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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
動き出す状況と月面基地 西暦3147年10月前半
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待ち時間で、夕食と差し入れ品の開封

 去ったディセントラを見送り、松永大佐に声を掛ける。

「松永大佐。二時間後に戻ってきますので、今の内に夕食を食べてしまいましょう。戻って来たら支部長のところに連れて行きます」

「この状況で、お前の神経はどうなってんの?」

 日本語に切り替えて報告すると、飯島大佐から突っ込みが入り、大人勢が一斉に頷いた。

 何でだろうと思わなくも無いが、食事を取れば二時間なんてあっと言う間に過ぎる。ペットボトルを拾ってごみ箱に捨て、カフェオレを飲む為に使っていたマグカップを片付けて、夕食を取ろう。大人勢の視線を無視して夕食を食べる。

 ディセントラから受け取ったスーツケースは食べてから開封する予定だ。

 ちらりと見ると、大人勢は一度だけ顔を見合わせてから、当初の目的だった夕食を取る事にした模様。松永大佐は夕食を載せたトレーを手に自分の右隣に座る。他の大人勢は、松永大佐が動いたからかそれぞれ夕食を選んで各々の場所で食べ始めた。左隣に飯島大佐がやって来て、正面に何時もの中佐コンビがやって来た。

 夕食は無言のまま進んだ。普段よりも速めのペースで夕食を食べ終え食器を片付けて、少し広い場所にスーツケースを押して移動し、中身を見る為にロック解除の操作を行う。すると、自分の行動に気づいた飯島大佐が声を掛けて来た。

「星崎、ここで開けんのか?」

「はい。酒好きからの差し入れが入っているそうなので、念の為に、今ここで確認しないとあとが面倒です」

「あとが面倒な差し入れって、何だ?」

「お酒と無駄に高級なものです」

 飯島大佐の質問に返答しながら、入っていそうなものを思い浮かべる。

 間違い無く酒瓶は入っているだろう。それも、一本二本じゃ足りない数を入れている筈。ロック解除を終えると、スーツケースの横側が静かに動いて、引き出しが出て来た。一番上の引き出しに入っていたのは携帯端末だ。ベルトに装着するタイプと、ブレスレットタイプの二種四個が入っている。これらは二つを両腰両腕に身に着ける二個セットタイプだ。片方でも問題無く使えるけど、身分証明書代わりだったりと、用途が広いので二種四個持つのが一般的だ。ちなみに、一種類を三個以上持つ人間はいない。

 携帯端末を取り出して、刻印されている文字を見る。向こうで自分が使っていた奴だった。両腕とベルトに装着する。一段目の引き出しを仕舞い、続いて二段目の引き出しを開ける。

 二段目の引き出しに入っていたのは、見覚えの在る三十センチ四方の通信端末だった。充電器も一緒に入っている。見覚えがあるから通信端末を手に取り、裏面に刻印されている文字をを見て思い出す。

 これ、自分が手を加えた一品だ。恐ろしく遠い先と通信をするのなら、確かにこれしかないだろう。通信可能距離的に。

 通信機を近くのテーブルの上に置いてから引き出しを仕舞い、三段目の引き出しを引っ張り出す。

 ここから差し入れ品になるのか、向こうでよく飲んでいた紅茶やハーブティーの茶缶に、お菓子に、ハムとベーコンやチーズが入っていた。お菓子は賞味期限を考えてか、日持ちする缶詰めの焼き菓子だった。真空保存のボンレスハムと塊のベーコンに、円柱型のチーズは絶対に肴だ。と言うか、何個入れているんだ。

 スーツケースを押した時に感じた重さを考えると、入るだけ入れたって感じがする。この分だと、四段目を開けるのが怖くなって来る。

 そして案の定、三段目を仕舞い四段目を引き開けようとしたら重かった。

「重っ」

 思っていた以上に重かった。このスーツケースには重量を軽減する機能が付いているのに、思わず声が出るぐらいに重かった。スーツケースのオート機能を使って引き出しを開ける。

「げっ!?」

 四段目は酒瓶で埋まっていた。数えると、二十本以上も入っていた。

 ……あの、大酒飲み。どれだけ飲ませる気――じゃなくて、自分がどれだけ飲むと思っているんだ? 毒耐性を持ったせいでまったく酔えなかった自分が恨めしい。

 しかも、酒瓶を一つ手に取ってラベルを見ると、皇室献上品だった。確認すると全部献上品だった。酒は全部返品しよう。ディセントラが何を言っても突き返そう。何が起きるか分からない軍の基地で酒は飲めん。

「星崎。どこからどう見ても、酒にしか見えないんだが」

 決心していたら、背後から肩を掴まれた。この声は松永大佐だな。

「お酒ですよ。これが入っていそうだから、返品する為に、今、開けたんです」

 あの大酒飲みは恐ろしくアルコールに強く、アルコール度数九十八パーセントのウォッカを、独りで一本開けて漸く酔い始める奴なのだ。ウォッカとブランデーを混ぜたカクテル紛いなものを愛飲するだけ在って、ザルと言うか、酒に関してはザルを超えた酒樽か何かなのだ。

「基地内でのアルコールの摂取は、色々と制限が有るぜ」

「全部返品するから大丈夫です。これ全部アルコール度数七十を超えている強い酒が殆どなので、差し入れとして支部長に飲ませられませんし」

「そりゃ、飲める奴がいないな」

 後ろより、声を覚えていない男性から質問を受けた。酒は全部返品一択だから心配しなくてもいいぞ。

 返品すると言ったら、肩を掴んでいた手が離れた。どうやら自分が飲むと思われていた模様。これ全部美味しいし、一人で全部飲んでも酔わないだろうけど、日本支部に所属している以上、飲酒の年齢は守る所存です。料理に使う訳にもいかんし。

「なんつぅか、高そうに見えるけど、これ一本幾らするんだ?」

 背後からやって来た工藤中将が、酒瓶の一つに手を伸ばした。手に取ってラベルを見ているが、文字がルピン語が読めない代わりに精緻な飾り瓶の造形を見ている。

「工藤中将が持っているものを日本円に換算すると、……大体五百万から六百万しますよ」

「ボフォッ」

 工藤中将が持っていた酒瓶は赤ワインだった。ラベルに印字されている生産された年代を見ないと判らないが、最低販売金額が日本円にして五百万の、特殊熟成の赤ワインである。年間の生産本数が三百本を超えない貴重な赤ワインなので、自然と高額化していた。このワインの白とロゼは余裕で八百万円に届く高級品だ。

 推定換算金額を教えたら、工藤中将は思いっきり吹き出し、驚きの余り酒瓶を落としそうになった。慌てて両手で酒瓶を持ち直し、恐る恐ると言った感じで酒瓶を元の場所に戻した。周りの大人勢は見える範囲で顔を青くして、スーツケースから距離を取る。

「一番安いのは、これで三百……」

「待てっ、言うな! 聞きたくなぁい!」

 顔を真っ青にした工藤中将は、自分から距離を取り、こちらに背を向け三角座りをしてから耳を塞いだ。

「星崎これは全部、高級品か?」

「間違いなく高級品ですね。最低金額は三百数十万で、一番高いのだと……これで千四百万は超えます。オークションに出品したら、価格は二倍になりますね」

 正面にやって来た、珍しく顔色の悪い佐藤大佐の質問にリキュールの酒瓶を選び取って見せながら答える。すると、大人勢が小さく悲鳴を上げて後退りした。

「このリキュールは、アルコール度数が七十五度を超える強いお酒なのですが、使用するハーブの配合と種類が特殊で、下戸の人でも少量は飲める事で有名なんです。ここの産地の隠れた名産品がハーブティーで、私はそっちばかり買って飲んでいたので、リキュールを購入した経験は無いです」

「……そうか」

「高額化している理由は、生産地が火山の噴火による降灰で、ハーブ畑が全滅したからです。ハーブ畑が全滅する以前に出荷されたものに希少価値が付いて高いのであって、元値は二百万ぐらいですよ」

「十分たけぇよ」

 解説を入れると別方向から突っ込みが入る。酒瓶を戻し、三段目の引き出しを再度開けて、中身を取り出してテーブルの上に並べる。

 お茶とお菓子(ブランデーで香り付けされた高級品だった)は貰って、ハムとベーコンとチーズはどうするかと、少し悩む。差し入れとして手元に来た皇室献上品のハムは、薄切りにしてそのまま生で食べても十分美味しい。ハムステーキのように軽く焼いた方が美味しい、購入品と思しき品種が幾つも入っていた。

 サンドイッチの具材にしようと、幾つかのハムとベーコン(こちらは全部購入品だった)をテーブルの上に並べる。チーズはカマンベールチーズのようなタイプばかりだったので返そう。果物を使ったデザートチーズかクリームチーズが入っていれば良かったけど、入っていなかった。

「星崎。さっきからテーブルの上に並べているけど、何やっているんだ?」

「返品する奴としないものを分けています。消費期限の短いものだけを、受け取る事にしました」

「いいのか、そんな事をして?」

「寧ろ、皇室献上品を差し入れに回す、向こうの神経を疑います」

「……今、さらっと、とんでもない事を言わなかったか!?」

 大人勢から質問が飛び、視線がテーブルの上に集中する。皇室献上品は全部返品するから、心配は要らんぞ。

 紅茶は城の来客用で、ハーブティーは向こうにいた頃にも自分で買って飲んでいたものだから受け取るとして、お菓子も全部購入品だ。チーズは全部、ハムも一部が皇室献上品だったので返品対象だ。

 返品するものと受け取るものを分けて、スーツケースの中身を整理していると、ディセントラが戻って来た。もう二時間経過したらしい。整理の手を止めてディセントラに駆け寄る。

『ディセントラ、どうだった?』

『少々、判断が難しいです』

『あたしが乗らなければ良いとか、その判断も難しい?』

『……申し訳ありません。こればかりは、陛下に判断を仰がなくてはなりません。私の口からは何とも言えません』

『そう。……事前に見せる機会が出来ただけ良しとするか』

『そうですな』

 結果は良くなかったが、二度手間だけは避けられた模様。あとは支部長への説明に付き合って貰い、スーツケースの引き取りだけお願いしよう。

『そちらは……何をしていたのですか?』

 ディセントラの視線が背後へ向かう。視線の先には、未だに三角座りのまま耳を塞いでいる工藤中将がいた。

『差し入れ品に皇室献上品が混じっていないか確認していたの』

『左様でしたか。見たところ、出ている品以外は献上品だったのですね』

『そうだよ。お茶とお菓子と、肴の三割以外は皇室献上品だった』

『陛下も陛下ですな』

『皇室献上品をあたしが受け取る訳には行かないから、残りは引き取って』

『承りました』

 ディセントラは文句を言わずに了承した。一緒にスーツケースの許に移動し、残りの整理を終えてから引き渡す。

『これからここの支部長会いに行くんだけど、一緒に付いて来て貰ってもいい?』

『申し訳ありません。陛下より、『上役に該当する人間になるべく会うな』と指示を受けております』

『なら、手遅れだね。今日はね、上層部の人達が集まる定例会議の日で、会議室からの最寄りの食堂がここなんだよ』

『……痛恨の極みとは、この事を言うのでしょうな』

 少しの沈黙を挟んでから、ディセントラは天井を仰いだ。心の底から嘆いているように見えるのは気のせいかね?

「星崎、さっきから何の話をしているんだ?」

 ディセントラが嘆いている様子を見ていると、こちらの様子見をしていた大人勢の一人、飯島大佐から質問を受けた。

「支部長のところに一緒に行って欲しいとお願いしていました。上役に会うなと言われていたそうですけど」

「それは、連れて行かない方が良いんじゃないか?」

「自分以外の皆さんは上層部の人間ですよね?」

「……そうだったな」

 指摘したら飯島大佐は仏頂面になった。珍しい事に、飯島大佐自身も上役に該当する事を忘れていた模様。他の大人勢はどうしたものかと顔を見合わせている。その隙に端末を起動。電子画面を空中に表示させ、受け取り品を仕舞う為の平面閉鎖収納機能の起動操作を行う。

 だが、その途中で伝言映像が残っている事に気づいた。ディセントラに話し掛けて、何の伝言映像か尋ねるも『知らない』と返された。これでは直接見ないと分からない。ならば、先に仕舞うものを仕舞ってから見よう。

 平面閉鎖収納機能を起動させ、手紙を含む受け取った品を入れる。この機能は端末内の平面拡張閉鎖空間に、指定内の大きさと重さの物品が仕舞える――自分が持つ道具入れを科学的に再現した一品だ。先史文明時代からあるものだが、アゲラタムと言った兵器には搭載されていない。禁止されている訳では無いが、現時点での収納量は大体二メートルの立方体の空間に十キロまでしか収納出来ず、これ以上の容量を誇るものは未だに創れていない。オニキスに搭載している収納機は、自分が作ったものなので、製造方法からまったく違う代物だ。その為、数十トン単位のものも収納出来る。

 続いて、伝言映像を記録の再生表示画面に移動する。ここに移動して漸く、伝言映像が誰からのものか判明した。

 ルピナス帝国の皇帝セタリアからだった。

『おや、陛下からのものでしたか』 

『ディセントラも、心当たりは無いんでしょ。試し保存用か?』

 横から見たディセントラが驚いていた。持って来た本人が驚いている。と言う事は、セタリアが独断で入れたのだろう。

『あとで見るけど、ディセントラは支部長に会っちゃいけないんだっけ?』

『上役に会うなとしか言われておりません。上役の範囲がどこまでになるかで決まります』

『ん~、『上役に会うな』だけだと、『上官か部署で指示を出す人間に会うな』って意味になるけど、範囲がちょっと微妙だな』

 電子画面を閉じながら、もう一度ディセントラに確認を取るも、何とも言えない微妙な答えが返って来た。けれど、ディセントラにはやって貰う事が在るので、そろそろ帰らせよう。

『でも、セタリアに聞いて貰う事が出来たから、そろそろ行って良いよ』

『良いのですか?』

『下手に上の人間に会わせて、セタリアから文句言われる方が面倒だからね。あ、返品物も忘れずに持って行ってね』

『分かっております』

 ディセントラは自身の端末を操作し、平面閉鎖収納を起動させて、スーツケースをそこに仕舞い込んだ。大きなスーツケースが一瞬で消える様を見て、一部の大人勢は驚きで小さく声を上げている。

 ディセントラは自分に軽く頭を下げると、再び宙に消えて、今度こそ去った。

「松永大佐、支部長のところに行きましょう」

 彼を見送り、当初の予定だった支部長の呼び出しに対応しようと意識を切り変えて、松永大佐に声を掛ける。

「……そうだな。支部長への報告内容の抜粋連絡は、明日にすればいいか」

「つまり、明日も会議をやるって事か」

 松永大佐の判断に、一部からげんなりとした声が上がる。会議出席者としては休みたいんだろうね。支部長に判断を丸投げすれば良いと思うけど。

「会議と言っても短時間で済むでしょう」

 松永大佐は適当に返すと食堂から出て行った。自分もそのあとを追った。


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