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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
目新しさのない新しい日々 西暦3147年9月
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定例会議が終わって~飯島視点~

 松永が星崎を連れて、会議室から去った頃にまで遡る。

 飯島はドアの向こうに消えた二人の背中を見送るなり、支部長に目的達成具合を尋ねた。

「支部長。星崎の性格把握は出来ましたか?」

「微妙に把握出来ていない。無意識か、意図してやっているのか、理解し難いな」

 高橋の犠牲は無駄になったのかと、内心で呆れつつも確認は取る。

「少なくとも『松永に近い』のは解ったでしょう」

「それは解ったが、完全に把握するには何かが足りない、気がするんだよなぁ」

「支部長。足りないと言うのは?」

 支部長の言葉に反応したのは一条大将だ。支部長は一度頷いてから口を開いた。

「切り替えているんだろうが、普段と戦闘時の温度差が開き過ぎている。それに思考が微妙に読めん。恐らく、顔に出ている内容は思考の数割程度だ。言って良い内容を、虚偽と捉えられないように言っている節も在る。周りに合わせる癖は付いているようだから、協調性は持っているようだがな」

 支部長の言葉を聞いた飯島は、何が足りていないのかを考えた。

「足りないのは、星崎の素の状態ですか?」

「確かに素の状態は見ていないな。松永大佐から定期的に上げて貰っている報告を見る限りになるが、『大人しいが、周囲の観察だけは怠らない』、『興味の無い事はすぐに忘れる』、『仕事が出来る代わりに、致命的なまでに羞恥心が無い』、『敵意・悪意には非常に敏感』、『常に何かしらの作業を求める』、『緊急時でも、焦らずマイペースに、最善策を考える』、他にも有るが、挙げるとしたらこんなところか」

 支部長が開示した情報を聞き、飯島は付け足す情報を考えて、ふと思い出す。何を思ったのか、佐々木が支部長に質問をする。

「支部長。星崎が抱える『大人への不信感』については、解決したのですか?」

 佐々木の質問は、飯島が思い出した事と同じ内容だった。

「それか。解決と言うよりも、星崎が不信感を抱く事になった、原因は判明したな」

 さらっと言われた支部長からの回答に、二名を除いた殆どの幹部が驚いた。

 続いて開示された『原因』を知り、本日何度目かの絶句を皆で味わう事になった。

「あ、ありえねぇ……」

 誰かの呆然とした呟きの内容通り、星崎の不信感はあり得ない対応を受けた結果だった。だが、原因以上に最も衝撃だったのは、星崎の入学前の状態だ。

「支部長。星崎の記憶喪失は、治ったんですか?」

「困った事に治っていない。おまけに報告書にも書かれていない。恐らくだが、元チームの専属教官だった、高城教官も知らないだろう」

 星崎が抱える、衝撃の事実は重かった、否、重過ぎた。大人からの助けが無い状況下で、自棄を起こさなかった事を褒めてやりたい。

「松永大佐とのやり取りを見るに、『信用出来る』と星崎に思わせれば問題無いだろう。星崎とやり取りをする際に、心配が有るのなら松永大佐を挟めば大丈夫だ」

 支部長はそう言い纏めた。

 確かに、星崎とのやり取りで心配が有るのなら、松永を介した方が安全だろう。星崎の顔に出ている事を読み取れるのは、今のところ松永だけなのだから。

 ……一番の問題は、松永へ依頼する点だ。皆疲労でその辺りを忘れている。

 指摘するか飯島が悩み始めた時、何やら考え込んでいた井上が挙手してから支部長に質問した。

「あの支部長、もしかして星崎の自己評価がやたらと低いのは、それが原因ですか?」

 井上から支部長への質問内容を聞き、飯島はどうだったか記憶を探った。

「それは違うな。実力の釣り合わないメンバーで構成されていたチームにいたからだろう。……そんなに自己評価が低いのか?」

「はい。人によっては嫌味に聞こえるレベルです。他人に自分と同等のものを要求しないだけ、マシですが」

「プライドが高いだけよりかは、確かにマシだな」

 その言葉通りなので飯島も同意はしたが、星崎のそのような言動を見た事が無い。またも同じ事を思った佐々木が井上に尋ねる。

「井上。お前はどこでその様子を見たんだ?」

「今月の頭に、用が有って松永大佐を尋ねた時に見た。丁度、星崎も書類を捌いていたんだ。それも、『松永大佐の倍以上の量』を」

『え?』

 一瞬聞き間違いを疑ったが、井上は何を思い出したのか虚ろな目で言葉を続けた。

「しかも、書類を捌く速度が恐ろしく速くて、松永大佐よりも先に終わらせていた。松永大佐の倍以上の量が机に積まれていたのに」

『……』

「おまけに、右手と左手がバラバラに動いていた。内容の違う事を、右手でメモを取って、左手でキーボードを叩いてた。本当に、あれはどうやっているんだろうな」

 星崎の仕事速度が、非常におかしい事が判明し、会議室に沈黙が下りる。

 飯島の記憶が確かならば、松永の書類の処理速度は速い方だ。その松永よりも速いって……。

「松永大佐にこっそりと聞いたんだけど、一度星崎の処理速度を見る為に、松永大佐でも終わらすには二日も掛かる仕事量を割り振ったら、僅か五時間で終わらせたそうだ。しかも、ノーミス。星崎の書類速度がやたらと速いお陰で、松永大佐の仕事量は開発部の一件で一時期三倍以上に増えて、八月の終わり頃から星崎が手伝う事で以前の半分以下にまで減ったらしい」

『えぇ……?』

 そこかしこから困惑の声が上がった。飯島も井上の発言内容を理解するまでに時間が掛かった。

 それはそうだろう。たまに教官の仕事の手伝いをしていたとは言え、この処理速度は『異常』の一言に尽きる。こんなところでも、常人離れしていた。

「しかも本人は『松永大佐の方が重要度が高くて量も多いですよね?』と首を傾げた挙句、処理に一日掛かる量はどれぐらいか聞いたら『午前中に割り振られる量の、内容にもよりますが、二十倍か、十五倍ですかね』って言ったんだぞ。松永大佐の目の前で」

『……うわぁ』

 支部長を含む皆で呻き声を上げる。飯島も内心で引き、同時に松永に同情した。内容の重要度が高いから、仕事の量が多いと思われている。実際には星崎のお陰で滅茶苦茶減っているのに。

 これは松永のプライドの為にも、星崎が持つ松永へのイメージを崩さない為にも、真実を教えてはいけない。

「……あれ? って事は、松永大佐は割と暇なのか?」

「そうかもしれませんね。開発部を引き受ける『八月以前の四割程度にまで減った』と仰っていましたし」

 支部長の指摘で松永が手隙状態である事に飯島も気づいた。井上が肯定すると、支部長の顔から血の気が失せる。

 どうしたのかと、皆で顔を見合わせて、とある事を思い出す。

 それは少し前に、神崎から『昨日会議中に捕縛した連中に関する報告』を聞いた直後のやり取りだ。


『自分から死にに行くとか馬鹿じゃないか?』

『佐久間支部長。どう言う意味か、お尋ねしても良いでしょうか?』

『それは会議が終わったあとで受ける。必ず受けるから落ち着いてくれ』

『分かりました。あとで直接出向きます』

『う、うむ』


 口を滑らせた支部長の地獄は思っていた以上に早くにやって来る模様。割と自業自得なので誰も助けない。

「それなら予定の擦り合わせは、明日にでも行った方が良さそうですね」

 大林がそんな事を呟けば、神崎も同意する。

 大林は星崎からセクハラについて事情聴取で、神崎は昨日拘束した連中の上官と松永の面会で、それぞれ松永と打ち合わせをする事になっていた。

「松永が手隙になるって、割と不味いんじゃね?」

 何を思ったのか工藤中将がそんな事を言い出した。

「確かにそうかもしれないな。だが、松永には何か()った時に動いて貰わなくてはならないし、色々とやって貰う立場だ。それを考えると、現状で良いのでは?」

 一条大将が現状で良いと言えば、繫忙期に松永に仕事の手伝いを頼む面々が口を開く。

「でも松永に仕事を手伝ってくれって頼むのはハードルが高いぞ。星崎を借りる場合も難しいんじゃね」「土下座すれば、ワンチャンスあるかも知れないぞ」「土下座だけで良いのなら、な」「俺は一度だけ、頼む際に土下座の代わりに菓子折り持って行ったぞ。即、断られたがな」「意味ねぇな!」

 ワイワイ盛り上がる中、飯島は隣席の佐藤に釘を刺した。

「お前は絶対に頼みに行くなよ」

「何故俺にだけ釘を刺す?」

「お前は星崎を拉致してでも手伝いをさせそうだからだよ」

「そもそも俺は、暫くの間試験運用隊に近づけんぞ」

「購買部で会った時に、やりそうだからだ」

「……」

「無言になるな否定しろ。星崎に嘘吐いて強引に連れて行ったら、松永が乗り込むからな」

 佐藤は忘れた頃に、実際にやりそうだから困る。実際に起きたら飯島が仲裁役として、佐藤の部下から呼び出される未来が確実に待っている。毎回仲裁役として呼び出される時、必ず『緊急事態発生』と連絡が来るので大変心臓に悪い。

 飯島は腹の空き具合から夕食を取りに退出しようと席から腰を浮かせたところで、一つだけ決まっていなかった事を思い出す。

「支部長。星崎関係で一つだけいいですか?」

「何だ?」

「ガーベラの模擬戦相手となる、ツクヨミ駐在部隊の選定は何時決まるんですか?」

「演習場の使用日程表を見て私が選出し、部隊のトップと話し合って決める。最低でも三日前には通達するから心配不要だ。演習内容を考えて断っても良いぞ」

「分かりました」

 最後に必要な情報を聞いて、飯島は退室する為に立ち上がった。

「支部長。俺もそろそろ上がります」

「構わないが、松永大佐に『手加減して欲しい』と伝えて貰っても良いか?」

「それくらい自分で言って下さいよ」

「星崎に言わせたらどうなる?」

「即行で、()きそうですね」

 足掻く支部長に諦めるように言ってから、飯島は会議室から出た。

 残った面々は、支部長が大林を連れて去っても、その場に伸びたままだった。


 翌日。松永が高熱を出して倒れ、これを知った一部幹部が『鬼の霍乱か!?』と騒いだ。しかし、午前中に寝て休んだだけで復活したので、騒いだ幹部は松永に睨まれた。


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