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File.08【後編】:造園業の親方によるログ解析と、バグが笑いに変わる夜

§ ログ解析


五人分の話を聞き終えて、蓮くんはしばらくカウンターに突っ伏したままだった。


肩がまだ震えていた。


「……何そのラインナップ」


ようやく顔を上げて、目に涙を浮かべながら言った。笑いすぎて出た涙だった。


「雑草と毒キノコしか生えてない荒野じゃん」


「うまいこと言うね」


「よく生き残ってきたね、本当に」


蓮くんが笑いながら、でも真剣な顔で私を見た。


「そりゃあ、俺からのLINEがちょっと遅れただけで『エラーだ』って構えちゃうのも納得だわ。大分から始まって、猫になった帰国子女、モスバーガー、メルチャリの消防士……そんな荒野を歩いてきたら、そうなるよ。今まで本当にお疲れ様」


笑いながら言われたのに、最後の一言だけがまっすぐに届いた。


お疲れ様。


仕事のことじゃなくて、恋愛のことで言われたお疲れ様は、初めてだった。


§ バグが仕様に変わる瞬間


「でもさ」と蓮くんが続けた。熱燗をひと口飲んで、少し考えてから言った。


「全部、ちゃんと向き合ってきたんだね」


「向き合う、っていうか」


「大分まで行って、免許証まで確認して、自分の気持ちをちゃんと伝えて終わりにして。逃げてないじゃない。毎回ちゃんと自分で決めてるじゃん」


私は少し黙った。


そんなふうに考えたことが、なかった。大分は深夜0時の謎テンションだったし、帰国子女はAIに言われるまで全文読んでいなかったし、日野市役所職員には18時まで気づかなかったし、消防士には0.5秒で無理と思いながらも笑顔で「応援してます」と言って握手した。全部、どこかみっともなかった気がしていた。


「みっともなかったなって思ってたけど」


「全然そんなことないよ」


蓮くんが焼き鳥を一本取りながら、さらっと言った。


「むしろその話、全部面白いもん。真琴さんが面白いんじゃなくて、その経験が真琴さんをこうしてるんだなって」


「こう、って?」


「なんでも一人でやろうとするとことか、自立しなきゃって思ってるとことか、でもちゃんと傷ついてるとことか」


私は熱燗を両手で持ったまま、カウンターの向こうをぼんやり見た。


傷ついてる、か。


自分ではそう思っていなかった。全部笑い話にできると思っていた。でも蓮くんに言われて初めて、ああそうか、傷ついていたんだな、と気づいた。大分の帰りのバスで眠れなかったのも、モスバーガーの時の虚無も、結婚願望のなかった彼へのあの感覚も。笑い飛ばしていたけれど、ちゃんと傷ついていた。


「……そうかもしれない」


「うん」


蓮くんが静かに頷いた。


「でもその傷が全部あって、今の真琴さんだから」


§ 最高に温かい夜


追加で焼き鳥を頼んだ。砂肝と、ねぎまと、つくねを。


「つくねのタレ、美味しいよね」と蓮くんが言った。


「美味しい」と私は返した。


さっきまで過去の傷の話をしていたのに、今はつくねの話をしている。その落差が、なんだかとても心地よかった。重くなりすぎず、軽くなりすぎず。この人との会話は、いつもそういう温度だった。


ふと思った。


大分の3時間バスも、猫になった帰国子女も、14時のモスバーガーも、メルチャリで消えた消防士も、結婚モジュールが未実装だった彼も。あの時はただしんどかったし、みっともなかったし、消えてしまいたかった記憶もある。でも今夜、蓮くんが腹を抱えて笑ってくれたことで、何かが変わった気がした。


トラウマだったものが、ただの笑い話になっていた。


消したかった記憶が、今夜のお酒をおいしくするためにあったような気がした。


全部、無駄じゃなかった。


あの荒野を歩いてきたから、今夜この隣の席がどれだけ尊いかわかる。雑草と毒キノコしか生えていなかったから、このオアシスの水が、こんなに沁みる。


「何笑ってるの」と蓮くんが言った。


「なんか、全部報われた気がして」


「何が?」


「いろいろ」


蓮くんが少し首を傾けて、でも深くは聞かずに「そっか」と言った。


それだけで十分だった。


お会計を済ませて、店を出た。夜の博多の風が少し冷たかった。


「また来ようね、ここ」と蓮くんが言った。


「うん」と私は答えた。


今度は、また、という言葉が怖くなかった。


〔File.08:全件エラー、仕様に昇華。システム、最高に安定稼働中〕

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