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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
動き出す状況と月面基地 西暦3147年10月前半
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十月の定例会議初日

 十月の定例会議当日。

 先月は午後からだったが、今月は午前中から行うそうだ。今月は先月以上に荒れる事が、開始前から確定しているらしい。そんで先月同様、会議室に最も近いここに出席者が来る可能性が高いから、『誰が来ても驚くな』との事だ。

 驚くにしても、そろそろネタ切れだと思うんだよね。言えないから松永大佐に素直に『分かりました』とだけ返した。

 仕事も割り振られなかったから、午前中はのんびりとクッキーを中心としたお菓子を作る。自分用のコーヒー牛乳プリンも忘れずに作った。松永大佐に渡す差し入れのサンドイッチも。

 時刻は十二時になり、松永大佐の推測通りになった。試験運用隊の食堂に来なかったのは、支部長と大林少佐、一条大将と神崎少佐の四名だけだ。

「月面基地でも、模擬戦を行うんですか?」

「ああ。ツクヨミでやってるってのを知った月面基地駐在兵(向こうの連中)が希望を出して来たそうだ。出発は十日だから明日じゃないぜ」

 知らされた情報に驚くと、正面右に座り焼き餃子を食べる飯島大佐が肯定した。両脇の佐々木・井上中佐コンビと正面左の松永大佐は無言でお昼を食べている。今日のお昼は冷めると美味しくない中華系だった。佐藤大佐は離れたところで工藤中将達と食べている。自分は現在、熱々の肉まんを食べている。

「佐々木のところで起きた、一騎打ちの申し出は受けなくていい。『俺の方がもっと巧く操縦出来る』って、意見は全て却下したが、まだ湧くんだよなぁ」

「加速に耐え切れるのなら、交代しても良いのでは? 私はジユか、アゲラタムに乗れば良いだけの話ですし」

「それを考えると交代しても良さげに見えるが、殆どの奴の耐G訓練の成績は『星崎の半分以下』で、湧いて来た奴も例に漏れないから却下した。最高で六割程度は居るが、同じ六割成績の松永で、六割程度の速度しか出せないところを見ると、交代は難しい」

 飯島大佐の発言に思わず『ん?』と首を傾げる。

 殆どの奴の成績は自分の半分以下って。しかも、松永大佐で自分の六割の成績? 噓でしょ?

「星崎の耐G訓練成績は日本支部過去最高だ。重力制御機を入れ替えたとは言え、星崎が十割で、松永は星崎の六割の速度しか出せていない。耐G訓練成績で出せる速度が推測可能である以上、不要な負傷者を出す訳には行かねぇ」

 飯島大佐の言い分は解る。でもそんな事よりも、自分で日本支部最高成績のところに驚いた。

 確かに、耐G訓練をする度に教官達が驚いていた。毎回訓練を終えると『精密検査を受けろ』と、医務室へ教官に担がれた状態で連れて行かれるから、はっきりと覚えている。結果は『知らない方が良い』って、教えて貰えなかったけど。

 重力魔法を使う身なので、重力が齎す負荷には慣れている。重力の負荷に慣れないと、重力魔法による疑似飛行が使えなかったのだ。慣れるまでは制御ミスで……今思い出すのは止めよう。

「結局、本命の重力制御機は完成しなかったのですか?」

「しなかったな」

 飯島大佐の返答は無情だった。思わず肩を落とす。これは手製の奴を支部長に渡すしかないかと、考えながら玉子スープに口を付ける。

「開発部ツクヨミ部署は最低でも、あと一年程度は使いものにならん。期待するだけ無駄だ」

「……左様ですか」

 麻婆豆腐を完食した松永大佐が、空になった器にレンゲを置いてからそう言った。開発部が使いものにならないって、結構致命的だと思うが……良いのか?

 左右と飯島大佐を見るが何も言わずに食事に集中している。松永大佐も箸を手に取り食事を再開した。揃いも揃って興味を無くした模様。開発部に憐みを覚えるが、それだけの事を既にやっているからフォローのしようがない。

 お昼が少し冷めて来たので、自分も止めていた食事の手を進める。

「開発部の今後はともかく、星崎が気にしても意味無いぞ」

 一味唐辛子を大量に投入して真っ赤にした、毒々しい麻婆豆腐を完食した井上中佐がそんな事を言った。ホラーが駄目で繊細な性格なのに、辛いものは平気らしい。

「そうだな。支部長が追い込んでるから、その内落ち着くだろ」

 山盛りの油淋鶏(ユーリンチー)辣子鶏(ラーズーチー)を崩しに掛かっている佐々木中佐もそう言う。傍で転がるタルタルソースのチューブ容器は何に使ったんだろう。

「……八月の下旬初め頃に、本命の重力制御機を『ある程度形にさせる』と、支部長が仰っていたんですけど、結局どうなったんですか?」

「一ヶ月以上が経過しても音沙汰が無いから、諦めるしかない」

 パイナップル入りの酢豚を食べていた松永大佐の言葉に、残りの大人三人が沈痛そうな顔をした。頭痛を誘う現実に、逆に手製のものを渡す決心が着いた。

「松永大佐。支部長に渡して欲しいものが在るのですが、お願いしても良いですか?」

「構わないが、先ずは私に見せろ」

「分かりました」

 良し。約束は取り付けた。魔法を使って急速充電してから渡そう。それで終わる。ミッションコンプリートだ。残りを食べ終える為に、食事のペースを上げた。

「星崎。お前は何を作ったんだ?」

「あとで見せます」

 興味を引かれたのか井上中佐に内容を聞かれたけど、内容は言えない。

 昼食を平らげ食器を片付けて、部屋に戻る。道具入れに仕舞っているけど、魔法を使って急速充電をするのだ。人目が無いところでなくては出来ん。

 道具入れから布で包んだ、重力石を無理矢理モバイルバッテリーにくっつけたものを取り出す。包みを解いたモバイルバッテリーを、雷属性の魔法で急速に充電して食堂に戻る。無断でこっそりとやっていた事を報告する事になるが、現状を思うに、背に腹は代えられん。これでも七分半しか使えないから、どうしようか。

 松永大佐に提出しお小言は無かったが、代わりにアイアンクローの要領で頭を掴まれた。

 支部長以外で重力石の存在を知っているのは松永大佐だけだ。他の面々は『何これ?』と言った感じで魔改造モバイルバッテリーを見ている。食事を終えているのに、誰も触ろうと手を伸ばさないのは何故だろうね。松永大佐の手に在る訳でも無いのに。

 食事を終えた殆どの人は、食後のコーヒー片手に午前中に焼いたクッキーを貪っている。モバイルバッテリーよりもクッキーへの関心が強い。特に佐藤大佐は一人で平らげる勢いで食べている。冷蔵庫のプリンが無事だから問題は無いけど。

「色々と言いたい事しか無いが、これで何分使えるんだ?」

「七分半です」

「……思っていた以上に短いな」

 自分の頭から手を離した松永大佐は、モバイルバッテリーを手に取り、無理矢理くっつけた重力石を険しい顔で見る。

「このモバイルバッテリーはどこで手に入れた?」

「最寄りの中央購買部です」

「あそこか」

 質問に答えると、松永大佐はモバイルバッテリーをテーブルの上に置いて何やら考え込み始めた。

「星崎。お前は会議期間中に、トラブルを必ず引き起こさないと気が済まないのか?」

「開発部が真面目にお仕事をやっている確認が取れて支部長の言葉通りに成果が出ているようなら出す気は微塵も無かったです」

「……そうか」

 工藤中将の質問にノーブレスで答える。ちょっと引かれたけど無視する。

 返答通りに出す気は無かった。状況的に『これは出すしかないか』と諦めただけだ。

「いっその事、開発部のツクヨミ部署内にもう一個部署を作って、星崎の正式所属をそこにした方が良いんじゃないか?」「支部長が許可しないだろ」

 こそこそと話し声が聞こえるが、これらも無視。何でもかんでも自分がやるのは色んな意味で不味いと思う。先史文明は魔法と科学が混じったもので、自分が魔法を使って、創り出したものは漏れなく『先史文明の遺産』と誤認された。誤解を解くのが大変だったよ。

「支部長に提出して判断を仰ぐ事になるが、今後は『興味本位で行う事』でも必ず申請書を出せ」

「……はい」

 考えを纏めた松永大佐に再び頭を掴まれ、釘を刺された。そこまで? と、思わなくは無いが、やっている事は地球の技術では不可能な事だからね。支部長に隠蔽工作をお願いするところまで考えると、申請は必要か。

 昼休憩が終わる頃に、午後の予定を聞かれた。仕事が割り振られていないし、お菓子を作るにしても時間を潰し切るのは難しい。

「演習場でアゲラタムの装備の確認を行おうかと思っています。武器を持って動くだけですが」

 支部長よりアゲラタムを一機専用機に改造して良いと言われて、既に一ヶ月以上の時間が過ぎた。殆ど進んでいないけど、装備を変えるだけでどうにかなるからと若干放置気味となっている。

 加えて半月以上も演習参加をしていたから時間が殆ど取れなかった。

「ならいい。引き続き、区画から出ないように」

「分かりました」

「良いのかお前?」

 自分と松永大佐とのやり取りを見た、会議出席者の男性中佐にそんな事を聞かれた。

「必要なものは纏め買いする癖を付けていたので、購買部に出向いて買うものは無いですよ」

「そう言う意味じゃねぇよ」

 意味が違った模様。解釈違いか? ここから出てのトラブル発生率は割と高い。誰かとやり取りする必要も無いし、引き籠っていた方が安全で平和だと思う。

「星崎。その年で枯れるのは、幾らなんでも早いわよ」

 草薙中佐の発言に女性陣だけでなく、室内にいた殆どの面々が頷いた。

 何の事? と言わんばかりに首を傾げると視線が松永大佐に集中した。

「何でしょうか?」

「他所の隊と交流させようって思わないの?」

「星崎の表向きの扱いを考えると無理でしょう。それに年が近いと言っても、最低でも四つは離れています。それに、支部長が許可を出すとは思えません」

「……そうだったわね」

 松永大佐の回答に、女性将官は諦め顔で天井を仰いだ。

 他所の学校に転校したと公表された訓練生が、正規兵の軍服を着て基地にいるのは……流石に問題しかない。

「それに、訓練学校での星崎の扱いを見るに、他所の隊と――特に事情を知らない女性兵との交流は避けた方が賢明ですね」

「そこまで言うの!?」

 驚く女性将官に松永大佐は首肯した。佐藤大佐と飯島大佐も同様に頷いている。

「午後に訓練学校に出向いた時の事を報告するから待ってくれや」

「そうだな。別の意味で凄かったしな」

 同行者二名の言葉を聞き、自分と松永大佐以外の全員の口から、ため息が零れた。



 休憩時間を終えて、大人勢が食堂から去った。

 冷ます為に厨房に置いていた大量のソフトクッキーと軽食のサンドイッチをバスケットに入れて、出発前の松永大佐に差し入れとして渡した。

 一人取り残されたような形になるが、気にせず冷蔵庫に入れていたプリンを持って来て食べる。

 うん。美味しい。練乳MAXコーヒー、良い仕事しているよ。食べ終えたらカフェオレも淹れる。

 午後の予定として、演習場に行くとは言ったものの、実際の予定は存在しないにも等しい。つまりやる事が無い。時間潰しの方法は存在しても、予定は無い。部屋で個人勉強をして時間を潰しても良いけど、本当にやる事が無いな。

 演習場に向かう前に、追加のクッキーを焼く。午前中に焼いたものは佐藤大佐を筆頭に男性陣の手で全て無くなった。女性陣よりも男性陣の方が食べていたので、ちょっと引いた。飯島大佐と松永大佐は数枚程度しか食べなかったけど。この二人は甘いものが駄目なのかと思うが、苦手なのは飯島大佐だけだろう。でなきゃ、松永大佐のように苦いコーヒーゼリーにシロップを必要とする。

 ここまで思い出して、飯島大佐は会って間もない頃からあんまり甘くないものを好んでいた。ショートブレッドも一緒に作ろう。

 お菓子作りに精を出したら、演習場に向かう。使える装備を確認してから、アゲラタムに乗り込む。そろそろ武装を決めなくてはならないのだ。

 一つずつ吟味しながら、装備について考え続けた。


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