九月上旬の憲兵部と起きたかもしれないお話
九月六日の深夜の出来事~憲兵部~
六日に日付が変わった直後と言う深夜の時間帯なのに、憲兵部は慌ただしかった。
つい先程、殺人未遂の現行犯で逮捕された六名と、関係のない人物のIDを使用して凶器のナイフと実弾を調達し部下六名に提供したその上官の准将が逮捕された。准将の方は容疑を否定したが、被害者から提出された動画の音声を聞かされて諦めた。
実行犯の六名は事情聴取で犯行の動機を尋ねられると、『ぽっと出の奴が優遇されてムカついた』、『ぽっと出の女の格下扱いにされて腹が立った』、『直談判しただけで十月の作戦から外されて、同じ部隊内の他の奴から責められた逆恨み』などと、身勝手極まりない動機が次々と出て来た。
身勝手極まりない動機を聞いた神崎は一つの真実を暴露した。
「貴方達の部隊は、先代上層部派の錦戸准将が隊長になっていた事で、元々支部長から悪い意味で目を付けられていたのよ。当然、准将を慕っていた貴方達も目を付けられていたわ。錦戸准将は、先代上層部がいた頃に失態の揉み消しを賄賂でどうにかして貰っていた一人なの。そこそこに能力が有るから支部長もすぐに首を切らないで、何かやらかすまで仕事をさせていたの。支部長が首を長くして待っていたやらかしが、間の悪い事に今回だった。それだけね。そうそう、貴方達が慕っていた錦戸准将だけど、『あの六人が勝手にやった事だから何も知らない』って白を切ったわ。これがどう言う意味か、理解出来るわよね?」
神崎が明かした真実を聞き、元々目を付けられていた事と、慕っていた上官の裏事情と裏切りを知った六人は絶望顔になった。神崎の口から『錦戸准将は貴方達を裏切った』と受け取れる言葉は出ていないが、六人は勝手に『捨てられた』想像して絶望した。
「そ・れ・と・ね。貴方達からすると『ぽっと出』かもしれないけど、ガーベラのパイロットは『正規兵になる前から支部長の目に留まっていた』のよ」
正しく言うのであれば、『支部長の許可無く、実戦に放り込まれた訓練生で、面会前に素性を調べたら成績優秀だったから支部長の目に留まりガーベラのパイロットに選ばれた』になる。そんな事を教える義理は神崎に無いから言わない。
六人には重い事実だったらしく、顔から生気が一気に無くなった。心折れたと判る顔をしている。
既に戦死した星崎の元チームメンバーは四人で、六回の出撃で五十機を超す撃墜数を出した。士官学校を卒業したパイロットだったら、最低でも十回は出撃しないとこの数には届かないだろう。
それを考えると星崎は、二度の出撃――訓練機アリウムでの撃墜数二十三機、ガーベラでの撃墜数二十九機――で撃墜数五十二機というのは異常過ぎる。
これ以上この六人から聞く事は無い。神崎は軍事裁判を受ける身の六人を移送時間になるまで、懲罰牢に放り込むように部下へ指示を出し、裁判で必要になる書類の作成に取り掛かった。
神崎が書類仕事を始めた頃。
一仕事を終えた憲兵部の男性陣は、高い遮音性を誇る待機室に移動した。ドアが閉まるなり、一斉に喋り出した。
「良い感じの絶望顔だったな」「うんうん。練り直し中のプロットの改良案が浮かんだぜ!」「ネームが、行き詰っていたネームが、ネタが、浮かぶっ」「写真を合成して、頭から色々と浴びているシーンのモデルにしてぇ」『業が深いな!』
どこからともなく取り出したタブレットを手に盛り上がる様子は、女性陣と変わらない。
「おっ! 次の展覧会の日程が決まったぞ!」『何時? 潤いの日は何時なんだ!?』
タブレットを手にしていた一人の男性が声を上げれば、その場にいた全員の視線が集中する。
「今月の二十日だ」
齎された情報を知った面々の反応は様々だった。
「中途半端だな」「締め切りまで、二週間切ってる!?」「個人交換物は出来上がってるのに、全年齢版が出来ていない!」「俺、ネームがまだ途中……」
微妙な顔、焦り、絶望の三種に分かれた。
「いや、徹夜はスポーツだ。今から日程を組めば……」「一週間でどこまで行ける?」「ネーム、全年齢のネーム。ストック」「落とせない。落とせないよぉ」
歴戦の猛者と言うべきか。焦り、絶望しても、一部はすぐに日程の立て直しを図り始めた。既に追い込まれているものもいたが。
夜勤勢は仕事をこなしつつ、休憩時間になると一斉にタブレット片手に作業に集中した。
そして、九月七日。
半月近くもツクヨミを騒がせていた、女性パイロットを狙った性的暴行事件の犯人が逮捕された。
犯人は全員気絶した状態で憲兵部に運ばれたが、ここにいる面々は気にしない。気絶しているのを良い事に『怪我の確認と治療』と称して、嬉々として服を脱がせていた。服を脱がせている屈強な男性陣は、役得と言わんばかりにべたべたと触っている。
無言のまま息遣いだけが徐々に荒くなって行くが、誰も気にしない。ここにいる面々はそう言う人ばかりなので。
治療と称して『触る』に止めているだけ、神崎よりはマシだった。治療のついでと称して触りまくっているが、痛み止めの冷感湿布を張るなどの処置を忘れずに行い、目を覚ます前に服を着せている。
その為、起きた面々は知らない間に治療された事に対して恐怖を感じて怯える。
神崎は尋問がスムーズに進むから止めない。
趣味と実益が両立した部署限定で見慣れた光景に疑問を抱くものはいなかった。
※※※※※※
定例会議中に起きたかもしれないお話。
それは定例会議二日目の休憩時間の出来事。
佐藤大佐が持ち込んだ菓子箱を見て、松永は思い出した。
普段の松永ならば気にも留めなかった事だ。だが三日前の深夜に起きた襲撃事件の際に、星崎が持っていたスプレー缶を見て以降、気になるようになった事。
それは、購買部で販売されている『商品名』だ。
大した事は無いし、松永が気にするには大袈裟に思えるだろう。けれども、あのスプレー缶の商品名は個性的過ぎる。あの時以降、購買部で販売されている商品名を調べたところ、正気を疑うネーミングの商品が大量に出て来た。
例えば、先日も見た『一撃コロリ! 痴漢撃退用唐辛子スプレーDX!』とか、他には『マロいもん(まろやかで美味いモンブランケーキの略称)』とか、『隠しているからこそ美味い! 立て! ヌゥードゥルー! (普通に辛いカップヌードル)』とか、『夜のお供に大きな一本串(ただの串焼き)』とか、『プリッとツルツル、荒れ肌に一本投入(ただの栄養ドリンク)』どこからこんなネーミングを捻り出したのか。商品開発者と許可を出した人間を問い質したい。
改めて、佐藤大佐が持つ菓子箱を見る。『しっとり硬い! チョッコバー!』と商品名が箱に印字されていた。中身はチョコレートでコーティングされた、長さ五センチ程度のスティッククッキーが入っている。
「……珍妙奇天烈な」
「松永? どうした?」
「関係無い事を思い出しただけです」
会議に関係の無い事を思い出して、誰も佐藤大佐の菓子箱を気に掛けない事実に、松永はため息の代わりに小さく息を吐き、同時に気づいた。
気にしているのが自分だけだと言う事に。星崎が菓子を作るのは、もしや、商品名が原因なのか。
「魔窟度が上がると、感性も異常になるのか」
「何サラッと、恐ろしい事を言ってんだ」「お前、さっきからどうしたの?」
何でも無いと、返した松永は、今度は内心でため息を吐いた。
その夜。
夕食後の食休み中に、松永は気になった事を星崎に尋ねた。
「あー……、確かにツクヨミの購買部では、変わった名前の商品が多かったです。訓練学校の購買部では見かけない商品も多かったですが、学生用と教官用で購買部が別になっていたので、教官用の購買部がどうなっていたかは不明です」
「そうだったのか」
松永が同じ感性保持者を求めた結果、知りたくなかった情報までもがポロリと出て来た。
自業自得と己に言い聞かせて、松永は天井を仰ぎたくなった。
松永はその日の内に大林少佐に連絡を入れたが、その後どうなったかは知らない。