十月定例会議二日目
翌日。会議が行われた。
支部長が取捨選択した情報を聞いた、自分と松永大佐に一条大将と大林少佐を除いた出席者の方々は、突然の情報を聞いてパニックを引き起こした。テーブルを叩いて怒号が飛び交い、喧々囂々とした騒ぎに変化した。同じ四字熟語でも、侃々諤々とした議論を交わして欲しいところだ。
興奮が収まるまでの様子を、事前に知っていた自分を含む五名はのんびりと眺めていた。昨日の午後に追加で作って食べるのを忘れていたクッキーを持ち込んで摘まんでいる。支部長と一条大将と大林少佐にも紙皿に乗せて配った。しかし、移動しても誰も気づかなかったところを見ると、興奮の度合いが解る。
酸欠に陥って落ち着きを取り戻すまでに時間が掛かった。落ち着いたら聞く耳を持ってくれるのはありがたいが、一部は引く程に殺気立っている。再び喧々囂々とした騒ぎが起きるのかと思ったが、機を制するように松永大佐が追加のお酒の事を明かして議論を呼びかけると、満場一致であっさりと決まった。
この人達は、どんだけ酒好きなんだろうかと、内心で引いてしまったのは許して欲しい。あと、ハムステーキとベーコンステーキを求める声が混じっていた。
今夜は酒盛りだと盛り上がっている面々を見て思う。ろくに議論を交わしていないのに、満場一致で決めてしまっていいのだろうか。
「大丈夫なんですか、これ?」
「……何とも言えん」
松永大佐も匙を投げる始末だ。不安になって支部長と一条大将に大林少佐を見ると、こっちも呆れていた。
仮に駄目だったら、独りで行こうかと思っていたから、結果としては良いんだけどね。
もう少し議論させてから、酒の事を明かせば良かったんじゃないかと思わなくもない。でも、満場一致で決まったところ見るに、『もしもあれば賛同する』と皆思っていたのだろう。
推測でしか無いが。
午前中で会議が終わる形になった。情報が幾つか開陳されていないので、何とも言えない。
条件を受ける事で決まったんだから、四の五の言っても意味は無いだろう。と言うか、水を差すのは野暮な気がする。
細かい事は全て支部長に丸投げと、変なところで一致している日本支部の未来は、これで大丈夫なのだろうか。ちょっと心配になり、松永大佐をチラッと見る。
「文句と反対意見は忌憚無く出るし、支部長が強行権を行使した事は無い。他の支部と違い、会議中限定で支部長に言いたい放題言っても、問題にならないのが日本支部だ。緩いと言われても、対立と足の引っ張り合いが幹部間で起きていないだけマシだ」
「不協和音が無いだけマシって事ですか」
「そうとも言うな。全員、先の事について考えていて、一致団結していると言えば、多少は聞こえが良いだろう。物は言いようだがな」
松永大佐の物言いに『そうですね』と、頷いて良いのか非常に悩んだ。
議論すべき事は終わった。だが、誰一人として会議室から去らずに、今夜飲む酒について盛り上がっている。
そんな中、松永大佐が立ち上がったので『帰るのかな』と思った直後、支部長に呼ばれた。何だろうと首を傾げ、手紙の翻訳を終えた事を思い出す。単身、支部長に歩み寄って、端末の収納から手紙の内容の翻訳を書いたルーズリーフノートを差し出す。手紙の枚数が多く、ルーズリーフノートもその分、厚くなった。ノートの厚みを見て、支部長の顔が一瞬だけ強張り、翻訳内容を数文読み脱力した。
「……………………本当に、こんな文章だったのか!?」
「念を押して確認しましたよね?」
長い沈黙を得て出て来た支部長の言葉に呆れる。思わず『そう言ったじゃん』と言いたくなった。困惑してしまうのは解るから何とも言えない。一条大将もやって来て横からノートを覗き込み、何とも言えない困惑の表情を浮かべた。
「頭がおかしいとかそんなレベルでは無いぞ」
「仕切りの後ろに解説も入れました。そちらに目を通して頂ければ、手紙の内容は理解出来ます」
「……無理を言って、済まなかったな」
解説文章の存在を教えると、支部長は目頭を押さえた。
セタリアからの手紙の内容は、ぶっちゃけると『感性が理解出来ないと、理解不能』な文章だった。
自分はルピナス帝国にいた時からの付き合いが有るからか、何となく解る。貴族特有の暈し文句であれば、地球の知識でも理解は可能だが、セタリアの暈し文句はまったく違う。語彙足らずの、幼い子供の感想文に近い。故に、セタリア文章が解読出来る人間は重宝されていた。
だって、『裏拳による一撃を叩き込んだら、当たりどころが悪く下顎にクリーンヒット。空中で綺麗な三回転半を決めてから、地面に叩き付けられた』と言った事が目の前で起きても、セタリアは『叩いたら弾けて回ってベチャァってなった』としか言わない。感性がおかしい事この上ない。
「星崎。録画内容は何だったんだ?」
「手紙の内容と同じです。映像内で本人が言っておりましたし、確認も取りました」
遅れて背後からやって来た松永大佐の質問に答える。すると、松永大佐も一条大将と同じようにノートを覗き見始めた。
映像を見せてもいいが、使用する言葉はルピン語なので、セタリアが何を言っているか分からない。翻訳機を作るのが一番手っ取り早いんだけど、材料と生産工程を考えると……作るのは止めよう。
字幕でも、と考えたが作業工程を考えて止めた。下手な事はしないに限る。
一方、手紙の翻訳文を読み進める支部長と一条大将は険しい顔をしている。
手紙には敵に関する情報だけでは無く、こちらに接触を取る契機となった十年前の出来事についても書かれていた。
他人事には出来ない情報だが――いや、あそこの国が駄目になったのは、自爆が原因だ。希少で高値で売れるからって、調子に乗って『流通に制限を掛けて、販売価格を限界まで吊り上げようとした』馬鹿な所業が原因だし、皆口を揃えてそう言った。『高騰する建材の代用品で作った代物』が、高騰する『希少品の代用品になってしまった』のは、単なる偶然、だと思いたい。
そもそも、開発目的が違う。
希少品の元素配列が珍しかったから、元素配列を同じにしただけの安い材料を使った合成品を作って、実験しただけ……。いや、これ以上考えるのは止めよう。
皇帝本人が『想定の甘い向こうの自滅』と発言したから、自分に非は無い。無いったら無いの。
自己完結をしていると、支部長がノートを閉じた。どうやら読み終えたらしい。
「星崎、意見を聞きたい。言葉の壁をどうやって乗り越えたと思う?」
「言葉の壁」
支部長から意見を求められて、改めて気づいた。
どうやって、コミュニケーションを取ったのか。
向こうの宇宙では広域語のお陰で、通訳は不要だ。自国語と広域語を学べば、どこに行っても困らない。だが、こちらの宇宙では広域語は使用出来ない。『ではどうやって』と考えて、件の連中の使用言語を思い出し、地球のとある国の言語に似ている事に今になって気づいた。
「……今になって気づきましたが、あそこの国の公共語が中国語に似ています」
「中国語!?」「えっ!? ホント!?」
一条大将と支部長がギョッとした。松永大佐は表情を歪める。
「文字は違いますが、単語の響きと意味は似通っています」
ちょっと分かり難い表現だが、三人は納得してくれた。
日本語とヘブライ語が似ていると言われた程度に似ている、と言えば解るかな?
うろ覚えになるが、日本語の『あなた』とヘブライ語の『あんた』の意味が同じだと、『日ユ同祖論』を取り上げた都市伝説系のテレビでやっていた知識を引っ張り出す。
「それが本当なら、確かにコミュニケーションを取るのは可能か」
「向こうの翻訳技術は進んでいますので、別の方法を取っているかもしれません」
支部長が頷いたところへ情報を追加で流す。幾ら似ているとは言え、通じるとは思えない。翻訳機を使っていそうだ。意味だけを『直接脳に伝える技術』は確立されているし。テレパシーの要領で行われるから、大型の機械が使われる事は無い。
「技術が進みに進んだ、向こうの宇宙は凄いな」
「犯罪に使われなければ、確かに凄いですね」
一条大将の感心に、ついボヤキが出てしまった。犯罪組織を潰すのが大変だった、苦労を思い出してしまった。
「支部長。解散しても……そのノートは何です?」
酒と盛り上がっていた面々の一人の男性将官が、気分が落ち着いたのか支部長に声を掛けた。
「手紙の翻訳だ」
「手紙? ……昨日、星崎が貰った手紙ですか?」
「そうだ。知っておくべき情報が含まれているのかもしれないと判断して、翻訳を頼んだ」
「ほぉ~、そうでしたか」
男性将官は一頻り感心してからノートを見た。支部長は将官にノートを渡さず、何故か抱えた。
「閲覧許可は来月以降に出す」
「見せる気が微塵も無いんですね」
支部長の行動の意味を察した男性将官は、落胆して肩を落とした。付き合いの短い自分は『そう言う意味だったのか』と、感心していた。
別に翻訳文章だけなら見せても良いと思うが、正気を疑う文章を見せる必要は無いか。
「星崎。今日はこれで終わりになるが、松永大佐が言っていた酒とはどんなものだ?」
「種類が幾つも在るので、お見せした方が早いですね」
支部長の質問に回答する為に、支部長の前に酒瓶を取り出して並べて、それぞれ何の酒か紹介する。すると、生唾を飲み込む音が何度も響いた。
ノンアルコールのワインとリキュール、その他にワインとリキュール、米酒に果実酒が手元に在る。種類の重複込みで二十本を超す酒瓶を見て、支部長は言った。
「一人一本が無難そうだが、争奪戦が起きそうだな。一人一杯――」
『支部長! 足りません!』
酒好きの面々が、支部長の言葉を遮って叫んだ。
「では、色々と終わった、来月の定例会議が終わったあとにするか」
『ええええええええっ!?』
支部長の言葉を遮った代償は重かった。酒好きからブーイングが飛ぶも、支部長は無視を決め込んで、何故か自分を見た。
「星崎、酒は仕舞っていい。それから、ハムとベーコンの残量はどれくらいだ?」
「ハムとベーコンですか?」
言われるままに酒瓶を全て仕舞い、ハムとベーコンを全部取り出す。双方共に塊しかないので、結構な量が手元に存在する。
「生食と、火を通して食べるのは、どっちが美味しい?」
「適度に焼いた方が美味しいですね。生食用は全て返してしまったので」
「そうか。今から言う数のベーコンレタストマトサンドと軽く焼いたハムチーズのサンドイッチを、これから大至急作ってくれ」
「? 分かりました」
意味の分からない命令だったが、支部長の命令だ。ハムとベーコンを全て仕舞って、大慌てで隊舎の厨房へ向かい、指定数の二種のサンドイッチ作成に取り掛かった。一人当たり何個食べるのかと、聞きたくなる量だった。
そして、午後の会議室。
仁義無き舌戦と模擬戦の果てに、サンドイッチを二種類ゲットした面々は大喜びで食べていた。
『ちっ』
ハムサンドのみをゲットした面々は、荒んだ顔で舌打ちを零す。
両極端過ぎる光景は、反応に困る光景でもあった。
自分はそれを、ハムとベーコンを焼いた際に出た油で作ったスクランブルエッグサンドを頬張りながら眺めた。
ちなみに支部長は、どちらも食べる事が出来なかった。
そのあと、丸一日掛けて月面基地での行動についての打ち合わせを行い、遂に出発する事になった。
セタリアへの返事は、月面基地から戻ってにしてと、支部長からお願いされた。