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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
目新しさのない新しい日々 西暦3147年9月
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会議が終わっても、イベントだけは起きる

 翌朝。無人の食堂で独り朝食を取り終えて、書類仕事の有無の確認に隊長室に向かった。

 隊長室は無人だった。室内に存在する、松永大佐の私室に繋がるドア横のパネルを操作。来訪を知らせる電子音が小さく響くが無反応。

 ……どうしたんだろう。何時もキッチリしている人が。

 時代錯誤だが、手でドアをノックしてみる。すると、電子音が響いた。室内にいるみたいだけど。……たった今響いた電子音は『解錠』の電子音だった筈。

「失礼しま、って!?」

 ドアを開けてたら、ソファーの上で松永大佐が俯せに伸びていた。制服は着ているけど、そこで力尽きたのか?

 近づくと、松永大佐は荒く呼吸していた。

 声を掛けてから首筋に触れる。体温が高く、脈も速い。

 直接廊下に出て、医務室に走る。無人の医務室で軍医に連絡を入れ、事情を説明してから戻り、隊長室前で合流する。

「疲労による高熱だ。今日一日安静にしていれば回復するだろう」

 軍医の手を借りて松永大佐をベッドに寝かせ、行われた診察結果はこれだった。軍医は解熱剤を処方して去った。自分は食堂へ走り、携帯飲料用ボトルに水を入れて戻る。解熱剤とボトルを手に、松永大佐が横になっているベッドに移動して渡す。ついでに食欲の有無も尋ねる。少しは有るみたい。

 ……そう言えば、訓練学校にいた頃も、調子が悪いから軽いものを作ってくれと、依頼して来る男子がいたな。雑炊や温玉うどんを出すと泣いて喜んでいた。料理が出来ない女子からの、鋭利な視線が自分の背中にザクザクと刺さって、大変だった。

 懐かしいと、そんな事を思い出しながら、簡単なものを作って来ると言い残してから部屋を出る。食堂の朝食の残りを流用して作ろう。今朝は味噌汁の代わりに、あっさりとした中華スープが在った。ご飯を使って雑炊を作ろう。

 厨房から小鍋と大皿を持って来て、しゃもじを使って小鍋にご飯を多めに投入し、スープも入れて、サラダから雑炊に使う野菜を考える。鶏肉の酒蒸しも小さく切って入れようかな?

「星崎」

「? 飯島大佐、どうしました?」

 背後から声を掛けられた。振り返ると、飯島大佐と、何か沢山の人がいた。知っている顔で、工藤中将と高橋大佐もいる。

「松永に演習場に入る許可を取りたいんだが、……お前は何をやっているんだ?」

「これから一品作るところです」

「飯は食ったんだろ?」

 回答では無く行動の説明をしたが、言葉が足りなかった事に気づいた。

「ああ、私の分じゃなくて松永大佐の分です。現在、松永大佐は高熱を出して私室で休んでいます。食欲は有るそうなので軽いものを作って持って行こうかと」

 怪訝そうな顔をした飯島大佐に、松永大佐が熱を出して倒れた事を説明する。

「松永が」「熱出して」「ぶっ倒れただぁ?」

 すると、飯島大佐の後ろにいた面々が顔を見合わせて、数人は声を揃えて叫んだ。

「「「「「鬼の霍乱か!?」」」」」

「違うだろっ!!」

 飯島大佐の渾身の突っ込みに頷く。鬼の霍乱の格言の半分の『霍乱』の意味は『日射病や食あたり』を示す。そしてこの格言は、普段健康な人が病気になった場合に使うので、今回は不適切だと思う。疲れが出ただけだと思うし。

「んじゃ、星崎。松永は寝てるのか?」

 飯島大佐の問いを肯定する。その後ろの面々は考え込み、飯島大佐を巻き込んで話し合いを始めた。その隙に、雑炊に使う食材を選んで大皿に載せて、厨房へ移動する。

 製菓用で冷蔵庫に常備している卵を取り出し、ちゃっちゃと卵雑炊を作り、煮込んでる間に使う食器を取り出して、カートに載せて行く。味見をして煮込み具合を確認。丁度良いところで小鍋を火から下ろし、カートの鍋敷きの上に乗せる。

 カートを押して食堂から出ようとしたところで呼び止められた。今度は何かと思えば、飯島大佐が一緒に行くと言い出した。松永大佐に許可を取りに来たと言っていたから、多分それを取りに行くんだろう。そもそも断れないしね。

 頷いて飯島大佐と一緒に移動する。到着した松永大佐の部屋に一緒に入る。飯島大佐は衝立の前で声を上げた。

「松永。邪魔するぜ」

「……飯島大佐ですか?」

「おう。熱で倒れたって聞いたぜ」

「薬は飲みましたよ」

 衝立越しに、大佐組の会話が始まる。その間に衝立の傍に移動して食事の準備を進める。

「――んじゃ、演習場ちょっと借りるぜ」

「監督だけは確りと行って下さい」

「分かってるって。何か()ったら工藤中将が責任を取る事で、話は纏まってる」

「……本当ですか?」

「ああ。責任は必ず取らせる」

「ならば良いでしょう」

 おかしいな。許可を取る会話だったのに、準備で会話を聞いていなかったら、何故か不穏な流れで終わった。

「星崎。片付けが終わったらお前も演習場に来てくれ」

「分かりました」

 それだけ言って、飯島大佐は去った。

 見送ってから、自分は衝立の向こう側にカートを押して移動。ベッドから身を起こしている、まだ顔の赤い松永大佐に、お玉を使って小鍋から卵雑炊を盛りつけた器とスプーンを差し出す。

「簡単なものですがどうぞ」

「済まないな」

 熱で顔の赤い松永大佐は、器とスプーンを受け取り、無言で卵雑炊を食べる。食べるペースが思っていた以上に速い。多めに作って正解だった。食欲が無いと言っても、胃に何か入れるとたまに食欲が出るもんね。

 松永大佐はあっと言う間に卵雑炊を完食した。

美味(うま)かった」

「お口に合って良かったです」

 ささっと片付けて部屋から出る。食堂に戻り、食器を洗って片付けて、演習場に向かった。

 


 到着した演習場に人影は無かった。代わりに全てのアゲラタムが動いている。動きがぎこちないので操縦訓練かしら?

 モニター室に向かうと、室内は分かり易く何故か盛り上がっていた。室内にいる全員の目が模擬戦を映すモニターに釘付けになっている。盛り上がっている理由はこれだった。何と言うか、映画を見て盛り上がっている人達のようだ。

 モニターに映っている映像は、片足の無いアゲラタムとキンレンカの模擬戦映像だった。半月以上も前の映像だね。今になって見るものじゃないと思うんだけど。窓から外を見ると、一機のアゲラタムが定位置に戻って来た。そのアゲラタムから飯島大佐の降りて来る姿を見つけて、モニター室から出て駆け寄る。

「飯島大佐。操縦訓練ですか?」

「似たようなもんだ。モニター室の連中は何やっていた?」

「半月前の映像を見て盛り上がっていました」

「松永が会議で見せなかった映像か」

 見た儘を飯島大佐に報告し、その返答で盛り上がっていた理由を知る。

 会議で見れなかった他の映像を、わざわざ見に来たのか。でも、見たいなら松永大佐に映像を貰えば良いだけと思う……だけどね。

 ここは試験運用隊で、見たい映像は敵機に関する機密情報だ。支部長から持ち出しの許可は下りないだろう。

「そっちは見れれば満足するだろう。松永はどうだった?」

「雑炊を完食してから休まれました」

「完食したのか? 三人前分ぐらいは作っていたよな?」

「はい。完食です」

 驚く飯島大佐の言葉を肯定する。多分だけど、食べている途中で食欲が戻ったんだろうね。良い事だ。

 別方向に思考を飛ばしていた間に、何かを考えていた飯島大佐に呼ばれて意識を戻す。

「松永はいいか。星崎、聞きたい事が有るからちょっと来い」

 何だろうと首を傾げる間も無く、飯島大佐と一緒にアゲラタムのコックピットに乗り込む。騎乗型の操縦席だった。

「長剣砲の、狙撃の使い方について聞きたい」

 飯島大佐の言葉に、教えなかったか記憶を探り、一度しか使っているところを見せていなかった事を思い出した。

 アゲラタムを起動し、空きスペースに移動させてから操縦席の左右に存在する操作盤を操作する。と言っても、右操作盤のボタンを一個押すだけだけど。

 天井の一部が開き、アームに掴まれた狙撃用の操縦桿代わりのものが下りて来た。それを掴んで引き寄せると、飯島大佐から困惑の声が上がる。

「星崎。コードの付いた銃器にしか見えないんだが……」

「狙撃をする時にはこれを使います。銃と同じ感覚なので難しくは無いと思います」

 狙撃時に使う操縦桿代わりの物体の見た目は、銃身の短いライフルに似た形をしているので、火器桿(かきかん)――向こうの世界にはライフルと言う英単語が存在しない為、こう呼ばれている。火器桿を収納する時は上に押しやれば掴んでいるアームが勝手に上に収納してくれる。

 簡単な使用方法の説明をすると、飯島大佐は感心した。銃と同じ感覚で使える点が嬉しいようだ。

「へぇ、銃と同じ感覚なのか。複座にして狙撃が得意な奴に任せたいな」

「複座は厳しいですね」

「……そうか」

 何でもかんでも、複座にすれば問題が解決すると思ったら、大間違いです。複座にするのは、情報処理と操縦処理が一人で対応不可能な時だ。仮にアゲラタムを複座で操縦する場合は、脳波で動かす無線移動砲台を使う時ぐらいだろう。複座での実戦使用経験を聞いた事は無いけど。

 即答で『厳しい』と言えば、少しの間を開けてから飯島大佐は納得した。

 飯島大佐に火器桿の扱いについて説明した。扱いに関しては銃火器と大差ないので、説明は簡単に終わった。

 定位置に戻してから飯島大佐と一緒にアゲラタムから降り、他にも聞きたい事が有るのか尋ねる。

「アゲラタムについて聞きたい」

「私もそこまで詳しくは無いですよ」

「十分過ぎるが、本当か?」

「ええ。機能に関しては、解析出来ていないものをそのまま使っている部分も存在します。代表的なものを挙げるのなら、自己修復機能ですね」

「マジか。一番聞きたかった奴なんだが……。解析出来ていないのにどうやって生産しているんだ?」

「原理の解析と別技術での再現が出来ていないけど、作り方だけが残っていて、尚且つ、作れるから手順通りに作って利用している。と言った感じですね」

「こんだけ技術が進んでいても、解析出来ないものが存在するのか」

 驚きに満ちた飯島大佐の言葉を首肯する。

 実を言うと、自己修復機能は先史文明の技術で、解析が未だに出来ていない。作れるし、解らなくても困らないから放置されているとも言う。

 ……ガンダムネタの例えになるが、DG細胞は使われてはいない。似たものも存在しない。本当にどうなっているんだろうね。便利だから良いけど。と言うかね。

「以前支部長にアゲラタムに関するレポートを提出しましたが、現在どのように扱われているのでしょうか?」

「そういや、在ったな。めんど、あ、いや、バタバタしていたからすっかり忘れていたぜ」

 飯島大佐が本音を少し漏らした。しかも、『面倒』って言いかけたぞ! 読んでいないのなら、提出した意味が無いな。

「もしや、引き出しの肥やしに――」

「違う。支部長の手元に在るんだ。管理しているのが支部長で、貸出・持ち出し禁止扱いだ」

 自分の台詞に被せるように、飯島大佐は否定した。レポートの扱いを知り、内容を考えて妥当な扱いに『そうでしたか』と返した。支部長のところに行かないと読めないのか。そりゃあ、面倒と言う単語が飛び出す筈だ。支部長の事だから、読みたいと言っても渋り倒して、数日後とかになり、結局諦める事になりそう。

「たった今、俺も思い出した事が有る。星崎。お前レポートの写しみたいな奴を持っているよな?」

「はい、持っていまし『た』よ」

「いました? 何で過去形なんだ?」

「あのあと、松永大佐に没収され、目の前でシュレッダーを使って裁断されました。ですので、最早存在しません」

「……そうか」

 手持ちのレポートの末路を語ると、飯島大佐は遠い目をした。

 新しく書いたものが無くなったが、原本は存在する。情報源が無事と言う事を言わなければ問題は無い。それに、あのレポートは『覚えている範囲で書いた』と言った覚えが在る。誤魔化しは十分に可能な筈だ。

 アゲラタムに関して他に知りたい事は在るかと飯島大佐に尋ねる。そしたら唸りながら考え込み始めた。長考の気配を感じ取り、飯島大佐をモニター室へ連れて行く。何時までも立ったままでいるのは良くないだろう。見られても困らないが。

 飯島大佐を連れてモニター室に入ると、未だに全員で、映像に見入って盛り上がっていた。全部見る気か? 結構な量が在った筈だけど。

「おっ、飯島と星崎じゃねぇか」

 映像に見入っていた内の一人、工藤中将が自分と飯島大佐に気づいた。その声を聞いて、他の面々もこちらに振り向く。

「随分と盛り上がっているが、そんなに面白い映像が在ったのか?」

「ああ。黒い敵機との模擬戦の映像を見つけたんだ」

「ああ、アレか。……ん? 何でここで見れるんだ?」

 別の人物の言葉を聞き、八月の下旬にジユで中佐コンビ相手に模擬戦をやった事を思い出す。でもあれは宇宙空間で行った。別モニター室の録画映像何だけど、どうしてここで見れるんだろう?

 自分と同じ事を思った飯島大佐が、疑問を口にした。

「支部長から許可は取っているぞ」

「松永からの許可は良いのかよ」

 飯島大佐の突っ込みに自分も頷く。支部長からの許可だけでやって良いものなのかと、映像を見ている面々を見る。すると、一斉に目を泳がせた。

「そこまで考えていなかったのか」

「そうみたいですね」

 松永大佐に誰が言い訳をするのかと考えて、ここに来る前の松永大佐と飯島大佐の会話を思い出した。

「それで飯島大佐が『何か()ったら工藤中将が責任を取る事で、話が纏まってる』と松永大佐に仰ったのですか」

 成程、と一人手を叩いて納得する。すると、工藤中将がムンクの叫びのような顔になった。飯島大佐を含むその他の面々は、一斉に工藤中将から目を逸らした。

「確かに、松永にそう言ったな」

「ちと待て、てめぇら! 何で俺の許可無く、口裏合わせているんだよ!」

 工藤中将の叫びを受けて、他の面々は顔を見合わせて、一点を見る。全員の視線を集めた飯島大佐が一言言った。

「悪いな」

「そんな一言で済む訳無いだろっ!!」

 工藤中将は飯島大佐に掴み掛かろうとしたが、周囲の面々の手で即座に羽交い絞めにされた。それでもなお暴れ続ける。

「……不憫な」

 何とも憐れみを誘う姿に思わず言葉が漏れる。これは『同情するなら何とやら』と言われるパターンだろう。

 工藤中将は、そのまま体力が尽きるまで暴れ続けた。

 このあと。

 試し操縦で引っくり返ったアゲラタムを起こす手伝いをしたり、飯島大佐監督の許でジユに乗って簡単な模擬戦を行った。相手は佐々木中佐が乗るアゲラタムだ。

 模擬戦を終えると、通信機経由のモニター室では『午後に模擬戦は出来ないか』と大人組が盛り上がっている。

 何故午後なのかと言うと、場所を演習場では無く『宇宙空間に変えて行えないか』と盛り上がっているのだ。また、改良を加えたナスタチウム三機を保有(と言うか管理)しているのも、試験運用隊だけなのでその性能確認も行いたいそうだ。

 定位置にジユを戻してコックピットから降りると、演習場の出入り口から休んでいる筈の松永大佐が現れた。駆け寄って体調を確認をすると、まだ午前中なのにもう回復したそうだ。

 松永大佐と一緒にモニター室に入ると、自分達に気づかないまま、大人組一同は『午後に模擬戦が行えないか』と盛り上がっている。責任を取る人間代表の工藤中将は模擬戦を止めるどころか、実行希望派にいた。責任は取れるのだろうかと、ちょっと心配になって来る。

 大人組の一通りの流れを聞いて、嘆息を零した松永大佐は手を叩いて己に注目を集めた。手を叩く音を聞いて、漸く自分と松永大佐に気づいた一同の顔から血の気が引き、小さな悲鳴が上がる。工藤中将に至っては、再びムンクの叫びのようなポーズを取った。そこまで絶望する程の事かね?

「星崎。部屋の外で待っていろ」

「? 分かりました」

 首を傾げていたら、室外待機を命じられた。室外に出ると同時に悲鳴が聞こえた。ここで『無計画に動くな』と大人に突っ込んではいけない。大人のプライドは時に濡れたトイレットペーパーよりも脆くなる。数分外で待つと、ドアが開き室内に呼ばれた。再び室内に入ると、松永大佐以外の面々が床に正座していた。工藤中将は一人だけ前に出ている。逆三角形のような構図となっていた。と言うかさ。何故、松永大佐よりも上の階級の中将の人までもが床に正座しているのか?

 正座している大人勢の姿は、どこか既視感の在る光景だ。記憶を少し探ると、八月の頭、ガーベラに半月ぶりに乗る事になった日に見た事を思い出す。あの時の後藤って人はどうなったんだろうね。あとで知ったが、全治二ヶ月(?)だったからまだベッドの上だろう。

 一人立ったままで眉間を揉んだ松永大佐は、こちらに振り返ると徐に口を開いた。

「星崎。午後に模擬戦を行う事になった」

 何と返せば良いのか分からない。午後に模擬戦を行う事だけ覚えておけば良いな。これ以上考えるのは面倒臭いし。

「そうですか」

 思考を放棄して、短くそれだけ言った。

 工藤中将が正座したまま、何かのジャスチャーらしき事をしている。妙に必死な表情をしている。これは何か言わないと駄目かな?

「ええと、模擬戦はどの機体で行うのですか?」

 パッと思い付いた質問を松永大佐に投げ掛けると、その背後の正座組が良い笑顔で親指を立ててサムズアップした。合っていた模様。

「星崎が乗るのはガーベラかアゲラタムになるだろうな。詳細はこれから決める」 

 松永大佐は回答するなり、再び背後に向き直した。小さく悲鳴が上がった。自分からは松永大佐がどんな顔をしているのか見えない。

 ……悲鳴が上がるってどんな顔をしているのだろうか。気になるけど、聞いても誰一人として、教えてくれないんだろうな。

 模擬戦の内容について、椅子に腰かけて優雅に足を組む松永大佐と、正座したままの大人組で話し合う姿を離れたところに置いた椅子に座って眺める。白熱し過ぎていて、口を挟む隙が無い。話し合いが終わると、松永大佐は責任者代表の工藤中将の首根っこを掴み、引き摺りながらどこかに向かった。模擬戦の許可を取りに支部長の許へ向かったと思いたい。

 残された自分達は飯島大佐の指示で撤収作業を始める。足が痺れたのか、立ち上がる際に何人かよろけて転んだ。ここで怪我人が出ると困るので、自分が片付けを行った。

「押しかけ同然で来たってのに悪いな」

「いえ、転んで怪我をされてもアレですので」

「年寄扱いされるとは思わなかったな」

 誰だか知らないけど、適当に返した。でも、怪我をして変な噂が立つと困るのは事実なんだよね。それと、年寄扱いされたくなかったら、足の痺れで転ばないでくれないか。何人か膝を崩して座り込んだままだし。

 さて、片付けは終わった。時刻は十一時過ぎと、非常に微妙な時間だ。自室の冷蔵庫のジュースを飲む為に一声掛けようとしたところで、スマホが着信を告げる。ポケットからスマホを取り出すと、発注していた品が届いた事を知らせるメールが来ていた。大人組に一声掛けてから、隊舎の入り口に向かう。宅配箱を開けると、練乳MAXコーヒー(五百ミリリットルペットボトル二十四本入り)を入れたリサイクル段ボール三箱が入っていた。宅配箱の隣、備え置きのカートを引っ張り出し、箱を載せてエレベーターを使い自室に向かう。何時入荷されるか判らなかったが、十日も掛からずに届いて良かった。

 部屋の片隅に段ボールを積み上げ、一箱開けて何本か取り出し、その内一本を開けて飲む。

 練乳特有の甘さが口に広がり、胃に沁みる。久し振りに飲んだ。何時振りだろう? 最低でも一ヶ月は飲んでいない。久し振りだったからか。そのまま一本飲み干してしまった。一息吐いてから、スマホで時刻を確認すると、十一時半にもなっていない。やる事も無いので、ごみを捨ててから二本持って食堂へ向かった。これで作るプリンが美味しいんだよね。

 到着した食堂では、大人組が白熱した議論を繰り広げていた。飽きないのかと言ってはいけない。考えるのが仕事の人達だからね。よく見ると、松永大佐と工藤中将の姿が無い。まだ戻って来ていないのか。

 誰にも気づかれないまま厨房に入り、器を決めたら、ちゃちゃっとプリンを作る。今回はカラメル無しで食べよう。牛乳少な目でちょっと甘めに割ったからね。

「星崎、ここにいたのか」

「? 松永大佐?」

 お湯を張った鍋に器を並べていたら声が掛かった。誰だろうと思ったら、松永大佐が近づいて来た。

 コンロ(IHヒーター)の前で作業をしていれば何をしているのか分かったのだろうが、松永大佐の視線は半分以上が残っているペットボトルに釘付けとなっている。

「牛乳で割ってプリンを作っている最中です」

「……そうか」

 材料の一つと紹介すれば、松永大佐は何かに納得した。愛飲者と疑われたのか?

「支部長を交えて協議した結果、少々大事になった。大事と言っても、外部の見物人が数名いるくらいだ。内容的には何時もと変わらん。それに外部と言っても、『元』内部の人間だ」

 元内部の人って事は、退役者の事か? 

 しかし、『見学』じゃなくて、『見物』か。

「半分ぐらいは見世物って事ですか?」

「違う。ガーベラの開発に携わっていた人物が、『模擬戦を行うのなら見たい』と言い出したんだ」

 三十年以上も前に開発された機体の、開発に携わっていた人物。開発時期と寿命を考えて、天寿全うとしていそうと思っていたんだが、まだいたのか。

「見物だけですか? 面会は無いですよね?」

「ああ。面会は無い。動いているところを直接見たいと言っているだけだ」

 面会する事で起きる面倒事の発生が無いのなら良いか。少し考えて了承した。模擬戦の開始は十三時からだそうだ。

 何時も以上に賑やかな昼食を終えて、着替えてから格納庫に向かう。

 ガーベラに乗るのは何日振りだろう? 少なくとも、十日は乗っていない。シミュレーターを始めとした搭乗訓練はやらなくて良いのかと思うが、現状の優先順位的は低いんだよな。


 

 十三時から始まった模擬戦は何時も以上に激しかった。ナスタチウム三機も登場して、三対一の模擬戦もやった。松永大佐が乗るナスタチウムと組んで、二対二と三対二もやった。

 午後は模擬戦漬けで終わった。


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