模擬戦結果の報告~佐久間視点~
『――報告は以上です』
「ほぅ、星崎がそんな事を言ったのか」
二つの支部との模擬戦を終えた佐藤大佐の報告を聞いた佐久間の第一声はそれだった。星崎に関する報告でもある為、佐久間は並列通信機能を使用して、松永大佐と共に報告を聞いている。
『はい。本人は無自覚に言ったのでしょう』
「ふむ。松永大佐はどう思う?」
佐藤大佐の意見を聞いて、佐久間は通信画面の向こう側にいる松永大佐に意見を求めた。
『どうもこうも、星崎に『そう言えるだけの余裕』が出て来ただけでしょう』
『「余裕?」』
松永大佐の考えを聞いた佐久間は、佐藤大佐と声を揃えて『どう言う意味なのか』と、鸚鵡返しに尋ねた。
『ええ、余裕です。四ヶ月近くも前に、月面基地で佐々木中佐と模擬戦をした時の星崎は、まだ『ガーベラの操縦に慣れていなかった』状態でした。八月にデータ収集で乗る時間が増え、一度ですが実戦もこなし、九月には演習に参加もした。更に、重力制御機も新式に変わった事で、操縦時の負担は減った。これらの事とイギリス支部とアメリカ支部との模擬戦について考えると、星崎が『ガーベラの操縦に完全に慣れて、精神的に余裕が出来た』と取れます』
「成程。それで余裕か」
松永大佐の説明を聞き、佐久間は理解した。星崎がガーベラのパイロットになった経緯を考えると、無茶振りの一言に尽きる。
『はい。八月の下旬にも模擬戦は行いましたが、佐藤大佐の思い付きで少し変な方向に転がりました』
『アレはお前も同意しただろう』
『ええ。佐藤大佐が責任を取るのなら、と』
『……』
「まぁ、何はともあれ、こちらの都合で振り回している星崎に余裕が出来たのは良い事だ。こちらの都合で隔離しているとは言え、大人に囲まれた状態に慣れて貰わねばならんからな」
『それに関しては同意します』
佐久間が慎重に言葉を選べば、松永大佐は同意した。佐久間の話題逸らしに、松永大佐が乗ってくれたとも取れる。その事に佐久間は内心で胸を撫で下ろした。
『星崎の場合は、『代わりの人間に目星がついている』とも取れますが。何にせよ、相手の名前を知らず、今後関わる事が無ければ、早々に忘れるでしょうね』
続いた言葉を聞いて、佐久間は何となく眉間を揉みたくなった。同時に星崎の『興味の無い事を早々に忘れる』悪癖を思い出した。
本人の隠れた事情を知らなければ、多感な年頃の少女にしては対応に悩むドライ過ぎる一面に、大抵の大人は頭を悩ませるだろう。表に出せない事情を知っている松永大佐のように、知らなくとも人によっては悩まないかもしれないが。
「ツクヨミに戻したら、星崎に佐々木中佐か井上中佐のどちらかと、模擬戦をやらせた方が良いのか?」
星崎がガス抜きを必要としているのかと、佐久間は悩んだ。
『それは本人に聞かねば分かりません。ですが色々と終わったら、『ツクヨミから出ての休暇』ぐらいは、いい加減与えた方がいいでしょうね』
佐久間の独り言のような疑問を拾った松永大佐が、助言となる意見を述べた。
星崎がツクヨミに来てから、二ヶ月半程度の月日がそろそろ経過する。負傷して約一週間の安静期間を必要とした八月と違い、九月はほぼ無休、十月も今日に至るまで休暇を取得していない状態だ。働かせ過ぎの一言に尽きるが、ここは軍事組織なのでそこは目を瞑って欲しい。
『松永。休暇と言っても、星崎は何時も菓子作りに励んでいるではないか』
『それは単に、それ以外で『時間を潰す方法が無い』からでしょう』
『どう言う意味だ?』
『休暇を与えても、ツクヨミ内では過ごし方が限られてしまう、と言う事です』
「……そうか。星崎に休暇を与えても、『ツクヨミから出さない限り』、過ごし方の選択肢が数える程度しかないのか」
並列通信間で行われる二人のやり取りを聞いて漸く、佐久間は松永大佐の言葉の意味を理解した。
星崎の現状を考えると、基地内に年の近い友人と呼べる人間はおらず、顔見知りと言っても日本支部の幹部ばかり。八月には隊舎から出ても道に迷った挙句、トラブルを引き寄せてしまった。トラブルを避ける為に隊舎内で過ごすにしても娯楽は少ない。個人所有のノートパソコンでネットサーフィンか、購入した電子書籍を読む程度しかなく、自主訓練か、菓子作りで時間を潰すしかないのだ。
飛び級卒業をした事を未だに公表していない上に、仮に公表しても一昨年度と去年度の卒業生からシミュレーターの対戦を申し込まれる可能性が高い。それは休暇とは言い難い。
「だが、星崎を一人でツクヨミの外に出すのは難しいぞ」
『最大の問題はそれでしょう』
松永大佐は素直に肯定した。佐久間が口にした問題点について何も言わなかったところを見るに、同じ事を思ったのだろう。
星崎の年齢は十五歳だが年齢よりも小柄な為、極端な話『小学校六年生』と紹介されても事前に説明を受けていなければ疑問に思わないと、佐久間は断言出来る。それくらい、星崎は実年齢よりも幼く見えるのだ。
その星崎が平日の日中に独りで街中を歩く。どう考えても、勘違いした警察官のお世話になる。どれ程説明しても、信じて貰えない未来しか見えない。絶対に日本支部の偉い人が呼び出される案件となる。佐久間もそんな事で逐一呼び出されたくも無い。観光地ならば誤魔化しが効くかもしれないが、別の意味で不安要素が出て来る。例えば、観光客に紛れて他支部の諜報部員の拉致とか。仮に星崎が拉致されても、ふらっと帰って来そうだ。ついでにいらん手土産付きで、拉致を敢行した支部をパニックに陥れそうだ。後日、菓子折りを手にした佐久間のくたびれた姿が目に浮かぶ。どっちが被害者なのか、非常に悩む光景だ。
「大林少佐に頼むか、日本支部の保有の保養地に『長期的に休暇を取っていない幹部の誰か』と、一緒に連れて行けばいいか」
『支部長。それは全員に当て嵌まるのでは?』
佐久間は佐藤大佐の純粋な疑問を無視した。ちなみに、ここ十年間で長期休暇を取った幹部は、追加人員を含めて一人も居ない。今月の作戦が終わったら順次取らせようと、佐久間は腹の中で決める。
「佐藤大佐は引き続き、改修ナスタチウムの指導と演習を含めた訓練に当たってくれ」
『分かりました』
「松永大佐。星崎は二十時頃に月面基地を出発させる。本人に聞きたい事が在るのなら、ツクヨミに到着してからにしろ」
『元よりそのつもりです。模擬戦のレポートを提出させようかと思っていましたが、佐久間支部長はご覧になりますか?』
「ん~、レポートと言うより、感想文の提出になりそうだな。興味は有るから、松永大佐が目を通したあとで提出してくれ」
佐久間は松永大佐から了承の応答を聞き、通信を切った。
何事も起きなければ、星崎はツクヨミに戻るだけだが、佐久間には一つだけ気掛かりが有った。
それは、今月の襲撃がまだ一度しか起きていないと言う点だ。
毎月、少なくても二度、多くて六度程度の襲撃を受ける。頻度を少なく感じるかも知れないが、初期の頃はたった一度でも甚大な被害を出した。技術の進歩と共に、その被害が徐々に少なくなって行ったとは言え、一度の襲撃が齎す結果は重い。
それを考えると、六月の二連勝がどれほど大きなものか判る。
佐久間は何も起きない事を祈った。