第5話:『香草の書 ― 過去の記録』
翌朝、後宮の書庫にはまだ静寂が残っていた。ユイナは手帳と薬壺を抱え、昨日蒼司に示された古い巻物の前に立つ。巻物には、過去十年間に同様の症状を示した皇子や側近の詳細が記録されていた。
「これは……ただの偶然じゃない」
少女は巻物のページを指でなぞりながら呟く。微妙な脈の変化、発症時刻、使われた薬草――すべてに共通点がある。特に、痙攣や冷汗、微弱な毒の痕跡は、偶然の一致とは思えないほど精密だ。
ユイナは薬草を手に取り、巻物に記された処方や症状と照合する。芍薬、川芎、甘草、陳皮――先日使用したものと同じ組み合わせが、過去にも登場している。
「やはり……計画的な毒……」
その時、背後から低い声がした。
「それに気づくとは……感心だ」
振り返ると、昨日影を見かけた侍女が立っていた。彼女は小さく震えながらも、確固たる意志を秘めている。
「君も、知っていたの?」ユイナは穏やかに尋ねる。
侍女は頷く。
「はい……後宮では、誰も口にしない秘密がある。過去にも皇子たちが、原因不明の症状で倒れたことが……その度に表向きは病気とされ、事件は闇に葬られた」
ユイナは静かに巻物を閉じ、目を細める。
「真実は必ず現れる。薬と観察で、隠された証拠を洗い出す」
侍女は一歩前に出て、小さな手でユイナの薬壺を指さした。
「あなたの知識があれば……私たちは守られるかもしれない」
その言葉に、ユイナは軽く頷く。
「守ります。誰も、無駄に傷つけさせません」
午後、ユイナは蒼司と再び面会する。彼は巻物を手に取り、静かに語る。
「過去の事件と同じ手口……もしかすると、帝国の内部に潜む勢力が関わっているのかもしれない」
ユイナは眼鏡を少し押し上げ、考え込む。
「薬草の組み合わせ、症状、発症のタイミング……全てにパターンがあります。この記録を元に、次の動きを予測できます」
蒼司は微笑む。
「君の観察眼と知識があれば、後宮の闇も暴けるだろう」
夕刻、ユイナは医務室に戻り、手帳に今日の発見を書き込む。微かな達成感とともに、背後には後宮の静かな影が揺れる。
「次は誰が……何を隠しているのか」
少女の瞳は、帝都の闇に向けて光っていた。
後宮薬師としての戦いは、まだ始まったばかり。小さな薬壺と観察眼――それが、帝国の深い闇を解く唯一の武器だ。
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