ビデオメッセージの確認
去って行く大人組を見ながら、『幹部だから会議が荒れても頑張って』とそんな事を思った。空になったワインボトルとリキュールの酒瓶を回収して洗ってから端末内に回収した。あとで魔法を使い乾かそう。向こうの宇宙のものだから、地球に存在しない言語で書かれたラベル付きの酒瓶をそこら辺に捨てられない。ハムのラベルはこっそりと回収して、魔法で塵にした。
松永大佐と別れて自室に戻るが、就寝するにはまだ早い。
端末を操作して、伝言映像を再生させる。布地面積の少ないドレス姿の、青い髪の褐色巨乳美女は、ばちこーんと、ウィンクを飛ばしてから喋り出した。ウィンクの飛ばし方がオネェっぽかった。心の中のおっさん化が進行しているのだろうか。
『やっほ~。久し振りねぇ、クゥ、元気にしてる?』
第一声がこれだった。手紙と同じ出だしなのが気になる。そして、言葉はルピン語だった。
『あ、そうそう。手紙の内容と同じ事を喋るから、手紙を読んでから見るのなら、時間の無駄よ』
こちらの心を読んだかのような言葉が続いた。恐らくだが、自分が気にすると踏んで口にしたのだろう。
一時停止操作をしてから、端末より手紙を取り出す。映像を再生させて、文面と同じである事を聞き流しながら確認する。恐ろしい事に、手紙の文面とセタリアの言葉は完全に一致していた。映像を撮影してから手紙を書き起こしたのか、あるいはその逆かもしれない。
『――それじゃぁ、良い返事を待っているわね』
最後に投げキッスをしてから映像は終わった。反射的に首を振って回避してしまった。癖と言うものの恐ろしさを感じた。そして、この手紙の翻訳依頼を受けていた事を思い出し、ため息を吐く。
お菓子を食べて気を紛らわせようと思い立ち、机の上に貰った品を並べて行く。
「ん?」
茶缶とお菓子に、ハムとベーコン、ノンアルの籠以外に、まだ何か入っていた。恐る恐る取り出すと、出て来たのは二つの籠だった。どちらもサイとティスからだ。メッセージカードの文面を読むと、『賄賂に使え』、『気が向いた時に飲め』と書かれてある。
端末を操作して、収納に通信機以外に何も入っていない事を確認する。どうやら、奥の方に入っていたらしい。
新たに発見した二つの籠以外を全て仕舞い、籠の中身を見る。
全部、酒だった。
それでも、度数は高くて七十五度だ。セタリアに比べると、二人はそこまで酒に強い訳では無い。しかも、一番強い酒でも『下戸でも少量飲めるリキュール』だったので、誰かに飲ませても潰す確率は低いだろう。一番弱い酒はアルコール度数が二十度程度の赤ワインだった。
向こうの酒は品種改良と熟成方法が進んでいるせいか、ワインでもアルコール度数が七十を超えているものが多く存在する。
それを考えると、地球基準で――いや、それでも強い酒が半数以上在るので駄目だな。
「しゃーない。松永大佐に預けよう」
隠れてこっそりと飲んでも良いけど、バレた時が面倒で、預けてしまった方が安全だ。二つの籠を端末の収納に仕舞い、隊長室へ向かう。急な訪問だったにも拘らず、『大事な相談がある』と言えば、松永大佐は何も言わずに迎え入れてくれた。
しかし、十を超す酒瓶を見せると、流石に松永大佐でも唖然とした。
「……まだ存在したのか」
「はい。奥の方へ隠すように入っていました。これ以上は無いのは確認済みです」
「ふむ」
酒瓶を一つ手に取り眺める松永大佐に、酒の種類を説明する。ワインとリキュール、米酒に果実酒の四種類だ。向こうにも日本のお米に近い品種のお米が在った。輸入品で、少し値が張ったけど買って食べた。コシヒカリみたいで美味しかったよ。このお米を使った米麹の甘酒も、美味しかったなぁ。
「メッセージカードには、何と書かれていたんだ?」
久しく飲んでいない甘酒の味を思い出していたら、松永大佐から質問が飛んで来た。懐かしい味を思い出して出て来た唾を飲み込んでから答える。
「何か遭った時の賄賂に使えと、気が向いた時に飲め、でした」
「言いたい事しか無いが、賄賂か」
「酒好きが選んだ品ではありませんが、品質の良いお酒ばかりです。度数が二十度程度のワインも混じっています」
一番アルコール度数の低い赤ワインを掴む。二番目に度数の低い、梅酒に近い果実酒も掴んだ。
「度数が低いのはこの二つです」
「度数が低かろうが、ツクヨミでは十九歳以下の飲酒は禁止されている」
「ええと、松永大佐に預かって頂きたいのですが」
ツクヨミでの飲酒可能年齢は知っている。未だに十五歳の自分が持っていると、誰に何を言われるか分からない。下手すると松永大佐が悪く言われかねないので、引き取って貰おうと考えていた。
「私は酒を飲まない。消費する手段なら在るがな」
「他の方に飲んで頂くのですか?」
「簡単に言うとそうだ。酒瓶を見せても問題の無い人物は、先程食堂にいた面々だけになる。殆ど酒好きだから、飲ませて潰しても問題は無いだろう」
酒好きに飲ませて一括消費。無難と言うか、それでいいな。『潰しても問題無い』の部分に突っ込みを入れたい。
それにしても、松永大佐はお酒を飲まないのか。何か意外だな。ワイングラスを優雅に傾けている様が似合うのに。
「しかし、どれも強い酒ばかりだが、星崎は向こうにいた時に酒をのよく飲んでいたのか?」
「付き合い程度にしか飲まなかったです」
「……付き合い程度なのに、酒を大量に貰うのか?」
「個人的な諸事情で『酔えない』体質になってしまったので、樽で飲んでも酒で酔えないのです」
少し悩んでから、かつての体質を打ち明けた。
諸事情について尋ねられると身構えたが、何も聞かれなかったのでほっとする。松永大佐は僅かに目を眇めて『そうか』と呟いただけだった。
大変宜しくない事情で、毒への高い耐性を身に着けた。その結果、まったくと言っていい程に、酔っ払う事が無くなった。ほろ酔い気分すら味わえない。その為、度数の高い酒を好むセタリアの晩酌相手を高頻度で務めていた。セタリア以外で酒を飲む場合も、うっかり酔い潰さないように気を遣わなくてはならなかった。
結果として、独りでジュースを飲んでいる方が気楽になっちゃたんだよね。
……酒に強いのは転生する前からだったが、以前よりも強くなっている気がする。これも体重と同じ原因だと思いたい。
「酒に関しては、酒好きに飲ませればいい。明日夜に酒盛りが始まる可能性が浮上したが、会議が終わってからにするように言って置く。ハムとベーコンも、その時に一緒に出せば消費されるだろう」
つまり明日、『会議が終わったら酒を進呈するが、終わらなかったら出さない』と、会議で言うつもりなのか。明日の会議で頑張れと言うのは、この事だったのか。知らない他の人達は首を傾げる内容だ。
「明日の会議が荒れそうですね」
「早急に終わるのならば、必要な犠牲だ」
明日を思って呟けば、松永大佐は黒く一笑した。
人参をぶら下げられた馬の如く、酒好きの前に酒と肴をチラつかせる模様。飴と鞭とも言うが。まぁ、何にせよ短時間で決まるのならば、それに越した事は無い。
そう言う事だと、己に言い聞かせて納得した。
酒は端末で保管する事になったが、明日明後日には消費してくれるのならば問題無い。ついでにノンアルリキュールも出せば勝手に消費してくれるだろう。ワインは葡萄ジュース代わりに飲めばいい。
このあと部屋に戻り、菓子の缶を一つ取り出し、食べながらセタリアからの手紙の翻訳作業を行った。