File.06【前編】:独立系ベンダー(造園業)との安定稼働と、セキュアなローカル通信
「真琴さん、今度また誰かと会うんですか?」
昼休み。美桜ちゃんがお弁当を広げながら、さりげなく、でも目だけは真剣な顔で聞いてくる。
「ドライブに行く予定があって」
美桜ちゃんの箸が止まった。
「……ドライブ、ですか」
「そう」
「車って、密室じゃないですか」
「密室ではあるね」
「逃げられないじゃないですか。急に島に連れて行かれたりしませんか」
「糸島に行く予定だから、島には行くよ」
「島!!」
「糸島は島じゃないから大丈夫」
美桜ちゃんが胸をなでおろした。でもまだ警戒を解いていない目をしている。
「本当に大丈夫ですか。写真と別人じゃないですか。名前を間違えてきませんか。納車日に連絡が途絶えたりしませんか」
「美桜ちゃん、私のこれまでの男遍歴、ちゃんと消化できてるね」
「消化せざるを得なかったので」
それもそうだ。私はお茶をひと口飲んだ。
「今回はね、UIも自己紹介文も、驚くほど普通で誠実なの。見栄を張ってる感じが全くない」
「どんな人なんですか」
「造園業。独立して親方としてやってる人。プロフィール写真が、タオルを頭に巻いて職人仲間と笑ってる作業着姿で」
「……地に足ついてますね」
「でしょ。日野市役所職員みたいな謎の高収入匂わせもないし、オーストラリア帰国子女みたいな装飾もない。ただそのまんまの人って感じがして」
美桜ちゃんがようやく箸を動かし始めた。
「応援してます。でも一応、フェリーの時刻表だけ確認しておいてください」
「糸島にフェリーはないから」
§ 無加工の堅牢なシステム
蓮くんとマッチングしたのは、2週間ほど前だった。
40歳、造園業。写真は作業着姿。自己紹介文には、造園の仕事への愛着と、休日は自然の中にいることが多いという話が、飾らない言葉で書いてあった。
プロフィールに「帰国子女」も「年収800万〜」も「公務員」も書いていない。ただ、造園業の親方。それだけだった。
なぜか、それだけで安心した。
メッセージのやり取りが始まった。1日1〜2往復。遅すぎず、早すぎず。急に距離を詰めてくることも、既読スルーもない。淡々とした、安定した通信が続いた。
ある日、彼からこんなメッセージが来た。
「真琴さん、毎日画面を見てて大変そうなので、目の保養に行きませんか。糸島の海と緑、きれいですよ」
私はしばらく、そのメッセージを読み返した。
目の保養。
PCの画面と、ユーザーからのクレームと、チームのマネジメントと、毎日毎日その繰り返しの中で、目の保養という発想が自分の中になかった。
「行きます」と即答した。
§ セキュアな車内
当日。待ち合わせ場所に彼の車が来た。
乗り込んだ瞬間、最初に気づいたのは匂いだった。強い芳香剤の匂いが、しない。BGMが流れているけれど、うるさくない。シートが清潔だった。
ただそれだけのことなのに、なぜかほっとした。
「乗り心地どうですか」と彼が聞いた。
「すごく落ち着きます」と私は正直に答えた。
糸島へ向かう海沿いの道を走りながら、話が弾んだ。彼が造園の仕事の話をしてくれた。木を相手にする仕事は、マイペースにやれる部分もあるけれど、想定外のことも多い。虫が巣を作っていたり、根が予想以上に張っていたり。自然は、こちらの都合を聞いてくれないと笑った。
「真琴さんは、CSのマネージャーなんですよね。どんな感じなんですか」
窓の外に海が見えてきたころ、私はぽつりと話し始めた。
画面の向こうにいるユーザーの感情を処理する仕事。怒っている人、困っている人、悲しんでいる人。顔が見えない分、言葉だけが飛んでくる。それをさばいて、解決して、チームをまとめて、また次のエラーに向かう。そういう毎日だと。
蓮くんが、少し間を置いてから言った。
「俺は喋らない木が相手だから、マイペースにやれる。でも真琴さんは、見えない人の感情を相手にしてるんでしょ。画面越しに解決に導くなんて、俺には絶対できない。毎日本当にお疲れ様です」
お疲れ様です。
その言葉が、じわっと染み込んできた。大げさでも、慰めでもなく、ただ純粋に、そう思って言ってくれているのがわかった。
しばらく、二人とも黙った。
気まずくなかった。ただ、波の光る海を眺めながら、静かに並んで走っていた。自分の中の何かが、ゆっくりとほぐれていく感じがした。
糸島の海辺のイタリアンレストランに着いた。
店員に「テラス席へどうぞ」と案内されて、光の降り注ぐテーブルへ向かった。
ああ、本当にいい休日だ。エラーが一つも起きない。
そう思いながら、席に座ろうとした瞬間。
(後編へ続く)




