本物の聖女のお仕事、教えます
私はリリー、この国の筆頭聖女。
私の一日は、朝日が昇るよりも早く始まる。
手早く身支度して、ひっそりと神殿から王宮まで徒歩で移動。隠し通路を通って国王の寝室へ。
呪いを受けて死にかけている国王陛下の命をつなぐために、彼の手をとって、神聖力を注いでいく。
通常の病気や怪我でない場合には、神聖力ですべてを回復させることは不可能。それでも毎日この治療を行うことで、国王陛下は何とか椅子に座って政務を執り行えている。
「いつもすまないな、リリー」
かなりの力を消費して肩で息をする私を、国王陛下はねぎらってくださる。
「もったいないお言葉です、陛下」
「本来ならば、私はとっくに死んでいるはずなのに」
そう言いながらも、そして痛みに苦しみながらも陛下が生にこだわる理由は、国際情勢が不安定な今、「軍神」と恐れられる自分が崩御すれば、一気に敵国が攻め込んでくる可能性があるから。だから「隣国との同盟をまとめるまでは、何とか命をつないでくれ」と頼まれている。
陛下が国民全員の命綱なのだと思えば、私だってこのくらいの苦労はしてしかるべきだ。決して表に出してはいけない苦労だけれども。
時計は七時を指している。急いで王妃様の部屋へ行かなければ。
「王妃はまたわがままを言っているのか」
ふらりと立ち上がってよろよろと退出しようとした私に、陛下がそう声をかける。
王妃カレンデュラ様は私に美容医療をご所望だ。
いつだったか病気の治療をして差し上げた際、「神聖力を注がれると肌の調子もよくなる」ということに、王妃様は気づいてしまった。
それ以降、より若く美しくいるために、他の貴婦人方には内緒で、私から美容医療を受け続けておられる。「リリー。他の誰にも言っちゃだめだし、しちゃだめよ」と言って。
美容医療に使う神聖力は少ないので身体的な負担は多くないが、顔の細胞は繊細で、わずかなコントロールミスが新たなしわや肌荒れにつながりかねない。だからかなり神経を使う。
「女性にとって、美はどれだけあっても困らないものであり、あればあるだけもっと欲しくなるものなのだと」
「愚か者め。適当にやっておけばいいからな」
国王陛下はそうおっしゃるけれど、「適当」では、王妃様はもう満足されない。
「リリー、ここ…少しくすみがあるような気がするわ。しみの予備軍かしら」
むしろ要求はどんどんエスカレートしている。しみやしわはもう見当たらないのに、何かしら自分の粗を探し続けておられるのだから。このままだと「顔の形を変えろ」などと言い出しかねない。
「そう言えば、この前の舞踏会で、レンブレン公爵の十八歳の息子が、私に愛を告白したのよ」
「まあ」
「私のことを美と愛の女神だとか言うのよ。可愛いったらないわ」
王妃様は手に入れた若さと美をもって、何人もの若い貴族男性や外国の王族と浮名を流しておられる。国王陛下は苦しみ死を望みながらもなお、国民のために姿勢を正して玉座に座り続けているというのに。
ため息をつきそうになるが、そんなことは許されない。
ほんの少しの肌のくすみや白髪の一本一本を消して、ようやく王妃様のお部屋を退出したときには、もう昼になっていた。
王妃様の部屋を退出し、一度神殿に戻って食堂で簡単な昼食をとる。
すると次席聖女ローズとその取り巻き聖女たちが、私を睨みつけてきた。
「筆頭聖女リリー様、昼からご出勤?随分優雅ですのね」
「ローズ、ご機嫌よう」
「ご機嫌ようだなんて、よく言えますわ。私たちはリリー様と違って、神殿にやってくる患者の治療にてんてこ舞いで、朝から息をつく暇もありませんのよ。自分の機嫌を取る暇もありませんわ」
「ご苦労様」
「そう思うなら、筆頭聖女様も補佐官と遊び回っていないで、しっかり仕事なさってくださいまし!」
ローズはそう言い捨てて、「ふんっ」と背を向けた。
《なんであんなサボリ魔の男好きが筆頭聖女で、王太子殿下の婚約者なのかしら》
《殿下も本当は、ローズ様と結婚したいそうですよ》
《当然よ。ローズ様は優秀な聖女で慈悲の心に満ちているうえに、我が国と隣国の高位貴族の血を引いた高貴なお方で、殿下とも幼馴染だもの。平民上がりとは違うわ》
《筆頭聖女も王太子妃も、真にふさわしいのはローズ様なのに》
《嫌だわ皆様、本当のことを言うのはやめてちょうだいな》
そんな声が遠ざかっていく。怒っているようでいて、何だかみんな楽しそうだ。
「リリー様、しっかり噛んでください」と補佐官のルカが声をかけてくれるが、ゆっくり食べている時間はない。それにたくさん食べると、次の仕事できっと吐いてしまう。
昼食を終えたら、王都郊外の荒れ地にある諜報部へ。何の変哲もない小屋の地下には牢が広がっており、他国のスパイや戦争捕虜たちが繋がれている。
ここで私に課せられる仕事は、拷問されている人たちが死にそうになったら、神聖力を注いで回復させ、また拷問に回すこと。
つまり私は彼らに終わりのない苦しみを与える…
「悪魔」
恐怖と怒りと絶望に満ちた瞳で、彼らは私をそう呼ぶ。
拷問がない日は、「公共事業で汚染された土地」の浄化を行ったりもする。範囲が広ければかなり体力を消費するが、拷問補助に比べれば精神的な負荷は少ない。
夕方、ようやく神殿に戻ったら、服を整えて今度は正門から王宮へ。
週に一度、国王御一家との晩餐があるのだ。なぜなら私は、王太子テセウス様の婚約者だから。
二人して私なしでは生きられない国王ご夫妻は、テセウス様が「平民出身の聖女なんて嫌だ」と反対するのを無視して、私を彼の婚約者に据えてしまった。
私とてテセウス様との婚姻を望んでいるわけではないから、当然、私たちの仲は良くない。歩み寄ろうとしたことはあったが、頑ななテセウス様の態度に、すぐに意欲を失ってしまった。
そんなことを考えながら疲れた体で王宮のこってりとした食事に向き合っても、うまくお腹の中に入っていかない。
だからテセウス様の目には、私が「せっかく王宮で豪勢な食事を出してやっているのに、疲れた顔で気のない相づちを打ちながら、まずそうに食べる可愛げのない女」に見えている。
「食が進まないようだが、気分でも悪いのか」と言ってくださったことは、一度もない。「同じ聖女なら、気の合うローズが婚約者だったらよかったのに」とは言われたけれど。
国王陛下がゴホゴホと咳き込まれて「陛下」と思わず近くに寄ろうとすると、「俺ではなく父の婚約者なのか」などと言われたりもして。
何とか食事を終え、疲れと胃もたれで歩けなくなってルカに抱えられ、ローズに「王太子殿下の婚約者なのに、補佐官と親密すぎますわ。殿下とは幼馴染ですから、ご報告させていただきますわよ」と言われながら寝室に戻るまでが、私の一日だ。
そしてまた、明日は日がのぼる前に陛下の寝室へ向かうのだ。
「辛い」
思わず声が出る。でも涙は出てこない。涙を流さずに泣く術を、私はもうずっと前に身につけてしまった。
「リリー様」
ルカが手を握ってくれる。その手の温もりだけが、私を生かしてくれているような気がした。
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今日、王妃様は十八歳の恋人と朝からお出かけ。だから国王陛下の治療を終えたら、私は一旦神殿に戻れる。
そこで大神官様に呼び出された私は、危惧していた指示を受けた。
「王妃様が顔の形を変えたいと言っておられる。鼻を高くし、エラを削りたいそうだ。できるな?」
残念ながら、そんな技術は持ち合わせていない。
「大神官様、そんなことはできません。神聖力は浄化や癒しの力です。細胞を活性化できるので、偶然しみやしわには効果があっただけの話で…」
「やってみないうちから、なにを弱気なことを。鼻については鼻周辺の細胞を太らせるか、増やすかすればいいのではないか?エラまわりは、細胞を痩せさせればよかろう」
「そんな簡単に…!リスクが高すぎます。下手をすれば取り返しのつかないことに…」
「リスクが高くても、できるなら成功させるのだ!王妃様から神殿に、どれだけの献金が流れ込んでいると思っているのだ!!この献金がなくなったら、どうなると思っている!」
どうもこうも、大神官様の権力が揺らぎ、賭博場に落とすお金が減り、各地に囲っている愛人たちのクローゼットが寂しくなるだけだろう。
彼が守りたいもののためだけに、不可能を可能にすることなどできない。
「私にはできません、大神官様」
「まったく…!筆頭聖女が聞いてあきれる。もういい」
大神官様はローズを呼んで、事情を説明する。話を聞いたローズは「できますわ」と即答した。
「ならば王妃様の治療は、今後一切をローズに任せる」
ローズが得意げに私をちらりと見る。「コントロールが苦手なローズに、美容医療ができるとは思えない」と思いながらも、何も言っても無駄だと、私は諦めた。
そしてそのまま諜報部へ。また今日も拷問される捕虜たちを延々と回復させ続ける仕事が私を待っている。
もう何度目だか、八回目か九回目の回復をしようとしたとき、死にかけていた捕虜が私にすがりついた。
「もう…殺してくれっ…」
拷問担当の諜報部員が、「こんな元気が残ってたんだな」と笑いながら、私から彼を引き剥がして床に投げ捨てる。彼の顔は骨と皮だけになっていた。血と泥に染まった口元で、私に訴えかけてくる。
「頼む、少しでも良心があるなら、この苦しみを終わらせてくれ…っ」
良心?
良心はとっくに壊れた。
彼らが人間だと、考えてはいけない。彼らはただの情報源。血と肉がつまった麻袋だと思わないと。
そして聖女は聖人ではない。ただ神殿の手足となって、言われたことをこなすだけの駒。
そう思わないと…
「聖女様、早く回復させてください」
知らぬ間に俯いていた私は、はっと顔を上げて、捕虜へ両手を伸ばす。
何故だか手が震える。やりたくない。死なせてあげたい。
私は開いていた手をぎゅっと握った。
「聖女様っ!早くしないと死んでしまいます!!貴重な情報をもっている捕虜なのですよ!」
けれど私は手を開けなかった。もうやりたくない。
「聖女様!早くしてください!!」
私は、何もしなかった。
捕虜は死んだ。
私に目で「ありがとう」と伝えながら。
ため息交じりに「死んだのは聖女様の責任です。聖女様の怠慢について、しかるべき報告はいたしますので」と言われて、私はうなずくしかなかった。
神殿への帰り道、私は馬車の中でずっと顔を覆っていた。
帰ったらまた大神官様に叱責されるだろう。
だけど私は悪いことをしたのだろうか。彼を殺したのは、私なのだろうか。ただあの捕虜を、終わりのない苦しみと痛みから救っただけなのに。
「ルカ、私は…悪いことをしているのかしら」
「聖女様…」
「もうわからないの。自分が何をしてるのか、何のための聖女なのか」
ルカは「失礼します」と、私をそっと抱きしめてくれる。
彼の温かさを感じて、自分が生きていると感じることが、辛かった。
あの捕虜は死んだというのに。
神聖力に目覚めて、故郷の村でみんなを治療していたときは、みんなに「ありがとう」と言われて、ただただ嬉しかった。
神殿に来てからも、最初はよかった。病人やけが人の治療ができて、笑顔で感謝してもらえて、元気になって帰っていく人を見送って、やりがいを感じられたから。
なのにどうしてこんなことになってしまったのか…
神殿に帰った私は案の定大神官様にお叱りを受けた。
「国防長官から直々にクレームが入ったぞ!筆頭聖女どもあろう者が、けがの治療という基本的な仕事もできないとは、何事だ!」
「申し訳ありません」
「この恥知らずが!田舎者が、誰のおかげで筆頭聖女に取り立てられたと思ってる!!」
朝の王妃様の一件で気が立っている大神官様は、他の聖女や神官たちがいる前で、容赦なく私に罵声を浴びせる。
誰も止めない。ただひそひそと陰口が広がっていく。
《筆頭聖女がけが人の治療に失敗するなんて、どういうこと?》
《基本中の基本もできないだなんて…サボってる間に力が落ちたんじゃないの?》
《筆頭聖女どころか、一般聖女の資質すらないわね》
「ローズ様が筆頭聖女になる日も近いですわね」と言われたローズが、得意げに私を見た。
涙は出ない。私の涙は、もう枯れてしまったのかもしれない。
だから定例の晩餐の前に執務室に呼ばれ、「リリー、すまない」と国王陛下に告げられたときも、涙は出なかった。
国王陛下は何とか隣国との同盟をまとめあげた。そして同盟の条件となったのは、「私とテセウス様の婚約を解消して、隣国貴族の血を引くローズをテセウス様の妃に迎えること」だった。
「わかりました」
ただ「別れのときが来たのだ」と思っただけだった。自分の心と身体に鞭を打って、国を守るために生き続けた国王陛下との、別れのときが来たのだと。
私は神聖力を溜めておいたネックレスを国王陛下に贈る。
「苦しみが少しでもやわらぎますように」
「ありがとう、世話になったな」
私は最初で最後、たったひとつだけ国王陛下にわがままを言った。
「本当に、それが望みなのか?」
「はい」
「…であれば、尽力しよう」
「ありがとうございます」
国王陛下の目から、音もなく涙が流れる。
「そんなことを願うほど…君を苦しめてすまなかった」
「陛下のせいではありません。誰よりも国と民を想う陛下にお仕えするのは、光栄でした」
最後の国王ご一家との晩餐。
新恋人とのデートから戻ってきた王妃様は、私が顔の整形を断ったと聞いてご立腹で、今日は私に一言も話しかけてくださらない。テセウス様は「今日がリリーと晩餐をともにする最後だな。ローズは侯爵家の令嬢だから、私とも話が合いそうだ」と嬉しそう。
もう私がここに残る理由はひとつもなく、私を引き止める人はひとりもいない。王妃様とテセウス様ともお別れだ。
そう考えると、初めて豪華な食事が美味しく思えた。
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私は筆頭聖女の称号をはく奪され、辺境の小さな神殿に左遷されることになった。「国王と王妃の怒りを受け、王都には二度と足を踏み入れられない」という条件付きで。
手の甲には犯罪者に押すものと同じ焼き印もついた。この印のついた者が一度王都の外に出れば、二度と王都の門は跨げない。
《焼き印まで押されるなんて、一体何をしたの?》
《堕落した聖女のことよ。まっとうな聖女である私たちには、思いもつかないようなことをしでかしたのでしょう》
端から見れば、国王一家と蜜月で、権力を背景に筆頭聖女の座についていた聖女が、寵愛を失って都落ちするように見えるだろう。それでいい。
これはすべて、私が国王陛下に願い、陛下が泣きながら用意してくれたことだから。
私は腕の焼き印を見つめる。まだピリピリと痛むその印が、私の自由への切符だ。
私の代わりに筆頭聖女となるローズが、私が使っていた神殿内で一等いい部屋に引っ越してくる。テセウス様と正式に結婚するまでは、まだ神殿で暮らすらしい。
「少しだけ待ってください、ローズ。荷物を出してしまいますから」
私がそう言うと、ローズはくいっと顎を上げた。
「わざと作業を遅らせて、未練がましいったら」
数少ない私物の荷造りはすぐに終わったが、古くて大きな家具を運び出すのは大変だ。ルカ以外は手伝ってくれないので、汗だくになりながら何とか作業を終えた。
「ローズ」
これだけは伝えておきたい。
「筆頭聖女をあなたに押し付けてしまって、ごめんなさい」
「押し付けるだなんて、馬鹿にしてらっしゃるの!?まるでやりたくない仕事だと言わんばかりですわ」
そうだ、やりたくない。やりたくなんてない。
「筆頭聖女の仕事は、国と民を癒す神聖で高貴な仕事ですのに。そんなことだから、筆頭聖女の座を追われてしまうのですよ」
違う、あの仕事はそんなきれいなものじゃない。
だから…
「心配しているのよ。あなたが耐えられるかしら、と」
「サボリ聖女が何を言っているのかしら。あなたにできたのだから、当然私はもっとうまくやれますわ。王太子殿下の婚約者だって、もともと貴族の娘である私なら問題なく務まるわけですし」
「もちろん、私もそう願っているけれど」
ローズはニヤッと笑う。
「筆頭聖女と王太子妃の座を奪われた、負け犬の遠吠えだとしか思えないわ。私が史上最高の聖女、そして王妃になるのを、辺境で見守ってなさいな」
「リリー様、行きましょう」と、ルカが促してくれる。誰にも見送られず、ルカと二人で下っ端の聖女が使うボロボロの馬車に乗る。馬車が動き始め、王都の門を出たとき、私の心は安堵でいっぱいになった。
「ようやく終わるのね」
「ええ、リリー様」
二週間かけて古びた小さな神殿にたどり着くと、神官も周辺の住民たちも、この地に久しぶりにやって来た聖女を歓迎してくれた。
朝日とともに起き、穏やかに治療を行い、感謝され、四季のものを必要なだけ食べ、花を愛で、鳥と歌い、暗くなったら寝る。
体調が悪くなって治療を休んでも、私を責める人はいない。むしろたくさんのお見舞いが届いて、申し訳ないくらいだ。
そして隣には、いつもルカがいる。
私の人生は、また始まった。
ーーー
しばらくして、大神官様から手紙が届いた。そこにはローズと大神殿の窮状が綴られていた。
ローズが最初に直面したのは、国王の延命治療だった。陛下は延命を望まなかったものの、臣下たちに促されて治療を続けたという。しかしローズの神聖力では到底足りず、陛下は私の渡したネックレスにすがって苦痛に耐えた末に崩御した。
「国王を死なせた聖女」として、ローズに対する非難が巻き起こったことだろう。誰にも救えない呪いだったのだからローズには気の毒ではあるが、延命に失敗したのは力量不足でしかない。
ちなみに私が国王陛下に贈ったネックレスは、「触るだけで万病と怪我を癒すネックレス」として宝物庫に入れられたらしい。
そして王妃様の美容医療。力の繊細なコントロールができないローズには、もっと苦手な仕事だろう。王妃様が望むとおりに顔の形を変えることができなかったばかりか、吹き出物やしみやしわを増やしてしまった。王妃様は神殿への献金を止め、「リリーを王都に戻せ」とヒステリックに叫んでいるとか。
捕虜の取り調べでは、ローズは目の前の光景に耐えられず捕虜を大量に死なせて、国防庁長官から大神殿には連日クレームが入っているらしい。
連日の激務で疲弊したローズは、汚染地帯の浄化に使う神聖力を捻出できず、浄化は聖女総出でやるようになったらしい。それでも対応できないため、神聖力を枯渇させて神殿を去っていく聖女が増えたとか…
ローズはぶつぶつと「筆頭聖女ならできる。でも私にはできない。いえ、できるわ。だって私は筆頭聖女だもの」とつぶやき続け、牢の仕事は泣き叫んで拒否しているらしい。
きっとテセウス王太子殿下は「可愛げのない平民出身聖女を追い払えたと思ったら、次は壊れた聖女が来た」と思っているはずだ。
でも、だからどうだというのだろう。
私は手紙を神聖な炎で焼いて、手の焼き印をそっと撫でた。
手紙は「謝るから、何でもするから、帰ってきてほしい」で結ばれていた。
もう私には関係ない。どれだけ大神官様や王妃様が願っても、どれだけローズが壊れても、私はもう彼らを助けられない。
「助ける気もないし」
私はふふっと笑みがこぼれてくるのを、抑えようとは思わなかった。
ルカがドアをノックして、「リリー様、午後の診察が始まります」と声をかけてくれる。
「今行くわ」




