File.07【前編】:自立型システムの葛藤と、CPU(心)のメモリリーク
「真琴さんって、なんでそんなに冷静なんですか」
午後の業務中。美桜ちゃんが、私がユーザー対応を終えたタイミングでそう言った。
「クレームが来ても焦らないし、部下の人たちへの指示も的確だし。かっこいいなって思って」
「ありがとう」
(……表面上はね)
私は内心でそっと付け加えた。
(でも今の私の脳内CPU、80%くらい別のプロセスで消費されてるから)
画面を見ながら、次の対応に移った。手は動いている。言葉も出ている。でも脳の大部分は、全く別のことを考えていた。
§ 既読がつかない
糸島のドライブから、数日が経っていた。
あの日のことは、何度思い返しても悪くなかった。光合成のジョーク、自然なシェア、あまおうパフェを嬉しそうに食べる横顔。帰り際の「また行きましょう」という一言。
それから何度かLINEのやり取りをして、今日も「お疲れ様です」と送った。
既読がつかなかった。
午前中、つかなかった。
昼を過ぎても、つかなかった。
頭ではわかっている。造園業は現場仕事だ。高い木の上で作業していたら、スマホなんて見られない。半日くらい連絡が取れなくて当然だ。むしろ仕事中にスマホをいじっている方がおかしい。そんなことは、ちゃんとわかっている。
わかっているのに。
5分に一度、スマホの画面を確認していた。
§ トラウマのフラッシュバック
既読がつかないLINEを見つめていると、昔の記憶が浮かんできた。
過去に付き合っていた人に、連絡が来ないたびに「忙しい?」「なんか怒ってる?」と送り続けたことがあった。最初は心配から始まって、次第に不安になって、気づいたら1時間に何度も送っていた。
結果、ウザがられた。
「ちょっと重いよ」と言われた。
あの時の感触が、まだ体のどこかに残っている。
ダメだ。送ってはいけない。私は38歳のCSマネージャーだ。自立した大人だ。彼氏に既読確認のPingを送り続けるような重いシステムになってはいけない。
スマホを伏せた。
3分後、また画面を見た。
まだ既読がつかなかった。
スマホを引き出しにしまった。
5分後、引き出しを開けた。
つかなかった。
仕事のタスクは、完璧にこなせていた。ユーザー対応も、チームへの指示も、何一つ滞りなく進んでいた。でも恋愛モジュールだけが、静かに、しかし確実に、深刻なメモリリークを起こしていた。不安が、少しずつ、少しずつ、増殖していた。
§ 我慢の限界
退勤して、家に帰った。
ご飯を食べて、お風呂に入って、それでもまだ既読がつかなかった。
もう1件だけ送ろうか。「忙しかったですか?」くらいなら、重くないんじゃないか。いや、ダメだ。それが追いLINEの始まりだ。1件が2件になって、2件が5件になって、気づいたらDDoS攻撃になる。そのパターンを、私は知っている。
スマホを握りしめたまま、ソファで天井を見ていた。
その時、画面が光った。
LINEの通知じゃなかった。
電話だった。
蓮くんからの、電話だった。
(後編へ続く)




