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File.02【前編】:ハイスペ帰国子女と、三度の名前間違い

「真琴さん、最近マチアプどうですか?」


昼休み。美桜ちゃんがサンドイッチを頬張りながら、能天気な顔で聞いてくる。


「続けてるよ。懲りずに」


「さすがです。何か進展は?」


「進展の前に、日々の消耗がひどい」


「消耗?」


「メッセージの文末に毎回『笑』をつけてくる人がいてさ」


「あー!」


美桜ちゃんが目を輝かせた。いる、と言いたいのが顔に出ている。


「『今日仕事大変でした笑』『でも頑張ってます笑』『真琴さんに会いたいです笑』……何がそんなに面白いの。会いたいは笑うとこじゃないよね」


「わかります!なんか文末の『笑』だけ目に入ってくるんですよね」


「3日目には内容より『笑』の数を数えてた。1メッセージに最多3個。完全に審査員になってる自分がいた」


「審査員!」


「で、やめた」


「早っ」


「だってしんどいもん」


美桜ちゃんがケラケラ笑っている。


「まあ、笑で済んでるうちはかわいいんだけどね。今回はもっとレベルが違った」


「また何かあったんですか」


「自称・帰国子女から、とんでもないの食らった」


「……どういうことですか?」


どういうこと、か。一言で言うなら、私は自称帰国子女に三度も別の女の名前で呼ばれ、最終的に相手が猫になって消えた。それだけだ。


§ ハイスペック男子、登場


大分遠征から数週間後。


懲りずにアプリを開いた私の目に、今度は清潔感のある爽やかな男が映った。スポーツマン風、同年代、同じ福岡県。そして年収800〜1,000万円。


プロフィールを読んで、少し前のめりになった。


福岡生まれ、7歳で家族でオーストラリアへ移住。以降33年間海外で暮らし、3年前に帰国。現在は東京在住。家族が福岡にいるため、福岡の女性と出会いたいとのこと。


「33年間の海外経験。グローバルな視野がある」 「スポーツマン風の清潔感。自己管理ができてる」 「年収800〜1,000万円。これは普通にいい」


右にスワイプした。


マッチングした。


メッセージが来た。文章は丁寧で、笑の乱用もない。33年間英語を話してきたため日本語を勉強中とのことで、時々英単語が混じるけど、帰国子女なら仕方ない。大分の彼に比べたら、すべてがまともに見えた。比較対象がアレだと、基準値がずれる。これも大分遠征の後遺症だと思う。


§ 最初の異常検知——「ヒロさん」事件


数日後、アプリ内でメッセージを読んでいた私は、ある一文で手が止まった。


「ヒロさんはどんなお仕事をされているんですか?」


……ヒロさん?


私の名前は真琴だ。どこをどう読み間違えたらヒロになるのか。


ちょっとした意地悪心が疼いた。


「ヒロさん、という方ともやり取りされているんですね」


数分後、返信が来た。


「本当に申し訳ありません!仕事の相棒がヒロという名前で、つい間違えてしまいました。本当に失礼しました」


……まあ、ありえない話ではない。私もCSの現場で、対応中に別のユーザー名を入力してしまったことが過去に一度だけある。人間はミスをする。


許した。


その後、LINE交換の流れになった。登録名はフルネームの漢字表記。アイコンは本人の顔写真。怪しい人は得てして謎のイニシャルや風景写真をアイコンにしているものだ。これは普通の人だと判断した。


甘かった。


§ 二度目の異常検知——「サチコさん」事件


LINEに移行して数日後。こんなメッセージが来た。


「サチコさんは休日は何をしていることが多いですか?」


サチコ。


私は、サチコではない。真琴だ。ヒロでもなく、サチコでもなく、真琴だ。


今度は嫌味を省いて、ストレートに指摘した。


「名前を間違えていらっしゃいます」


返ってきた謝罪は、前回より長く、丁寧だった。本当に失礼なことをした、大変申し訳ない、と。文面からは、誠実さのようなものが滲んでいた。


また、許した。


その後から彼の連絡はむしろ増えた。その日作った夕飯の写真が送られてきたり、「今日は天気がいいですね」と他愛ない話が来たり。とにかくマメだった。外国暮らしが長いせいか、感情表現もストレートで、ロマンチストな印象があった。


それでも私の中の何かが、完全には沈黙しなかった。


名前を二度間違える。どういう状況なら、それが起きるのか。


私は静かに考えて、思い切って依頼した。


「失礼なのはわかってるんですが、身分証明書を見せてもらえますか」


数分後、免許証の写真が送られてきた。


名前、住所、顔写真。すべてが一致していた。


素直に謝った。疑ってしまってごめんなさい、と。彼は「疑われて当然のことをしていたのは私です」と返してきた。


この時点で、私の警戒レベルは一段階下がった。


——それが、最大の油断だった。


(後編へ続く)

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