File.02【後編】:苦し紛れのデバッグと、猫の「ゆういちろう」への転生
§ 届いた「デートプラン」
免許証を見せてもらってから、やり取りはさらに密になった。
彼の誕生日に福岡に帰るから会いたいという話になり、私はOKした。デートのプランを彼が立ててくれると言うので、任せることにした。数日後、LINEにかなり長いメッセージが届いた。
長い。スクロールしても終わらない。ざっと流し読みした。
朝はジョギングして福岡へ。天神のカフェでおしゃべり。大濠公園を散歩。博多一幸舎でラーメン。博多港からフェリーで夕日……悪くないじゃん、と思いかけたところで、冒頭の一文が目に飛び込んできた。
「ジョギング後、車で福岡にリサを迎えに行きます」
リサ。
「リサって誰ですか」
すぐ返信が来た。
「リサは私の姉です。私は姉に私たちのことを話しました。姉はとても喜んでいて、あなたに一度会いたいとも言っていました。不便ですか?」
姉。なるほど。
でも、初デートに姉を同席させるつもりなのか。しかも何の相談もなく。「不便ですか?」じゃないよ、と思いながら返した。
「何の説明もなくリサと言われても困ります」
「ゴメンナサイ。次回は気を付けます」
……まあ、いいか。家族思いなのかもしれない。そう自分に言い聞かせて、スマホを置いた。
でも、モヤモヤが消えなかった。
§ Geminiさん、参戦
しばらく放置した。でもやっぱり気になった。
こういうとき、私にはGeminiさんがいる。
彼から届いたLINEをそのままコピペして、愚痴った。「なんかこのプラン、変じゃないですか」と。
Geminiさんはしばらくして、こう返してきた。
「『美しい夕日を見ながらリサにキスするなんて、とてもロマンチックですね』という記述があります。姉にキスをするというのは、一般的に考えて不自然です」
リサにキスをする?
私はLINEに戻り、今度こそ最初から最後まで全文を読んだ。
天神のカフェ、大濠公園の散歩、博多一幸舎のラーメン、博多港からフェリーで夕日……プランとしては悪くない。でも読み進めるうちに、ちらちらとリサの名前が顔を出す。ラーメンのくだりでリサ。フェリーのくだりで「美しい夕日を見ながらリサにキスするなんて、とてもロマンチックですね。」
姉とキスを? どう考えても間違えないでしょ、それは。
最後まで読んだ。
「デートが終わった後、真琴さんを家まで送ります。真琴さんは翌日仕事がありますので……真琴さんは2月23日のこういったプランで大丈夫ですか?」
最後だけ、私だった。
私、エキストラだった。
§ 終了処理
「リサにキスをするとか、正直不信感でいっぱいです。いくら日本語を勉強中だとしても、姉とキスをするなんて間違えますか?」
送った。
返信が来た。
「私は真琴さんとキスをしようと思っていましたが、うっくり名前を間違えてしまいました。本当に申し訳ありません」
うっくり。
33年間オーストラリアにいたから日本語が不自由なのはわかる。でも、デートプランの中に何度も登場したリサが、うっかり間違えた名前だとはどうしても思えなかった。
私は返信した。
「今までありがとうございました。さようなら」
しばらくして、ブラウンのしょぼんとしたスタンプが1つ届いた。
それが、最後のメッセージだった。
§ 猫への転生
数日後、なんとなくそのトークを開いた。
彼のLINE名が、「ゆういちろう」に変わっていた。アイコンは、猫の写真になっていた。
ゆういちろう。
帰国子女でも、誠実な男でも、姉思いの人でもなく、最終的に猫になって消えた。いったい彼は何者だったのか。私には、もう確かめる方法がない。
§ 再びランチタイムへ
「……さようならって送ったら、ブラウンのしょぼんスタンプ1つで終わったんですか」
美桜ちゃんが目を丸くしている。
「そう」
「で、数日後に猫になってた」
「そう」
しばらく沈黙があった。
「先輩、ちょっと待ってください。そのデートプラン、ほぼリサとのやつじゃないですか。真琴さんの出番、最後の一行だけですよね」
「そうなんだよね。私、エキストラだった」
美桜ちゃんがテーブルに突っ伏して笑った。
「まあ、今回の教訓はひとつ」と私は続けた。「長いLINEは、最後まで読め。以上」
「シンプル!」
私はアプリを開いて、静かに右にスワイプした。
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