#1
昼休みのチャイムが鳴る前に、私は席を立った。
弁当を食べるふりをするのが、今日はやけに面倒だったからだ。
廊下は人で詰まっていて、すれ違うたびに誰かの肘が当たる。
謝られることもなく、私も謝らない。
ここでは、ぶつかったこと自体がなかったことになる。
そういう空気に、慣れすぎてしまった。
階段を上がると、屋上へ続く鉄の扉が見える。
錆びた取っ手は冷たくて、手のひらが一瞬だけ現実に引き戻される。
扉を押すと、強い風が顔に当たった。
今日は雲が低い。空が、やけに近い。屋上はいつも静かだ。
金網越しに聞こえるグラウンドの声は、遠い雑音みたいで、ここまで届かない。私は金網にもたれて、風に前髪を揺らされながら、何も考えない時間を作ろうとした。
「今日、風つよくない?」
声がした。振り向くと、知らない少女がフェンスの前に立っていた。
制服は同じはずなのに、見覚えがない。髪は少し長くて、目だけがやけに明るい。「……誰」声が思ったより低く出て、自分でも少し驚いた。「ひどー。ここ、君の専用席だった?」少女は軽く笑って、フェンスにもたれた。
その態度が妙に自然で、追い出す理由を見つけられない。
「ここ、来るんだ。よく」「へえ。奇遇。私も」
奇遇なはずがないのに、その言い方が妙にしっくりきて、
私はそれ以上何も言えなかった。
風が吹くたび、金網が小さく鳴る。
その音に混じって、胸の奥で固まっていたものが、少しだけほどけた気がした。「名前、聞いていい?」少女はそう言って、私の方を見た。
その目は、なぜか初対面のそれじゃなかった。
私は一瞬だけ迷ってから、名乗った。
ここでは、どうせ誰にも聞かれない。
こんな場所にいる彼女もきっとあぶれ者だ。




