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空席  作者: くや
1/1

#1

昼休みのチャイムが鳴る前に、私は席を立った。

弁当を食べるふりをするのが、今日はやけに面倒だったからだ。

廊下は人で詰まっていて、すれ違うたびに誰かの肘が当たる。

謝られることもなく、私も謝らない。

ここでは、ぶつかったこと自体がなかったことになる。

そういう空気に、慣れすぎてしまった。

階段を上がると、屋上へ続く鉄の扉が見える。

錆びた取っ手は冷たくて、手のひらが一瞬だけ現実に引き戻される。

扉を押すと、強い風が顔に当たった。

今日は雲が低い。空が、やけに近い。屋上はいつも静かだ。

金網越しに聞こえるグラウンドの声は、遠い雑音みたいで、ここまで届かない。私は金網にもたれて、風に前髪を揺らされながら、何も考えない時間を作ろうとした。


「今日、風つよくない?」


声がした。振り向くと、知らない少女がフェンスの前に立っていた。

制服は同じはずなのに、見覚えがない。髪は少し長くて、目だけがやけに明るい。「……誰」声が思ったより低く出て、自分でも少し驚いた。「ひどー。ここ、君の専用席だった?」少女は軽く笑って、フェンスにもたれた。


その態度が妙に自然で、追い出す理由を見つけられない。

「ここ、来るんだ。よく」「へえ。奇遇。私も」

奇遇なはずがないのに、その言い方が妙にしっくりきて、

私はそれ以上何も言えなかった。

風が吹くたび、金網が小さく鳴る。

その音に混じって、胸の奥で固まっていたものが、少しだけほどけた気がした。「名前、聞いていい?」少女はそう言って、私の方を見た。

その目は、なぜか初対面のそれじゃなかった。

私は一瞬だけ迷ってから、名乗った。

ここでは、どうせ誰にも聞かれない。


こんな場所にいる彼女もきっとあぶれ者だ。


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