まさかのUターン
二十時。遂に出発の時間となった。月面基地にいた日本支部幹部の面々と打ち合わせや報告らしいものはやっていないが、佐藤大佐が言うには支部長から知らされているから不要だそうだ。佐藤大佐とも、ここでお別れとなる。
出発時間までに、佐藤大佐と模擬戦の報告書を作成し、互いに見せ合ってから提出した。
戦艦のブリッジに向かい、艦長に挨拶するついでに到着予定時刻を尋ねる。
「ん~、そうだな。早ければ深夜二時、遅くても早朝の四時。どっちにしろ、何も起きなければの話だ」
艦長の言う、『何も起きなければ』は襲撃の事を指す。確かにそれはそうだろうと肯定する。
そのまま何も起きずに出発し、二時間が経過した。シャワーはツクヨミに到着してからにしようかと思っていたので浴びていない。魔法を駆使し、濡らした蒸しタオルで全身を軽く拭いて済ませた。ベッドに寝転んだら、ドア横パネルから電子音が響いた。
何事かと思えば、艦長からの呼び出しだ。ブリッジに向かう。
「月面基地で襲撃ですか?」
「ああ。救援要請は来ていない。支部長に問い合わせ中だ」
意外な情報を聞き、思わず眉間に皺が寄った。
「月面基地の戦力は揃っている。寧ろ危ないのは、単独行動しているここだな。支部長からの返事待ちで、今は航行を停止している最中だし」
続いて出て来た現在情報に、自分も思考を回してやる事を考える。
月面基地は戦力が揃っているから気にしなくても良さげ。
対して自分達の方は、状況的に何時襲撃されるか判らない。しかも戦力は自分だけ。
……あれ? 備えないと不味くね?
「状況は分かりました。私はガーベラに搭乗して艦外待機していた方が良いですか?」
「う~ん。どうするか、悩むな……ん?」
艦長が首を捻って悩んでいると、オペレーターが通信を告げた。ブリッジで一番大きいモニターに通信相手が映し出される。誰かと思えば支部長だった。
艦長と共に敬礼して、形式的な挨拶をしたら本題に入る。
『月面基地は今のところ問題無い。他支部からの要請は、佐藤大佐の腑抜け呼ばわりが効いたのか、他支部のエース級が汚名を雪ぐように頑張っている』
「そうですか。なら、我々はこのままツクヨミに向かっても宜しいですか?」
『そう言いたいが、少し戦況の雲行きが怪しい。応援要請に何時でも応えられるよう、月面基地に一時間以内に到着可能距離まで近づいてくれ。星崎は待機。何時でも出撃可能な状態でいろ』
艦長と共に、了解の応答を支部長に返すと通信は切れた。同時にブリッジ内が慌ただしい空気に変わった。自分は艦長に装備について『実戦用でお願いします』とだけ言ってからブリッジを出る。更衣室に向かい、パイロットスーツに着替えて待機室へ移動する。
この待機室は格納庫のすぐ傍に配置されており、今回のような場合はここで待機する決まりだ。ここは普段、整備兵達の休憩所としても使われている。その為、使われない日は無く、清潔に保たれている。
適当なベンチに腰掛け、ヘルメットを膝の上に置いたら、髪紐を使って髪を纏めて待つ。
……初めてガーベラに乗った日の事を思い出す。
あの時も、場所は違えど、こんな風に待機していた。スマホを弄ろうかと思ったら通話が入って、いや、これ以上思い出すのは止めよう。
軽く息を吐いてベンチに寝転がりたいが、時間的に眠ってしまいそうだ。深夜だし。
やる事が無いので、生理現象が来る前に済ませてから、ガーベラの様子を見に行こう。生理現象は、気が抜けたタイミングで来るから嫌なんだよね。
用を済ませて洗った手をタオルで拭いていると、警報が鳴り響いた。ついでに敵襲を知らせるアナウンスも流れる。
「やーな、タイミングだな」
済ませた直後に敵襲とか、やだなぁ。
敵に文句を言ってもしょうがない。手を拭き終えたらパイロットスーツを着直してヘルメットを被り、待機室から出て格納庫へ走って向かう。ガーベラのコックピットに乗り込み、ハッチを閉じる。シートベルトを装着している間に、ガーベラはカタパルトへ運ばれて行き、音声通信でブリッジから敵に関する情報が齎される。
『敵は前後に三機ずつです』
「前後からの同時攻撃だけ? 左右に敵影は見えますか?」
『いや、敵は前後だけだ。んで、どうする?』
ガーベラの起動を行いつつオペレーターに質問したら、艦長からの映像通信に切り替わり、回答後に逆に問われた。その声音はこちらの反応を楽しんでいるような響きが含まれている。
支部長に何を言われたんだろうと、思いつつも最良手段を考える。現在、月面基地へ移動中。応戦出来るのはガーベラのみ。
「背後からの敵機を、最大速度で振り切る事が出来るのなら、ガーベラで正面から叩きます」
『そいつは無理だな』
情報が足りない。言って提案すると却下された。なら、第二案だ。
「エンジンが止まると困るのはこちらです。背後から叩きます。正面の牽制は可能でしょうか?」
『艦載装備を考えると少し厳しいな』
「速度を少し落とすか、一旦停止して、正面からの接敵を可能な限り遅くしましょう」
『……何でそんな悪足掻きを、おめぇはホイホイと思い付くんだ?』
艦長の声に苦笑が混じる。
悪足掻きと言うか、接敵を遅らせるのは常套手段だと思うんだけど、時間が無いから今はいいか。
『ガーベラの出撃準備、整いました』
オペレーターから、連絡が入る。
論争の時間は終わった。映像越しに艦長を見る。こんな時は責任者に決めさせるのが安全だ。
『ちっ、しょうがねぇ。ガーベラ出撃後に艦の速度を徐々に落とせ! 航行を一時停止し、正面との接敵を可能な限り遅くする! ガーベラは正面との接敵までに背後の敵を倒せ!』
決断した艦長の指示が飛び、一瞬で慌ただしく引き締まった空気に変わる。
「了解。ガーベラ、出ます」
自分も応答を返して出撃。カタパルトから出ても、転進するんだけどね。
戦艦自体はツクヨミから月面基地へ転進している。その為、移動方向はややこしいけど本来進んでいた方向になる。判り難いが、戦艦の背後に向かえば間違いない。
こちらに向かっているのは二個小隊だ。しかし何故、移動中の戦艦を狙ったのか。動きが止まっているから狙われたのだろうか。
考えても答えを得る機会は無い。
移動中に陽粒子砲をチャージする。数分直線距離を移動したところで、敵影をレーダーが感知した。数は事前報告通りに三機。右肩の剣を握らせる。
関係無いようで関係在る事を、ふと思い出す。
ガンダムシリーズでビームライフルのチャージ時間を変えて、敵艦からの援護射撃と勘違いさせる描写が存在した。……改めて考えると、関係無いな。
軽く息を吐いて、正面からくる三機の内の中央にいる一機に狙いを定める。カメラで拡大しても判別は難しいが、目を凝らしてよく見るとアゲラタムの面影がそこかしこに残っていた。操縦しているのが生体演算機構だから、人種の気配探知類は無理かな? 接近した際に試そう。
「ふぅー、先ずは一機墜とす」
やる事を口にして、引金を引き、バーニアを全開にする。距離はやや離れていたからか外れた。分断目的だから別に良いんだけどね。しかし、バーニアを全開にした事で、彼我の距離はあっと言う間になくなった。最も近くにいた一機に接近して剣を振り上げる。敵機は、人間で言うところの上腕を上げて、防御を試みる。
けれども、振り上げている剣は――セタリアからの手紙で知ったが――ディフェンバキア王国で作られた逸品で、自分が開発者だ。日本刀を参考に造り上げた一振りの切れ味は、三百年経っても衰えを見せなかった。
剣は振り上げられた腕を裂き、そのまま胴体部を斜め上下に切り裂いた。異様な切れ味だが、自分が嘗て開発したものだったと知った今なら納得出来る。手持ちの武器を参考に、色々と開発していた時期に作った内の一つだからね。妥協はしていない。
量産したいけど、地球の技術じゃ無理だろうな。高速振動刃とかなら作れそうだけど、如何せん、大きさが最大の課題となる。
「一機」
別の事に思いを馳せつつ、二機目に突撃する。ついでに、心を読む魔法『魂読』も発動させる。だが、こちらは空ぶった。すぐに停止させて、もう一機を切り捨てる。やっぱりフェイント系は通用しないんだな。
最後に残った一機は、逃げもせずに突撃して来た。近くを漂う、残された長剣を左手で回収し、逆手に握る。迷わず接近して、両手に剣を持って切り掛かる。
交錯は十秒も無かっただろう。
左で剣を受けて、右の剣を横に振るう。それだけで事は済み、三機目を撃破する。
『後方、敵機撃破を確認!』
「前方との接敵時間は、残りどれくらい?」
『十分はねぇな』
「大至急戻ります」
モニターに方向を表示させて、ガーベラのバーニアを全開にし、転進して移動を始める。
移動の空き時間に、計器のチェックを行う。特に、燃料の確認だけは怠ってはならない。
……こんな特に思い出す事では無いが、訓練学校の女子寮には『スマホの充電を忘れても、ボイスレコーダーの充電と残量確認だけは怠るな』と言うスローガンが掲げられていた。ボイスレコーダーを何に使うのかって? 男性教官からのセクハラ証拠残し用だよ。嫌な学校だね。
「!、そろそろ、か」
余計な事を思い出していたら、大分近づいていた。気を引き締めて掛かった。
でも、思い付きの試しをやったら速攻で終わってしまった。
『戦闘が三分で終わるって……まぁいい。全機撃墜で終わった。それで良しとしよう。ガーベラ、帰艦しろ』
「分かりました」
戦闘は終わったけど、艦長のぼやきが零れる。途中で正気に戻り、帰艦指示が出る。指示に従って戻り、補給を受ける。そう言えば、敵機の剣を掴んだまま戻っちゃったけど、いっか。
整備兵には『倒した敵機の残りを掴んで使った』とだけ説明する。
待機室に戻ると気が抜けたのか、生理現象が来てしまい、慌ててトイレに駆け込む。
何て言うか、締まらないな。
指定ポイントに到着したけど、月面基地の戦況は『応援要るの?』って感じだった。悪い意味では無い。良い意味だ。
ヘルメットを抱え、パイロットスーツのまま訪れたブリッジで、メインモニターに映し出される戦闘映像を艦長と一緒に見る。
「良い感じに押してるな」
「そのようですね。佐藤大佐の挑発の効果は大きいですね」
佐藤大佐の『腑抜け呼ばわり』の効果は抜群だった。このまま終わって欲しいぐらいだ。
「どっちかって言うと、アレは侮辱だと思うがね。……まぁ、士気に効果が出てるんだったらいいか」
艦長が何やら呟いている。
「現実逃避ですか?」
「いや。肝の小ささを実感しているだけだ。六十になっても驚く事はまだまだ在るんだな」
この艦長、見た目以上にお年を召していた模様。感心していたら支部長から通信が入った。即座に艦長が対応する。
『敵機と遭遇したと聞いたが無事か?』
「無事です。艦載装備を使う事無く終わりました。三分で三機撃墜は最速記録でしたっけ?」
『最速に近いな。最速は三分で五機だが、佐藤大佐の狙撃での記録だな』
このまま待機。様子を見て参加を己で決めろと、言い残し支部長との通信は終わった。
と言うか、さらっと凄い事が判明した。佐藤大佐が最速撃破記録を持っているの? 色々と駄目な上司の代表例みたいな佐藤大佐だよ? そんなに凄い人だったのか。失礼だが、そうは見えない。出発の遅れも佐藤大佐が原因だし。
驚いていたら、艦長に不思議がられた。
「佐藤大佐って、実は凄い人だったんですね」
「………………そうか。佐藤大佐の残念なところしか見てねぇのか。そんな事よりも、どうするんだ?」
長い沈黙を得て、艦長は納得した。ついでのようにこれからの予定を聞かれた。
「ここではお邪魔になりそうですから、待機室で映像を見て判断しようかと思っています」
「気ぃ遣うな。緊急の連絡に対応するかもしれねぇからここに居ろ」
「では、お言葉に甘えて」
艦長に甘えてブリッジに残る事にした。
無言でメインモニターに映し出される、佳境に入った戦闘の行く末を見守る。
「終わったな」
艦長の呟き通りに、戦闘は『防衛軍側の勝利』で終了した。
出番は無かったが、そもそも無い方が良い。
ブリッジ内は、改めてツクヨミへ向かう空気になった。艦長も安堵の息を漏らしている。
艦長がツクヨミへ艦の向きを変える指示を出した直後。再び警報が鳴った。メインモニターを見ると、追加がやって来た。
「襲撃のお代わりは要らないって」
「そいつは敵に言いな。しかし、どうすっか」
自分のぼやきに律儀に突っ込みを入れ、艦長を腕を組んで悩んだ。支部長からの通信は無い。まだ向こうに連絡が届いていないだけかもしれない。
「ガーベラに搭乗待機します。コックピット内からでも戦闘映像を見る事が出来るようにする事は出来ますか?」
少し考えて、ガーベラに搭乗したままの『待機』を選んだ。
「可能だが、乗ったまま待機する必要あんのか?」
「ただの備えです。出ない事に越した事は在りませんが」
「そいつはそうだが、……備えるに越した事は無いか」
少し何かを考えた艦長から許可を取り、ブリッジから出て再び格納庫へ向かった。
自らフラグを建築した気がするが、何も起きないで欲しいな。
移動途中にそんな事を思った。