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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
私はモブキャラその一の訓練生 西暦3147年6月下旬~7月中旬まで
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遠ざかるモブへの道

 簡易検査及び精密検査で異常無しの太鼓判を貰い、兵舎への道のりをふらふらとした足取りで歩く。戦闘終了後だからか、どこもかしこもバタバタしていた。それでも防衛戦に成功した戦果が原因なのか、誰も彼もどこか浮ついている。

 そのお陰で、ヘルメットを抱えたパイロットスーツの姿で基地内を歩いていても誰にも注目されない。本来ならば更衣室で着替えるところだが、自分は兵舎で着替えたから仕方が無い。更衣室は正規兵用だ。訓練生が使用したら邪魔だろう。本音を言えば、正規兵の方々と顔を合わせたくない。面倒事が起きる未来しか見えない。

 操縦後の疲労は検査の待ち時間で多少は抜けたが完全では無い。部屋に戻ってシャワーを浴びてから寝たい。欲を言うのならば、訓練学校に戻りたい。知らない間に支部長の手で定期便の席がキャンセルされたのは正直に痛い。更に待機命令が出てしまっている。

 あぁ、訓練学校に戻って、怠惰な日々を送りたい。そこまで真面目な生徒でいなかったから、多少だらけても『何時よりもだらしない』程度でどうにかなる筈。

 あと一ヶ月程度で夏休みに入るけど、夏休みの半分ぐらいは『林間学校と言う名の訓練』で潰れる。去年の訓練内容を思い出し、口からため息が漏れた。林間学校の期間は三週間近くも有るから、ほんっとうに嫌になるんだよね。

 シャワーを浴びて一回寝よう。それが良い。食堂から貰って来たパンも何個か残っているし。

 気を持ち直して基地内を歩いた。



「ふぁ~……」 

 部屋に戻り、シャワーを浴びてから一眠りした。思っていた以上に疲れていたのかかなり爆睡した。八時間以上も眠ってしまい逆に頭痛がするようになったが。

 空腹を満たす為に残りのパンをモソモソと食べる。全て食べ終え、胃に優しくないがベッドに寝転がる。

 ぼんやりと天井を眺めて軽く息を吐いて思うのは、十八時間以上前の戦闘で操縦したガーベラについて。

 機体に振り回されての戦闘は、正直に言って疲れた。もう乗りたくない。乗りたくないけど、

「他に候補がいなさそうだなぁ」

 ある程度の微調整が終わっていて、今回の戦闘データで更に調整されるだろう。憂鬱過ぎる展開だ。搭乗する度に精密検査を受けるとか、マジで嫌なんだけど。


 こっちはモブキャラとしていられれば良いと言うのに!

 群衆に埋もれて、無難にやり過ごす予定が、一気に遠ざかったよ!

 

 頭の痛い状況に今後どう過ごすべきか、妙案が浮かばない。

 待機命令が解除されるまで、ここでぼんやりと過ごす事となった。



 「それで食堂で見かけなかったのか」

 久し振りの温かな食事に舌鼓を打ち、口の中のものを嚥下してから高城教官の言葉を肯定する。

「はい。代わりに持ち帰れるパンは全種類制覇しました」

「パンだけでは飽きただろう?」

「五十種類以上も在りましたので飽きませんでした」

「あー、確かに結構な種類が在ったな」

 対面に座る教官から呆れを含んだ視線を貰うが無視。久し振りの温かい特盛唐揚げと生姜焼きの定食に夢中です。特に缶詰めでは無い、温かな汁物が美味しい。味噌汁は本当に良い文化。感動する。

 ここは食堂。それも上級階級の兵士向け。本来ならば、訓練生の立場で食事を取る以前に、立ち入る事すら出来ない場所。しかし、自分が食堂で食事を取っていない事に気づいた日本支部の厚意で、パーティションを使い仕切られた個室(各支部ごとに割り振られている)で高城教官同伴を条件に、ここで食事を取っている。

 高城教官は大盛りの牛丼を食べている。牛丼が盛られた丼――通常の丼の二倍の大きさが有り、金属製だったら調理用の大きいボウルにも見える――の横には、同じ大きさの丼に豚汁が入っていた。体育会系はこれが常識なのかな?

 揃って無言のままご飯を食べ進めていると、視界の端、出入り口の仕切り布が動いた。誰がやって来るのか気になり、茶碗と箸を置いて顔を向けると、四つの丼を載せたトレーを持った四十代半ばぐらいに見える知らない男性が入って来た。服装と日本支部所属で中佐を表す左胸の階級章を見るに日本支部の幹部の一人だろう。その答えは高城教官から得られた。

「! んぐっ……佐々木中佐」

「食堂だから気にしなくていい。そのまま食べていろ」

 慌てて口の中のものを嚥下してから姿勢を正した高城教官を制して、佐々木中佐と呼ばれた男性は高城教官の隣――自分から見て斜向かいに座った。食事を載せたトレーを持っているから食事に来たんだろう。

 とは言え、相手は幹部なので一言断りを入れてから食事を再開する。それは高城教官も同じだ。佐々木中佐はこちらを気にせずに食事を始めた。ちなみに食事内容は、牛丼カツ丼親子丼に豚汁。アレを独りで食べ切るつもりか? 丼の大きさ全てが高城教官並みなんだが。

 沈黙が降り、食事は黙々と進む。定食を食べ終え緑茶を啜りながらデザートの栗羊羹を楊枝を使って食べていると、斜向かいに座る佐々木中佐の手が止まっている事に気づいた。見やれば、こちらを観察するような佐々木中佐の目と視線が合った。

「どうかしましたか?」

「いや。ガーベラを操縦して負傷の類が無さそうで何よりだ」

 そう言って佐々木中佐は食事を再開したが、引っ掛かる物言いに思わず首を傾げる。

 何故負傷を心配されるのか、さっぱり解からん。が、カタパルトからの出撃した時の加速の時に連想したものを思い出し、首を戻して独り納得する。

 ……すっかり忘れていたが、トールギスみたいな機体に乗ったんだよね。

 トールギスも最初の内はパイロットを負傷させてたっけ。今更ながらにやべぇもんに乗っていたんだなと理解する。乗る機会が二度と来ない事を祈ろう。

 ヤバい事実に気づいて内心で冷や汗を掻き、栗羊羹の残りを楊枝で切り分ける。

「そう言えば、中佐もガーベラの操縦経験がお有りでしたね」

 何を思い出したのか。高城教官がそんな事を言った。栗羊羹を切り分ける手が思わず止まる。

「十年以上も前になるがな。テスト操縦した、あの時は酷かった。最初の加速で肋骨が何本か折れた。無事だった部分にも皹が入っていた」

 佐々木中佐の回顧談に楊枝を取り落としそうになった。

「おまけに、不整脈や血管損傷、筋繊維の断裂までもが見つかり、完全に治るまで一ヶ月も掛かった」

 それなりに頑丈だったんだがなと肩を竦めた佐々木中佐だが、負傷内容を聞いて自分は背中に冷や汗を掻いた。予想以上にアレな機体だったのか。マジでトールギスみたいな機体だな。ここまで来ると最早『欠陥機』扱いだろう。作成者は一体何を考えて、こんな設計にしたんだ? つーか、十年以上も前に作られたのか。

 栗羊羹を一切れ切り分けて口に放り込む。程よい甘みと食感が心を落ち着けてくれる。栗羊羹を咀嚼している間も、大人組の会話は続く。

「しかし、中佐も豪胆ですね。『パイロット殺し』と言われたガーベラのテストパイロットに立候補するのですから」

「若気の至りと言う奴だ。佐藤大佐、松永大佐、井上も俺のあとに乗ったな」

「井上中佐で負傷者が十九人目になり、二十人目で誰が乗るか一時話題になりましたね」

 頷いて肯定する佐々木中佐だが、こっちはもう冷や汗が止まらん。

 そんな曰くの付きの機体に乗っていたのかと思うと……もう二度と乗りたくねぇ。

 早く訓練学校に戻りたい。何時になったら待機命令が解除されるんだか。

 心の中で嘆息を漏らしながら、残りの栗羊羹を頬張った。



 待機命令が解除されないまま、更に三十時間が経過した。ほんっとうに、何時まで待機していれば良いのか。前回の防衛戦から二日近くも経っているよ。

 食事は高城教官と一緒に食堂で食べた。日本支部の幹部っぽい人が代わる代わるやって来るから気は抜けなかった。佐々木中佐以外の顔と名前は憶えていないけど。

「……暇だ」

 ベッドの上でゴロゴロする。

 やる事が尽きた。この一言に尽きる。アプリのテストプレイはやり尽くしたし、流石に飽きた。ノートパソコン持って来れば良かったよ……。

 ゴロゴロして、うつ伏せになり足をパタパタさせる。制服に皴が出来ても気にならない。皴伸ばし程度なら魔法で一瞬で出来るし。

「う~ん……。あ」

 唸りながら、何となくスマホを起動させる。動画を視聴するか。そう思ったが、月面基地内の案内図のアプリが目に入った。何となく起動させる。

 月面基地内は特定の場所にしか行き来しないから、他にどんな場所が有るのか全く知らなかったんだよね。どこかにトレーニングルームを始めとした娯楽室系の部屋とか無いかな? 無かった。娯楽系はともかく、トレーニングルームすらないのかよ。

 確かに月面基地は常駐する兵士が少ない。余力のある国の兵士が交代で駐在する基地って扱いだ。でもね、トレーニングルームぐらいは作って欲しかったわ。

 アプリとスマホを落とし、今度はボストンバッグからタブレットを取り出す。入れている電子書籍を読もう。入れているのはプログラミング関係本、料理やお菓子のレシピ集、辞書や辞典、地図、図鑑などしかないが、時間潰しには丁度良い。最終手段は道具入れに容れている本になる。道具入れの本は過去に転生した世界の本だから、迂闊に出して読めない、本棚ごと収納しているこの二点が欠点なんだよね。ブックカバーを付けて読もうにも、内容を見られたらアウトだし。でも、今は個室で独りだから大丈夫かも。入口に背を向けて読めば、本だけは隠せるし。本も今の内に本棚から選んで出せば良いか。

 どんな本を容れていたか思い出していると、スマホが着信を告げた。高城教官からだ。

「はい。星崎です」

『星崎。まだ兵舎にいるな?』

「? はい。いますが……」

 何だろう。非常に不安を煽るような物言いだ。てか、待機命令を出しているのはそっちだろ? 何で居場所の確認をするんだ?

『パイロットスーツを持って、今すぐに更衣室にまで来い』

 正規兵がパイロットスーツに着替える更衣室は各国ごとに分かれている。共用はされていない。男女には分かれてはいるが。

 了解の応答を返すと着信は切れる。何だったんだろうと首を捻るが、タブレットを仕舞い、指示通りにパイロットスーツとヘルメットを手に更衣室に向かった。

 で。

 到着した更衣室の入り口前にいたのは、何故か佐々木中佐だった。益々状況が分からん。壁に寄り掛かって腕を組み、何かを考えているような風体だったけど。

「来たな」

 出入口傍の壁に寄り掛かっていた佐々木中佐は、やって来た自分の姿を見るなり体を起こして歩み寄って来た。緊急時でも無いのに基地内を走る訳にも行かず――普段は危険だからと禁止されている――可能な限りの速足で来たんだが……待たせてしまったようなのに怒る気配も無い。一応、一言詫びる言葉を言う。しかし、佐々木中佐は何も気にしない。どうなっているんだろう?

「これから俺と模擬戦を行う事になった」

 何故? てか、自分の訓練機はガラクタにしちゃったから使えないんだけど。修復作業(オーバーホール)が終わったと言う話も聞いていない。

「星崎。お前はガーベラに乗れ。これはガーベラの操縦データ収集も兼ねている」

 マジで? またアレに乗らなきゃならんの?

「俺は『ナスタチウム』に乗る。装備は訓練用に変更されるが、手加減無しで行くぞ」

 はっはっは、と高笑いしながら男性用更衣室に入って行く佐々木中佐。ちなみに、『ナスタチウム』とは指揮官機の事である。

「どーなってんのよ……」

 口を挿む暇も無く、決定事項だけが告げられた。茫然としていたいが、大慌てで更衣室に入ってパイロットスーツに着替える。髪は急ぎなので髪ゴムと二本足コームを使いささっとお団子状に纏める。

 ヘルメットを抱えて更衣室から出ると、同時に佐々木中佐も出て来た。

「では行くぞ」

「はい」

 先導するように先を歩く佐々木中佐の背を追う。

 正直に言うと、気が重い。やりたくねぇ。正規兵用の量産機『キンレンカ』か、訓練機『アリウム』じゃ駄目なの?

 移動の足音が、思い描いていた今後の理想図から遠ざかって行く音に思えて来て、内心で深くため息を吐いた。

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