File.08【前編】:アクセス権限の付与と、ヤバすぎるエラーログの開示
その居酒屋は、カウンター席だった。
横並びに座って、焼き鳥と熱燗を頼んだ。向かい合わせじゃないから、目を合わせなくていい。でも距離は近い。お酒が入るから、少し余計なことも言える。
最高の環境だと思った。
「なんか、こういう店好きです」と私は言った。
「俺も。落ち着くよね」と蓮くんが言った。
File.07の電話以来、私の中の何かが変わっていた。我慢しなくていいよ、という一言が、長い間着ていた鎧をすっと脱がせてくれた。隣に座っている人が、怖くなかった。警戒しなくていいと、体がわかっていた。
焼き鳥が来た。タレと塩、交互に頼んでいた。自然に、当たり前のように、二人で取り分けた。
§ ログへのアクセス
お酒が二杯目になったころ、蓮くんがふと聞いた。
「真琴さんって、アプリで他にどんな人と会ったの? 変な人とかいなかった?」
無邪気な質問だった。悪意も下心もなく、ただ純粋に興味があるという感じで。
私は少し考えた。
変な人、どころじゃなかった。全件致命的だった。でも、この人になら話せる気がした。むしろ、話したかった。ずっと笑い話にできなかったあの記憶たちを、今夜この人の前で全部広げてみたかった。
「……聞く? 結構やばいよ?」
「聞きたい」
即答だった。
「じゃあ、覚悟して聞いてください」
私はビールをひと口飲んで、大分遠征から話し始めた。
§ インシデントレポート、開示
「まず最初が、大分まで高速バスで行った男の話なんだけど」
「大分!? バスで?」
「片道3時間。しかもバレンタインデーに」
「え、なんで」
「深夜0時に謎のテンションになって、行くことにしたの」
蓮くんがすでに笑い始めていた。
「で、着いたら写真と別人で、お会計で私が出した2,000円に手が伸びてきて、カフェではソファ席を奪われて、最終的に3,000円のバレンタインチョコを自分でワインと一緒に食べて帰った」
「待って待って。ソファ席、奪われたの?」
「奪われた。しかも迷いなく座ったの。一瞬の躊躇もなく」
蓮くんが肩を揺らして笑った。
「次が、自称オーストラリア帰国子女」
「自称?」
「免許証まで見せてもらったんだけど、デートプランの途中に何度も『リサ』っていう別の女の名前が出てきて、最初は『姉です』って言うから、まあそうかと思って。でもなんかモヤモヤして、AIに愚痴ったら『リサにキスをするって書いてありますよ』って指摘されて」
「AI!? AIに言われて気づいたの!?」
「そう。全文読み返したら普通に書いてあった。問い詰めたら『うっくり名前を間違えた』って」
「うっくり」
「うっくり。で、さようならって送ったら、ブラウンのしょぼんスタンプが1つ来て終わって。数週間後にそのLINEを開いたら、アイコンが猫の写真になって名前が『ゆういちろう』に変わってた」
「本人が猫になったの!?」
「なったの」
「次」と蓮くんが前のめりになった。もう完全に話に引き込まれていた。
「羽田空港で待ちぼうけを食らった日野市役所職員」
「日野市……」
「新車で迎えに来てくれる約束だったのに、当日の朝から『車屋さんから連絡が来ない』って言い始めて、羽田に着いても未読スルーで、14時に一人でモスバーガーを食べて、18時に『あ、これ飛んだな』って悟って、コンビニで酒買って一人でホテルでやけ酒した」
「……一言も言葉が出ない」
「その後、一生連絡は来なかった」
蓮くんが深く息を吐いた。
「次」
「長崎の消防士。でも実は島に住んでて、しかも消防士を辞めて介護職に就く予定って言われて、0.5秒で無理だと思った」
「0.5秒で」
「0.5秒で。で、別れ際に握手を求められて、メルチャリで博多港に向かっていった」
「メルチャリで港に!? 消防士が!?」
「180cmが、キコキコって」
蓮くんがカウンターに突っ伏した。肩が震えていた。
「最後が、結婚願望がなかった人。バグは一つもなかったんだけど、価値観が合わなかった」
蓮くんが笑いながらも、その話だけは少し静かに聞いていた。
「それは……しんどかったね」
「うん。一番普通に傷ついたかな」
「そうだよな」
しばらく、二人とも黙った。
(後編へ続く)




