模擬戦を見物する~佐久間視点~
日本支部の軌道衛星基地には、上中下の三つの格に分かれた応接室が表向きには存在する。実際には、上よりも更に一つ上の格を持つ応接室が存在する。
この第四の応接室は、先代上層部時代に作られたものだ。汚職と腐敗にまみれた先代の面々が安心安全に、汚職の密会が出来るように作られた。故に、この部屋は高い遮音・機密性を誇る。
そんな経緯を持つ応接室は、現在ただ一人の利用者、佐久間の後ろ盾の面々との相談用の密談部屋と化していた。それでも実際に使用する前に、豪華絢爛な内装を質素上品に模様替えする程度の事はしている。十年前の佐久間は不要となった調度品を全て売り払った時の金額を知り、人目を憚らずにため息を吐いた余談が存在する。
佐久間は背筋を伸ばした来客の翁と共に対面ソファーに腰かけ、壁面モニターに映し出される模擬戦を見物する。
「ほぅ。あのパイロット殺しと呼ばれたガーベラが良く動いている」
「ええ。お孫さんが乗りこなしてくれたお陰で、大変助かっております。『星崎』元支部長」
佐久間に名を呼ばれた老人は、目を閉じてから訂正する。
「ここでは『元』支部長と呼べ。そう言った筈だぞ?」
「我々以外に誰もいないのですから、別に良いでしょう。来るとしても義娘さんの日生だけですし」
「……確かにそうだな」
少し何かを考えた老人――元支部長は、再び目を開いて壁面モニターに視線を向けた。佐久間も一緒に壁面モニターに目を向ける。
ガーベラが二機のナスタチウムと模擬戦を繰り広げていた。共に指定の武装――近接格闘用の剣を持っての模擬戦を行っている。
「ガーベラを創り上げた頭のイカレタ馬鹿連中が見たら大喜びする光景だ。あの馬鹿共、『常人でも操縦可能な性能の良い機体を創れ』と予算を渡したら、『乗りこなせる人間がいない』機体を創り上げよって……。創り直せと言ったら『この性能じゃないと敵の技術に追い付かない』と拒んだな」
過去を懐かしむように元支部長が語った当時の裏事情と、ガーベラ開発の経緯が予想よりも違っていた事を知り、佐久間は神妙な顔になった。
先々代の支部長が開発を命じた機体に乗っているのは、命じた人間の孫娘に当たる少女だ。三十年も適性者が見つからなかった点も、何かしらの運命を感じる。
「まさか三十年も経ってから、孫娘が乗る事になるとは思わんかった」
「それは誰もが思う事でしょう」
「先々代の同僚共も皆驚いておる。何の因縁、いや、運命なのやら」
「運命と言うのなら、もう一つ在るでしょう?」
「そうだな」
元支部長は視線を動かさずに目を眇めた。佐久間は模擬戦が始まる前に、元支部長にも星崎の秘密を教えた。
「――前世の記憶、か」
「荒唐無稽過ぎて信じ難いですか?」
「本人がそう言ったのだろう? 聞かされた時の状況も、嘘を吐く余裕の有る状況では無かった。その言葉を発して、知らぬ筈の事をやってのけた。状況証拠的に『受け入れる』しか無かろう」
「そう言って頂けるとありがたいですな」
信じるでは無く、受け入れると言われた点を佐久間は少しだけ気にしたが、拒まれなかっただけマシだと、己に言い聞かせた。
「星崎より、敵勢力に関する情報も幾つか入手出来ました。当面は都合の良い情報提供者でいてもらうつもりです」
情報と言っても、こちらが混乱しない程度の量しか齎されていない。だが、情報の処理に掛ける時間を考えると現状で良いと、佐久間は判断している。
元支部長は佐久間の回答がお気に召したのか、喉の奥で低く笑った。
「いい性格をしておる。薫を探し出して匿い、こちらに接触して来た時を思い出すわ」
「おや? 何か困る事でもありましたか?」
「無い。困ると言えば、儂の言葉を信じなかった妻の行動だな。儂が呼び出した薫を追い返しただけでは無く、人を使って探し出しては暴行を加え、安穏に暮らせぬように手を回し、追い込もうとする程の暗愚だとは思わなかったぞ」
「あの行動力は見事でしたね。『別の意味』で姑の執念を感じます」
「素直に悪い意味と言っても良いぞ。半ば幽閉するように蟄居させたからな。『離婚を言い渡さんだけマシと思え』と言い渡すなり、妻は謝罪しながら泣き付いて来てな。薫に謝れと言ったら号泣しおって、面倒極まりなかったわ」
呵々と一笑してから元支部長はそう言った。一方、暈した言い方をした佐久間は何も返せなくて口を歪めた。元支部長の夫婦仲が悪かったとは聞いていないが、五十年以上も連れ添った妻との最後の会話なのに、何故笑い飛ばすのかと、佐久間は疑問に思った。
二人で世間話をするような会話をしている間も、模擬戦は進む。終了時間となり三機が基地に戻る。
「十月の作戦に連れて行くんだったか?」
「ええ。今では貴重な戦力です。他支部からも『参加するのか』と問い合わせが来ております」
この会話では『誰を』連れて行くのか口にしていないが、互いに理解している為二人は敢えて口にしなかった。
「まったく、現場を知らぬ無能な野心家を頭に据えるからそうなるのだ。作戦が終わるまでは静かに過ごせるように、こちらでも可能な限り手を回そう」
元支部長は嘆息を一つ零すなりそう言った。それは佐久間が求めていた言葉でも在る。佐久間は口で笑みを作り礼を言った。
「ありがとうございます」
「作戦終了後はそっちでやれ。流石にそこまでは厳しいぞ」
「解っております」
佐久間は首肯した。求めていた協力は得られ、そのあとに続く言葉も想定内だ。
時間が許す限り模擬戦を見物した元支部長と今後の打ち合わせをしてから、佐久間は日生を呼び出して二人を見送った。元支部長との接触は、日生を経由した方が安全確実だ。仲の良い義父と義娘の間に割って入る程、佐久間は野暮では無い。些細な事で機嫌を損ねても面倒だし。
執務室に戻った佐久間は手元のパソコンを操作して、未だに続いている模擬戦の映像をモニターに映した。次にナスタチウムに乗る顔ぶれを知り、佐久間の口から愚痴が零れる。
「やれやれ。休める時に休むのも仕事だと言うのに」
特に、松永大佐は今朝高熱を出して倒れたと聞いている。
モニターに映るナスタチウムが四機に増えたところで、佐久間は昼前の事を思い出した。
工藤中将の首根っこを掴んだまま入室して来た松永大佐を見て、佐久間は驚きの余り腰を浮かせて『何が起きた!?』と狼狽えてしまった。
有無を言わせぬ松永大佐の威圧で、床に自主的に正座させられた工藤中将より事情を聞いて、佐久間は模擬戦の許可を出さなかった。意外な事に工藤中将が食い下がり、日生経由で来る途中に話を聞いた元支部長が見物希望を出した結果、模擬戦は行われる事になった。
佐久間の胃が痛みを訴えそうな経緯を思い出してしまい、手が自然と鳩尾の辺りを擦り始める。
その後、佐久間は急を要する書類を作り、大林少佐を呼び出して取り寄せたものを渡した。
「はぁ~……」
一連の仕事を終えて佐久間は背凭れに寄り掛かった。疲れと仕事が溜まっている。だが、休暇は取れない。最後に半日休暇を取ったのは、三年前だった気がする。
佐久間は三年前に休暇を取る程の出来事の内容を思い出そうとして、日生とその娘の星崎絡みだった事を思い出して止めた。
元支部長と同じ苗字を持つ彼女は、たったの三ヶ月半で色々な事件・騒動に関わっている。
村上大尉が引き起こした一件を皮切りに、イタリア支部の痴漢騒動関連、第五保管区の敵機復活暴走から発覚した開発部の不正、錦戸准将その部下六名の嫌がらせと銃器無断使用による殺人未遂、女性パイロット性的暴行事件犯人逮捕劇。
こうして関わった全ての項目を見ると、星崎佳永依は事の中心人物の一人と断言出来るが、実際は巻き込まれているだけだったりする。
ここに星崎がポロリと零した言葉から、訓練学校の劣悪な環境が発覚した一件も付け加えると、片手で数えられない回数も関わっている。
更に元支部長の孫として誕生した事で発生したごたごたが、使えるコネクションを探していた佐久間が日生を匿う理由となり、これが元で元支部長に貸しを作った形となって、現在後ろ盾兼相談役を務めて貰っている。
こうして考えると、誕生した頃から日本支部に関わる一件に関与している。そう言っても過言ではない。
訓練学校へ入学前の事故で前世の記憶が目覚めて、人格の上書きが行われた事を加味すると、これからも事件と騒動の中心に居座る事になるだろう。巻き込まれる形で。本人に事件と騒動を引き起こす気は皆無だが。
ここまで考えると星崎は記憶の有無に拘らず、日本支部に影響を与えている。その影響はこれからも続く。
公表出来ない事情を考えると、矢面に立つのは佐久間になる。
「日本支部が受ける影響を考えると、仕方が無い、のだろうな……」
星崎が日本支部にとって利点を齎すように動いている以上、佐久間が対応せねばならない。
回避不可能な現実に辿り着いた佐久間は、乾いた笑い声を上げてから深いため息を吐いた。
翌々日に佐久間と神崎少佐の二名が立ち会い、松永大佐が馬鹿な面々の上官と面会して、自主的に土下座させる一幕が起きた。松永大佐の威圧で勝手に色々と自白してくれたので、即刻逮捕となり、その後の捜査はスムーズに進み、早々に終わった。
そのあとに行われた松永大佐との二者面談も、佐久間が自主的に床に正座して話を聞く事で、スムーズに終わった。