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夏の大会

『夏の甲子園出場をかけた熱い戦いがはじまります。東上学園高校対光陰高校の試合がまもなくプレーボールです』

 

 東上学園一番高山がバッターボックスへゆっくりと向かった。緊張しているのか少し表情が固い。

「タカヤマー、リラックス、リラックス、いつも通りいけー」

 次のバッターの植田が高山に声をかけた。

「高山くん、頑張ってー」

 未来が両手でメガホンを作り、腹の底から声を出した。東上学園野球部の監督になってから未来の声は大きくなった。三ヶ月前はすぐ喉を潰してしまい、声が出なくなったが、今は平気だ。


『空振りサンシーン、光陰高校エース坂根くん、伸びのある得意のストレートで東上学園一番の高山くんから三振を奪いました』

「高山、ドンマイ、ドンマイ。次だ、次の打席でやり返せ」

 牧野がベンチに下がる高山の背中を叩いた。

 未来は、笑顔を見せる牧野のその姿を見て嬉しくなった。


『一回表、東上学園の攻撃は三者凡退に終わりました。光陰高校エースの坂根くん絶好の立ち上がりです』


 光陰高校のナインがベンチに下がっていく。みんなが坂根に向かって「ナイスピッチー」と声をかけ坂根の肩を叩いたり、お尻を叩いたりしている。


「さあー、こっちもしまっていこー」

 牧野がグラブを手に持ち、みんなに声をかけベンチを飛び出した。続いて東上学園のナインたちが守備位置に散った。

「さあ、みんなー、暑いけど元気出していきましょう。体に気をつけてねー」

 未来がナインを送り出した。

「よっしゃー、いくぞー」

「監督、先輩たち、楽しそうですね」

 川田はベンチの前に立って守備位置についた先輩たちを見渡した。

「みんな、野球が大好きだからね。野球の試合ができて嬉しいのよ」

 未来も守備についたナインを見渡しながら言った。

「でも、三次監督の時は先輩たちこんなんじゃなかったです」

 川田が口を尖らせた。

「そうなの?」

 未来が川田の顔を見た。目にうっすらと涙を浮かべている。

「去年まではベンチの中がギスギスしてました。その頃と比べると、今の先輩たちはすごく野球が楽しそうです。きっと、未来監督のおかげです」

「わたし、何にもしてないけどね。でも、今日は絶対に勝ってほしい」

「先輩たち、すごく楽しそうだから今日はきっと勝ちますよ」


『四回の表、東上学園はセンター前にヒットを放った一番の高山くんを二番の植田くんが送って、ワンアウト二塁のチャンスにクリーンナップをむかえます』


「植田、ナイスバント。あとは頼むでー、クリーンナップで先制点や」

 ピッチャーの横山が手を合わせ祈っている。

 

『東上学園、この回はチャンスをつくりましたが、三番栗林くん、四番牧野くんが連続三振におさえられ得点には至りませんでした』


「せっかくお前がチャンス作ってくれたのに、スマン打てんかった」

 牧野が高山に詫びた。

「あのピッチャー、クリーンナップむかえてからギアあげてきたからな。後ろから見てたけど、栗林と牧野に対するボールはキレッキレッやったわ。ありゃなかなか打てんわ。敵ながらすげえピッチャーやで」

 高山がヘルメットを脱いで汗を拭った。

「高山くん、カッキーンってすごい打球だったね」

 未来がバットでボールを打つ仕草をして笑った。

「まぐれ、まぐれ」

 高山が右手を振って照れ笑いをした。

「まぐれであんな打球打てないよ。カッキーンてすごい音だったよ」

 また、未来が打つ仕草を見せた。

「監督が暗くなるまで、ティーーバッティングに付き合ってくれたおかげっす」

「ほんとに、あれって効果あったわけ」

 未来が守備につこうとする高山の袖を引っ張った。

「監督、俺、守備つかないといけないから、離してくださいよ。審判に怒られますよ」

「そっか、そっか、ごめん、忘れてた」

 未来が舌を出した。

「監督、楽しそうですね」

「うん、すごく楽しい。野球がこんなに楽しいとは知らなかった。これも川田くんのおかげ。ありがとう」


『ワンアウト一塁、三塁、東上学園先制のチャンスです。光陰高校の好投手坂根くんを攻め立てます』


「所沢、頼むから、打ってくれー」

 高塚が叫んだ。

 坂根がセットポジションから初球を投げる。


『スクイズだー。バッテリーはピッチアウトする。所沢くんがそのボールに飛びつく』


「ウワーッ」

 ボールをはずされた所沢が声を上げた。必死でくらいつこうとする。


『所沢くんバットに当てたが、打ち上げてしまったー。キャッチャーがボールを捕る。そのまま三塁へ投げる。ダブルプレー。光陰高校ピンチをダブルプレーで切りぬけました』


「悪い、また打ち上げてしもうた」

 ベンチに戻ってきた所沢が牧野に頭を下げた。

「ドンマイ、ドンマイ、俺のサインが完全に読まれてたな」

「クソー、惜しかったねー」

 未来が悔しそうに指を鳴らした。


『九回裏、ここまで両チーム、先発ピッチャーが踏ん張り無得点です。痺れる投手戦を繰り広げています』


「この回、守りきって延長に持ち込むぞ。ヒットはうちの方が多いし、押し気味なんだから、延長に持ち込めば、俺たちが有利だ。いくぞー」

 牧野が九回裏の守備につく前にみんなに声をかけた。

 ナインたちは九回裏の守備に散っていった。

「この回は気をつけないといけませんね」

 川田が心配そうに言う。

「そうね、この回は下位打線からだけど、ここまで八番、九番にいい当たりされてるもんね。ここ出したら上位につながるからね」

 未来がマウンドで投球をする横山を見つめた。

「監督、監督らしいこと言いますね」

 川田が笑った。

「当たり前じゃない、わたし、東上学園高校野球部監督なんだもん」

「そうでしたね」

 川田がまた笑った。


『光陰高校、サヨナラのチャンスです。八番の野々村くんがヒットで出て、九番の真鍋くんが一球で送りバントを決めました。ワンアウト二塁で当たっている一番豊田くんにまわしました。ここで、東上学園は守備のタイムを取ります。二年生の川田くんがベンチからマウンドに向かいます』


「ここは、敬遠で次のバッターと勝負やな」

 牧野が言った。

「でも、三番にまわるぞ」

 高塚が言った。

「そうだな、うーん、けど、今日は一番の方が怖い気がする。栗林、近くで見てどう思う?」

「牧野の言う通りだな。三番の方が横山にタイミングが合ってないわ」

「よし、敬遠だ。川田、監督に伝えといて。それと敬遠の意味知ってるか訊いといてくれ」

 牧野が笑いながら言った。

「わかりました」

 川田も笑いながら返事した。

「二番でゲッツーとれたら、最高やけどな」

 高塚が言った。

「確かにな。けど、欲張ると危険だ。二番は横山に完全にタイミングが合ってないから三振取りにいこう。横山、下手にゴロ打たそうとして攻めかた変えるとやられるぞ」

 牧野が横山の肩に手を置いてグラブを口に当てて言った。

「そうだな」

 横山が持っているボールを見つめた。


『サンシーン、横山くん、フォークボールで二番酒田くんを三振にとりました。これでツーアウト一塁、二塁』


「ナイスピッチー」

 牧野が横山に向かって声をあげた。

「よし、予定通りだ。あとは三番だ」

 川田がベンチで呟いた。

「やったねー、敬遠策、成功ね」

 未来が両手を上げて喜んだあと、川田に握手をもとめてきた。

「監督、まだですよ。次のバッターをおさえないと、敬遠策成功とは言えません」

 川田がグラウンドを見つめながら、真剣な表情で未来に言った。

「そうかー、次のバッターね」

「はい、強打者ですから、注意しないといけません」


『打ったー、強い打球、ピッチャーの足元を抜ける。セカンド都筑くんが回りこむ。あーっ、都筑くん、ボールをはじいたー。ボールはセンターへと転がっていく。二塁ランナー野々村くんは三塁をまわってホームへ向かう。センター植田くん、ホームに投げるが間に合わない。サヨナラ、サヨナラー。光陰高校サヨナラ勝ちー。東上学園、最後にミスが出ました。セカンドの都筑くんは立ち上がれない』


 牧野がうずくまる都筑の元に行って顔を覗きこんでいる。

「都筑、お疲れ」

 牧野が都筑の肩に手を置いた。

「すまん、俺のせいで負けた」

 都筑は立ち上がろうとしない。

 牧野が都筑を抱え立ち上がらせた。

「お前のせいじゃない」

「俺がはじいたから、はじかなかったらアウトだった」

「あれはセンター前ヒットの打球だ。お前の守備範囲が広いから追いつけたんだ。だからエラーじゃない」

「ごめんな、牧野」

「謝んなよ。俺は負けたけど、今日の試合がこれまでで一番楽しかった。高校最後にこんな痺れる楽しい試合ができてよかった。さあ、整列しようぜ。俺たちは胸はっていい試合だ」



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