった。ただ、消えた。それだけだった。
外食する気力はなかった。コンビニに寄って酒を買い、Uberで夕飯を頼んで、ホテルの部屋に戻った。
テレビもつけなかった。ただ飲んで、食べて、寝た。
一生、連絡が返ってくることはなかった。
§ 再びランチタイムへ
美桜ちゃんが、お弁当に手をつけないまま私を見ている。
「……ありえない、その後連絡は?」
「来てない。一生来てない」
「一生って」
「一生よ。既読もつかないまま、今に至る」
「日野市役所の職員ですよね」
「うん」
「公務員が人をすっぽかすんですね」
「公務員だったかどうかもあやしいよね」
美桜ちゃんがゆっくりと箸を置いた。
「箱根も、クリスマスも、年末年始の実家も……」
「全部、最初からなかった話」
しばらく沈黙が続いた。
「真琴さん、なんでそんなに冷静なんですか」
「モスバーガー食べながら、ある程度折り合いをつけたから」
美桜ちゃんがまた黙った。何か言いたそうだったけど、やめた。正しい判断だと思う。
私はアプリを開いて、静かに右にスワイプした。
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