31.そういうのはまだ…です
「え~? そんな恥ずかしがること~? お姉ちゃんだって前に――」
「――! と、とにかく、今すぐ着替えてきなさいっ!!」
「でも幸多くんが見たそうにしてるよ? ね、幸多くん?」
見たいんじゃなくて、目の前に現れたらとっさに目を背ける方が難しいだろ。秋稲と一緒に話をしていたわけだし。
「……そうなの? 幸多さん」
訝し気な目で俺を見るのはやめて欲しい……。
さっきまで話をしてたのに急に敵になるのはおかしいだろ。ここは疑いをスルーして冷静に言い聞かせよう。
「コホン……青ちゃんは、お姉ちゃんの言うとおりにした方がいいと思うぞ!」
あまりいい答えじゃないのは分かっているけど、ちらりと秋稲を見ると俺の言葉に安堵した表情を浮かべている。
秋稲を怒らせては駄目だからな。
だが、
「誤魔化そうとしたってそうはならないんだからね! 下心ばればれな幸多くんめ!! そういうむっつりくんにはこうだ~!」
俺のかわしが通じなかったのか、青夏はけしからんことに巻いていたバスタオルを豪快に投げ飛ばした。
「うえっ!?」
「せ、せいちゃん――わぷっ!?」
そして、投げ飛ばしたバスタオルが見事に秋稲にクリーンヒット。
「じゃ~ん!! 残念でしたぁ~!」
俺は思わず両手で目を覆い隠したが、青夏から聞こえてくる声は悪戯が成功したと言わんばかりの嬉々とした声だった。
「幸多くん、残念でした~! 裸じゃなくて下着で~す」
――とはいえ、白い素肌と真っ白い下着姿だけでも十分に刺激が強い。
「……ともかく、そのままだと色々問題が起きそうだから服を着てくれ」
「問題~? 襲っちゃう?」
秋稲がすぐそばにいるせいか、青夏がいつも以上に挑発してくる。しかも胸を強調したいのか、ポージングまでとってくる。
「そうじゃなくて……調子に乗ってると痛い目にあうぞ、と」
「ええぇ~? 幸多くんもあの変な奴みたいに暴力振るうタイプなの?」
変な奴――村尾のことを言ってるのか。
……というか、あいつ手まで出してきたのか?
「そんなわけなくて、だから……」
「だから~?」
じりじりと下着姿のまま、青夏が俺ににじり寄ってくるが――
「――ほらほら~今のうちに見慣れておかないと、将来困ることになるんじゃないの~? ねえ、お姉ちゃ――えっ」
「あっ……」
隣にいたと思ったのに、いつの間に青夏のところに動いていたんだ?
「…………せいちゃん、そろそろ……大人しくなるよね? ねぇ?」
バスタオルを飛ばされたことで呆気にとられ、動けずにいたと思っていた秋稲だったが、気づけば青夏の背後に回り、両手をがっちりと掴んで青夏の動きを完全に封じている。
「お、お姉ちゃん、や、やだなぁ~冗談だって! ね、ねえ、幸多くん~」
「幸多さん……しばらく、このお部屋で座って待っててもらえますか? 私は妹の青夏と大事なお話がありますので……」
「は、はい」
「さ、せいちゃん。私のお部屋に……」
「ひっ」
一見大人しそうで怒りそうにない秋稲だと思っていたが、青夏があそこまで怖がっているということは、相当調子に乗ってしまったって意味だろうな。
そして俺はというと、秋稲に言われたとおり大人しく座っている。正座をする必要はないのに、何となく正座して静かに時を待つしかなかった。
――しばらくして。
「幸多さん、お待たせしました」
「う、うん。いや、ちっとも待ってないよ?」
大声も聞こえず音も聞こえてこなかったが、どういう怒り方をしたのかなんて俺が知る必要は無いし、知ったら駄目なやつ。
とりあえず青夏のことを聞くのはやめておこう。
「ところでなんですけど、せいちゃんが変なことを言いましたよね?」
だと思ったら秋稲から言い出したか。
「……というと?」
「変な人が暴力を振るったとか、将来に慣れておかないと駄目だとか」
「あ~」
「あの、変な人は幸多さんが思うような意味じゃなくて、せいちゃんが偶然ながら目撃したみたいなんです。だから、私はもちろんせいちゃんも手は出されていないので安心してね?」
……なるほど。
それなら安心か?
しかし、そうなると手を出されていたのが他の女子相手にという意味でもあるから安心とは言えなくなる。
学校に行ってから訊いておかなければいけない問題だな。
「そ、それと……将来のお話なんですけど」
「うん?」
「その……幸多さんとそういう関係になってないうちは、まだ全てをさらけ出すわけには……」
「そういう関係? まだ? えっ?」
「と、とにかく、せいちゃんには今後ああいうだらしない格好はさせないので安心してね!」
俺と青夏の関係は単なるお隣さんで先輩後輩だからいいが、秋稲的には俺と青夏の将来の関係でも心配してくれているって意味なんだろうか?
「そういう意味なら分かった」
「うん」
青夏が出てくる気配がまるでないけど、何も見なかったことにしよう。




