始まった演習と想定通りの割り込み
翌日十月十一日。
演習は午前中から始まった。ツクヨミで行った打ち合わせ類は無く、直前に通信機経由で佐藤大佐から指示が飛ぶ。通信機に関してはツクヨミでの演習と同じだ。
月面基地での最大の違いは、演習中に行われる他支部の割り込みだ。
『おのれっ、私はドイツ支部のエース、アーダル――』
知らねぇよと、通信機経由で漏れる声に反応したくなった。
割り込みで先陣を切ったドイツ支部の機体をダルマ状態にして、演習の領域外から追い出す。
他支部の機体に攻撃して良いのかと思わなくも無い。だが支部長が事前に、他支部へ『演習中に割り込んだら、ガーベラに割り込んだ機体を無力化するようにと指示を出した』と通達が行っている。通達を出して尚、割り込んで来るのならどう攻撃しても構わないと、事前に指示を受けている。
事前の確認をした際に、『人的被害が出なきゃ、どう攻撃しても良い』で、支部長と自分の見解は一致した。
アーダ何とかって男の機体を筆頭に、ドイツ支部の一個小隊を無力化してから演習に戻り、終わらせてから艦に戻る。艦内食堂でお昼を取ってから午後も参加する。
午後もフランス支部とイタリア支部が割り込んで来た。
翌日も、翌々日も、演習中に割り込みを受けた。佐藤大佐が『演習にならん』とキレていた。実際その通りだ。他支部の演習に割り込むとか、前代未聞だよ。
最終日。午前中は何も起きなかった。ここまでに割り込みをして来なかった大きな支部は、アメリカとイギリスの二つのだけ。小さな支部は見物したいと申し出るに留まった。大きな支部で中国とロシアの二つは、十年前のやらかしを理由に月面基地への立ち入りを禁止されているので、そもそもいない。
十二時。艦内食堂でのんびりとお昼を食べていたら、佐藤大佐がふらっと艦内にやって来た。慌てて食べ終えて、佐藤大佐と一緒にミーティングルームへ移動する。自分と佐藤大佐に、遅れてやって来た艦長の三人が揃ったところで、佐藤大佐は耳を疑う事を言った。
「アメリカ支部とイギリス支部から、模擬戦の申し込みですか?」
「そうだ。支部長がタッグマッチで受けた。ちなみに相方は俺だ」
「二連戦ですか?」
「そうなるだろうが、一戦十分程度になる。開始は二時間後だ」
短い時間で許可を出して、ガス抜きするつもりか。支部長の考えは分からないが、何かしらの取引をしていそうだ。
支部長が許可を出したのなら、自分に否を唱える事は出来ない。そもそも、月面基地と軌道衛星基地の時差を考慮して、午後の演習参加予定は無かった。そこに短い時間だけだが、予定が急遽入っただけ。
「佐藤大佐。確認ですが、これが最後なんですね?」
「襲撃が無ければそうなる」
「そうですかい」
艦長が佐藤大佐に確認を取っている。午前で最後だと聞いていたのに、整備班に急遽仕事が入った。その通達をするのは艦長の仕事だ。
「支部長の考えは分からねぇな。だが、それが俺らの仕事だ。気にしねぇ事だ」
「悪いな」「お願いします」
佐藤大佐と一緒に艦長に頭を下げた。気にするなと自分の頭を撫でてから艦長が去ったら、佐藤大佐と軽く打ち合わせをする。
そして二時間後。
最初にアメリカ支部と模擬戦を行った。早打ち担当の狙いが、これまでに当たった支部の誰よりも正確で、模擬戦中だったが驚いた。ただし、狙いが正確過ぎる。狙いが正確なのは良いが、逆を言うと必ず狙った場所にしか当たらない。これをどう対処するかで、本人の資質が出る。
しかも、誘導した場所を必ず狙ったので、隙を突くのは思っていた以上に簡単だった。これはもう一機の狙撃担当っぽい方にも当て嵌まり、近づいたらあっさりと墜とせた。早撃ちをやっていた方はもうちょい経験を積めば、井上中佐並みになりそうだ。
これを考えると佐藤大佐は凄かった。狙ったものは必ず当てるが、牽制の場合は当たるか否かのギリギリを狙うと、この二つを確りと使い分けていた。近づかれた時の距離の取り方と対処も、迅速的確だったし。
休憩時間。佐藤大佐とアメリカ支部との模擬戦の所感を述べ合った。
ここでうっかり『佐藤大佐って実は凄かったんですね』と言わないようにした。普段の姿を見ると『大丈夫なのか、この大佐?』って感じなので温度差が恐ろしく酷い。出発が二時間も遅れた原因でもあるから、何とも言えん。
休憩と補充と整備の時間は過ぎ、イギリス支部との模擬戦となった。
「……凄い」
小声で思わず声が漏れる。
イギリス支部との模擬戦は、これまでで最も激しい。日本支部と同じく前衛後衛に分かれているが、この前衛は佐々木中佐並みに凄い。佐々木中佐を例えに挙げたのは、単に真っ当な模擬戦相手が少なく、戦闘スタイルが近いから。
井上中佐との模擬戦は、データ収集を兼ねていたので指示があった上に、戦闘スタイルは中距離で近接を好まない。松永大佐とはやった事が無い。佐藤大佐は遠距離がメインだ。
そんな中で現れた近接戦闘スタイルの機体。パイロットがどんな人物か気になる。でも模擬戦は今回限りで、パイロットと会う事は余程の事がなければ無い。
十分程度が短く感じる。実力が離れた格下でも格上でも無く、近いなって感じの人と模擬戦をする機会は無かった。それは訓練学校に在学していた間もだ。
過去の人生でロボットの操縦経験が在り、経験豊富で教え方が非常に上手な『父の部下の人達』からも色々と教わった。重力下の大気圏内での操縦経験だが、あの時の経験が完全に活きている。例え、宇宙空間のような『無重力下での戦闘経験は無く』ても、『空中戦と同じ』と考えればどうにかなった。
いや、どうにか『なってしまった』が、正しいか。現状を考えると。
だって、少数精鋭部隊の人達からの直々の指導が活きない筈も無い。
教えてくれた人達の平均が高かった(大隊規模部隊のエースパイロットを自称しても文句が出ないレベル)から、『これが出来ないと、こう言う時に困るんだよ』と過去の経験を元に、必要かと思うような事まで教えてくれた。
教わった事を部隊長の父の前で披露したら、皆は滅茶苦茶怒られていた。でも、皆誇らしげで気まずそうな顔をしている人が一人もいなかった。
流石、性格に癖のある面子は誇る点が違う。手綱を握る猛獣使いと化していた父の苦労を見て、どうしようと狼狽えたっけ。
ガーベラの『パイロットの事を考えない』移動速度と機動性を抜きにすれば、機体性能は他支部保有の機体と割と近い。と言うか、ガーベラの製造年月日を考えると『オーパーツ』と『最新機種』の対決と化している。
三十年経っても通用するガーベラを作った面々が凄いのか、それとも他所の支部の開発部がショボいのか。
何とも言えない。
アラームが鳴り響き、通信機経由で模擬戦終了の通知が入った。名残惜しいが、実力的には佐々木中佐に近いから代理人候補はいる。ガーベラを操作して帰艦。ミーティングルームで休憩を兼ねた感想を佐藤大佐と言い合う。
佐藤大佐は『物足りん』と言って憮然とした。佐藤大佐の相手はどちらも遠距離型だったけど、操縦練度の差か、張り合いの無い模擬戦となったそうだ。
確かに自分も、物足りなさを感じた。口に出さずに戦闘中に感じた所感を述べて行く。
「星崎。それではお前も物足りなかったと、言っているようなものだぞ」
「そうでしょうか? 佐々木中佐と井上中佐に近い人達でしたので、『もう一度模擬戦をするのなら断らない』程度だと思いますけど」
「人はそれを物足りんと言う」
「?」
佐藤大佐からの指摘に、『マジで?』と首を傾げた。
このあと、通信機経由で支部長へ報告する為に佐藤大佐と別れた。自分は二十時頃にツクヨミへ出発する。移動時間=時差となっている、それを踏まえてツクヨミへの到着時刻を考えると、何も起きなければ、十五日の早朝から午前中の間に到着する筈。
そう考えて何時でも去れるように、借りている部屋の整理を始めた。
荷物は全て収納機に容れているけどね。