魔王の居ぬ間に起きた事
九月二十日。
松永大佐引率で、星崎と佐藤大佐と飯島大佐を含む四名が、訓練学校に向かった。
これはその間に起きた出来事である。
日本支部憲兵部食堂。
この日は年に四回行われる展覧会が行われていた。
七日も連続で完全徹夜し、時間に勝利して完成させた作品を披露するものの目の下には濃い隈が浮かんでいた。それでも、嬉々として活動を行っている辺り、この日をどれだけ待ち望んでいたのかが解る。
ちなみに展覧物に関しては佐久間の秘書官の一人、大林の検閲が入る。コスプレを使っても検閲の素通りは無い。その為、年齢制限は皆で厳しく守り合っていた。そして、大林への理解度は諜報部の面々よりも高かった。
何日徹夜しようとも業務に支障をきたさない辺り、憲兵部の結束は強かった。年四回の展覧会をどれ程大切にしているかが理解出来る。
「その顔、お前も同類か」「おうとも、俺達は七日徹夜に勝利した同士だ」「これのコピー貰える?」「良いわよ」「新刊出せたのか!? お前『落としそう』って言っていなかったか?」「ああ。落とすかと思ったぜ」
ちなみに、展覧物が全年齢なのは『たまに行われる内部活動が健全なもの』だと主張する為だ。その反動か、個人交換物は若干過激になっていた。
「半年ぶりの続編だ!」「おい、飯島大佐に母性を感じるって上級者だな」「けどよ、言ってる事は完全にオカンだせ?」「見た目はともかく、確かに『お母さん』だよなぁ、あの人」「特に佐藤大佐に対して、飼い主って言うよりも保護者だし」『うん、分かる』「あれ? 井上中佐のヘタレ攻めの新刊は?」「ゴメン、落とした」「えー!?」「草薙中佐と和田中将の白百合新刊だ!」「これね、危うく落とし掛けたのよ」「佐々木中佐の天然受け新刊が無い!?」
人権に被害が出ないようにとは言っても、守られているかはちょっと微妙だった。
「元気ねぇ」
和気藹々としている食堂を、一人ぽつんと眺めるのは監督役の神崎だ。淹れたてのコーヒーを啜る。
意外な事に、この手の被害率トップは飯島だ。次点で佐々木と井上になる。恐ろしい事に、日本支部幹部で被害を受けていないのは一人だけと言う状態なのだ。
その被害を受けていないのは松永だけだ。本当に、まったくと言って良い程に、被害が無い。支部長ですら一条とセットで、被害が出ていると言うのに。
「業が深いわね」
肌で直接熱を感じなければ満足出来ない己が言う台詞では無いと、理解出来ても口から言葉が漏れる。皆のように見るだけで満足出来ないのが悲しい。
開催される場所が限定されている為、開催時間は僅か六時間である。それでもこの日の為に皆努力を重ねる。
別の方向だが、見事な熱意だと神崎は思った。
この日の午前中。佐久間は医務室に赴いた。半年に一度の健康診断を受ける為だ。
体重測定と血液検査を始めとした諸々の検査を受ける。
「血糖値が基準値よりも少々高めです。糖分を控えて下さい」
「わ、和菓子も駄目か?」
軍医から無情な宣告を受けて、佐久間の口元が僅かに引き攣った。せめてもの抵抗を行うも却下された。
「和菓子か洋菓子かは問いませんが、量を減らしてください。流石に一ダースは多いです」
「そ、そうか」
「まずは、七割にまで減らしましょう。それで様子を見ます」
無慈悲な事に、一方的に決められてしまい佐久間は項垂れた。
この日から、佐久間のお茶請けは煎餅になったが、半年後に軍医から『塩分の取り過ぎです。控えましょう』と言われる事になるとは本人も思ってもいなかった。