支部長に報告
小走りで松永大佐を追い続けていると、支部長の執務室に到着した。先に到着した松永大佐がドアを開けて室内に入る。そのドアが閉まる前に自分も部屋に入った。珍しい事に支部長は一人だった。口の周りをハンカチで拭いているが、どうしたんだろう?
支部長への挨拶もそこそこに、松永大佐が来訪目的を告げる。支部長は数秒程度悩む様子を見せたが、松永大佐と一緒にモバイルバッテリーについてあれこれと質問をして来た。
モバイルバッテリーに関しては、強引に直接繋げただけなので、そのまま答えて行く。支部長と松永大佐からの質問が尽きた頃、大林少佐と、少し遅れて一条大将がやって来た。
何時ぞやかの面子が勢揃いしたところで、試験運用隊の食堂で起きた事を松永大佐が報告する。
報告内容を聞いて、松永大佐以外の大人三人は顔を引き攣らせて絶句した。特に大林少佐に至っては『信じられない』と言った絶望顔をしている。諜報部のトップだから、知らない間に日本支部を調査されていたと、あとになって聞かされたら確かに嫌か。
そこへ追い打ちを掛けるようで悪いが、セタリアからの手紙の内容を報告する。内容を聞いて、大人四人は何とも言えない渋い顔をした。
「色々と言いたいが、協力が得られるのは大きいな」
「敵勢力に関する情報と、純粋な戦力の提供だけになりますが」
「戦力提供か。数次第だな」
支部長は頷き、一条大将は戦力に着目する。
「聞いた限りでは、三個大隊までは動かせるそうです」
動かせる戦力については自分も気になり、ディセントラに聞いていた。その時に知った数を二人に教える。
「三個大隊も、動かせるのか!?」
「大盤振る舞いだな!」
日本支部のトップ二人が仰天している。声に出していないが、松永大佐と大林少佐も驚いている。水を差すようで申し訳ないが、一点修正事項が在る。
「水を差すようですみませんが、向こうの小隊編成数はこちらと違います」
「「え?」」
動きを止めた大人二人を無視して、解説を入れる。
「向こうでは、一個小隊三機、一個中隊十機、一個大隊五十機の編成です。三個大隊なので、来るとしても百五十機になります」
「少ないな」
「アゲラタムを基準とした部隊編成になりますが、大体どこも同じです。大体一部隊、三個中隊を基準としています。十の部隊が動くと、思って頂ければいいかと」
「……そう考えると、確かに多いのか」
一条大将の感想に解説を入れて行く。
向こうとの感覚の違いについては、理解して貰わないと色々と困る。何しろ、社会の構造からして違う。こっちは民主主義だが、向こうは『一人の統治者の治世が長い方が安定して良い』と言う考えが根強い。不安要素の腐敗政治に陥れば、周辺国からの侵略を招きやすい事から汚職の撲滅は国を挙げて度々行われる。向こうでは『汚職=付け入る隙=仕掛けても良い』と見做されている節があった。中々にシビアな内情だ。
「支部長は向こうが出した条件について、どう思いますか? 受け取った通信機でこちらの判断について、連絡を入れなくてはならないのですが」
ディセントラ経由で『何時でも良い』と言われているが、鵜吞みには出来ない。なるべく早くに返事をした方が良いだろう。
「悪いが考える時間をくれ。他の幹部にも情報を教えなくてはならない」
「それに条件の内容を考えると、我々だけで決める訳には行かない」
支部長と一条大将は考える素振りを見せる事無く、揃ってそう言った。
「私、十日に月面基地へ向かうんですよね? 十日からツクヨミにいないのですが」
忘れられているのかと思って、自分は期限を口にした。困った事に、明々後日に月面基地に赴かなくてはならない。
「いや、明日、明後日と、時間はまだ残っている。二日で決めるしかないがな」
「二日もあれば、大体は纏まる。今回は『受けるか、受けないか』を決めるだけだ」
「ですが、情報の開示量は今ここで決める必要がありますよ」
支部長と一条大将の顔から気合が見えるが、松永大佐からの突っ込みを受けて怯んだ。忘れていた訳では無いんだろうけど、気を削がれた感じだ。
「開示は星崎に関わる点を無くせば良いだけではないでしょうか。『条件に合う協力者を探していて、日本支部がその条件となる課題をクリアしたからこちらに接触して来た。もう一つの課題をクリアしたら協力が得られる』と、これだけ言えばいいでしょう」
「端折っているけど、簡単に説明するのならそうとしか言いようが無いな」
大林少佐の意見に支部長が頷く。一条大将と松永大佐も異論は無いのか、一緒に頷いている。
個人的にも、その説明で十分だと思う。細かく説明するとぐだぐだになりそうだし。
「説明はそれで良いとして、問題は二日で決まるか不安しかない点か」
「決まらんようなら、全員の意見を聞いた『私が責任を持って』決めるしかないだろう」
「そこは支部長ですから、責任を持って頂かなくてはなりませんね」
大人四人で会話は進み、明日に備えた簡単な打ち合わせは終わった。自分も明日の会議に出席する事になったけど、解説が必要だからそこはしょうがない。
支部長が会議出席者に『明日も会議を行う』内容のメールを送り、一先ずの話し合いは終わった。
続いて受け取った手紙と品について説明する。手紙は読めないが、金箔で縁取りされた封筒を見て一条大将と大林少佐がギョッとし、支部長は数秒間動きを止めた。
手紙の文面を見せても、文字が違うので読めず内容を教えて欲しいと言われる。
「物凄くふざけた、あ、いや、物凄く砕けた口調の文面なので、聞いたら書いた本人の頭の出来を疑いますよ?」
「それでも手紙の内容は把握して置きたい」
「正気ですか」
支部長のチャレンジ精神に驚く。あの頭の出来を疑う文章を知りたいって、甘党が激辛料理に挑むレベルだぞ。
「……本気ではなく、正気を疑う内容なのか?」
「書いた本人のおふざけ具合が解る文章です。多分ですが、私以外に誰かに読まれても最初の二単語で読むのを止めるように、敢えてふざけた文章にした可能性が非常に高いです」
「読む気力を奪う為に敢えてふざけた文章になっているのか?」
「恐らくは」
そうでなければこんな文章を書くような人品はしていない。
支部長の言葉を肯定してから、再度手紙の内容を知るか尋ねる。支部長は悩んだ結果、日本語に翻訳したものが欲しいと言い始めた。
「原文のままで良い。割愛も要らん。今後を見据えて、ある程度は把握しなければならない」
「後悔しても責任は取れませんよ」
「そこは仕方が無い。手紙の翻訳にはどの程度の時間を要する?」
「手紙の枚数が多いので、明日中には終わるとは思います」
手紙を封筒から取り出して枚数を数える。ルピナス帝国とディフェンバキア王国以外にも、向こうの国際議会の状況説明も含まれるので枚数は自然と多い。これを全部翻訳するとなると、紙が何枚必要になるのか。ルーズリーフに書けばいいだろうけど、手持ちの残り枚数が心許無い。買い足そう。
「明日か。まぁ、月面基地に出発するまでに終わればいい」
「分かりました」
二日程度の時間があれば終わる。ギリギリになりそうだったら、魔法を使って時間を伸長させればいい。
「星崎、通信機の管理はどうする気だ?」
「端末の平面閉鎖収納に仕舞っています。端末も個人登録をしているので、私以外の人には起動出来ないでしょう」
支部長の問いに返答してから、端末を起動させる。視界の端で大林少佐の目がキラリと光った、ように見えた。平面閉鎖収納の起動画面へ移行、通信端末を引っ張り出し大人四人に見えるように掲げる。
「これが通信機になります。そして、この手順通りでなければ、取り出す事も出来ません」
簡単な説明を終えて、再び仕舞った。
「ふーむ。原理が解らん」「端末も、両腕のブレスレットとベルトに装着する二種類も存在するのか」「装着している間は服に隠れて見えませんね」
食堂で既に一度見た松永大佐以外の食い付きは良かった。特に大林少佐の食い付きが強く、通信機を仕舞ってから端末を外して渡すと目を輝かせた。
「ブレスレットは薄く透明。一見すると、着けているようには見えませんね。ベルトに装着するタイプも小さく、ベルト穴付近で装着すれば違和感が在りませんね」
携帯端末の片方を『ブレスレット』と呼んでいるが、見た目は透明なゴムバンドに近い。ベルトに装着するもう片方も、ハンドメイド雑貨の『Cカン』と呼ばれるものに近い形状をしている。
返して貰ってから再び装着。そこで、未視聴の伝言映像の存在を思い出した。端末を操作して、再生画面にまで移行する。
「星崎?」
「ビデオメッセージが入っていたんです。自動翻訳機を使っているか怪しいですが、手紙を書いた人物の顔を見せる事は出来ます」
端末を操作して再生画面へ移動し、映像が始まるところで一時停止する。そのまま画面を大きくして、大人四人にも見えるようにする。
「手紙の送り主。ルピナス銀河群帝国の十八代目の皇帝、セタリアです」
褐色の肌と青い髪と瞳の『見た目だけは美女』のセタリアを紹介する。画面から見える範囲だが、肌の色に負けない赤く派手で布面積の少ない衣装を着ている。
「皇帝? どこからどう見ても女性だぞ?」
「ルピナス帝国の皇族は、少々変わった特徴を生まれ持つものを皇帝に据えています」
「変わった特徴?」
「はい。生まれ付き『二つの性器を持ったもの』が先代の皇帝の養子となります。どうやっても子供を作る事が出来ないので結婚もしません。見た目は女性的ですが、性別はどちらでも無いので、大雑把に皇帝と位置付けられています」
「性器を二つ持っているって事は、下も生えているの?」
「見た事は無いですが、本人が言うには生えているみたいですよ」
「えぇ~……」
大人四人に簡単に皇帝の事情を説明する。ちなみに、下に生えているのは事実で、先々代の皇帝が教えてくれた。外交で他所の国に行く時の用足しが面倒臭いと、愚痴を零していた。その面倒な点を考えて、自分が代わりに臨時外交官として派遣される事になった、大変嫌な思い出も存在する。自分には『無限の言語』なる特殊な技能を保有しているから通訳要らずだったのよね。こっちの理由の方が強い。
「他に知っていた方が良い情報は有るか?」
「それなら、向こうの宇宙では、『種族ごとに寿命の長さが違う』、地球と違い『王侯貴族社会の国が多い』、王侯貴族は貴族で千年強、王族だと数千年から最大で一万年を超す『長寿種族』で構成されており、その下の平民階級でも数百年の寿命を持つ種族が多いです。共和国や合衆国も存在しますが、国家元首の寿命の長さが違うからか、別の要因が有るのか、小国が多いですね。王侯貴族制の国の方は大国ばかりで、向こうの五大大国も全て王侯貴族制の国です。それから、王侯貴族の寿命が長いのは、『一人の王の治世が長く続くと国が安定する』と言う、考えが広く浸透している結果です」
ぱっと思い付いた事を口にする。ちょっと量が多かったかな?
「地球と随分と違うのだな」
「そうですね。ルピナスの皇帝のセタリアも、一万年近くは生きています」
「え? あの見た目で、数千年も生きているの?」
「はい。ルピナスの皇族は一万五千年程度の寿命を誇る長寿種族で、一万年に一人の割合で皇帝と同じ特徴を持った子供が生まれます」
「地球とスケールが違い過ぎないか?」
「その辺は種族の違いです」
支部長の雰囲気がマダオ化しつつあるけど、今は関係無いので無視しよう。
再生画面を閉じ、端末を落とす。そう言えば、差し入れ品にお菓子が混ざっていたな。明日の会議中に食べて下さいと、二缶ぐらい差し出せばいいだろう。
情報の咀嚼が追い付いていないのか、一条大将と大林少佐から質問は無い。松永大佐は何時でも聞けるからか、何も言わない。
このままお開きとなったが、松永大佐と一緒に退出する前に、差し入れ品の紅茶缶とお菓子の缶を大林少佐に一つずつ渡した。
「差し入れとして沢山貰った内の一つです。独りで消費し切れるか不安なので、皆さんで召し上がって下さい」
「おや、ありがとうございます」
差し入れとして貰った紅茶は向こうで、帝国の城で来客用に出されていたお茶だ。城で書類仕事中にお茶を頼むと、必ずこれが出て来た。
「星崎。渡すのは構わないが、一本三百万越えの酒と一緒に来たそれは、渡しても大丈夫な金額なんだろうな?」
けれども、松永大佐が要らん事を言った。ところで、渡しても大丈夫な金額って幾らなんだ?
動きを止めた大林少佐を見ないようにしつつ、松永大佐に解説を入れる。
「松永大佐。これは購入品ですよ。金額は……、紅茶はお酒の最低金額の三分の一程度で、お菓子は三十分の一ですかね」
「普通に高級品だ」
「紅茶は来客用で、お菓子は香り付けにアルコールを飛ばしたブランデーを使っているから高いだけです」
「そうでは無い」
「送り主が皇帝なので、自然と高額なものばかりになっているだけですね。皇帝が普段から飲んでいる、城で購入している紅茶がそのまま来ているだけです」
「……そうだったのか」
解説と突っ込みの果てに、差し入れの送り主の正体を明かすと松永大佐は黙った。
一方、大林少佐は無言で二つの缶を押し返して来た。
「そ、そんな高級品を受け取る訳には、いかないです……」
「支部長用か来客用にすれば良いだけでは? お菓子は明日の会議に出せば、誰か食べそうですけど」
「……やっぱり、貴女が独りで消費しなさい」
少し悩んだ大林少佐はそう言った。支部長と一条大将を見ると頷いている。
「十缶も届いたので、流石に独りで消費し切るのは難しいです」
「そんなに届いたの?」
「はい。ケースに入れられるだけ入れたみたいで、お酒は全部と、幾つかのハムとチーズ全ては返しましたが、それでも一杯在りますよ」
ローテーブルに差し入れ品を平面閉鎖収納から取り出して並べる。結構一杯在った。
「こ、これで返品した方なのか?」
「はい。これに加えて、二十本を超す酒瓶と十数個のチーズに、ボンレスハムが数本在りました」
「……頑張って減らしたな」
「はい。返品物は全て皇室献上品でした。これらは購入品なので、受け取りましたけど」
支部長だけでなく、一条大将と大林少佐も黙った。
「星崎。十日以降に食べろ。向こうでは、接触人数を減らす為に、戦艦の中で生活して貰う予定だ。月面基地への立ち入りも極力禁止になる」
「そうだったのですか」
松永大佐から提案を受ける。十日出発、十五日にこちらに戻る予定だが、実質六日間もツクヨミから離れる。その間に必要なものが出ても、極力禁止では月面基地に買いに行くのは難しそうだ。事前に購入するしかない。
必要な購入品を考えながら、差し入れ品を平面閉鎖収納に仕舞って行く。その間に支部長と一条大将からの追加情報が入る。
「他支部もそうだが、九月の頭に起きた事を教えると、大抵の奴はそれで納得した。やっと見つかったパイロットに、何か起きては困ると言えば文句は出なかった」
「それに、月面基地で六月に痴漢騒動が起きただろう。これと九月の一件を考えての対処だ。他支部の連中が、艦に乗り込んで来る可能性は低いだろうが、用心するに越した事は無い。九月の被害者は公表していないが、どちらの被害者も同じだからな」
支部長と一条大将の情報を聞き、他支部の動きがちょっとだけ気になった。
自分がガーベラに乗ってから、そろそろ四ヶ月が経過する。情報こそ自分の手元に入って来ないが、他支部は色々と動いているらしい。
「六月のように、他支部はまだガーベラのパイロット探しを続けているのですか?」
「そうだ。やらんでもいいのにな。九月の一件で、パイロットの身の安全に気を遣わなくてはならん状況になった。こうして考えると、損益勘定的には『益』の方が大きいな」
「軍事裁判送りになった七名だが、幸いにも、所属部隊の他のものは誰一人として関わっていなかった。部隊の再編制でどうにかなった」
「他支部の思惑は気にせんでいい。ルピナス帝国だったか? 今はそちらの出した条件を受けるか否かを決める方が重要だ」
「確かにそうですね。明日の会議に星崎も出席させるのですか?」
支部長の言葉を肯定してから、松永大佐が質問を飛ばす。
「そのつもりだ。星崎には決定に必要な情報の提供をして貰わないと、判断が難しい」
「分かりました」
支部長の回答に自分は了解の返事を返した。
「月面基地に出発する時間は十日の午後になる予定だ。準備は午前中までに済ませろ」
「分かりました。あ、ボストンバッグの貸出申請を行いたいのですが……」
了解の応答を返しつつ、必要なものの申請を口頭で行う。
「あー、訓練学校に行った時は貸出だったな。これを機に正式に支給するか」
「ありがとうございます」
こうしてボストンバッグの再支給が決まった。ついでに明日の会議出席も決まった。