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Chapter #0001 First Battle with "Good" Enemy / Segment 1-3 善なる敵

ドラゴンは鏡霧でよく見えないが、ハイブリッドセンサーが相互の接近をディスプレイに映す。距離50mでドラゴンの方面が蒼く光り、その前方が凍てつき始めた。木々がバキンバキンと音を立て凍裂し、地面が凍結しひび割れる。マルゲリータの周囲で防御結界の呪符がオレンジ色にきらめく。ディスプレイにAIの推測が表示される。


マルゲリータはコンプレットに説明する。

「未知の魔法、分子の振動を低減させている。レーザーの神通冷却と同じだが規模が桁違いだ。バイクの神通加熱で相殺中……寒くないか」


コンプレットは嬉しそうな声だ。

「むしろ心が熱いですね」


マルゲリータは叫んだ。

「上等!」


あっという間に距離25m以下になり、鏡霧を抜けた。バイクのライトで照らせばドラゴンは金色の鱗がかなり煤けている。



「当たったがけなかったか。とにかく間合いに入った、太刀でいく! こいつの神通密度は使い捨ての弾頭とは桁が違うぞ!」

そうマルゲリータが言ったとき、コンプレットはバイクの後ろではなくドラゴンの横、頸のそばに居た。


コンプレットは菩薩の笑みであどけない声で言う。

「まずはご挨拶」


コンプレットがドラゴンの頸を真っ黒な両腕で三角に切り抜いた。それは正確に頸動脈をとらえた。


マルゲリータは驚愕しかない。

(速い! どう移動した? 軌跡が見えなかった! これが『黒き稲妻』の実力か!)


コンプレットは素早くドラゴンの背後に立った。まだ気を抜かない。

(これ相手に私は微塵の焦りすら起きぬか、貧しいな)


ドラゴンが好々爺の笑いを浮かべ、掌だけをコンプレットに向けた。

「ほっほっほっ、素敵なご挨拶じゃ。こんばんはウサギさん」


寒冷魔法も停止された。ドラゴンはずいぶんとぼけた声だ。

「もうよい、やめじゃ……神が儂を汝等に差し向けた理由、汝に教わったのう。汝『転移』したな? 転移の魔法くらいは儂にも使える。だが汝のごとく素早く格闘戦で器用に精密に使うことはできぬ。本質的な違いがある」


そして己の首の切り取られたところを撫でた。全く出血していない。だが、切り取られた部分は浮いていて、コンプレットの腕の太さの隙間がトライアングル状にできていた。血液は隙間を本来の経路で流れている。


マルゲリータは驚きのあまりまばたきができない。

(やはり不死なのか?)


ドラゴンの穏やかな声には喜びが混じっている。

「それとこの傷……痛くない。よい切れ味の手刀だ、褒めてつかわす。隙間ができておる、手刀の軌跡を虚無化したな? 科学でもなければ魔法でもない力……悟り……宇宙と、あるいは絶対無限と一体になり、有と無を合一させた者だけがもつ力。転移も探知能力の高さもそれで説明できる。これは新たな脅威。まことに声の通った名乗り上げ、要諦のまとまった分かりやすい挨拶」


そして目を閉じて上を向き、顎の下に人差し指を当て上下させた。

「儂が把握しているアクティブな悟った者は三人。一人は汝の国で賢者と呼ばれ、もう一人は丞相を務め、もう一人は煉獄に住まう変わり者のグレーターデーモンだ。みな、このような些事に関わる者ではない。東で儂の部下の頸はねたのは汝だな?」


ドラゴンの頸の切り取られた部位はシュウシュウと湯気を立てながら隙間が塞がれ癒えていく。奥から外へ肉が、ついには金色の輝かしい鱗が。


その様子を見て、コンプレットは菩薩の笑みをやめ、目を輝かせた。ゆったりした口調に愉悦が滲む。

「こんばんは、ゴールデンドラゴンさん。素晴らしいご見識、挨拶が通じると嬉しゅうございます。東のワイバーンさんの下手人も当たりですよ」


ドラゴンとコンプレットは頭を下げて一礼し『挨拶』を終えた。


ドラゴンはマルゲリータを横目で見た。

「やはり『兜割り』か。ワイバーンの翼の骨を神通レーザーで射抜き、落ちたところをその太刀で……断面が焦げていた、かなりの高温、これは汝のみの特徴。レーザーを鏡霧で防げばアサルトライフルや対戦車砲弾……鏡霧の魔法授けたグリフォンやキメラを落としたのと同じ手口。儂はそれは知っておったが誘導弾で飽和攻撃は初めてのケース、苦労したぞ。汝には我らの手勢15以上は取られておるゆえ、儂は汝を多少知る……だが『頸刎ね』は初陣であろう、強かれども噂も聞かぬ」


マルゲリータは嬉しそうに太刀をチャッと上段に構えた。

「ジャベリン・プラスを5発喰らってそれか。やはり魔法防御をかねば。神通密度が物を言う、これしかない」


コンプレットはのんびりだ。

「ご明察、初陣です」


ドラゴンの傷は本当に何の痕跡もなく癒えた。科学では不可能なことだ。彼の右手で魔法陣が輝きだした。

「儂の名はメロン。フルーツ神の3つの側近のひとつ。汝等の名は?」


「拙者はマルゲリータ」


「私はコンプレット」


「汝等のこと、神に報告するゆえ帰還する。いま戦っても儂が勝つ確率が計算できぬ。マルゲリータ殿の太刀は当たらなければどうということはないが、コンプレット殿は全力出したかどうかすら分からぬからな」


その言葉に一番衝撃を受けたのはマルゲリータだった。

(コンプレットは、これだけではないと?)


「生死を賭けて戦うなら9割の勝率が欲しい。儂はこれでも希少人材でな、管理職で部下の信頼も篤い。ここでやられては儂が楽しくても神が困ってしまう、管理職の悲しみだ。さてどうしたものか、部下を使い潰しながらコンプレット殿のデータを集めるべきか、それは命の無駄な浪費か……まぁよい。いまはさらば」


コンプレットが優しくのんびり語る。

「メロン様が神と呼び、ケモノが魔王と呼ぶお方、私は神の一柱と心得、賢者アイスも同じ解釈。私は賢者の弟子、いつか神のお目にかかりたい。そう神に伝えられよ」


ドラゴンが驚愕する。

「なんと解像度が高い! そのために我を逃すのか、我は伝令か」


コンプレットは楽しそうだ。

「否。逃亡するモンスターへの追い討ちはギルドでは御法度ゆえ。徳よりも業が増えてしまうと言われておりまする」


ドラゴンは大笑い。

「がっはっは! 業を気にするようでは儂と戦えぬぞ」


コンプレットは目をキラキラさせた。親友ができたような喜びに満ちている。

「然り、然り……徳だの業だの、タマぁ取りあういくさ場で無駄に賢しゅうございます」


ドラゴンが掲げた右手で一対の魔法陣が激しく輝き、膨大な魔力を共鳴・増幅させる。科学であれば理論上、座標転移には無限大のエネルギーが必要である。


その魔法陣の七色の光を、ドラゴンの金色の鱗が反射させて梅雨の滴を照らし周囲を不規則に輝かせる。


(なんと美しい景色だ。これが上位存在ってヤツか)

マルゲリータは息を飲んだ。


「さて惨めに逃亡じゃ……大事な部下を、戦友を、二人やられて敗走。今はそれでよい」


ドラゴンは去る前にコンプレットをぎろりと睨んだ。

「また会おうの」


コンプレットは、その語気の強さを心底愉快に感じたので、素直にそういう顔になった。それは菩薩でも修羅でもなく、力みのない幼児のような柔らかな笑みだった。

(嬉しいな)


ふっとドラゴンも似た表情になった。お互いに通じたものがあった。


ひときわ明るく輝いてドラゴンは転移、あとには濃い闇と小雨が鳴らす木々の音だけがあった。


さああぁぁ……




マルゲリータはあっけにとられたが、右肩を鳴らし左肩を鳴らし、大きく息を吐いて軽く吸った。ジャベリン・プラスの硝煙がまだ香る。

「戦闘暫定終了できるか、探知してくれ。今回なら神通アクティブレーダー使うべきだけど、コンプレットどのに見てもらえれば節約できる」


コンプレットは鼻をスンスンと鳴らしてから微笑んだ。

「もう大丈夫ですが……」


マルゲリータは嬉しそうに叫んだ。

「いえ~い、金貨0.5グラムぶん浮いた! 戦闘、暫定終了~!」


この世界の金1グラムは現実世界の日本円1万円程度と思っていただきたい。


バイクのAIがアラートを鳴らす。マルゲリータは苦笑した。

「あっはっは、やっぱダメか〜。ログ取ってるしちゃんとしないとな」


ドローンを打ち上げて神通アクティブレーダーを使う。ディスプレイが緑色に光る。マルゲリータはぼやいた。

「はいはい、コンディショングリーン。戦闘暫定終了!」

コンプレットも復唱。


マルゲリータは顔をほころばせながら戦闘暫定終了を商隊に打電した。

「いやー、取れなかったけどドラゴンを撃退し、新しい膨大なデータを入手した。高値で売れるぞ~! ワイバーンの骸も大金だ! 拙者は借金を少し返して焼肉食べたい! ああお肉……合成じゃないお肉が待っている……あっ、コンプレットどの、あなたは拙者より強い! クラスAじゃあんまりだ。とりあえずSにするようギルドに伝えるよ」


コンプレットは年相応の笑顔になった。

「ありがとうございます。私は初陣を勝ちおさめ、ワイバーンの首級をあげました。私はいま・ここにあります」


マルゲリータは真面目な顔になった。

「コンプレットどの、業をチェックだ。モンスターを倒すと徳も積まれるが業も深まる」


そう言ってマルゲリータはスマートウォッチに触れた。宙にウィンドウがきらめく。

「おお、徳+131で4315、業+158で158……バカな! 業の増え方が多すぎる! ふつうワイバーン単体で30とかだぞ。100を超えたら電車は先頭車両にしか乗れん! コンプレットどの、チェックしてくれ」


コンプレットは面倒くさそうに、後ろ手でたれウサ耳をいた。

「徳+155で5319、業+301で301……ケモノ一人殺しても業は+200程度のはずです。このままだとデパートどころかスーパーにもコンビニにも入れません。私と隊長の違い……得物の違いと、ゴールデンドラゴンに何をどれくらいしたか、ですね」


マルゲリータは真剣な顔だ。

「あれが……あのドラゴンがそれほどの善なる存在だと?」


コンプレットは飄々としている。

「神の側近と名乗るだけはあります」


マルゲリータは動揺した。

「我らだけの問題ではない」


コンプレットは落ち着いた優しい表情だ。

「まずは商隊のみなさまだけでも」


マルゲリータはキリッとした。

「即座に帰還、商隊のみんなに報告! 即座に業チェックさせるぞ! コンプレットどの、後ろに乗ってくれ」


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