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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
動き出す状況と月面基地 西暦3147年10月前半
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弁明の手紙が届いた

 アゲラタムの装備の選択は非常に悩んだ。長剣砲以外の装備は長剣二振りと拳銃で良いかな? オニキスにも搭載した収納機が欲しいぜ。

 夕食には少し早い時間だが、十八時過ぎに無人の食堂に戻り、練乳MAXコーヒーで作るカフェオレを飲む。微妙に余りそうだったから、牛乳少な目だ。

 六時間毎に三度届けられるのか、夕食は既に届いている。まだ食べる気にならないから、取りに行っていない。

「ん~……」

 演習場から食堂に移動する途中、妙な視線を感じた。気のせいであって欲しいが、確認せねばならない。テーブルに背を預ける形で座ったまま振り返り、何時もの癖で『二回叩いたら一拍開けて、一回叩く』の拍子で手を叩く。

 

『お久しゅうございます。三百と四十四年振りです』

 

 すると、無人だった食堂に執事然とした服装の老人が出現した。傍にはデカいスーツケースが在る。身長百七十半ばのディセントラの腰並みの高さだ。

 記憶の中の彼と同じく、撫で付けた白髪とモノクルは変わっていない。久し振りにルピン語を聞いた。自分は『無限の言語』なる技能を持っているから、変換されてしまうので日本語にしか聞こえない。

『誰かと思えばディセントラだったか。……久し振りだし、色々と言いたいけど、皇室直属の諜報部の頭が、何でここにいるのよ』

 やっぱりか、と内心で嘆息した。

 自分の反応を無視したディセントラは、傍にやって来るなり懐から一通の群青色の封筒を取り出した。頭を下げて、両手で封筒を捧げるように差し出して来た。

『セタリア陛下より、手紙を預かっております』

『? セタリアから?』

 疑問符を飛ばしつつ、ディセントラから封筒を受け取る。金箔で縁取りされた封筒の裏を見ると、ルピナス帝国の皇帝でなければ使えない蝋封緘で封がされている。ディセントラが続いて差し出して来たペーパーナイフを借りて開封する。

 手紙を取り出して読むが、文章は恐ろしく砕けた(ふざけた)口調で書かれていた。他国とやり取りする訳では無く、個人的な知り合いに向けて書くものだとしても、『もう少し丁寧な文章で書けよ』と突っ込みを入れたくなった。目の前にいたら無言で額にデコピンを放っていただろう。

 だが、その内容は砕けた文章の割に、自分が知りたかった、全ての情報が書かれていた。二度も読み直して情報を咀嚼した。

『ねぇ、手紙の中身って事実なの?』

『事実でございます。ディフェンバキア王国と共に三ヶ所で調べて裏を取り合った結果です』

『わー、最悪』

 ディセントラに確認を取れば『事実』と即答された。てか、さり気無く皇室直属諜報部と帝国諜報部を同時に動かしたって言われたよ。齎された情報と、己が持っている情報を掛け合わせて、これから起きうる事について考える。

 このまま『膠着状態が更に百年以上続く』のならば、起きるのは最悪の展開となる。それは間違いない。だが状況の打破は、『今の地球技術』だけでは難しい。口出ししたくは無いが、支部長に報告と具申するしかないか。

 冷めた飲み掛けのカフェオレを一気に飲み、どうしようかと悩む。

 セタリアからの提案は正直に言ってありがたいんだけど、難しいな。

 再び手紙に視線を落とし、ふと浮かんだ疑問をディセントラにぶつける。

『ねぇ、こっちに来るとしたら誰が来るか判る?』

『恐らくですが、サイヌアータ殿になるでしょう』

『サイが来るのか』

 サイヌアータこと、サイは地球の国連防衛軍で言うと、各支部長とほぼ同じ地位にいる男だ。

 ただし、ルピナス帝国は十数個の銀河から成る超デカい国なので、軍部も自然と大きくなった。一つの銀河を一つの支部として扱っている。サイは十数個存在する支部のトップの一人だ。しかも、首都惑星が在る銀河の支部長なので、軍部の中でも上位にいる、とっても偉い人なのだ。

 複数の足音を聞きながらそこまで思い出して、別の事に気づく。

『あれ? サイが来るって事は向こうの兵はあんまり動かせないのか?』

『三個大隊までは動かせると陛下が仰っておりました。軍の上層部の会議で決まった事ですので、信頼しても良いかと』

 地球の一個小隊は五機だが、ルピナス帝国を含む向こうの宇宙では一個小隊三機と違っている。

 向こうの宇宙では、十機で一個中隊(三個小隊の九人に中隊長を入れた十人編成)となり、五十機で一個大隊(十六個小隊四十八人と大隊長と副大隊長の二人を入れた五十人編成)となっている。何故こうなったかは知らない。先史文明時代の名残だ。

 この計算で三個大隊だと、百五十機もの機体が動かせる計算となる。どこの部隊を動かすは知らないが、サイは帝国軍首都銀河支部の支部長だ。多分そこから動かすんだろう。簡単に動けるような人間では無いし、命令系統を考えると他の選択肢は無いな。

 ちなみに地球だと、一個中隊二十機、一個大隊百機編成となる。

 実際に動く人数を計算し、どこかで人数を減らせないかと考える。

『流石に機体の提供は厳しいよね』

『いかにククリ様からの要請でも、陛下は断るでしょうな』

『向こうは技術の流出系に結構厳しいし、期待はしてないよ。貸し出しも無理だろうし。ま、どの機体を借りるかで揉める未来しか見えないから、しょうがないか』

 手紙を折りたたんで封筒に戻す。そして、入り口方向を見ると、松永大佐を始めとした会議の出席者達がいた。全員場違いな執事恰好のディセントラを見ている。

 スマホで時刻を確認すると、十八時半過ぎ。先月は十九時半近くだったから、まだ大丈夫だと思っていた。荒れると聞いていたからもう少し時間が掛かると思っていたけど、早くに終わったんだね。

 会議が終わったのなら、支部長も手隙の筈。

「松永大佐。支部長へ至急の報告が出来ました。支部長は執務室に向かわれましたか?」

「佐久間支部長は確かに執務室にいるだろうが、至急の報告とは何だ?」

 スマホをポケットに仕舞い立ち上がり、日本語に切り替えてから松永大佐に報告する。松永大佐は自分の傍にいるディセントラにチラチラと視線を向けながらも、質問して来た。

「知り合いから届いた手紙に、敵勢力に関する情報が書かれて在りました」

 群青色の封筒を掲げて言えば、未だに入り口周辺にいる大人組がギョッとする。松永大佐は無言のまま、一瞬だけ険しい顔をした。

「手紙の内容を報告して、処々色々と具申をする必要が有ります」

「具申?」

「はい。手紙の情報を考えると、返事を書く必要も有ります。持って行って貰うので、支部長に至急で色々と決めて貰わなくてはなりません」

 そこまで言い切ると、松永大佐は瞑目し、腕を組んで何やら考え始めた。その隙に別の事を考えていた飯島大佐が口を開く。

「星崎。その手紙の内容は信用出来るのか?」

「敵勢力に関する情報に関して、ツクヨミに居ながら裏取りをする事は現状では出来ません。ですが、立場的に私に虚偽情報を流せない人物からの手紙なので、信用しても良いでしょう。それに三ヶ所で調べた情報です。諜報部の規模も非常に大きく、互いに裏取りし合った情報ですので、疑っても意味は無いですね」

「いや、お前に偽情報が流せないって……」「おめぇの立場はどうなってんの?」

 回答すれば、質問者の飯島大佐は絶句し、工藤中将と高橋大佐が慄く。確かに帝国での地位は高かった――と言うか、諸事情で婚姻出来ない皇帝の女房役をやらされていた――けど、慄く必要は無いでしょ。意味が違うのか?

 考えを纏め、目を開いた松永大佐から再び質問が来る。

「星崎。手紙の情報開示をここで出来るか?」

「開示は出来ますが、支部長に情報の取捨選択して貰ってからの方が、皆さんの混乱は少ないと思います」

「そこまで大量に存在するのか?」

「はい。タイミングを見て『裏切らせる前提で協力させていた』敵勢力の内部事情の諜報を行っていたところより、支援していた組織の事まで書かれて在りました」

『うわぁ……』

 セタリアの判断で協力していたディフェンバキア王国の行動を口にすると、殆どの大人が慄いた。間諜の裏切りはよくある事だと思うんだけどね。

「提出物についての質問が有るから、夕食を取ってから連れて来いと佐久間支部長に言われていたんだが……」

「そうだったのですか」

 食事休憩を挟んで呼ばれていたのか。どうするかを考え、ふと、ディセントラに確認を取らなくてはならない、大事な事を思い出した。セタリアが提示した条件に抵触するようなら、別の方法を考えなくてはならない。ルピン語に切り替えて、ディセントラに質問する。

『ディセントラ。こっちで回収して修理したアゲラタムは使っても大丈夫?』

『おや、修理されたのですか。何機修理されましたか?』

 ディセントラは質問を受けて、怪訝そうな顔をした。だが、それも一瞬の事で、質問の意図を理解して修理機体の数を聞いて来た。

『色違いのジユ一機と、アゲラタム七機。回収された時期は知らないけど、ここ百年の間なのは判明している』

『ふむ。それだと、製造年月日が何時かにもよりますな。調べて陛下に報告し、判断を仰がねばなりません』

『全機演習場に置いて在るよ。場所は解る?』

『調査済みです』

 何時もの事だが、見事だった。そこまで調べ上げている辺り確りしている。

『分かるなら、お願い。それと、返事待ちで何時までこっちにいられるの?』

『通信機をお持ちしました。手紙の返事はこちらをご利用ください。時間は何時でも良いとの事です』

 そう言って、ディセントラは傍に置いていたやたらと大きいスーツケースをこっちへ押しやった。近くで見ると自分の身長の胸ぐらいの高さが在り、横と奥行きも腕の長さぐらいは在る。ちょっとしたカート並みの大きさだ。少し押すと見た目以上に重かった。

『大きいけど、何が入っているの?』

『通信機と端末に、陛下からの差し入れです』

『差し入れ? 酒好きからの?』

 酒好きからの差し入れ。嫌な予感しかしない。酒瓶と肴が大量に入っていそうだ。セタリアが保有する、殆どの酒は皇室献上品ばかりで、個人購入品は少ない。

『はい。受け取りの署名をお願いします』

 首肯したディセントラは懐からペンを取り出した。差し出されたペン――よく見ると、ペン先にインクボールが無いタッチペンだった――を受け取り、続いて宙に出現した空中ディスプレイ(向こうでは電子画面と呼んでした)にルピン語で『ククリ・サカヅキ』とサインし、ペンを返す。

 ディセントラは受け取ったペンを懐に仕舞うと頭を下げた。その姿勢のまま、すぅっ、と宙に溶けて消えた。案の定と言うべきか、井上中佐の悲鳴が聞こえ、他の大人勢からも動揺の声が上がる。自分はと言うと。ディセントラが姿を消すなりすぐに、テーブルの上の空のペットボトル容器を掴んで全力で投げる。

『――あたっ』

 軽いペットボトルは回転しながら放物線を描いて、何かにぶつかり床に落ちて、二度軽い音を立てた。同時に声が上がり、入り口付近でディセントラの姿が視認出来るようになる。大人勢は、ディセントラの姿が近くに現れた事で、ギョッと目を剥いている。その中で、驚きの余り運悪く床に落ちて転がるペットボトルを踏んで転ぶ人も出た。誰かと思えば、青い顔をした井上中佐だった。

 コントみたいだと内心で感想を呟き、ホラーが駄目な井上中佐を視界に収めてから、ディセントラに文句を言う。

『幽霊と勘違いされるから、去るなら普通に行きなさい』

『……老骨にこの仕打ちをしておいてその発言。相変わらずですな』

『老骨って、あたしからすると子供同然の年齢でしょうが』

 ペットボトルが着弾した頭に手を添えたディセントラより上がった苦情を却下した。約三百五十年経過しているのなら、ディセントラの年齢は八百歳強だ。三万数千年も生きた自分からすると、何十分の一になるのか。ちょっと気になった。

『調べ終わったら、一回ここに戻って来て。先に確認してからの方が、セタリアとの通信の時間は短くなる』

 通信機がどんなものか知らないが、宇宙を超えて通信を可能とするものだ。使用する電力は予想以上に多くなる。節電した方が良いだろう。

『左様ですか。……では、二時間程お時間を頂戴します』

『二時間ね。必ずここに戻って来てよ』

『分かりました』

 ディセントラは開いた自動ドアを通って、今度こそ普通に去った。


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