37.ハッタリと嘘と真実
秋稲がみんなに向けて真実を打ち明ける――その言葉を待っていると、
「笹倉、気合入ってるな。これもお前のおかげか?」
……などと、後ろから安原が俺の背中をリズミカルに突いてくる。
安原からの茶化しに笑顔でも見せてやろうと後ろを向こうとすると、安原が首を左右に振りながら前の方を指差した。
「お、おい、あいつ……村尾の奴がどこか行くぞ?」
「へっ?」
安原の困惑っぷりに俺は慌てて前に向き直るが、そこに村尾の姿はなく、可織ちゃん先生に何かを呟いてそのまま廊下に向かうみたいだった。
まさかあいつ……。
「だっさ、逃げてんじゃねーよ」
「え、逃げ?」
「バレるのも時間の問題だし、バックレっしょ。優生ってそんな奴だし、笹倉秋稲がこんな手に出るとは思ってなかったんじゃない? まっ、あたしと幸多には関係ねーけど」
そう言いながら、花本が嬉しそうに俺を見ながら笑っている。そして教壇前に立っている笹倉には関心がないのか、机の下で隠れてスマートフォンをいじっている。
というか、花本の猫かぶりが凄いな。
ふと後ろの野上も気にして見てみると、興味が薄れたというより元々笹倉をよく思っていないせいか、あくびをしながら机に突っ伏していた。
教室内がざわざわする中、秋稲が意を決して唇を言葉を噛みしめながら真実を話し始めた。
「――結論から言うと、そこにいる栗城幸多さんに付きまとわれているという噂が流れていました。でも、それは全くのデマで……」
秋稲の声で俺に一瞬だけ視線が集まるが、ほとんどの人はすぐに秋稲の方に集中して静かに事の真相を聞きたいみたいだ。
「はぁ? 朝の貴重な時間使って言いたいことってそれだけ? デマじゃないなら犯人は誰? で、何で栗城幸多の名前出す? 彼だけ名前出されて可哀そうすぎなんだけど!」
そんな笹倉の説明に対し、面倒そうにしながら花本が非難の声を上げた。
彼氏の俺を守るための発言かもしれないとはいえ、花本は秋稲のことが本当に嫌いみたいだ。
「彼について何故名前を出したか、それは……私と幸多さんが許嫁関係にあるからです。だから噂されるのも無理はないのかなと思いました」
……はい?
秋稲さん、いま何て?
『はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?』
突然のカミングアウトで声を出しそうになったものの、秋稲に黙って見守って欲しいと言われているので周りを気にしながら声を出さずにいたが、その直後、教室にいる誰もが驚愕の声を上げていた。
みんなが驚くのは無理もない。俺も初耳だったし、秋稲の親とも会ったことがない話だったからな。
しかし、秋稲が昨日俺に口止め的なことを言ってきたのは、誰に対しても意表をついた発表をするという意味があったからなのだと理解。
「い、い、許嫁ぇ!? え、冗談でしょ? ね、ねぇ、幸多……」
ここで俺までもが動揺しておまけに知らなかったなんて言ってしまえば、途端にクラス中が秋稲の敵になるうえ、結局俺の噂が真実なものとして全体に広まってしまう。
花本が動揺しながら俺にすぐ訊いてくるのも、秋稲の発言が完全に嘘だと信じているからだろうが、俺もこの流れに乗ることにする。
そうなると、いつもの大人しめな俺よりは多少強気な奴になった方がそれっぽく思われるはず。
「あー……参ったなぁ! 別に公表する必要なんてなかったのに、朝のHRで発表するなんて、秋稲の方が我慢出来なかったわけか!」
「う、嘘……え、だって……」
すぐ隣の花本が口に手を当ててショックを隠し切れずにいるが、教壇前に立っている秋稲の反応はというと。
「ごめんなさい、幸多さん! だって、幸多さんが私に付きまとっているなんて噂にどうしても許せなかったんです。だからみんなに知ってもらって公認してもらうのが手っ取り早く収まると思って公表しちゃいました。正解……ですよね?」
緊張で震えることなく堂々とした態度で話す秋稲の態度に、俺はもちろんクラスのみんなが一斉に頷きの声を上げている。
「……というわけだ。憶測や人づてかは知らないが、栗城と笹倉は許嫁関係のようだから、今後は変な噂を立てないように! 以上!!」
そして疑うこともなく騒ぎがあっさりと収まったところで、可織ちゃん先生が前に出てHRの終わりを告げた。
可織ちゃん先生の言い方で判断すれば、事前に秋稲から聞かされていたぽい。そうじゃなければ、クラスのみんなと同じ反応をしているはずだ。
「お騒がせしてごめんなさい。あの、幸多さんも私も特にどうということはないので、いつも通りよろしくです」
秋稲からそう言われたみんなからは特に文句もなく終えた。
だが、授業が終わるたびに質問の集中砲火を受けるのは俺の方だった。花本と野上、それと牧田を含めた周りの女子たちは秋稲に対し特に厳しく言うつもりはなかったようで、放課後に突入するまで静かになっていた。
花本たちの場合、許嫁と聞かされても簡単に引き下がりそうにないからな。
「笹倉と何かあるなと薄々感づいていたが、マジなのな?」
村尾は結局戻ってこなかったがそれを気にする男子はほとんどいなく、それとなく聞いてきたのは安原だけだった。
「ま、まぁな」
「バイト先でお前らキスしてたしな。そんな感じがした」
「えっ!? 見られてた?」
「事務所にいたが、カメラにばっちりと」
うわあああ……なんてこった。それもそうだとしか思えないけど、やっぱり職場でしちゃいけないことだった。
あれは青夏の仕込みであってそんなつもりじゃなかったのに。
「まっ、笹倉との関係はともかく、村尾って野郎が黒幕なのは間違いなさそうだし、後は可織先生が何とかするんじゃねえの?」
「それはそうなるかな」
「んでも、お前隣の女子にちょっかいかけられてるだろ? そっちは大丈夫なのか?」
「あ、うん……いや、ちょっと何とも言えない」
安原にはバイト先で俺の優柔不断さを知られているし、俺が何とかするしかないんだろうな。
「女子絡みだと何も出来ねえけど、村尾って奴のことで何かあったらオレに言えよな!」
「助かるよ……」
「んーじゃ、許嫁が待ってるだろうからオレは先帰るわ。じゃあまたな、栗城」
安原は見事にバイト仲間って感じだけど、男気があっていい奴だ。
安原と別れ教室を見回すと、隣の席ではなく出入り口付近で待つ秋稲の姿があった。
他の女子や花本たちの姿はとっくになく、見事に二人きりにされていた。
「ど、どうも」
「は、はい」
許嫁という嘘が解消された瞬間だったが、お互いに安堵の表情だった。教室に誰もいなくて良かったというかなんというか。
「えっと、このまま家に?」
正直言ってそれしか選択肢がないが、一応訊いてみた。
「それはそうだけど、幸多さんから何か言いたいことあるよね? お家に帰るとせいちゃんが邪魔するから、だから公園かどこかに行きません?」
「言いたいこと……」
もちろん山ほどある。でも、秋稲が聞きたいことは多分そういう話じゃない。
「じゃあ文世ロードの外れにある公園で……」
「うん。行こっか」




