30.あの人は隣に
いやいや、別に泣いてなんかいないのに――って、目から汗が出てる?
「こ、幸多くんが泣いてる……嘘~そんなにショックだったんだ……お、お姉ちゃん、早く何とかしないと!」
青夏が焦っているが、どうやら俺自身無意識に涙を流していたようだ。村尾から逃れる為の言い訳で言った言葉だと思って余裕ぶっていたのに、俺も『あの人』というワードに反応してショックだったわけか。
「幸多さん。あの人って言葉の意味なら、隣にいる人って意味だから……だから、えっと……」
「隣にいる人……青夏?」
「そうじゃなくて! 幸多さんのことですよ! もうっ!!」
何で俺?
そんな――それは流石に分かりづらいな。
そもそもあの人以外に出てきたワードで謎なのが『大人』って言葉だ。俺もそうだけど、秋稲も未成年。その時点で別の誰かを想像せざるを得ない。
「そもそも大人の人って誰のこと?」
「男の人」
まぁ、そうだろうな。
「つまり、年上の彼氏さん?」
「ううん、幸多さんのことですよ」
「俺、大人じゃないよ?」
「うん。私もです」
「いや、だから……」
なぞなぞか?
「それに、あの人に怒られるって言ってたけど、あの人が俺って意味なら何で俺が秋稲さんを怒る?」
「だって守られたいって私からお願いしたのに、好きでもない人を家の中に入れたら、お隣さんからしたら怒るなぁ……と」
――ん?
「あっ……そ、そうか」
いくら村尾の奴が強引に家の中に上がり込もうとしたとしても、俺が間近にいるのにそれを許したら、何度かお邪魔してるお隣さんの立場としたら何も言えなくなる――って思ったわけか。
それ以前にあいつはストーカー的な行為をしていたっぽいが。靴箱の手紙の件もそうだし。
「ま、まぁ、俺は秋稲さんに怒る立場じゃないんだけど……」
「とりあえずさー、幸多くんもいい加減泣き止んで部屋に上がりなよー! 今の状態で幸多くんの家に帰るのはまずいと思うしー」
村尾が大人しく引き下がったとは考えづらいって意味だよな?
それに、秋稲だけにこだわっていたせいかすぐ隣が俺の家だったことも知らなかったみたいだ。表札とか出してないというのもあるが。
そうなると、またしても笹倉家にお邪魔する必要があるわけだ。
「えっと、お邪魔しても……?」
この流れで上がり込んだら何とも言えない気持ちになりそうだ。
「どうぞ?」
「そうそう、人間諦めが肝心だよ? 幸多くん」
くっ、秋稲はともかく青夏の立場が上なのはしょうがない話なのか。
――というわけで。
本当に涙を流した俺は笹倉家で顔を洗い、結局お隣さんに夕飯をご馳走されている。
元々秋稲は俺を呼ぶつもりがあったらしく、ご飯の用意に抜け目がなかった。
「ごちそうさまでした。何か、俺のせいみたいでごめん」
「ううん、悪いのは幸多さんじゃなくてあの人だけだし。それと、これを見てもらっていい?」
「うん?」
食べ終えて青夏が自分の部屋に戻ったタイミングで、秋稲が束になった手紙を俺に見せてきた。
今まで見ることがなかった謎の中身がとうとう判明するわけか。
「うっ……これ、これって――秋稲さん?」
そのどれもが秋稲が写り込んでいる画像の数々だった。
「……うん」
「隠し撮りの連続ばかりだ。しかも告白されてる場面までも……」
「ここのマンションまで来たのは初めてだったんだけど、写真の距離が近づいてきてたからそろそろなのかなって思っていたの」
ううむ、村尾の奴がここまでする奴だったなんて。
中学の時、俺が一番初めに秋稲に告ったのも悔しがっていたが、二番目に告っても駄目だったとか言って笑って済ませていたはずなのに何でこんなこじらせてるんだ?
「一年生の時も隠し撮りをされてた?」
「初めは靴箱に何もされてなかったし、変なことも無かったから何もなかったんだけど二年になって同じクラスになって、それから……」
そういや、村尾もそうだし秋稲ともクラスが違っていたから俺も秋稲に気づいてなかったな。
秋稲と俺、村尾もよく話すようになったのは最近といえば最近か。
戦友としての付き合いも関係してる?
「俺のせいとかだったりする?」
「幸多さんは何も悪くないから! 元はと言えば私がズッ友だよって告白してきた男子に言い続けたのが始まりだから……」
「え、でも、ズッ友宣言された時点でほとんどの男子は諦めたりして話しかけてもこなかったよな?」
「話しかけ続けてきたのは幸多さんくらい」
あくまでお友達としてでも仲良くなりたかったとはいえ、俺だけとは意外だ。村尾の奴、戦友だとか言いながら諦めきれずに変な方に進んでしまったのか?
「えっと、それはあくまでお友達として安心だから?」
「幸多さんは怖くなかったし、怒ることもなかったから」
怖いという意味は――つまり、隠し撮りやら何やらを含む意味だよな?
現状はあいつに誤魔化されたが、今のままでは放置出来ない問題になる。俺に土下座させて逃げられたし、完全に解決したとは言い難い。
「……分かった。俺は秋稲さんの友達としてやれることをやるよ」
「頼りにしてしまってごめんなさい。でも、私の友達は幸多さんしかいないから、だからずっと――」
ずっとお友達か。
お隣さんだからってそんな甘くないよな。
「もちろん、秋稲さんの言いたいことは分かってるよ。だから俺も――」
お互いに見つめ合ってるだけで何も起きないのに、何で緊張してしまうんだろうか。事故でキスはしたけどあれは無かったことになってるのにな。
相手は俺をあくまで頼りになるお隣のお友達としての気持ちだというのに、何で俺は目の前の彼女に意識を――
「――あー気持ち良かった~!! お姉ちゃんも入りなよ~! それとも幸多くんも一緒に入る~?」
何となく緊張感が漂う空間に突入しそうになったところで、青夏が茶化すようなことを言いながら戻ってきたかと思えば、その姿は――。
「バ、バスタオル一枚……せいちゃんっ!! 幸多さんがいるのに駄目っ!」
風呂に入っていたらしく、バスタオル一枚だけを巻きつけた青夏の谷間があらわなまま、俺たちの前に立っていた。




