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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
目新しさのない新しい日々 西暦3147年9月
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辞令と演習

 翌日の九月十日。

 模擬戦で機会を失った、保管区へ向かう申請書を松永大佐に提出した。即座に却下され、現在、大量の書類を捌いている。二日間書類仕事をしなかっただけで、思っていた以上の書類が溜まっていた。でも、過去の経験上、半日で捌かなければならない量だったので苦にならない。経験の嫌なありがたみを感じる。慣れって怖い。

 今日は、久し振りに見る鈴村大尉がカートに大量の書類を積み上げて運んで来た。最後に会ったのは何時だったか、記憶を探ると半月も会っていなかった。

 鈴村大尉と軽く挨拶をした直後、大林少佐がやって来た。何用かと思えば、十日遅れの辞令と階級章が届いた。大林少佐は松永大佐と軽く打ち合わせをしてから去った。自分は松永大佐に呼ばれ、新しい階級章を渡された。その間に鈴村大尉は退室した。

 防衛軍の大佐までの階級章は必ず左胸だけに着ける事になっている。軍服が支部ごとに違っていても、これだけは守られている。

 階級章を少尉から中尉のものに着け替える。クリップのようなもので出来るので、着脱は簡単だ。少尉の階級章を松永大佐に渡して、机に戻った。

 ……中尉になっても、やる事は変わらないんだよね。

 普通の部隊なら、扱いが良くなるとか、班長になるとか、目に見える変化が有るんだけど、試験運用隊にいる以上そんな事は無い。隊を越えての仕事が舞い込んで来そうだが、その辺は松永大佐が決める事になる。

 書類仕事に戻り、せっせと捌いて行く。

 昼休憩を挟んで集中して行ったが、十八時を過ぎる頃になって、やっと終わった。経験に感謝だ。昨日作ったプリンが美味しい。

 次の日も書類仕事に勤しんだ。午後になると松永大佐がどこかへ向かい、入れ替わるように大林少佐がやって来た。食堂で大林少佐持参の茶葉で淹れたお茶を飲みながら、セクハラの事情聴取を受ける。余っていたお菓子を出したら妙に感動された。ティータイムのような事情聴取が始まる。

 ぶっちゃけると、訓練学校でセクハラらしきものを受けていたと言われても実感は無いどころか、皆無だ。返り討ちにしていたしね。思い当たる怪しい事を全て話すと、大林少佐から『それ全部』と言われた。

 千年以上も経つとこれもセクハラになるのか、あるいは、貴族生活のせいでセクハラの基準が緩くなったのか。多分後者だな。男尊女卑の社会では口頭セクハラは日常茶飯事だったし。嫌な相手と二人っきりになってしまった時は、相手の『誘われた』言い訳潰しに魔法で爆発を引き起こし、脅迫して自白まで追い込んだっけ?

 他の女子生徒が受けていたセクハラらしき事もついでに教えると、大林少佐は額に手を当てた。特に、訓練学校の女子生徒が主に行っている『卒業後に間宮教官のエロ猿呼びを広めよう運動』と『エロ教祖』の話で。おまけとして手持ちの録音データも聞かせた。

「真っ当な教官が殆どいないって、総入れ替えして欲しいわ……」

 そんな実現不可能な事を呟いた。それが出来れば苦労しないって。

 事情聴取が終わると大林少佐は去った。

 隊長室に戻り、残りの仕事を片付けた。今日分の仕事を全て終わらせ、今日はどうしようかと考えていたら、松永大佐が戻って来た。松永大佐から追加で割り振られた仕事を行って、今日は何事も無く終わった。

 だが、九月十二日から変化の兆しが訪れた。

 会議で決まった演習を明日から行うらしい。午前中に打ち合わせをして、午後に演習の予定だと聞かされる。ついでに九月頭の一件から他所の隊員との基本的な交流関係は無しになった。

 顔が広まって、また狙われても困ると言う事か。面倒事が減るのなら良いかと考えて了承した。 

 次の日から演習参加が始まった。

 演習と言ってもやる事は模擬戦に近い。アゲラタム操縦時にも使用するイヤーカフス型の骨伝導通信機を身に着けて参加する以外に、これと言った決まりは無い。通信には答えなくても良いみたいだし。

 午前中に仕事を終わらせ、佐々木中佐と軽く打ち合わせをして、午後に演習に参加した。

 結果を言うと色んな意味でアレだった。

 通信経由で馬鹿みたいに文句を言われた。佐々木中佐経由で個人的に思う『ここがこうだったら』の指摘を伝えると逆上され、極一部は『タイマンで勝負しろ!』と特攻してくる始末。

 二度と参加したくないが、月面基地でも行う予定で、今回は試しで行っているようなものだ。月面基地での演習は中止になる可能性も残っている。

 この模擬戦の相手を務めるだけの演習は六日連続で参加した。ええ。全て別の部隊です。一日終わる度に疲れからため息が出てしまう。夕食は自棄食い、練乳MAXコーヒーも丸一本自棄飲み。これで体重がまったく増えないから不思議だ。原因の心当たりは有る。仮に当たっているのなら、対策は現状のままで良いだろう。他に対策無いしね。

 ルピナス帝国にいた時にも、この手の模擬戦や演習に参加した経験は有る。でも、比べるのは止めよう。あの時は戦術の確認や予想外の事を探る為だった。要は、思い付く限りの手段を持って『自称精鋭部隊をフルボッコにして粗探しをする』だけだったのだ。それは心をへし折りに行くとも言う。向こうでは変なところが『スパルタ且つ、脳筋至上主義』の考え方がチラつく。『新人は、一度心を徹底的に圧し折られてからが本番だ』と宣う脳筋が多い。

 対して今回は経験値を積む為の参加だ。そもそも、目的が違うので比べられない。

「何と言うか、ヘイトが溜まっていそうです」

「災難としか言いようが無いが、希望を出して来たのは向こうで、会議の決定だからな」

 参加六日目の夕食時。松永大佐と夕食を取りながら演習の報告を行う。

「実戦に限りなく近い状態で行う為に、事前の打ち合わせでキンレンカとナスタチウムからの『通信に対応しない』と通知された筈、何ですけど」

「頭の出来か、記憶力の問題か。どちらにせよ、明日・明後日は不参加となる」

 松永大佐はさらりと毒を吐いていたが、続いた言葉が気になった。

 明日と明後日が不参加となる。大変素晴らしい予定を聞いた。けれど、松永大佐の言葉には続きが在った。

「だが、明後日の予定として、訓練学校に向かう事が決まっている」

「……え?」

 続く松永大佐の言葉に、思わず呆然とする。

 訓練学校に向かうって、何で今更になって?

「学長に渡すものが出来た。そして、星崎は寮に置いて来た残りの私物を回収して来い」

 訓練学校に向かう理由を聞いて納得した。確かに寮部屋に私物が残っている。でもね。

「松永大佐。今月頭の深夜の一件の時に、身代わりにしたボストンバッグと制服を処分してしまったのですが……」

 そう。あの時に咄嗟の判断で、ボストンバッグと訓練学校の制服を身代わりに使ってしまった。

 銃弾で穴が開き、ナイフでズタズタにされてしまった結果、回収に来た神崎少佐に見せたら『処分するしかない』と言われてしまった。

「そう言えばそうだったな」

 松永大佐も今になって思い出したのか、言葉にため息が混じっている。

「佐久間支部長に言って借りれば良いな。……ああ、忘れていたが、訓練学校の様子見もして来いと佐久間支部長に言われた。井上中佐も同行する」

「……井上中佐で大丈夫なのですか?」

 童顔でビビりな人を連れて行っても大丈夫なのか。素直な疑問が口から零れた。

「飯島大佐に変えても良いが、中佐階級の人間の方が騒ぎも小さい。井上中佐なら予定外の行動も取らない」

 松永大佐の人評は合っているけど、向こうの都合を考えると井上中佐が良いのかもしれないな。

 翌日。支部長に相談してボストンバッグと訓練学校の制服を借りた。

 けれど、どこで知ったのか、幸先悪く一悶着起きた。井上中佐が辞退する事で収まったけど、支部長は考える事を放棄した。

 訓練学校に向かう日。

 支部長の気遣いで移動に使う船を一隻貸し切り、当初の予定よりも一人多く四人で訓練学校に向かう事になった。


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